【肝機能】脂肪肝に「ここから病気」という線はない―分子の地図が描き出した MASLD 進行の道筋—
はじめに ― 健診で「脂肪肝ですね」と言われたあなたへ
健康診断の腹部超音波で「脂肪肝がありますね。」と言われた経験はありませんか。あるいは、肝機能の数値がわずかに高いだけで「様子を見ましょう」と告げられ、そのまま数年が過ぎている方もいらっしゃるかもしれません。脂肪肝は、いまや世界の成人の 30〜40%が抱える最も頻度の高い慢性肝疾患であり、2 型糖尿病の方の 60〜70%、肥満の方の 70〜80%に認められます(Tilg et al., JAMA 2026)。かつて「非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)」と呼ばれていたこの病態は、2023 年の国際的な合意により「代謝機能障害関連脂肪性肝疾患(MASLD)」と改称されました(Rinella et al., J Hepatol 2023)。名称の変更は単なる言い換えではなく、これが肝臓だけの病気ではなく、全身の代謝の乱れを映す鏡であるという認識の転換を意味しています。
そして 2026 年 7 月、英国ケンブリッジ大学と EMBL 欧州バイオインフォマティクス研究所を中心とする国際チームが、Nature Metabolism 誌にきわめて重要な論文を発表しました(Kamzolas, Koutsandreas et al., Nat Metab 2026)。彼らが示したのは、私たちが長く前提としてきた「脂肪肝は F0 から F4 という階段を一段ずつ上がっていく病気だ」という理解そのものが、実態を単純化しすぎているという指摘です。分子のレベルで見れば、MASLD は階段ではなく、なだらかに続く一本の坂道――すなわち「連続体(continuum)」として進行していたのです。
本コラムでは、この「連続体」という新しい見方が何を明らかにしたのか、それが早期発見にどうつながるのか、そして 2026 年 6 月に厚生労働省から示されたセマグルチド(ウゴービ)の保険適用が、実際にはかなり高いハードルを伴うという日本の現実まで、最新のエビデンスをもとに整理してお伝えします。
1. MASLD とは何か ― 沈黙のうちに進む「3 人に 1 人」の病気
MASLD の診断は、腹部超音波などの画像検査で肝臓に脂肪の蓄積が確認され、かつ代謝症候群を構成する 5 つの特徴(腹部肥満、前糖尿病または 2 型糖尿病、高血圧、中性脂肪高値、 HDL コレステロール低値)のうち少なくとも1 つを満たすこと、そして過度の飲酒(女性で週 140g 以上、男性で週 210g 以上)や他の明らかな原因がないことによって成立します(Tilg et al., JAMA 2026)。裏を返せば、「お酒を飲まないから大丈夫」ではなく、「太っている、血糖が高い、血圧が高い、中性脂肪が高い」のいずれか一つでもあれば、脂肪肝はもはや偶発的な所見ではなく診断名になるということです。
この病気の厄介さは、その静けさにあります。肝硬変に至る前の段階では、ほとんどの方に自覚症状がありません。だるさや右上腹部の違和感を訴える方もいますが例外的で、多くは無症状のまま進行します。さらに重要なのは、進行した線維化や肝硬変を抱える方を含めて、 MASLD 患者の最大 3 分の 2 で ALT(GPT)などの肝酵素が正常範囲にとどまるという事実です(Tilg et al., JAMA 2026)。「肝機能の数値が正常だから脂肪肝は問題ない」という理解は、残念ながら誤りなのです。
そして、MASLD の方が最も多く亡くなる原因は肝臓ではありません。スウェーデンの全国登録を用いた研究では、MASLD と診断された 13,099 人を一般集団 118,884 人と比較したところ、総死亡は 1.85 倍、心血管死は 1.54 倍、肝細胞癌以外のがんによる死亡は 1.47 倍に上昇していました(Issa et al., J Hepatol 2025)。脂肪肝は「肝臓の病気」というより、心臓・血管・がんのリスクを映し出す全身病のサインとして捉えるべきものなのです。
2. 「F0 から F4」という階段 ― その分類が見落としてきたもの
現在の診療は、肝臓の線維化(かたくなる変化)を病理学的に F0(線維化なし)、F1、F2、 F3、F4(肝硬変)の 5 段階に分類することを土台としています。この分類は 50 年以上にわたり臨床と治験の共通言語として機能し、実際に線維化の進行度は長期予後を規定する最強の因子です。13 の縦断研究、4,428 人の肝生検確認例を統合したメタ解析では、F0 と比較した F4 の肝関連イベントのハザード比は 12.8、総死亡のハザード比は 3.42 に達していました(Tilg et al., JAMA 2026 が引用)。線維化を測ることの臨床的価値は、疑いようがありません。
しかし、この「階段モデル」には構造的な弱点があります。第一に、判定の基準となる肝生検は侵襲的で、費用と資源を要し、しかも採取部位による誤差や、病理医の間での判定のばらつき(inter-observer variability)が避けられません(Kamzolas et al., Nat Metab 2026)。第二に、そして本質的な問題として、生物学的には滑らかに変化しているものを、5 つの箱に無理やり詰め込んでいるという点です。同じ「F2」というラベルを貼られた患者さんの中に、これから F3 へ加速する人と、生活改善で後退していく人が混在していても、階段モデルはその違いを見分けられません。
第三に、進行速度の個人差が極端です。F0〜F1 の方が肝硬変に至るまでの推定期間は 30〜 35 年である一方、F3 の方では 5〜7 年にまで短縮します(Tilg et al., JAMA 2026)。同じ病名でありながら、時間軸がまったく異なる。だからこそ、「いま、この患者さんは坂道のどこにいて、どちらへ向かって動いているのか」を捉える指標が求められてきたのです。
3. 分子の地図 ― Nature Metabolism 2026 が描いた一本の道筋
2026 年 7 月 14 日に Nature Metabolism 誌に発表された研究で、Kamzolas らは発想を大きく転換しました。彼らは肝生検組織のバルク RNA シークエンス(肝臓全体の遺伝子発現を網羅的に読み取る手法)のデータを用い、「疑似時間順序づけ(pseudo-temporal ordering)」という単細胞遺伝学で発展した解析手法を人の患者データに適用したのです。136 人の患者さんの遺伝子発現プロファイルを、あらかじめ決めた病期に当てはめるのではなく、分子的な類似性そのものに従って一列に並べ直しました(Kamzolas, Koutsandreas et al., Nat Metab 2026)。
結果は明快でした。こうして得られた「分子の軌跡」は、病理医が判定した脂肪化、風船様変性、炎症、線維化、NAS スコアのいずれとも強く一致していたのです(ピアソン相関係数 R=0.96〜1.0)。つまり、病理の情報を一切使わずに患者さんを並べても、病理学的な重症度がそのまま再現された。しかもこの軌跡は階段状ではなく、なめらかな連続体でした。さらに彼らは、この軌跡を最もよく説明する 145 個の遺伝子群を同定し、欧州多施設コホート(EPoS、168 人)、デンマークのコホート(Gubra、57 人)、そして日本人を含む異なる民族背景の縦断コホート(Fujiwara、58 人)という独立した 3 つのデータセットで再現性を検証しました。
特筆すべきは日本人を含む縦断コホートでの検証です。同じ患者さんから時期をずらして 2回採取された肝生検を分析したところ、病理学的に病状が改善した方は分子の軌跡上でも「後戻り」しており、悪化した方は前進していました。つまりこの地図は、病気が進む向きだけでなく、戻る向きも捉えていた。この点が、脂肪肝を「宣告」ではなく「可逆的な過程」として捉え直す科学的根拠となります。
4. 病気には「順番」があった ― 炎症・線維化・代謝の時間割
連続体として並べ直したことで、これまで見えなかった「出来事の順番」が浮かび上がりました。研究チームは患者さんを 13 の重なり合うグループ(スライディングウィンドウ)に分け、各段階でどの分子スイッチ(転写因子)とどの経路が動いているかを追跡しています。すると、脂肪の合成を促す SREBF1 は病初期から中期にかけて活性化する一方、後期ではむしろ低下すること、肝細胞の代謝的アイデンティティを保つ HNF4A・HNF1A といった因子は比較的早期に低下しはじめることが明らかになりました(Kamzolas et al., Nat Metab 2026)。従来の「軽症・中等症・重症」という粗い区分では、これらの動きは丸ごと見落とされていたのです。
経路レベルでも興味深い時間割が見えました。糖代謝の亢進はごく早期から一貫して持続し、これは全身のインスリン抵抗性と符合します。一方、脂質代謝はいったん抑制され、後半で部分的に再燃するという非直線的な動きを示しました。そして炎症に関わる NF-κB や STAT のシグナルは軌跡全体を通じて持続的に活性化していました。慢性炎症は「終盤の合併症」 ではなく、最初から最後まで通奏低音のように鳴り続けているのです。
臨床的に最も示唆に富むのは、細胞外マトリックス(線維化の材料となる組織のたんぱく質)に関わる経路が、病理学的に線維化スコアが上昇するよりも前の段階(13 分割のうち 8 番目付近)ですでに活性化していたという所見です。研究チームはこれを「分子の指標は、従来の評価法より早く MASLD の進行を検知しうる」と表現しています。顕微鏡で線維化が見えたときには、分子のレベルではすでに準備が始まって久しい―そういうことになります。
5. 血液の 57 個のタンパク質 ― FIB-4 を超える「位置情報」
分子の地図が描けても、そのたびに肝生検が必要なら臨床では使えません。そこで研究チームは、肝臓での遺伝子発現と血漿でのタンパク質量が相関する 194 個の遺伝子(Govaere et al., Nat Metab 2023)に注目し、そのうち自らの MASLD 制御ネットワークに含まれる 57 個を血液で測れるバイオマーカーパネルとして絞り込みました(Kamzolas et al., Nat Metab 2026)。
この 57 遺伝子パネルの成績は目覚ましいものでした。進行線維化(F3〜F4)とそれ以外を判別する能力は、欧州 EPoS コホートで AUC 0.86 に達し、現在広く使われている血液指標 FIB-4 の AUC 0.76 を有意に上回りました。日本人を含む Fujiwara コホートでも AUC 0.803 を示しています。さらに重要なのは、この 57 個のタンパク質を測るだけで、患者さんを「F2か F3 か」という箱に入れるのではなく、連続体上のどの位置にいるかを推定できた点です(EPoS コホートで決定係数 R²=85.1%)。「あなたは坂道の 6 合目付近にいて、前回より少し下がっています」――将来的にはそういう説明が、採血一本で可能になるかもしれません。
研究チームは 57 遺伝子のうち 47 個が GWAS(ゲノムワイド関連解析)で代謝・心血管・肝臓の形質と関連していることも確認しており、単なる統計的な当てはめではなく生物学的な裏づけを持つことを示しています。ただし著者ら自身が慎重に述べているとおり、このパネルはまだ臨床応用の準備が整った段階ではなく、前向き試験での検証が必要です。現時点で私たちが日常診療で使えるのは、あくまで FIB-4 指数、超音波・エラストグラフィ、そして丁寧な代謝リスクの評価です。
6. いま診療でできること ― FIB-4 という「最初の一手」
米国肝臓学会(AASLD)、欧州の EASL・EASD・EASO の合同ガイドライン、米国糖尿病学会(ADA)は、いずれも全住民への一律のスクリーニングは推奨していません。その代わり、高リスク群――前糖尿病・2 型糖尿病の方、肥満または 2 つ以上の代謝リスク因子をもつ方、画像で偶然に脂肪肝が見つかった方、肝酵素が持続的に高い方――に対して、2 段階の評価を強く推奨しています(EASL-EASD-EASO, J Hepatol 2024; Cusi et al., Diabetes Care 2025)。
第 1 段階は、かかりつけ医が計算できる FIB-4 指数です。年齢、AST、ALT、血小板数という日常の採血項目だけで算出でき、1.3 未満なら進行線維化の陰性的中率は 85〜90%と高く、この時点で検査を受けた方の 50〜70%を「今は心配が少ない」と安心させることができます(Tilg et al., JAMA 2026)。1.3 を超えた場合は第 2 段階として、超音波エラストグラフィによる肝硬度測定などへ進み、8.0kPa を超えれば肝臓専門医への紹介が推奨されます。
この 2 段階の枠組みが有効であることは、大規模データでも裏づけられています。16,603 人の MASLD 患者を中央値 51.7 か月追跡した多国籍コホートでは、エラストグラフィに基づくスコアが長期の肝関連イベントを正確に予測しました(Lin et al., JAMA 2024)。まんかいメディカルクリニックでは、腹部超音波と CT による脂肪肝・内臓脂肪の評価、FIB-4 を含む血液検査、InBody による体組成評価を組み合わせ、この第 1 段階の「ふるい分け」を日常的に行っています。分子の地図が示した「線維化が見える前から動きは始まっている」という知見は、この最初の一手をいつ打つかの重みを、いっそう大きくしています。
7. 治療は動き出した ― レスメチロムとセマグルチド
長らく「承認薬のない病気」だったMASH(代謝機能障害関連脂肪肝炎、脂肪の蓄積に炎症と肝細胞傷害を伴う段階)に、ここ 2 年で二つの薬剤が加わりました。一つは肝臓選択的な甲状腺ホルモン受容体 β 作動薬レスメチロムです。966 人を対象とした第 3 相 MAESTRO-NASH 試験では、52 週時点で MASH の消失がプラセボ群 9.7%に対して 100mg 群 29.9%、線維化の 1 段階以上の改善がプラセボ群 14.2%に対して 100mg 群 25.9%と、いずれも有意に上回りました(Harrison et al., N Engl J Med 2024)。体重減少の差はごくわずかであり、肝保護効果は減量とは独立した機序によることが示唆されています。
もう一つが、GLP-1 受容体作動薬セマグルチド 2.4mg 週 1 回皮下投与です。生検で確認された MASH かつ線維化ステージ F2 または F3 の 1,197 人を対象とした第 3 相 ESSENCE 試験(中間解析 800 人)では、72 週時点で線維化の悪化を伴わない MASH の消失がセマグルチド群62.9%対プラセボ群34.3%、MASH の悪化を伴わない線維化の改善が36.8%対22.4%と、二つの主要評価項目の両方でプラセボに対する優越性が示されました(Sanyal, Newsome et al., N Engl J Med 2025)。体重は 10.5%減少し、ALT は 52%低下、肝硬度も改善しています。この結果を受けて米国 FDA は 2025 年 8 月 15 日に MASH への条件付き承認を与えました。
ただし、これらは魔法の薬ではありません。第一選択はいまも生活の立て直しです。293 人を対象に 52 週後の肝生検を比較した前向き研究では、7〜10%の減量で MASH が改善し、 10%以上の減量では実に 90%で MASH が消失、45%で線維化が改善しました(Tilg et al., JAMA 2026 が引用)。EASL ガイドラインは地中海食と、中等度の有酸素運動を週 150 分(または高強度運動を週 75〜150 分)行うことを強く推奨しています(EASL-EASD-EASO, J Hepatol 2024)。連続体という視点に立てば、坂道を下る向きに体を押し戻す力は、まず生活のなかにあるということです。
8. 日本の現実 ― 保険で使うためのハードルは、かなり高い
2026 年 6 月 19 日、厚生労働省はセマグルチド製剤(ウゴービ皮下注)の MASH に対する最適使用推進ガイドラインを策定し、保険適用上の留意事項を通知しました。ここで明確にしておきたいのは、「脂肪肝だから、あるいは太っているからウゴービが保険で使える」わけでは決してない、という点です。
まず患者さん側の要件が厳格です。効能・効果は「肝硬変を伴わない代謝機能障害関連脂肪肝炎、ただし中等度又は高度の線維化を有する場合に限る」と定められ、具体的には NASH CRN 分類で F2 または F3 に線維化が進行していることを原則として肝生検で確認する必要があります。生検が適さない場合はエラストグラフィ等の非侵襲的検査で肝臓専門医または消化器病専門医が総合的に判断しますが、F0/F1(エラストグラフィ 8kPa 未満、FIB-4 1.3 未満、血小板 20 万以上をすべて満たす)や F4(15kPa 以上または血小板 15 万未満)は対象外です。加えて BMI 19.0 未満には投与せず、原則として BMI 23.0 以上が対象とされました。つまり「強い脂肪肝であること」――軽度では保険の土俵に乗らないのです。
施設側の要件はさらに高いものです。消化器内科・肝臓内科・内科のいずれかを標榜していることに加え、日本肝臓学会の肝臓専門医または日本消化器病学会の消化器病専門医と、日本内分泌学会・日本糖尿病学会・日本循環器学会いずれかの専門医の、両方の分野から最低 1 名ずつの関与が必要です。さらに、これら学会のいずれかによる教育研修施設の認定を受けていること、常勤の管理栄養士による栄養指導体制が整っていること(2 か月に 1 回以上の栄養指導が継続条件)が求められます。自施設に専門医がいない場合は連携施設との体制で対応できますが、いずれにせよ、一般的な診療所が単独で処方できる薬ではありません。
投与開始後も、3〜4 か月で改善傾向がなければ中止を検討し、12 か月を目安に生検または非侵襲的検査で肝臓の状態を再評価します。線維化が十分に改善(F0・F1 へ)した場合には、投与継続の必要性を慎重に判断し、中止と食事・運動療法による管理を考慮することとされています。制度そのものが「薬は連続体を押し戻すための一時的な梃子であり、土台は生活である」という思想で設計されていることが読み取れます。なお、同ガイドラインは美容・痩身・ダイエット目的での使用を明確に禁じており、この点は繰り返し強調されるべきでしょう。
おわりに ― あなたの脂肪肝は「いま、どこにいるのか」
MASLD は、F0 から F4 へ階段を上る病気ではなく、なめらかに続く坂道を、行きつ戻りつしながら移動していく病気でした。Nature Metabolism 2026 の研究が示したこの視点の転換は、二つの希望を含んでいます。ひとつは、顕微鏡で線維化が見えるよりも早く分子の変化は始まっており、それを血液で捉えられる日が近づいているということ。もうひとつは、坂道である以上、進むだけでなく戻ることもできる――実際に病状が改善した方の分子の位置は、確かに後戻りしていたということです。
一方で、日本において薬物治療の扉が開くのは、線維化が F2・F3 まで進み、専門医と教育研修施設の要件を満たす体制のもとに限られます。ハードルは決して低くありません。だからこそ、その手前でできることの価値がむしろ高まっています。年齢と AST・ALT・血小板数だけで計算できる FIB-4、腹部超音波、内臓脂肪の評価、血糖・血圧・脂質の管理、そして週 150 分の運動と食事の組み立て。これらはすべて、坂道を下る向きに働く確かな力です。
まんかいメディカルクリニックでは、内科・内分泌領域の診療を軸に、腹部超音波と CT による脂肪肝・内臓脂肪の評価、FIB-4 を含む血液検査、InBody による体組成測定、そして指定運動療法施設としての運動プログラムを組み合わせ、脂肪肝を「様子を見る所見」ではなく「動きを追う対象」として診ています。線維化が進行している可能性が高い方には、消化器病専門医のいる施設へおつなぎします。健診で脂肪肝を指摘されたまま気にかかっている方は、どうぞ一度ご相談ください。あなたの肝臓が坂道のどこにいるのかを、まず一緒に確かめるところから始めましょう。
FAQ ― よくあるご質問
Q1. 肝機能(AST・ALT)の数値が正常なら、脂肪肝は心配しなくてよいのでしょうか。
残念ながら、そうとは言えません。MASLD の患者さんの最大 3 分の 2 では、進行した線維化や肝硬変を抱えている方を含めて、ALT(GPT)などの血清アミノトランスフェラーゼが正常範囲にとどまることが知られています。また ALT の値は、組織学的な重症度とよく相関しません(Tilg et al., JAMA 2026)。実際、2026 年の Nature Metabolism 誌の研究では、細胞外マトリックスに関わる分子経路が、顕微鏡で線維化スコアが上がるよりも前の段階から活性化していることが示されました(Kamzolas et al., Nat Metab 2026)。数値が正常でも、画像で脂肪肝があり、かつ肥満・高血糖・高血圧・脂質異常のいずれかを伴う場合は、FIB-4 指数による評価をおすすめします。
Q2. 脂肪肝は「治る」のでしょうか。一度なったら戻らないのですか。
戻ります。293 人を対象に 52 週後の肝生検で確認した前向き研究では、5%の減量で脂肪の蓄積が減り、7〜10%の減量で MASH と線維化が改善し、10%以上の減量では 90%の方で MASH が消失、45%の方で線維化が改善しました(Tilg et al., JAMA 2026 が引用)。さらに 2026 年の Nature Metabolism 誌の研究では、日本人を含む縦断コホートで、病理学的に改善した患者さんの分子の位置が軌跡上でも「後戻り」していることが確認されています(Kamzolas et al., Nat Metab 2026)。ただし後戻りの速度には個人差が大きく、F3 まで進んだ段階からの回復にはより長い時間と専門的な管理を要します。早く動き出すほど、坂は緩やかです。
Q3. ウゴービ(セマグルチド)は、脂肪肝の治療として保険で使えますか。
条件を満たせば可能ですが、そのハードルはかなり高いのが実情です。2026 年 6 月 19 日付の厚生労働省の最適使用推進ガイドラインでは、対象は「肝硬変を伴わない代謝機能障害関連脂肪肝炎で、中等度または高度の線維化(NASH CRN 分類の F2 または F3)を有する場合」に限定され、原則として肝生検での確認が必要です。BMI は原則 23.0 以上(19.0 未満は投与不可)。加えて施設には、肝臓専門医または消化器病専門医と、内分泌・糖尿病・循環器いずれかの専門医の両方の関与、学会認定の教育研修施設であること、常勤管理栄養士による栄養指導体制が求められます。軽度の脂肪肝や、美容・ダイエット目的での使用は、同ガイドラインで明確に認められていません。
Q4. 「F2」「F3」といった線維化のステージは、どうやって調べるのですか。
最も正確なのは肝生検ですが、侵襲的であるため、まずは非侵襲的な 2 段階評価が国際的に推奨されています(EASL-EASD-EASO, J Hepatol 2024)。第 1 段階は、年齢・AST・ALT・血小板数から計算する FIB-4 指数です。1.3 未満なら進行線維化の陰性的中率は 85〜90%と高く、多くの方はここで一区切りとなります。1.3 を超える場合は第 2 段階として、超音波エラストグラフィによる肝硬度測定などを行い、8.0kPa を超えれば肝臓専門医への紹介が推奨されます。16,603 人を中央値51.7 か月追跡した研究では、エラストグラフィに基づくスコアが長期の肝関連イベントを正確に予測することが示されています(Lin et al., JAMA 2024)。
Q5. 脂肪肝で本当に怖いのは、肝硬変や肝臓がんですか。
実は、それだけではありません。肝硬変に至っていない MASLD の方において、死因の第 1 位は心血管疾患であり、次いで肝臓以外のがん(主に消化器・乳腺・婦人科領域)です。米国の 366,433 人を対象とした後ろ向きコホートでは、非肝硬変 MASLD における 10 年累積発生率は心血管死 8.1%、肝外がん死 7.5%でした(Tilg et al., JAMA 2026 が引用)。またスウェーデンの全国登録研究では、MASLD の方の総死亡は一般集団の 1.85 倍、心血管死は 1.54 倍でした(Issa et al., J Hepatol 2025)。脂肪肝を指摘されたときに真っ先に見直すべきは、血糖・血圧・脂質・内臓脂肪という全身の代謝なのです。
参考文献
- Kamzolas I, Koutsandreas T, Barker CG, et al. A data-driven framework reconstructs the molecular continuum of human MASLD progression. Nat Metab. 2026. https://doi.org/10.1038/s42255-026-01543-7
- Tilg H, Petta S, Stefan N, Targher G. Metabolic Dysfunction-Associated Steatotic Liver Disease in Adults: A Review. JAMA. 2026;335(2):163-174. https://doi.org/10.1001/jama.2025.19615
- Sanyal AJ, Newsome PN, Kliers I, et al; ESSENCE Study Group. Phase 3 Trial of Semaglutide in Metabolic Dysfunction-Associated Steatohepatitis. N Engl J Med. 2025;392(21):2089-2099. https://doi.org/10.1056/NEJMoa2413258
- Harrison SA, Bedossa P, Guy CD, et al; MAESTRO-NASH Investigators. A Phase 3, Randomized, Controlled Trial of Resmetirom in NASH with Liver Fibrosis. N Engl J Med. 2024;390(6):497-509. https://doi.org/10.1056/NEJMoa2309000
- European Association for the Study of the Liver (EASL), European Association for the Study of Diabetes (EASD), European Association for the Study of Obesity (EASO). EASL-EASD-EASO Clinical Practice Guidelines on the management of metabolic dysfunction-associated steatotic liver disease (MASLD). J Hepatol. 2024;81(3):492-542. https://doi.org/10.1016/j.jhep.2024.04.031
- Lin H, Lee HW, Yip TCF, et al; VCTE-Prognosis Study Group. Vibration-Controlled Transient Elastography Scores to Predict Liver-Related Events in Steatotic Liver Disease. JAMA. 2024;331(15):1287-1297. https://doi.org/10.1001/jama.2024.1447
- Govaere O, Hasoon M, Alexander L, et al. A proteo-transcriptomic map of non-alcoholic fatty liver disease signatures. Nat Metab. 2023;5(4):572-578. https://doi.org/10.1038/s42255-023-00775-1
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- Cusi K, Abdelmalek MF, Apovian CM, et al. Metabolic Dysfunction-Associated Steatotic Liver Disease (MASLD) in People With Diabetes: The Need for Screening and Early Intervention. A Consensus Report of the American Diabetes Association. Diabetes Care. 2025;48(7):1057-1082. https://doi.org/10.2337/dci24-0094
- Rinella ME, Lazarus JV, Ratziu V, et al; NAFLD Nomenclature Consensus Group. A multisociety Delphi consensus statement on new fatty liver disease nomenclature. J Hepatol. 2023;79(6):1542-1556. https://doi.org/10.1016/j.jhep.2023.06.003
※. 厚生労働省保険局医療課. 代謝機能障害関連脂肪肝炎の効能又は効果を有するセマグルチド(遺伝子組換え)製剤に係る最適使用推進ガイドラインの策定に伴う留意事項について(保医発 0619 第 3 号). 令和 8 年 6 月 19 日.
※本コラムは医学的情報の提供を目的としたものであり、個別の診断・治療を代替するものではありません。
気になる症状がある方は医療機関にご相談ください。
記事監修者田場 隆介
医療法人社団 青山会 まんかいメディカルクリニック 理事長
医療法人社団青山会代表。兵庫県三田市生まれ、三田小学校、三田学園中学校・同高等学校卒業。 1997(平成9)年岩手医科大学医学部卒業、町医者。聖路加国際病院、淀川キリスト教病院、日本赤十字社医療センター、神戸市立医療センター中央市民病院を経て、2009(平成21)年医療法人社団青山会を継承。 2025年問題の主な舞台である地方の小都市で、少子高齢化時代の主役である子どもと高齢者のケアに取り組んでいる。
