【脳梗塞】脳梗塞は「予防できる病気」です―最新リスク予測「PREVENT」で始める先手の脳卒中対策―
はじめに ― その「突然」は、本当に突然だったのか
脳梗塞は「ある日突然」襲ってくる病気だと思われがちです。しかし実際には、その多くは何年もかけて静かに進行した血管の障害の、いわば最終結果として起こります。米国では毎年およそ 80 万人が脳卒中を発症し、いまなお死亡と長期の後遺症の主要な原因であり続けています(Ahmed et al., Stroke 2026)。一方で、世界 32 か国・約 2 万 7 千人を対象としたINTERSTROKE 研究は、脳卒中のおよそ 9 割が、高血圧をはじめとする 10 個の「防げるリスク」で説明できることを明らかにしました(O’Donnell et al., Lancet 2016)。つまり脳梗塞は、決して「運が悪かった」で片づける病気ではなく、先手を打てば大きく減らせる病気なので
す。近年は、一人ひとりの将来リスクを数値で「見える化」する新しい予測ツール「PREVENT」も登場しました。本コラムでは、脳梗塞がなぜ起こるのか、何をすれば防げるのか、できるだけわかりやすく解説します。
1.脳梗塞とは何か ― 「詰まる」病気の正体
脳梗塞は、脳の血管が詰まって血流が途絶え、その先の脳細胞が酸素不足で壊れてしまう病気です。脳卒中(脳血管障害)のうち約 85%を占め、残りは血管が破れる脳出血・くも膜下出血です。脳梗塞にはいくつかのタイプがあり、首や脳の太い動脈の動脈硬化によるもの、細い血管が詰まる「ラクナ梗塞」、そして心臓にできた血の塊が脳へ飛ぶ「心原性脳塞栓症」などに分かれます(Ahmed et al., Stroke 2026)。
これらに共通する土台は、加齢とともに進む動脈硬化です。動脈硬化は自覚症状がないまま何年もかけて進行し、ある日、血管の内側にできたプラーク(こぶ)が破れて血栓ができた瞬間に、脳梗塞として一気に表面化します。「突然発症した」ように見えても、その裏では長い長い準備期間があったわけです。だからこそ、症状が出る前の「静かな段階」でリスクを把握し、手を打つことが決定的に重要になります。
2.脳梗塞の 9 割は防げる ― INTERSTROKE が教える 10 のリスク
「脳梗塞は防げる」と言われても、実感が湧かないかもしれません。しかし前述のINTERSTROKE 研究は、これを具体的な数字で示しました。高血圧、運動不足、脂質異常(アポリポ蛋白 B/A1 比の上昇)、不健康な食事、内臓肥満(腹囲・腰囲比の増大)、喫煙、心疾患、飲酒、糖尿病、そして心理社会的ストレス――この 10 因子だけで、脳卒中の約 90%(虚血性脳卒中では約 91%)が説明できたのです(O’Donnell et al., Lancet 2016)。
中でも高血圧の寄与は圧倒的で、単独で全脳卒中リスクのおよそ 48%を占めていました。逆に言えば、これらはいずれも「変えられる」因子です。米国心臓協会・米国脳卒中協会が2024 年に約 10 年ぶりに改訂した脳卒中一次予防ガイドラインも、生涯を通じた血圧・脂質・血糖・体重・喫煙の管理を予防の中心に据えています(Bushnell et al., Stroke 2024)。予防の主役は、特別な治療ではなく、日々のリスク管理なのです。
3.リスクを「見える化」する ― 新しい予測式 PREVENT
では、自分がどれくらい危ないのかを、どう知ればよいのでしょうか。ここで登場するのが、米国心臓協会が 2024年に発表した新しいリスク予測式「PREVENT(プリベント)」です(Khanet al., Circulation 2024)。PREVENT は、年齢・血圧・コレステロール・喫煙・糖尿病に加え、これまで見過ごされがちだった腎機能(eGFR)まで組み込み、心筋梗塞・脳卒中・心不全を含む心血管病の 10 年・30 年リスクを算出します。約 660 万人のデータで開発・検証され、人種による係数を用いない設計になっている点も特徴です。
今回のレビュー論文(Ahmed et al., Stroke 2026)は、PREVENT が脳梗塞を「単独の病気」としてではなく、心血管病全体のリスクの一部として捉え、血圧や脂質の治療をどこまで強化すべきかの判断を助けると指摘しています。特に重要なのが「30 年リスク」と「リスク年齢」という考え方です。若い世代では 10 年リスクが低く見えても生涯リスクは高いことがあり、こうした長期の指標を示すことで、早い段階からの予防を後押しできます。すでに2025 年の高血圧、2026 年の脂質異常症のガイドラインでも、治療方針を決める標準ツールとして採用されています。
4.最大の敵は高血圧 ― 「130/80」という目標と減塩の力
数あるリスクの中でも、脳梗塞予防の最優先ターゲットは高血圧です。血圧は高ければ高いほど、そして高い状態が長く続くほど、脳卒中リスクが連続的に上昇します。欧州心臓病学会が 2024 年に改訂した高血圧ガイドラインは、薬物治療を受ける多くの患者で収縮期血圧120〜129mmHg を目標とする、より積極的な管理へと大きく舵を切りました(McEvoy et al.,Eur Heart J 2024)。日本でも、家庭血圧で 130/80mmHg 未満を一つの目安とする流れが定着しつつあります。減塩も強力な武器です。中国の農村部で約 2 万人を対象に行われた SSaSS 試験では、通常の食塩を「減塩・カリウム添加の代替塩」に替えるだけで、脳卒中が 14%、心血管イベントが
13%、総死亡が 12%も減少しました(Neal et al., NEJM 2021)。ナトリウムを減らしカリウムを増やすことで血圧が下がるためで、「たかが塩」と侮れないことがよくわかります。ただし腎機能が低下している方はカリウム制限が必要な場合もあるため、代替塩の導入は主治医への相談をおすすめします。
5.コレステロールと血管の掃除 ― スタチンと 2026 年の新指針
動脈硬化のもう一つの原動力が、LDL(いわゆる悪玉)コレステロールです。血管の壁にコレステロールが溜まってプラークを作り、それが破れて脳梗塞の引き金になります。2026 年に改訂された ACC/AHA 脂質異常症ガイドラインは、前述の PREVENT によるリスク評価を組み込み、心血管病のない成人でもリスクに応じて、LDL コレステロール 100mg/dL 未満(高リスクでは 70mg/dL 未満)を目標に、早めのスタチン導入を後押ししています(Blumenthalet al., JACC 2026)。
判断に迷う「中間リスク」の方では、リポ蛋白(a)やアポ B、冠動脈石灰化スコアといった追加検査が、治療を始めるべきかどうかの決め手になることもあります(Ahmed et al., Stroke2026)。コレステロール管理は、単に検査数値を下げるためではなく、脳の血管を守るための地道な「掃除」なのです。特に糖尿病・腎臓病・肥満を合わせ持つ方では、血管へのダメージが重なりやすく、早めの対応が将来の脳梗塞を防ぐ鍵になります。
6.糖尿病・肥満と脳梗塞 ― GLP-1 という新しい選択肢
糖尿病と肥満は、血圧・脂質・血糖のすべてを揺さぶり、脳梗塞リスクを底上げします。近年とりわけ注目されているのが、GLP-1 受容体作動薬(セマグルチドなど)です。糖尿病のない肥満・過体重かつ心血管病を持つ約 1 万 7 千人を対象とした SELECT 試験では、週 1 回のセマグルチド(オゼンピック/ウゴービ)投与により、心血管死・心筋梗塞・脳卒中の複合イベントが 20%減少しました(Lincoff et al., NEJM 2023)。
2024年の米国脳卒中一次予防ガイドラインでも、GLP-1受容体作動薬は新たな予防手段の一つとして正式に取り上げられています(Bushnell et al., Stroke 2024)。ただし、薬に頼るだけでは十分ではありません。体重そのものへの働きかけ――食事・運動・必要に応じた治療の組み合わせ――が土台であることは変わりません。GLP-1 は魔法の薬ではなく、生活習慣という基礎の上に置いてこそ、その力を最大限に発揮する治療だと考えるべきです。
7.食事・運動・生活習慣 ― 「治療」としての暮らし
最も身近で、それでいて最も過小評価されがちな武器が生活習慣です。スペインで約 7,400人の高リスク者を対象に行われた PREDIMED 試験では、オリーブオイルやナッツを加えた地中海食により、心筋梗塞・脳卒中・心血管死が約 30%減少しました(Estruch et al., NEJM
2018)。野菜・果物・豆・全粒穀物・魚・オリーブオイルを中心とした食事は、それ自体が「薬」に匹敵する予防効果を持つのです。
運動も同様で、INTERSTROKE 研究では定期的な身体活動が脳卒中リスクを明確に下げていました(O’Donnell et al., Lancet 2016)。禁煙に至っては、リスクの高低を問わず「常に」推奨される最優先事項です(Ahmed et al., Stroke 2026)。特別なことは必要ありません。血圧・血糖・体重・禁煙という土台を、日々こつこつ整えること―それこそが、最も確実でお金のかからない脳梗塞予防なのです。
8.PREVENT だけでは足りない領域 ― 心房細動と頸動脈
ここまで見てきた「全体のリスク管理」は極めて重要ですが、万能ではありません。脳梗塞の一部は、心房細動(不整脈)によって心臓にできた血栓が脳へ飛ぶ「心原性脳塞栓症」として起こります。PREVENT はこのタイプのリスクを直接は評価しないため、別途、脈の乱れを見つけ、必要に応じて抗凝固薬を検討する道筋が欠かせません(Ahmed et al., Stroke2026;Razavi et al., JACC Adv 2025)。
また、首の血管(頸動脈)の動脈硬化やプラークは、超音波検査(頸動脈エコー)で評価でき、リスクの「増幅装置」として治療強化の判断材料になります。全身のリスクを数値で捉えつつ、必要な人には心電図・エコー・CT といった個別検査を重ねる――この「二段構え」こそが、これからの脳梗塞予防の形です。一つのツールに頼るのではなく、その人に合わせて評価を組み合わせることが、見落としを防ぎます。
おわりに ― 「まだ何ともない」今こそ、始めどき
脳梗塞は、突然に見えて、実は長い時間をかけて準備される病気です。そしてその 9 割は、高血圧・脂質・血糖・体重・喫煙・食事・運動という「変えられるもの」の管理で防ぐことができます(O’Donnell et al., Lancet 2016;Bushnell et al., Stroke 2024)。PREVENT のような新しいツールは、まだ症状のない段階で将来リスクを見える化し、「いつ・どこまで手を打つべきか」を教えてくれます(Khan et al., Circulation 2024)。まんかいメディカルクリニックでは、超音波(頸動脈エコー)による血管評価、InBody による体組成測定、そして指定運動療法施設での実践的な生活改善指導まで、脳梗塞予防を一貫してサポートしています。日曜・祝日も診療する体制で、「気になったその日」にご相談いただけます。「まだ何ともない」今こそが、いちばんの始めどきです。
FAQ ― よくあるご質問
Q1. 血圧が「正常高値」でも気にした方がよいですか?
はい。血圧は「140/90以上が高血圧」と線引きされますが、脳卒中リスクはそれ以下でも連続的に上昇します。2024 年の欧州ガイドラインは、120〜139/70〜89mmHg を「上昇血圧(Elevated BP)」という新たなカテゴリーとして位置づけ、早期の生活改善を促しています(McEvoy et al., Eur Heart J 2024)。「まだ高血圧ではない」段階こそ、減塩・運動・体重管理で先手を打つ好機です。家庭での血圧測定を習慣にし、気になる数値が続くようなら早めにご相談ください。
Q2. 減塩は本当に脳梗塞予防に効きますか?
明確に効きます。約 2 万人を対象とした SSaSS 試験では、通常の食塩をカリウム添加の代替塩に替えるだけで、脳卒中が 14%、総死亡が 12%減少しました(Neal et al., NEJM 2021)。
ナトリウムを減らしカリウムを増やすことで血圧が下がるためです。ただし腎機能が低下している方はカリウム制限が必要な場合があり、代替塩が向かないこともあります。持病のある方は自己判断せず、主治医に相談のうえ取り入れてください。
Q3. コレステロールの薬(スタチン)は、脳梗塞になっていなくても飲む意味がありますか?
リスクが高い方では、大いに意味があります。2026年のACC/AHA脂質異常症ガイドラインは、心血管病のない方でも PREVENT によるリスク評価に基づき、早めのスタチン導入を勧めています(Blumenthal et al., JACC 2026)。LDL コレステロールを下げることは、脳の血管でプラークが破れて脳梗塞を起こすのを防ぐ「予防投資」です。ただし全員に必要なわけではなく、リスクの程度に応じた個別判断が大切ですので、検査結果をもとにご相談ください。
Q4. やせ薬として話題の GLP-1 は、脳梗塞予防にも使えますか?
糖尿病のない肥満・過体重で心血管病を持つ方を対象としたSELECT試験では、セマグルチド(ウゴービ等)により心筋梗塞・脳卒中を含むイベントが 20%減少しました(Lincoff etal., NEJM 2023)。単なる「やせ薬」ではなく、心血管を守る手段としての価値が示されつ
つあります。ただし適応や副作用の見極めが必要で、あくまで食事・運動という土台の上に位置づけるべき治療です。安易な個人輸入などは避け、医療機関でご相談ください。
Q5. 家族に脳梗塞や心筋梗塞の人がいます。若くても検査を受けるべきですか?
受ける価値は十分にあります。若い世代は「10 年リスク」で見ると低く出やすい一方、生涯リスクは高いことがあります。PREVENTは30年リスクや「リスク年齢」も示せるため、若くして先手を打つ動機づけに役立ちます(Ahmed et al., Stroke 2026)。家族歴のある方は、血圧・脂質・血糖の定期チェックに加え、頸動脈エコーなどでの血管評価を検討する価値があります。気になる方はお気軽にご相談ください。
参考文献
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※本コラムは医学的情報の提供を目的としたものであり、個別の診断・治療を代替するもの
ではありません。気になる症状がある方は医療機関にご相談ください。
記事監修者田場 隆介
医療法人社団 青山会 まんかいメディカルクリニック 理事長
医療法人社団青山会代表。兵庫県三田市生まれ、三田小学校、三田学園中学校・同高等学校卒業。 1997(平成9)年岩手医科大学医学部卒業、町医者。聖路加国際病院、淀川キリスト教病院、日本赤十字社医療センター、神戸市立医療センター中央市民病院を経て、2009(平成21)年医療法人社団青山会を継承。 2025年問題の主な舞台である地方の小都市で、少子高齢化時代の主役である子どもと高齢者のケアに取り組んでいる。
