病気と健康の話

【特定保健指導】運動は「治しながら防ぐ」薬だった―組織修復のシグナルが幹細胞のがん耐性を強める新常識―

はじめに ― 「運動はがんを防ぐ」その先にある、本当の理由

「運動はがん予防に良い」というメッセージは、もはや健康の常識となりました。実際、米国国立がん研究所の Moore らが 1,440,000 人の成人を対象に行った大規模プール解析(JAMA Internal Medicine、2016 年)では、レジャータイムの身体活動量が多い人は、乳がん、肺がん、大腸がん、食道がん、肝臓がん、腎臓がんなど 13 種類のがんで発症リスクが 20〜42%低いことが示されました。さらに 2025 年、Courneya らによる国際共同の CHALLENGE 試験(NEJM、2025 年)は、大腸がん術後の患者が 3 年間の構造化された運動プログラムを行うと、再発リスクと死亡リスクが有意に低下することを世界で初めてランダム化比較試験で証明し、運動が「予防」だけでなく「治療」にもなりうることを示しました。

しかし、なぜ運動はがんを退けるのでしょうか。長年その答えは「カロリー消費」「肥満予防」「免疫の活性化」といった漠然とした説明にとどまっていました。ところが、2026 年 5 月に Nature Reviews Cancer に Zhuang、Wong、Tammela、Jones の 4 氏が発表した最新の Perspective 論文は、新しい視点を提示しています。それは、運動が活性化させる「組織を修復・再生するシグナル」と、「がんから組織を守るシグナル」は、実は同じ回路だという考え方です。

本コラムでは、この最先端の知見を分かりやすく解説します。運動は単にカロリーを消費する行為ではなく、私たちの体内にある「成体幹細胞」を若返らせ、組織の再生力を高めると同時に、その同じプロセスでがん細胞の発生・拡大を抑えるという、二重の働きを持つことが明らかになってきました。「治しながら防ぐ」 ― これは、運動が体に与える本当の贈り物なのです。

1. 「成体幹細胞」という、組織を守り続ける主役

私たちの体は、日々少しずつ傷ついては修復されています。皮膚、腸、肺、筋肉、骨、血液 ― これらすべての組織には、「成体幹細胞(adult stem cell:ASC)」と呼ばれる特別な細胞が潜んでおり、必要に応じて新しい細胞を生み出して欠損を埋めています。Nature Reviews Cancer に Zhuang らが発表した 2026 年の Perspective 論文では、この成体幹細胞こそが、運動と発がんを結ぶ「橋渡し役」であると論じられています。

成体幹細胞には、筋幹細胞(MuSC)、神経幹細胞(NSC)、造血幹細胞(HSPC)、腸の幹細胞(LGR5 陽性細胞)、肺胞幹細胞(SFTPC 陽性)、皮膚幹細胞などがあります。これらは「ニッチ」と呼ばれる特殊な微小環境の中で、線維芽細胞、免疫細胞、血管内皮細胞、細胞外マトリックスと密接にやり取りしながら、休眠・活性化・分化のタイミングを精密にコントロールしています。

ところが、加齢、慢性炎症、肥満、運動不足といった要因はこのバランスを崩します。幹細胞の数は減り、再生能力は低下し、組織が傷ついても十分に修復されなくなる ― これがサルコペニア(筋減少症)、認知機能低下、傷の治りの悪さ、貧血の進行などにつながります。さらに恐ろしいのは、こうした「劣化した幹細胞ニッチ」ががん発生の温床となることです。実際、肝臓や大腸といった再生が盛んな組織はがんが発生しやすく、心臓のように終末分化した細胞でできた組織はがんが極めてまれであることが、この関係を裏付けています。

2. 運動が体内に放つ「エクサカイン」という伝令

運動を 1 回行うだけで、体内では驚くべき変化が起こります。Contrepois らの研究(Cell、2020 年)では、たった 15 分以下の心肺運動負荷試験で、9,000 種類以上の血中分子(タンパク質、代謝物、転写物)が変動することが示されました。こうした運動で分泌される因子は「エクサカイン(exerkine)」と総称され、骨格筋から放出される「マイオカイン」、肝臓から放出される「ヘパトカイン」、心臓からの「カルジオカイン」、脂肪組織からの「アディポカイン」、神経系からの「ニューロカイン」など、ほぼ全身の臓器が運動に呼応してメッセージ分子を放っています。

とくに重要なのが、IL-6、IL-15、イリシン、BDNF(脳由来神経栄養因子)、カテプシン B、クルステリン、血小板第 4 因子(PF4)、GPLD1 などです。Pedersen らは、運動するマウスではアドレナリンと IL-6 の働きでナチュラルキラー(NK)細胞が腫瘍に動員され、メラノーマや肺がん、肝がんモデルで腫瘍サイズが 50〜60%減少することを Cell Metabolism 誌(2016 年)で示しました。さらに Kurz ら(Cancer Cell、2022 年)は、運動が筋肉から放出される IL-15 を介して膵がんに細胞傷害性 CD8 陽性 T 細胞を呼び込み、難治と言われる膵がんの増殖を抑え、化学療法の効果も高めることを報告しています。

2024 年 5 月、Nature に発表された MoTrPAC コンソーシアム(Molecular Transducers of Physical Activity Consortium)による画期的な研究では、8 週間の有酸素トレーニングを行ったラットの 18 臓器(肺、肝臓、白色脂肪組織、心臓、骨格筋、腎臓など)で、何千もの遺伝子発現とタンパク質発現が同期して変動することが示されました。とくに肺では炎症シグナルが低下し、白色脂肪組織では免疫細胞の動員が増加 ― つまり、運動は「全身の組織に対する一斉指令」として働くことが分子レベルで証明されたのです。

3. 「修復のシグナル」が、なぜ同時にがんを退けるのか

ここで一つの大きな疑問が浮かびます。運動は幹細胞の再生能力を高めると言いますが、幹細胞の「ステムネス(stemness:幹細胞らしさ)」は通常、がん化のリスクを上げる方向に働くはずです。実際、加齢で幹細胞のステムネスが下がるとがんの発生率が下がることが、Zhuang らによって Nature 誌(2025 年)で示されました。肺胞幹細胞では、加齢に伴う鉄代謝の変化により幹細胞性が低下し、これが肺がんの発生を抑える方向に働くのです。

では、運動が幹細胞を活性化させると、かえってがんが増えるのでは? ― この一見矛盾するパラドックスこそ、Zhuang ら(Nature Reviews Cancer、2026 年)が論文の核心で論じているテーマです。著者らの結論は、「運動は確かに幹細胞を増やし機能を高めるが、同時に細胞内因性(cell-intrinsic)と細胞外因性(cell-extrinsic)の保護メカニズムを並行して強化することで、がん化を抑える」というものです。

細胞内因性の保護とは、たとえば DNA 修復遺伝子の発現上昇、エピジェネティック維持機構(SIRT1、SIRT6、TET2 など)の活性化、DNA メチル化年齢(エピジェネティック年齢)の若返り、染色体安定性の保持などです。Zhuang らの論文では、12 ヶ月の中強度トレッドミル運動を受けたマウスの肺幹細胞では、DNA 修復遺伝子群の発現が有意に上昇していたとの未発表データが示されています。つまり、幹細胞は「より多くなり、より活発に分裂する」一方で、「変異を生じにくく」改造されているのです。

4. 幹細胞は本当に若返る ― 筋肉・脳・血液の 3 つの実例

運動が幹細胞を若返らせる現象は、すでに複数の研究で実証されています。Brett ら(Nature Metabolism、2020 年)は、高齢マウスに 3 週間の自発的回し車運動をさせると、筋幹細胞(サテライト細胞)の数が約 70%増加し、再生能力が若いマウスのレベルまで回復することを報告しました。メカニズム的には、運動によって加齢で低下していたサイクリン D1(Cyclin D1)の発現が復活し、TGFβ シグナルが抑制され、休眠状態の幹細胞が再び活性化されるのです。同じ条件で、運動マウスの筋幹細胞を高齢マウスに移植すると、若いマウスの幹細胞と同等に筋損傷を修復することができました。

脳の神経幹細胞についても、De Miguel らの画期的な研究(Nature、2021 年)があります。運動した若いマウスの血漿を、運動していないマウスに輸注すると、海馬の神経新生が増え、記憶力が向上することが示されました。その中心的役割を担うのが「クルステリン」というタンパク質で、これは血液脳関門を越えて脳内の炎症性遺伝子発現を抑制します。注目すべきは、このクルステリンが肺や腸でも「組織修復に関わる再生プログラム」を駆動する分子だという点です。つまり、運動は「修復のシグナル」を全身に届け、それが結果として組織を若返らせ、がんからも守る ― 同じ分子が、複数の役割を兼ねているのです。

血液の造血幹細胞(HSPC)では、運動の効果は若い時期に強く現れます。トレッドミル運動を行った若いマウスでは、骨髄ストロマ細胞から G-CSF、IL-3、トロンボポエチン、CXCL12 といった幹細胞動員因子が分泌され、造血幹細胞の動員と増殖が促進されます。さらに Liu ら(Cell Stem Cell、2023 年)による 1 細胞トランスクリプトーム解析では、5 週間の運動が高齢マウスの筋・神経・造血幹細胞ニッチにおける炎症シグナル(IFNα、IFNγ 応答経路)を顕著に抑制し、M2 型マクロファージへの再分極を促すことが示されました。これは「インフラマエージング(inflammaging:炎症を伴う加齢)」を運動が直接緩和する分子証拠です。

5. 免疫の「監視カメラ」を強化する ― CD8 陽性T 細胞と NK 細胞の動員

成熟した幹細胞や前がん細胞は、たとえ変異を抱えていても、免疫システムが正常に機能している限り早期に排除されます。この「免疫サーベイランス(免疫監視)」は加齢とともに低下し、変異細胞が体内に蓄積する原因となります。最近の研究では、健康な胃粘膜や皮膚にすでに「がんと同じ変異」を持つ細胞が多数存在していることが示されており、変異の発生だけではがんは生じず、それを許容する微小環境と免疫の劣化が組み合わさったときに、がんは姿を現すと考えられています。

運動はこの免疫監視を直接強化します。前述の MoTrPAC 研究(Nature、2024 年)では、運動が T 細胞受容体シグナル、Th17 細胞分化、免疫細胞間相互作用シグナルなどを複数の組織で活性化することが示されました。臨床レベルでも、リンチ症候群(遺伝性大腸がん高リスク患者)を対象に、週 3 回 45 分間のサイクリング運動を 12 ヶ月続けた群と通常ケア群を比較した試験では、運動群の正常大腸粘膜に NK 細胞と CD8 陽性 T 細胞の浸潤が増加し、炎症性プロスタグランジン E2(PGE2)が低下していたと報告されています。

Jones らは 2025 年、Clinical Cancer Research に「co-clinical trial(マウス・ヒト同時並行試験)」の結果を発表しました。乳がん高リスクの女性 75 名を週 75 分、150 分、300 分の有酸素運動群に割り付け、24 週間の介入で乳腺上皮細胞の増殖マーカー(Ki67)を比較したところ、週 150 分群で Ki67 の低下が最も明瞭でした(対照群+3.4 vs 運動群−1.7)。並行して行われた同じ用量のマウス試験でも、週 150 分相当の運動だけが乳がんの発症を遅らせました。つまり、「ほどよい運動量」が幹細胞性と免疫監視のバランスを最も整える可能性を示唆しています。

6. 線維化を解き、細胞外マトリックスを若返らせる

幹細胞ニッチの「物理的な硬さ・弾性」も、がん化に深く関わります。加齢、肥満、慢性炎症は、組織の細胞外マトリックス(ECM)を硬く、線維化させ、これががん発生を許容する土壌となることが知られています。とくに肺の特発性肺線維症、肝臓の NASH 関連肝硬変、慢性腎臓病(CKD)に伴う腎線維化は、いずれもその後の発がんリスク上昇と直結しています。

Zhuang ら(Nature Reviews Cancer、2026 年)が引用するデータによれば、有酸素運動は組織の線維化を解く方向に働きます。MoTrPAC 研究では、4 週間のトレッドミル運動を受けた中年期ラットで、マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP-2、MMP-9)の遺伝子発現が肺・心臓・骨格筋で有意に上昇していました。これらの酵素は古くなったコラーゲンを分解し、組織のリモデリングを促進します。さらに NASH(非アルコール性脂肪肝炎)の患者に対する 12 週間の有酸素運動(週 3〜5 回、30〜60 分の早歩き・サイクリング・ジョギング)介入では、体重減少とは独立に肝機能マーカーと線維化マーカーが改善することが、複数の臨床試験で報告されています。

つまり、運動は「組織の硬さ」を物理的にもほぐすことで、幹細胞のニッチを若々しく保ち、がん化に対する抵抗力を高めているのです。「動かない時間」が長いほど、組織は硬く、炎症的になり、変異細胞が居座りやすくなる ― この事実は、デスクワーク中心の現代人に対する強い警鐘でもあります。

7. 「治療としての運動」 ― CHALLENGE 試験が証明したエビデンス

運動が予防だけでなく「治療」としての価値も持つことを世界で初めて高いエビデンスレベルで証明したのが、Courneya らの国際共同 CHALLENGE 試験(NEJM、2025 年 6 月)です。この試験は、ステージ III または高リスクステージ II の大腸がん患者 889 名を、術後補助化学療法終了後にランダムに 2 群に分け、一方には「3 年間の構造化された運動プログラム」(理学療法士の監督下で運動量を段階的に増やす)を、他方には「健康教育用パンフレット」のみを提供しました。

中央値 7.9 年の追跡の結果、運動群では無病生存率(DFS)が有意に改善し(ハザード比 0.72)、全生存率も延長しました。とくに肝臓への再発率は運動群 3.6%、対照群 6.5%、新規がんの発生率は運動群 5.2%、対照群 9.7%と、いずれも運動群で大幅に低下していました。Courneya 博士は ASCO 2025 の発表で「運動は『生活の質を改善するための補助』ではなく、『大腸がんの治療そのもの』として、すべての患者に提供されるべきだ」と力強く述べています。

Lavery、Tammela、Jones らの観察研究(Cancer Cell、2024 年)も同様に、診断後の運動が膀胱がん、乳がん、大腸がん、胃食道がん、頭頸部がん、腎臓がん、骨髄腫、肺がん、子宮がんなどで全死亡を 25%以上低下させることを示しています。これらのエビデンスを総合すれば、運動はもはや「やった方が良いこと」ではなく、「やらなければならない医療介入」と言ってよい段階に入っています。日本でも厚生労働省の指針が改訂され、運動療法の医療保険適用範囲が拡大されつつあり、当院でも指定運動療法施設として、内科疾患・がんサバイバー・在宅療養者まで幅広く運動介入を提供しています。

8. では、どのくらい・どんな運動を、いつから始めるか

「運動が良い」ことは分かっても、具体的にどうすればよいか迷う方が多いと思います。現時点でのエビデンスを総合すると、次のような目安が浮かび上がります。第一に、「中強度の有酸素運動を週 150 分」 ― これが Jones ら(Clinical Cancer Research、2025 年)の co-clinical trial で乳腺上皮の増殖を最も抑えた用量であり、Moore ら(JAMA Internal Medicine、2016 年)の大規模解析でも多くのがんで予防効果が認められた用量です。早歩き、サイクリング、軽いジョギング、水泳が代表例です。

第二に、「毎日少しずつ、長く続ける」ことです。Liu ら(Cell Stem Cell、2023 年)の単細胞解析でも、若い時期から長期に続けた運動は炎症性老化(インフラマエージング)を最も効果的に抑えていました。1 日 30 分の早歩きを週 5 日 ― これだけでも 10 年、20 年と続ければ、組織の若返りと発がん抵抗性に大きな差が生まれます。第三に、「過度な運動は逆効果になり得る」 ― Jones らの試験でも、週 300 分の高用量群はむしろ 150 分群より効果が劣りました。中庸が肝要なのです。

始める時期に「遅すぎる」ということはありません。Brett ら(Nature Metabolism、2020 年)が示したように、高齢になってからでも、運動は休眠状態の幹細胞を再び活性化させることができます。ただし、心血管疾患、関節疾患、呼吸器疾患を抱える方は、自己流で激しい運動を始める前に医療機関で評価を受けることが大切です。当院では、心電図、CT、超音波装置、スパイロメトリーを用いて、運動を開始する前のリスク評価から、個別の運動処方、定期フォローまで一貫して対応しています。「動きたいけれど不安」という方は、一度ご相談ください。

おわりに ― 動くことは、治すこと、防ぐこと、若くあること

本コラムでは、Nature Reviews Cancer に発表された最新の Perspective 論文(Zhuang ら、2026 年)を軸に、運動が「組織を修復するシグナル」と「がんに対する耐性を強化するシグナル」を同じ回路で動かしているという、最先端の知見をご紹介しました。エクサカインによる全身臓器への一斉指令、成体幹細胞の若返り、免疫監視の強化、線維化の解消、エピジェネティックな若返り ― これらすべてが、運動という一つの行為によって同時並行で進んでいます。

CHALLENGE 試験(NEJM、2025 年)が示したように、運動は今や「予防」だけでなく「治療」としての地位を確立しつつあります。私たちが日々の診療で出会う患者さま ― 高血圧、糖尿病、脂質異常症、肥満、軽度認知障害、サルコペニア、慢性肺疾患を抱える方々 ― 一人ひとりに対して、「動くこと」を処方することの意味が、これまでになく大きくなっています。

まんかいメディカルクリニックでは、指定運動療法施設として、循環器・呼吸器・代謝の専門評価から運動処方、継続フォローまでを一貫して提供しています。日曜・祝日も診療を行い、CT・超音波による包括的な身体評価のもと、安全に運動を始めていただける環境を整えています。「治しながら防ぐ薬」としての運動 ― その第一歩を、ぜひ私たちと一緒に踏み出してみませんか。

FAQ ― よくあるご質問

Q1. 運動でがん予防になるのは本当ですか? どのくらいの運動量が必要ですか?

はい、極めて多くのエビデンスがあります。Moore らが 1,440,000 人の成人を対象に行ったプール解析(JAMA Internal Medicine、2016 年)では、レジャータイムの身体活動量が多い人は 13 種類のがん(食道 42%減、肝臓 27%減、肺 26%減、腎臓 23%減、胃がん、子宮内膜がん、骨髄性白血病、骨髄腫、大腸がん、頭頸部がん、膀胱がん、乳がん、直腸がん)で発症リスクが低下していました。最も効果が確認されているのは「中強度の有酸素運動を週 150 分」 ― 早歩きなら週 5 日 30 分、サイクリングや水泳でも同等です。Jones らの 2025 年の co-clinical trial(Clinical Cancer Research)では、週 150 分が乳腺上皮細胞の増殖を最も抑える「至適用量」と確認されました。

Q2. 高齢になってから運動を始めても、効果はありますか?

効果は十分にあります。Brett ら(Nature Metabolism、2020 年)は、高齢マウスでも 3 週間の自発的運動だけで筋幹細胞の数が約 70%増加し、再生能力が若いマウス並みに回復することを示しました。さらに Liu ら(Cell Stem Cell、2023 年)は、高齢期の運動が筋・神経・造血幹細胞のすべてで炎症性老化を抑制することを単細胞レベルで証明しています。「もう年だから無理」という常識は科学的に否定されました。ただし、関節疾患、心血管疾患、呼吸器疾患を抱える方は、医師の評価のもとで段階的に始めることが大切です。

Q3. がんと診断されてからの運動は安全ですか? かえって体力を消耗しませんか?

むしろ強く推奨されます。CHALLENGE 試験(Courneya ら、NEJM 2025 年)では、大腸がんの術後補助化学療法を終えた患者 889 名を 3 年間の構造化運動プログラムと健康教育のみに分けた結果、運動群で再発リスクと死亡リスクが有意に低下しました(ハザード比 0.72)。Lavery ら(Cancer Cell、2024 年)による複数のがんを対象とした観察研究でも、診断後の運動が全死亡を 25%以上下げることが報告されています。Kurz ら(Cancer Cell、2022 年)の研究では、運動が筋肉由来の IL-15 を介して膵がんに細胞傷害性 T 細胞を呼び込み、化学療法の効果も高めることが示されました。「がんと診断されたら安静に」という古い常識は、もはや否定されています。

Q4. 運動はどの臓器のがんに最も効くのですか? 効きにくいがんもありますか?

効果には臓器差があります。Lavery、Tammela、Jones ら(Cancer Cell、2024 年)の解析では、乳がん、肺がん、大腸がんで一貫して強い予防効果が認められましたが、卵巣がん・膵がんでは予防効果がはっきりせず、前立腺がんとメラノーマでは逆にリスクがやや上がる傾向がありました(後者はランニング中の紫外線曝露が原因と推測されています)。一方、診断後の運動は前立腺がんでも進行リスクを下げることが分かっており、「予防」と「治療」では異なる効果があります。膵がんでも、Kurz らの研究のように治療段階での運動は腫瘍縮小に寄与する可能性があります。

Q5. 激しい運動の方が良いのですか? それともゆっくりが良いですか?

中強度が最も効率的です。Jones ら(Clinical Cancer Research、2025 年)の co-clinical trial では、週 75 分・150 分・300 分の有酸素運動を比較しましたが、最も効果があったのは週 150 分(中強度)群で、週 300 分の高用量群はむしろ効果が低下しました。これは、過度の運動が逆に酸化ストレスや炎症を増やしてしまう可能性を示唆しています。「会話ができる程度の早歩き」「軽く息が弾むサイクリング」「歌わずに歩ける程度のジョギング」が目安です。週末だけまとめて運動するより、ほぼ毎日 30 分の中強度運動を続ける方が、幹細胞の若返り効果は持続的に得られます。

参考文献

  1. Zhuang X, Wong ES, Tammela T, Jones LW. Stem cells as an essential mediator of the exercise–tumorigenesis link. Nat Rev Cancer. 2026. doi:10.1038/s41568-026-00933-z
  2. Courneya KS, Vardy JL, O’Callaghan CJ, et al. Structured exercise after adjuvant chemotherapy for colon cancer (CHALLENGE trial). N Engl J Med. 2025;393(1):13-25. doi:10.1056/NEJMoa2502760
  3. MoTrPAC Study Group; Amar D, Gay NR, Jean-Beltran PM, et al. Temporal dynamics of the multi-omic response to endurance exercise training. Nature. 2024;629(8010):174-183. doi:10.1038/s41586-023-06877-w
  4. De Miguel Z, Khoury N, Betley MJ, et al. Exercise plasma boosts memory and dampens brain inflammation via clusterin. Nature. 2021;600(7889):494-499. doi:10.1038/s41586-021-04183-x
  5. Brett JO, Arjona M, Ikeda M, et al. Exercise rejuvenates quiescent skeletal muscle stem cells in old mice through restoration of Cyclin D1. Nat Metab. 2020;2(4):307-317. doi:10.1038/s42255-020-0190-0
  6. Kurz E, Hirsch CA, Dalton T, et al. Exercise-induced engagement of the IL-15/IL-15Rα axis promotes anti-tumor immunity in pancreatic cancer. Cancer Cell. 2022;40(7):720-737.e5. doi:10.1016/j.ccell.2022.05.006
  7. Pedersen L, Idorn M, Olofsson GH, et al. Voluntary running suppresses tumor growth through epinephrine- and IL-6-dependent NK cell mobilization and redistribution. Cell Metab. 2016;23(3):554-562. doi:10.1016/j.cmet.2016.01.011
  8. Liu L, Kim S, Buckley MT, et al. Exercise reprograms the inflammatory landscape of multiple stem cell compartments during mammalian aging. Cell Stem Cell. 2023;30(5):689-705.e4. doi:10.1016/j.stem.2023.03.016
  9. Jones LW, Lavery JA, Tsai BL, et al. A co-clinical trial of exercise therapy in breast cancer prevention. Clin Cancer Res. 2025;31(16):3377-3387. doi:10.1158/1078-0432.CCR-24-4298
  10. Moore SC, Lee IM, Weiderpass E, et al. Association of leisure-time physical activity with risk of 26 types of cancer in 1.44 million adults. JAMA Intern Med. 2016;176(6):816-825. doi:10.1001/jamainternmed.2016.1548

※本コラムは医学的情報の提供を目的としたものであり、個別の診断・治療を代替するものではありません。
気になる症状がある方は医療機関にご相談ください。

記事監修者田場 隆介

医療法人社団 青山会 まんかいメディカルクリニック 理事長

医療法人社団青山会代表。兵庫県三田市生まれ、三田小学校、三田学園中学校・同高等学校卒業。 1997(平成9)年岩手医科大学医学部卒業、町医者。聖路加国際病院、淀川キリスト教病院、日本赤十字社医療センター、神戸市立医療センター中央市民病院を経て、2009(平成21)年医療法人社団青山会を継承。 2025年問題の主な舞台である地方の小都市で、少子高齢化時代の主役である子どもと高齢者のケアに取り組んでいる。

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