病気と健康の話

【コレステロール】動脈硬化はもう始まっている—20代から進む“沈黙の血管病”—

はじめに ― 症状がないのに、なぜ「もう始まっている」のか

「健康診断でとくに何も言われていないから、血管は大丈夫」―そう考えている方は少なくありません。しかし近年の研究は、動脈硬化(血管の壁が硬く厚くなり、内側にプラークと呼ばれるコブができる状態)が、症状のまったくない20代・30代のうちから静かに進んでいることを繰り返し示しています。2026年に米国予防循環器学会誌(AmericanJournal of Preventive Cardiology)で発表されたREACT研究(Hasselbalchら, 2026)は、デンマークとスペインの18〜70歳・16,000人を対象に、症状のない「サイレント動脈硬
化」がどの年代からどれだけ広がっているかを、超音波とCTで直接調べようとする大規模プロジェクトです。ハーバード大学のLibby教授はNature誌の総説で、動脈硬化を「数十年かけて進む慢性の炎症性疾患」と位置づけました(Libby, 2021)。つまり、心筋梗塞や
脳梗塞は“ある日突然”起こるように見えて、その下地は何十年も前から準備されているのです。本コラムでは、なぜ動脈硬化が「静かに」始まるのか、それを早く見つけて止める・戻すために今できることは何かを、最新のエビデンスとともに解説します。

1.動脈硬化とは何か ― 血管の内側で静かに進む“詰まりの準備”

動脈硬化とは、心臓や脳へ血液を送る動脈の壁に、コレステロールを中心とした沈着物(プラーク)が少しずつたまり、血管が硬く・狭くなっていく状態を指します。かつては「加齢とともに配管が錆びていく」ような受け身の現象と考えられていましたが、現在で
はまったく違う理解に変わっています。Libby教授はNature誌で、動脈硬化を血管壁のなかで起こる能動的な炎症反応としてとらえ直しました(Libby, 2021)。血液中のLDLコレステロール(いわゆる悪玉コレステロール)が血管の内壁にもぐり込むと、それを処理しよう
と免疫細胞が集まり、慢性的な炎症の火種が生まれます。
この炎症がくすぶり続けることでプラークは徐々に大きくなり、やがて表面が破れて血の塊(血栓)ができると、血管が一気に詰まって心筋梗塞や脳梗塞を引き起こします。重要なのは、この一連のプロセスが痛みも自覚症状もないまま、何年・何十年もかけて進むという点です。だからこそ動脈硬化は「沈黙の血管病」と呼ばれ、気づいたときにはすでに進行していることが少なくないのです。

2.なぜ「静か」なのか ― 症状が出るのは血管がかなり狭くなってから

動脈硬化がこれほど「静か」なのには理由があります。血管はある程度狭くなっても、残った内腔を血液が通り抜けられる限り、胸の痛みや息切れといった症状はほとんど出ません。症状としてあらわれるのは、血管がかなりの割合まで狭くなるか、あるいはプラー
クが突然破れて血栓ができたときです。REACT研究(Hasselbalchら, 2026)も、現在の予防が「すでに心筋梗塞や狭心症などの症状が出た段階(=二次予防)」に偏っており、その手前の“沈黙の段階”がなおざりにされてきたと指摘しています。
実際、症状のない成人を調べたスペインのPESA研究では、40〜54歳という比較的若い世代でも過半数に動脈硬化性プラークが見つかり、その多くが複数の血管領域にまたがって存在していました(Mendietaら, 2023)。さらにFusterらが2024年に米国心臓病学会誌(JACC)で報告した約5,700人・約12年間の追跡研究では、症状がなくてもプラークの量が多い人、その後プラークが増えた人ほど、将来の死亡リスクが高いことが示されています(Fusterら, 2024)。症状がないことは「動脈硬化がない」ことを意味しない―これが、静
かなリスクの本質です。

3.20代・30代から始まっている ― 若い血管に潜むプラークの証拠

「動脈硬化は中高年の病気」というイメージは、もはや正確ではありません。米国の大規模研究CARDIAでは、32〜46歳というまだ若い世代を心臓CTで調べたところ、一定の割合ですでに冠動脈の石灰化(動脈硬化が進んだ証拠のひとつ)が認められ、石灰化のある人はない人に比べて、その後の冠動脈疾患や死亡のリスクが有意に高いことが示されました(Carrら, 2017)。REACT研究(Hasselbalchら, 2026)も、動脈硬化は「人生の早い段階で始まり、数十年かけて静かに蓄積する」ことを前提に、あえて18歳という若い年齢から対象
に含めています。
これは、40歳になる前に危険因子(高いLDLコレステロールや血圧、喫煙など)にさらされること自体が、その後の心血管イベントの独立したリスクになるという知見に基づいています。若いうちは検査値が「基準値内」であっても、わずかな高値が長い年月をかけて血
管に影響を与え続けます。つまり、20代・30代の血管はまだ何ともないように見えても、その内側では動脈硬化の“下ごしらえ”が静かに始まっている可能性があるのです。

4.“コレステロールの借金”は積み重なる ― 累積LDLという考え方

動脈硬化を理解するうえで近年とくに重視されているのが、「今のコレステロール値」だけでなく「これまで血管がコレステロールにさらされてきた総量」です。Domanskiらが2020年にJACCで発表した研究は、これを「cholesterol-years(コレステロール・イヤー
ズ)」という概念で表現しました。同じLDL値でも、より若いうちから長くさらされてきた人ほど、その後の心血管疾患リスクが高いことが示されたのです(Domanskiら, 2020)。いわば、LDLコレステロールは血管に対する“借金”のように少しずつ積み重なり、若いこ
ろからの負債が中年以降に効いてくるというイメージです。
同様に、CARDIA研究の解析(Zhangら, 2021)でも、若年成人期からの累積LDLコレステロール曝露が、現在のLDL値とは独立して将来の心血管イベントと関連することが確認されました。この考え方が示すのは、「症状が出てから」でも「中年になってから」でもなく、
できるだけ早い段階でLDLコレステロールを適正に保つことが、生涯にわたる血管の健康を左右するという事実です。若いうちの少しの高値を“様子見”にしないことが、将来の大きな差につながります。

5.従来のリスク計算では若い人を見逃す ― 10年リスクの限界と30年リスク

健康診断でよく使われる心血管リスクの計算式(欧州のSCORE2や従来のリスクスコア)は、多くが「今後10年間にどれだけ発症するか」を、年齢・性別・コレステロール・血圧・喫煙といった少数の因子から推定します。しかしREACT研究(Hasselbalchら, 2026)は、こうしたツールが40歳未満の若年者では十分に機能せず、実際には血管に動脈硬化が始まっていても「リスクは低い」と判定されてしまう限界を指摘しています。若い人は10年間という短い期間では、数値そのものが低く出やすいためです。
この問題に応えるため、米国心臓協会(AHA)は2024年、腎機能や代謝の指標も取り入れた新しいリスク計算式「PREVENT」を発表し、30年という長期のリスクも推定できるようにしました(Khanら, 2024)。さらに2025年にJACCで報告された研究(Krishnanら, 2025)は、同年代・同性別のなかで自分の30年リスクがどの位置にあるか(パーセンタイル)を示すことで、絶対値では低く見える若年者の“隠れた高リスク”を可視化できると報告しています。10年という物差しだけでは、静かに始まった動脈硬化を見落としかねない――長い時間軸で自分のリスクをとらえ直すことが重要です。

6.画像で“見える化”する時代 ― 超音波・CTで沈黙の動脈硬化を捉える

症状も検査値の異常もない段階の動脈硬化を見つけるには、血管そのものを「見る」ことが有効です。REACT研究(Hasselbalchら, 2026)は、頸動脈と大腿動脈を3D血管超音波で、心臓の冠動脈をCTアンギオグラフィ(造影CT)で調べ、プラークがどの年代からどの血管に、どれだけ広がっているかを直接評価します。血管超音波は放射線を使わず体への負担が少ないため、幅広い年代のスクリーニングに適しています。
前述のFusterら(2024)の研究は、こうした画像で測った“プラークの量”が将来の死亡リスクと強く関連することを示しており、画像による評価が単なる観察にとどまらず、リスクの見極めに役立つことを裏づけています。心臓CTで測る冠動脈石灰化スコアも、若年成
人を含めて将来のリスクを層別化できる指標として確立しつつあります(Carrら, 2017)。
血液検査の数値が「基準値内」でも、画像で見ると血管にはすでに変化が始まっていることがある――だからこそ、必要に応じて超音波やCTで“見える化”することが、静かな動脈硬化の早期発見につながります。

7.静かな動脈硬化は“戻せる”可能性がある ― 進行だけでなく退縮も

動脈硬化と聞くと「一度始まったら止められない」と感じるかもしれません。しかし最新の研究は、必ずしもそうではないことを示しています。PESA研究の6年間の追跡(Mendietaら, 2023)では、症状のない中年世代のプラークは、進行する人がいる一方で、一部の人
ではむしろ退縮(縮小)していたことが報告されました。そして進行と退縮を分ける主な要因が、LDLコレステロール・血圧・血糖・喫煙といった、日々の管理で変えられる危険因子だったのです。
つまり、早い段階で生活習慣を整え、必要ならLDLコレステロールをしっかり下げることで、静かに進む動脈硬化にブレーキをかけ、場合によっては巻き戻せる可能性があるということです。2025年に改訂された欧州(ESC/EAS)の脂質管理ガイドラインも、リスクに応
じてLDLコレステロールをより早く・より低く保つ方針を打ち出しています(ESC/EAS,2025)。「もう手遅れ」ではなく、「気づいた今が、いちばん早い」―静かな動脈硬化に対して、私たちにできることは決して少なくありません。

おわりに ― 「気づいたとき」ではなく「気づく前」に

ここまで見てきたように、動脈硬化は症状のないまま20代・30代から静かに始まり、LDLコレステロールへの曝露が長い年月をかけて積み重なっていきます(Domanskiら,2020;Hasselbalchら, 2026)。従来の10年リスク計算では若い世代の“隠れたリスク”を
見逃しやすい一方、画像による評価や長期リスクの視点、そして早期の生活習慣・脂質管理によって、進行を止め、時に巻き戻せる可能性も見えてきました(Mendietaら, 2023)。大切なのは、「胸が痛くなってから」ではなく、その手前で自分の血管の状態を知ること
です。                                                          まんかいメディカルクリニックでは、CT・超音波装置を備え、血圧・血糖・脂質などの検査から、運動療法を含む生活習慣の改善まで、一人ひとりのリスクに合わせたサポートを行っています。日気になる症状のある方はもちろん、「まだ何ともないうちに調べておき
たい」という方にも安心してご相談いただけます。静かに始まっている変化に、早めに耳を傾けてください。

FAQ ― よくあるご質問

Q1. 健康診断でコレステロールが「基準値内」なら、動脈硬化の心配はいりませんか?

基準値内であっても安心とは限りません。動脈硬化は「今の値」だけでなく「これまで血管がLDLコレステロールにさらされてきた総量」の影響を強く受けるためです。
Domanskiら(2020, JACC)は、若いころから長くLDLにさらされてきた人ほど、同じ値でも将来の心血管リスクが高いことを示しました。基準値ぎりぎりの高値を長年放置すると、少しずつ血管に負担が蓄積します。値が正常範囲でも、家族歴や他の危険因子があ
る場合は、より長い時間軸でリスクをとらえることが大切です。

Q2. 若い人でも動脈硬化の検査を受けたほうがよいのですか?

症状がなくても、若い世代の血管にすでに変化が始まっていることがあります。米国のCARDIA研究(Carrら, 2017)では、32〜46歳でも一定の割合で冠動脈の石灰化が見つかり、その人たちは将来の冠動脈疾患・死亡リスクが高いことが示されました。REACT研
究(Hasselbalchら, 2026)も18歳から対象に含めています。すべての若年者に画像検査が必要というわけではありませんが、家族に若くして心筋梗塞や脳梗塞を起こした方がいる、コレステロールや血圧が高めといった場合は、医師に相談して評価を検討する価値があります。

Q3. 動脈硬化は一度始まったら、もう止められないのですか?

必ずしもそうではありません。PESA研究の6年間の追跡(Mendietaら, 2023)では、症状のない中年世代のプラークが進行する人がいる一方で、一部では退縮(縮小)していたことが報告されています。その差を左右していたのが、LDLコレステロール・血圧・血
糖・喫煙といった管理可能な危険因子でした。早い段階で生活習慣を整え、必要に応じてLDLをしっかり下げることで、進行を抑え、場合によっては巻き戻せる可能性があります。「手遅れ」と決めつけず、できることから始めることが重要です。

Q4. 心血管リスクの計算で「低リスク」と言われました。安心してよいですか?

多くのリスク計算式は「今後10年間」の発症確率を推定しますが、若い世代ではこの短い期間だと数値が低く出やすく、実際には血管に変化が始まっていても「低リスク」と判定されることがあります(Hasselbalchら, 2026)。米国では2024年に、より長期(30
年)のリスクも見られる新しい計算式PREVENTが登場し(Khanら, 2024)、2025年の研究(Krishnanら, 2025)は同年代内での自分の位置づけから“隠れた高リスク”を可視化できると報告しています。10年という物差しだけで安心せず、長い時間軸で考えることをおすすめします。

Q5. 動脈硬化を防ぐために、まず何から始めればよいですか?

基本は、LDLコレステロール・血圧・血糖を適正に保ち、禁煙し、運動習慣を身につけることです。これらはPESA研究(Mendietaら, 2023)でプラークの進行・退縮を分けた要因でもあり、早く始めるほど効果が期待できます。2025年の欧州(ESC/EAS)ガイドライ
ンも、リスクに応じてLDLをより早く・低く保つ方針を示しています(ESC/EAS, 2025)。
まずは自分の数値と危険因子を正しく把握することが第一歩です。気になる方は、生活習慣の見直しや必要な検査について、かかりつけ医にご相談ください。

参考文献

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記事監修者田場 隆介

医療法人社団 青山会 まんかいメディカルクリニック 理事長

医療法人社団青山会代表。兵庫県三田市生まれ、三田小学校、三田学園中学校・同高等学校卒業。 1997(平成9)年岩手医科大学医学部卒業、町医者。聖路加国際病院、淀川キリスト教病院、日本赤十字社医療センター、神戸市立医療センター中央市民病院を経て、2009(平成21)年医療法人社団青山会を継承。 2025年問題の主な舞台である地方の小都市で、少子高齢化時代の主役である子どもと高齢者のケアに取り組んでいる。

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