病気と健康の話

【血圧】高血圧 「130/80 」新時代

はじめに ―「たかが血圧」という誤解

健康診断で「血圧が少し高いですね」と言われても、痛くもかゆくもないため、つい放置してしまう方は少なくありません。しかし高血圧は、世界で 12 億人以上が抱え、脳卒中・心筋梗塞・心不全・心房細動、そして認知症の最大の危険因子であり続けています(Agarwal, JACC 2026)。自覚症状のないまま血管を傷つけ続けることから、古くから「サイレント・キラー(沈黙の殺し屋)」と呼ばれてきました。

いま、この高血圧の治療が大きな転換点を迎えています。2025 年に米国心臓協会・米国心臓病学会(AHA/ACC)が、2024 年に欧州心臓病学会(ESC)が、それぞれ新しい治療指針を発表し、目標とする血圧はこれまでより一段厳しくなりました(Jones et al., J Am Coll Cardiol 2025;McEvoy et al., Eur Heart J 2024)。さらに、実に 15 年ぶりとなる新しい仕組みの降圧薬が次々と登場しています。本コラムでは、「血圧はいくつを目指せばよいのか」「どうすれば効率よく下げられるのか」「新しい薬とは何か」という素朴な疑問に、最新の医学的エビデンスをもとにお答えします。

1. 高血圧は「沈黙の殺し屋」― 症状がないことこそ最大の危険

高血圧が恐ろしいのは、多くの場合ほとんど症状を出さない点にあります。頭痛やめまいが必ず起こるわけではなく、多くの方は「気づいたときには血管や臓器が傷んでいた」という経過をたどります。高血圧は脳卒中、心筋梗塞、心不全、心房細動、突然死の最大の原因であり、世界の高血圧人口は 12 億人を超えるとされます(Agarwal, JACC 2026)。日本でも患者数は非常に多く、まさに国民病といえます。

問題は、有効な薬が数多く存在するにもかかわらず、血圧が目標まで下がっている人が世界的に見て半数に満たないことです。米国でさえ、高血圧の成人のうち 130/80mmHg 未満を達成しているのは 4 人に 1 人程度にとどまると報告されています(Jones et al., J Am Coll Cardiol 2025)。つまり「診断されているのに、コントロールできていない」人が非常に多いのが実情です。まずは自分の血圧を正しく知り、放置しないこと。これが、将来の脳と心臓を守るすべての出発点になります。

2. 新しい目標値「130/80」、そして「120 未満」へ

2025 年に発表された AHA/ACC の新ガイドラインは、すべての成人に対して 130/80mmHg 未満という目標を掲げ、さらに心血管リスクの高い方には「上の血圧(収縮期)120mmHg 未満」を目指すよう推奨しました(Jones et al., J Am Coll Cardiol 2025)。「年齢とともに血圧は上がって当然」と考えられてきた従来の常識からの、明確な転換です。

欧州でも 2024 年の ESC ガイドラインが、薬物治療中の方の収縮期血圧を 120〜129mmHg に導くことを推奨しました(McEvoy et al., Eur Heart J 2024)。両者はともに、心血管リスクの評価を重視し、生活習慣の改善を土台としながら、必要な方には早めに薬物治療を始める方針を打ち出しています。また新しいガイドラインでは、診断や治療方針の決定に家庭血圧や24時間血圧測定といった「診察室の外での測定」が重視されるようになりました。診察室では緊張で高く出やすいため、ご自宅で測った数値が治療を左右する時代になっています。

3. 「下げるほど良い」を証明した大規模試験 ― SPRINT・BPROAD・ESPRIT

なぜ目標がここまで厳しくなったのか。その背景には、数万人規模の臨床試験の積み重ねがあります。まず 2015 年の SPRINT 試験は、糖尿病のない高リスクの方で収縮期血圧 120mmHg 未満を目指す「厳格な治療」が、140mmHg 未満の標準治療に比べて心血管事故を有意に減らすことを示しました(Wright et al., N Engl J Med 2015)。

長年不明だった「糖尿病がある人でも厳格に下げてよいのか」という問いには、2025 年の BPROAD 試験が答えを出しました。中国で 1 万 2821 人の 2 型糖尿病患者を対象に行われたこの試験では、120mmHg 未満を目指す群で主要な心血管事故が 21%減少しました(ハザード比 0.79;Bi et al., N Engl J Med 2025)。さらに ESPRIT 試験(1 万 1255 人)は、脳卒中の既往を持つ方などを含む高リスク集団で、厳格な降圧が心血管死や総死亡まで減らすことを示しました(Liu et al., Lancet 2024)。これらの結果が、幅広い患者さんで「しっかり下げる」ことの利益を裏づけています。

4. 脳を守る血圧管理 ― 認知症予防という新しい視点

高血圧管理の意義は、心臓や血管の病気を防ぐことだけにとどまりません。近年とりわけ注目されているのが「認知症の予防」です。SPRINT 試験の長期追跡(SPRINT-MIND)では、厳格に血圧を下げた群で、軽度認知障害や認知症の発症が有意に少ないことが示されました (Agarwal, JACC 2026)。

この知見を受けて、2025 年の AHA/ACC ガイドラインは、認知機能の低下や認知症の予防を目的として収縮期血圧 130mmHg 未満を目指すという推奨を、明確に格上げしました(Jones et al., J Am Coll Cardiol 2025)。ガイドライン作成者の一人は、この認知症予防効果を「近年の臨床試験から得られた最も重要な理解」と表現しています。血圧を下げることは、いわば脳の血管という「配管」を守り、将来の記憶や思考力を守る投資でもあるのです。「物忘れが心配」という方にとっても、血圧管理は重要な予防策の一つといえます。

5. 目標に速く到達する鍵 ―「配合剤(1 錠にまとめる)」

「厳しい目標」と聞くと、薬が増えて大変そうだと感じるかもしれません。しかし、複数の薬を 1 錠にまとめた「配合剤」という工夫が、この負担を大きく減らします。今回ご提示いただいた SPRINT の事後解析(Rao et al., Eur J Prev Cardiol 2026)は、この配合剤の価値を鮮やかに示しました。

この研究では 2736 人を対象に、同じ成分を「1 錠の配合剤」で飲む群と「別々の錠剤」で飲む群を比較しました。その結果、配合剤群は 6 か月時点で目標血圧に到達する可能性が 22% 高く(オッズ比 1.22)、最初の半年間の血圧の下がり方も速く(1 か月あたり−2.0 対−1.2mmHg)、その後も低い血圧を長く維持しました。しかも重い副作用は増えませんでした。研究者らは、配合剤を広く使えば米国で新たに約 190 万人が血圧目標を達成しうると試算しています。

2025 年 AHA/ACC ガイドラインも、ステージ 2 高血圧では初めから 2 剤の配合剤で治療を始めることを推奨しています(Jones et al., 2025)。「飲む錠数を減らしながら、より確実に下げる」――配合剤はそのための現実的な選択肢です。

6. 15 年ぶりの新しい武器 ― 治療メカニズムの革命

高血圧の薬は種類が豊富にある一方で、まったく新しい仕組みの薬は 2007 年以来 15 年以上登場していませんでした。この「空白」がいま、一気に埋まりつつあります(Agarwal, JACC 2026)。一つは、血管を強力に収縮させる物質「エンドセリン」を抑える薬アプロシテンタンで、3 剤を使っても下がらない難治性高血圧に対し 2024 年に米国で承認されました (PRECISION 試験;Schlaich et al., Lancet 2022)。

もう一つが、血圧や臓器障害に関わるホルモン「アルドステロン」の産生そのものを抑える新しい薬(バクスドロスタット、ロルンドロスタットなど)で、コントロール不良・難治性の高血圧に有望な成績を示しています(Flack et al., N Engl J Med 2025)。さらに、肝臓での血圧関連物質の産生を RNA という仕組みで抑え、半年に 1 回の注射で効果が続くジレベシランや、腎臓に集まる交感神経の働きをカテーテルで抑える「腎デナベーション」という治療も登場しました。「今までの薬で下がらなかった」という方に、新たな選択肢が広がりつつあります。

7. 妊娠・高齢者・服薬タイミング ― よくある疑問への最新回答

高血圧の管理では、患者さんごとの事情に応じた疑問がつきものです。まず妊娠中の高血圧について。以前は「胎児への影響が心配で下げにくい」とされてきましたが、CHAP 試験 (2408 人)は、軽度の慢性高血圧を 140/90mmHg 未満に管理する方が、妊娠高血圧腎症や早産などの合併症を有意に減らし、しかも胎児の発育に悪影響を与えないことを示しました(Tita et al., N Engl J Med 2022)。

次に高齢者です。「下げすぎは危険では」という懸念(いわゆる J 字カーブ)がありましたが、近年の解析では、もともと下の血圧が低い高齢者でも厳格治療の利益は保たれ、転倒や腎障害の増加も認められませんでした(Agarwal, JACC 2026)。最後に「薬は朝と夜、どちらに飲むべきか」という疑問。2 万人規模の TIME 試験などは、服用する時間帯による心血管事故の差はないと結論しました。つまり、朝でも夜でも「飲み忘れない時間帯」に習慣化するのが最善なのです。

8. 「一律」から「あなたに合わせた」高血圧治療へ

これらの進歩が指し示すのは、「誰にでも同じ薬を段階的に足していく」時代から、「その人の血圧が高い主な原因に合わせて薬を選ぶ」時代への移行です(Agarwal, JACC 2026)。たとえば、肥満に伴う高血圧では体重・代謝・血圧を同時に改善するGLP-1 受容体作動薬やアルドステロンを抑える薬が、腎臓病を伴う高血圧では腎保護を軸とした組み合わせが、飲み忘れが多い方には半年に 1 回の注射やカテーテル治療が、それぞれ理にかなった選択肢となります。

もっとも、これらの新しい治療の多くは、まだ「血圧が下がる」ことは確認されていても「寿命や心血管死をどれだけ減らすか」の最終結論は今後の大規模試験を待つ段階です。だからこそ、確立された基本の薬(ACE 阻害薬/ARB、カルシウム拮抗薬、利尿薬)をしっかり土台に置きつつ、一人ひとりに合わせて上乗せしていく―そうした精密な個別化が、これからの高血圧治療の姿です。

おわりに ―「知る」ことから始まる血管の健康

高血圧治療はいま、一世代ぶりともいえる大きな進歩の時期を迎えています。目標はより明確に(130/80mmHg 未満、可能なら 120 未満)、治療手段はより豊富に、そしてアプローチはより個別化されました。一方で、最大の課題は変わりません。高血圧の成人の半数以上が自分の状態に気づいていない、あるいはコントロールできていないという現実です(Agarwal, JACC 2026)。どれほど優れた薬が登場しても、まず「測って、知る」ことがなければ始まりません。

まんかいメディカルクリニックでは、CT や超音波による血管・臓器の状態確認、そして「治療そのもの」ともいえる運動療法、アプリ治療まで、高血圧を多角的に管理する体制を整えています。日曜・祝日も診療し、「健診で血圧が高めと言われた」「家庭の血圧計の数字が気になる」―そんな段階こそ、将来の脳と心臓を守る絶好のタイミングです。どうぞお気軽にご相談ください。

FAQ ― よくあるご質問

Q1. 症状がなく、健診で少し高いだけです。それでも治療は必要ですか?

はい、症状がないことこそ高血圧の危険な特徴です。高血圧は自覚症状のないまま血管を傷つけ、脳卒中・心筋梗塞・心不全・認知症の最大の危険因子となります(Agarwal, JACC 2026) 。2025 年の米国ガイドラインは、心血管リスクの高い方では血圧が 130/80mmHg 以上で、生活習慣の改善で目標に届かない場合に薬物治療を推奨しています (Jones et al., 2025)。まずはご家庭でも血圧を測り、経過を見ながら医師とご相談ください。

Q2. 「上は 120 未満まで下げる」と聞きましたが、下げすぎて危険ではないですか?

大規模試験の結果は、多くの方でむしろ厳格な降圧の利益が上回ることを示しています。 SPRINT・BPROAD・ESPRIT といった試験では、収縮期 120mmHg 未満を目指す治療で心血管事故や死亡が減少しました(Wright et al., 2015;Bi et al., 2025;Liu et al., 2024)。高齢で下の血圧が低い方でも利益は保たれ、転倒や腎障害の増加は認められませんでした。ただし、めまいやふらつきが出る場合は調整が必要ですので、必ず医師の管理のもとで目標を設定します。

Q3. 薬が何錠にもなるのが負担です。減らす方法はありますか?

「配合剤(複数の薬を 1 錠にまとめたもの)」が有力な選択肢です。SPRINT の事後解析では、配合剤を使う方が別々の錠剤より 6 か月での目標到達率が 22%高く、血圧の低下も速く、副作用は増えませんでした(Rao et al., Eur J Prev Cardiol 2026)。飲む錠数が減ることで飲み忘れも減り、結果的にコントロールが改善します。現在の処方を 1 錠にまとめられないか、一度ご相談ください。

Q4. 血圧の薬は朝と夜、どちらに飲むのが効果的ですか?

服用する時間帯によって心臓・血管の病気の起こり方に差はないことが、2 万人規模の TIME 試験や 2025 年の BedMed 試験で示されています(Agarwal, JACC 2026)。以前は「夜に飲む方がよい」という説もありましたが、大規模試験はこれを支持しませんでした。したがって、朝でも夜でも、ご自身が最も飲み忘れにくい時間帯に習慣化するのが最善です。

Q5. 3 種類飲んでも血圧が下がりません。もう打つ手はないのでしょうか?

いいえ、近年「難治性高血圧」に対する選択肢は大きく広がっています。15 年ぶりに新しい仕組みの薬が登場し、エンドセリンを抑えるアプロシテンタン(Schlaich et al., 2022)、アルドステロンの産生を抑えるバクスドロスタットなど(Flack et al., 2025)、さらに腎臓の交感神経を処置するカテーテル治療も使えるようになりました。また、下がらない背景にホルモンの異常(原発性アルドステロン症)が隠れていることもあり、専門的な検査で原因を突き止めることが重要です。あきらめずにご相談ください。

参考文献

  1. Agarwal R. Hypertension at an Inflection Point: Aggressive Targets Meet Novel Mechanisms for Cardiovascular Prevention. J Am Coll Cardiol. 2026. https://doi.org/10.1016/j.jacc.2026.05.005
  2. Rao S, Segar MW, Keshvani N, et al. Association between single-pill combination therapy use and blood pressure control in the Systolic Blood Pressure Reduction Intervention Trial: a post hoc analysis. Eur J Prev Cardiol. 2026;33(7):1186-1195. https://doi.org/10.1093/eurjpc/zwag043
  3. Jones DW, Ferdinand KC, Taler SJ, et al. 2025 AHA/ACC/AANP/AAPA/ABC/ACCP/ACPM/AGS/AMA/ASPC/NMA/PCNA/SGIM guideline for the prevention, detection, evaluation and management of high blood pressure in adults. J Am Coll Cardiol. 2025;86(18):1567-1678. https://doi.org/10.1016/j.jacc.2025.05.007
  4. McEvoy JW, McCarthy CP, Bruno RM, et al. 2024 ESC Guidelines for the management of elevated blood pressure and hypertension. Eur Heart J. 2024;45(38):3912-4018. https://doi.org/10.1093/eurheartj/ehae178
  5. Bi Y, Li M, Liu Y, et al. Intensive blood-pressure control in patients with type 2 diabetes (BPROAD). N Engl J Med. 2025;392(12):1155-1167. https://doi.org/10.1056/NEJMoa2412006
  6. Liu J, Li Y, Ge J, et al. Lowering systolic blood pressure to less than 120 mm Hg versus less than 140 mm Hg in patients with high cardiovascular risk with and without diabetes or previous stroke (ESPRIT). Lancet. 2024;404(10449):245-255. https://doi.org/10.1016/S0140-6736(24)01028-6
  7. Wright JT, Williamson JD, Whelton PK, et al. A randomized trial of intensive versus standard blood-pressure control (SPRINT). N Engl J Med. 2015;373(22):2103-2116. https://doi.org/10.1056/NEJMoa1511939
  8. Schlaich MP, Bellet M, Weber MA, et al. Dual endothelin antagonist aprocitentan for resistant hypertension (PRECISION): a multicentre, blinded, randomised, parallel-group, phase 3 trial. Lancet. 2022;400(10367):1927-1937. https://doi.org/10.1016/S0140-6736(22)02034-7
  9. Flack JM, Azizi M, Brown JM, et al. Efficacy and safety of baxdrostat in uncontrolled and resistant hypertension. N Engl J Med. 2025;393(14):1363-1374. https://doi.org/10.1056/NEJMoa2507109
  10. Tita AT, Szychowski JM, Boggess K, et al. Treatment for mild chronic hypertension during pregnancy (CHAP). N Engl J Med. 2022;386(19):1781-1792. https://doi.org/10.1056/NEJMoa2201295

※本コラムは医学的情報の提供を目的としたものであり、個別の診断・治療を代替するものではありません。
気になる症状がある方は医療機関にご相談ください。

記事監修者田場 隆介

医療法人社団 青山会 まんかいメディカルクリニック 理事長

医療法人社団青山会代表。兵庫県三田市生まれ、三田小学校、三田学園中学校・同高等学校卒業。 1997(平成9)年岩手医科大学医学部卒業、町医者。聖路加国際病院、淀川キリスト教病院、日本赤十字社医療センター、神戸市立医療センター中央市民病院を経て、2009(平成21)年医療法人社団青山会を継承。 2025年問題の主な舞台である地方の小都市で、少子高齢化時代の主役である子どもと高齢者のケアに取り組んでいる。

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