病気と健康の話

【脂質異常症】「時間がない」人ほど運動を ―ストレスから血管・心臓・脳を守る最新科学

はじめに ― 「ストレスは避けられない」時代をどう生きるか

仕事の締め切り、家族の心配、人間関係のすれ違い。私たちの毎日は、大小さまざまなストレスの連続です。「ストレスをためないようにしましょう」とよく言われますが、現実にはストレスを完全に避けて暮らすことはできません。では、避けられないストレスと、私たちはどう付き合えばよいのでしょうか。そして、「忙しくて運動する時間がない」という方ほど、実はストレスの影響を強く受けやすい状態にあるのかもしれません。
2026 年5月、米国心臓病学会(ACC)の学術誌JACC: Basic to Translational Scienceに、この問いに一つの答えを示す論文が発表されました。ドイツ・ミュンヘン工科大学の MeyerLindemann らの研究チームは、急性の精神的ストレスが血管の中に炎症を引き起こすこと、そして日ごろから運動している体ではその炎症が明らかに小さく抑えられることを、動物実験とヒトの観察研究の両面から示したのです(Meyer-Lindemann et al., JACC Basic Transl Sci 2026)。
本コラムでは、この最新研究を軸に、欧米の権威ある学術誌に発表された論文を交えながら、「ストレスがなぜ心臓や血管に悪いのか」「運動はなぜそれを和らげるのか」「心の健康にも運動が効くのか」、そして「明日から何をすればよいのか」を順にご紹介します。運動は、体のためだけでなく、心と血管の両方をストレスから守る、もっとも身近な手段なのです。

1. ストレスは「心の問題」だけではない ― 心臓と血管を直撃する見えないリスク

精神的ストレスは、高血圧や糖尿病、喫煙などと並ぶ心血管病の危険因子として、近年あらためて注目されています。その有名な例が、2006年のサッカー・ワールドカップ ドイツ大会の際にミュンヘン周辺で行われた調査です。ドイツ代表の試合が行われた日には、心筋梗塞や重い不整脈などで救急搬送される心臓の緊急事態が、比較期間と比べて約2.7倍に増えていました(Wilbert-Lampen et al., N Engl J Med 2008)。応援する試合に一喜一憂する、その強い感情の揺れそのものが、心臓への負担になり得ることを示した代表的な研究です。
こうした知見を受けて、欧州心臓病学会(ESC)は2025年、心の健康と心血管病の関係について初めての臨床コンセンサス・ステートメントを発表しました。そこでは、心の不調と心血管病が互いのリスクを高め合う関係にあることが明記され、心血管病の診療ではメンタルヘルスの症状を定期的に確認すること、健康な人の心血管リスク評価にも心理社会的な要因を含めることなどが推奨されています(Bueno, Deaton et al., Eur Heart J 2025)。ストレスはもはや「気の持ちよう」ではなく、医学的に向き合うべき心血管リスクとして位置づけられつつあるのです。

2. ストレスが血管に炎症を起こすしくみ ― ノルアドレナリンと白血球の「大移動」

では、ストレスはどのようにして血管を傷つけるのでしょうか。動脈硬化は、単にコレステロールが血管の壁にたまる病気ではなく、白血球などの免疫細胞が集まって起こる「血管の慢性的な炎症」であることが分かっています。ミュンヘンの同じ研究グループは 2021 年、動脈硬化のあるマウスに急性の精神的ストレスを与えると、血液中の白血球が短時間のうちに動脈硬化の病変(プラーク)へと移動し、血管の炎症が強まってプラークが不安定になることを報告しました(Hinterdobler et al., Eur Heart J 2021)。
この現象の引き金となるのが、交感神経の神経伝達物質であるノルアドレナリンです。ストレスを感じると、血管の壁の近くでノルアドレナリンが放出され、血管の内側を覆う内皮細胞が「活性化」します。活性化した内皮細胞は、白血球をつかまえる接着分子や、白血球を呼び寄せるケモカインと呼ばれる物質を増やします。その結果、血液中を流れていた白血球が血管の壁にくっつき、プラークの中へと入り込んでいくのです。
プラークの中に入った白血球は炎症性の物質を出し、プラークを破れやすくします。プラークが破れると、そこに血栓ができて心筋梗塞や脳梗塞につながります。つまり、ストレスを感じたその瞬間から、体の中では「白血球の大移動」が始まっているのです。

3. 運動習慣のあるマウスは、ストレスに強かった ― 2026年JACC論文の核心

Meyer-Lindemann らは、この「ストレスによる白血球の大移動」を運動が抑えられるかどうかを調べました。動脈硬化を起こしやすい遺伝子改変マウスに8週間、高コレステロールの餌を与え、半数のマウスのケージにだけ回し車を置いて、6 週間自由に走れるようにしました。走ったマウスは1日平均7.4kmほど走っていました。その後、すべてのマウスに3時間の拘束ストレス(狭い筒の中で動けない状態にする、マウスの精神的ストレスモデル)を与えて比較しました(Meyer-Lindemann et al., JACC Basic Transl Sci 2026)。
結果は明快でした。運動していないマウスでは、ストレスによって血液中の白血球の約 75%が血流から姿を消し、組織へと移動していました。一方、運動していたマウスで消えたのは約 51%にとどまりました。さらに、プラークの中の好中球、炎症性の単球、マクロファージといった炎症細胞の数は、運動していたマウスのほうが明らかに少なく、炎症を起こす TNFやIL-1β、プラークを壊れやすくする酵素MMP10の遺伝子の働きも低下していました。
注目すべきは、コレステロール値や体重には両群で差がなかったことです。つまり、運動の効果は「痩せたから」「コレステロールが下がったから」ではなく、ストレスに対する体の反応そのものが変わったことによるものと考えられます。

4. 血管の「玄関」が閉じていた ― 内皮細胞とノルアドレナリンの鎮静化

なぜ運動していたマウスでは、白血球がプラークに入りにくかったのでしょうか。研究チームは、白血球の入口となる血管内皮細胞に注目しました。運動していたマウスでは、ストレスの後でも、白血球をつかまえる接着分子ICAM-1やICAM-2の量が少なく、VCAM-1や、白血球を呼び寄せるケモカイン(CCL2、CCL3、CCL5)の遺伝子の働きも低下していました。いわば、血管の「玄関」が閉じた状態に保たれていたのです(Meyer-Lindemann et al., JACC Basic Transl Sci 2026)。
さらに興味深いのは、ストレスホルモンの測定結果です。血液中のノルアドレナリン、アドレナリン、コルチコステロン(ヒトのコルチゾールに相当)の濃度は、運動の有無で差がありませんでした。ところが、大動脈の壁の中のノルアドレナリンは、運動していたマウスで明らかに低く、ノルアドレナリンを合成する酵素(チロシン水酸化酵素)の量も減っていました。運動は、全身のストレス反応を消すのではなく、血管の現場で起こる「局所の過剰反応」を鎮めていたのです。
加えて、運動していたマウスから取り出した白血球を、運動していないマウスに移植すると、その白血球はストレスを受けてもプラークに入りにくいことも示されました。運動は白血球そのものの「性質」も変えていたことになります。運動が骨髄での炎症細胞の産生を抑えることは以前から報告されており(Frodermann et al., Nat Med 2019)、今回の研究はその知見をストレスの場面にまで広げたものといえます。

5. ユーロ2024の観戦で確かめられた人間の反応 ― サッカーで揺れた白血球

動物実験の結果は、人間にも当てはまるのでしょうか。研究チームは、2024 年のサッカー欧州選手権(ユーロ 2024)の準々決勝、ドイツ対スペイン戦に着目しました。延長戦の末に地元ドイツが1対2で敗れたこの試合を観戦した、熱心なドイツ代表サポーター20人(平均年齢約 30 歳、健康な非喫煙者)を対象に、試合の前日と試合直後に採血を行ったのです(Meyer-Lindemann et al., JACC Basic Transl Sci 2026)。
参加者は、週 150 分以上の運動をしている「運動群」10 人と、それ未満の「非運動群」10人に分けられました。運動群は平均で週に約450分の運動をしていたのに対し、非運動群は週100 分程度で、1日の座っている時間も約8時間と長めでした。試合後のストレスの感じ方は両群とも同じように高まりましたが、血液の反応には差が出ました。非運動群では試合後に血液中の白血球、特に炎症性の「古典的単球」が減少していたのに対し、運動群では白血球の数はほとんど変化しなかったのです。
血液から白血球が減るということは、マウスと同じように、白血球がどこかの組織へ移動した可能性を示しています。ただし、この観察は 20 人という小規模なもので、対照群も設けられておらず、著者ら自身も解釈には慎重さが必要だと述べています。それでも、「日常の感情的ストレスでも免疫細胞は動き、運動習慣がその揺れを小さくする」ことを、ヒトで初めて示唆した意義は大きいといえます。

6. 脳からも見えてきた運動の効用 ― ストレス中枢と心臓をつなぐ回路

運動がストレスと心血管病の関係を和らげることは、脳の側からも裏付けられています。米国マサチューセッツ総合病院のZureigatらは、5万人以上の住民データを約10年間追跡し、運動の推奨量を満たしている人は、満たしていない人に比べて心血管病の発症リスクが約23%低いことを示しました(Zureigat et al., J Am Coll Cardiol 2024)。
このうち約770人の脳画像検査を解析したところ、運動している人ほど、恐怖や不安に反応する脳の部位(扁桃体)を中心とした「ストレス関連の脳活動」が低く、その一部は、ストレス中枢にブレーキをかける前頭前野の働きが高まることで説明されました。そして、運動による心血管病の予防効果は、うつ病を抱える人では、そうでない人の約2倍大きかったのです。
つまり、運動は脳ではストレスの「アクセル」を緩めてブレーキを強め、血管ではストレスによる炎症の「入口」を閉じる、という二重の守りとして働いていると考えられます。今回のMeyer-Lindemann らの研究は、このうち血管の側で起きている現象を、細胞と分子のレベルで明らかにしたものといえるでしょう。

7. 運動はメンタルの「薬」でもある ― うつ・不安へのエビデンス

運動が心の健康を守ることも、多くの研究で確かめられています。2024年に英国医師会雑誌BMJ に発表された、218 件のランダム化比較試験、約1万4千人を統合したネットワーク・メタ解析では、ウォーキングやジョギング、ヨガ、筋力トレーニングなどの運動が、いずれもうつ症状を中等度に改善することが示されました。さらに、強度の高い運動ほど効果が大きい傾向がみられ、著者らは運動を、心理療法や薬物療法と並ぶうつ病治療の中心的な選択肢として検討すべきだと述べています(Noetel et al., BMJ 2024)。
特別な運動でなくても効果は期待できます。2025年にLancet Public Healthに発表された歩数に関する大規模なメタ解析では、1日7,000 歩程度歩く人は、2,000 歩程度の人と比べて、死亡リスクが約47%、認知症のリスクが約38%、うつ症状のリスクが約22%低いことが報告されました(Ding et al., Lancet Public Health 2025)。「1日1万歩」でなくても、日々の歩行を少し増やすだけで、心と体の両方に恩恵があるのです。
先に紹介したESCのコンセンサス・ステートメントも、心の不調と心血管病を一体として診る必要性を強調しています(Bueno, Deaton et al., Eur Heart J 2025)。運動は、その両方に同時に働きかけることのできる、数少ない「副作用のない処方」と言ってよいでしょう。

8. 今日からできる「ストレスに強い体」のつくり方 ― 週150分と、1 日数分のこまめな活動

世界保健機関(WHO)の研究者らによる2024年の解析では、2022年時点で世界の成人の約31%、およそ 18 億人が推奨される身体活動量を満たしておらず、その割合は年々増えていると報告されています(Strain et al., Lancet Glob Health 2024)。欧州心臓病学会などの予防ガイドラインは、週150〜300 分の中等度の有酸素運動、または週 75〜150 分の高強度の運動を推奨しており、今回のヒト研究でも「週 150 分以上」が運動群の目安とされていました(Meyer-Lindemann et al., JACC Basic Transl Sci 2026)。
まとまった運動時間が取れない方にも朗報があります。腕時計型の活動量計で約2万2千人を追跡した研究では、階段を駆け上がる、早足で歩く、といった 1〜2 分程度の「生活の中の短い高強度の動き」を1日に数回行う女性は、まったく行わない女性に比べて、心筋梗塞や心不全などの重大な心血管イベントのリスクが約 45%低いことが示されました(Stamatakis et al., Br J Sports Med 2024)。
実践のポイントは三つです。第一に、早歩きやジョギングなど、少し息がはずむ有酸素運動を週150分を目標に続けること。第二に、エレベーターより階段を選ぶなど、日常の中にこまめな動きを散りばめること。第三に、長時間座り続けないことです。今回の研究でも、運動しない人は1日約8時間座っていました。そして、ストレスの強い日こそ、少しでも体を動かすことを意識してみてください。それは心を整えると同時に、血管の炎症を鎮める行動でもあるのです。

おわりに ― ストレスを「なくす」のではなく、「受け止められる体」をつくる

2026 年の Meyer-Lindemann らの研究は、精神的ストレスが血管の中で炎症を起こすしくみと、運動習慣がそれを和らげるしくみを、マウスとヒトの両方から示しました。運動は、血管の壁で起こるノルアドレナリンの過剰な反応を鎮め、血管の「玄関」である内皮細胞を落ち着かせ、白血球そのものの性質まで変えていました。脳研究やメンタルヘルスの大規模研究と合わせて考えると、運動は心と血管の両方を同時に守る、もっとも身近で確かな手段だといえます。
ストレスをゼロにすることはできません。しかし、ストレスに負けにくい体をつくることはできます。まんかいメディカルクリニックでは、内科・呼吸器内科・内分泌内科の診療に加え、運動療法にも力を入れており、体力や持病に合わせた安全な運動の始め方をご提案しています。動脈硬化が気になる方には、CT や超音波検査で血管の状態を確認することも可能です。日曜・祝日も診療しておりますので、「最近ストレスが続いている」「運動を始めたいが何から始めればよいか分からない」という方は、どうぞお気軽にご相談ください。

FAQ ― よくあるご質問

Q1. ストレスで本当に心筋梗塞や脳梗塞が起こるのですか?

ストレスだけで必ず起こるわけではありませんが、引き金になり得ることは多くの研究で示されています。2006 年のサッカー・ワールドカップでは、ドイツ代表の試合日に心臓の緊急事態が約2.7倍に増えました(Wilbert-Lampen et al., N Engl J Med 2008)。マウスの研究では、急性ストレスが白血球を動脈硬化の病変に呼び込み、プラークを不安定にすることも分かっています(Hinterdobler et al., Eur Heart J 2021)。特に、すでに動脈硬化がある方、高血圧や糖尿病、脂質異常症をお持ちの方は、ストレスの影響を受けやすいと考えられます。

Q2. ストレス解消には、どんな運動が効果的ですか?

今回の JACC 論文で調べられたのは、ランニングのような持久系の運動です(MeyerLindemann et al., JACC Basic Transl Sci 2026)。一方、うつ症状については、ウォーキング・ジョギング、ヨガ、筋力トレーニングのいずれにも効果が確認されており、強度が高めのほうが効果が大きい傾向がありました(Noetel et al., BMJ 2024)。大切なのは「続けられること」です。早歩きのように少し息がはずむ運動を基本に、楽しめるものを組み合わせるのがおすすめです。

Q3. 忙しくて運動の時間が取れません。それでも意味はありますか?

あります。階段を駆け上がる、早足で歩くといった1〜2分程度の短い活動を1日に数回行うだけでも、女性では重大な心血管イベントのリスクが約 45%低いという報告があります(Stamatakis et al., Br J Sports Med 2024)。また、1 日 7,000 歩程度の歩行で、うつ症状のリスクが約22%低いことも示されています(Ding et al., Lancet Public Health 2025)。通勤や買い物の歩き方を少し変えることから始めてみてください。

Q4. ストレスが強い日に運動すると、かえって心臓に負担になりませんか?

健康な方であれば、ストレスの強い日に軽めから中等度の運動を行うことは、心を落ち着かせる助けになります。運動は脳のストレス中枢の活動を下げる方向に働くことが示されています(Zureigat et al., J Am Coll Cardiol 2024)。ただし、胸の痛みや息切れ、動悸、めまいなどの症状がある方、心臓病や重い持病をお持ちの方は、運動を始める前に必ず医師にご相談ください。体調がすぐれない日は無理をせず、散歩程度にとどめることも大切です。

Q5. 気分の落ち込みが続いています。運動だけで治りますか?

運動はうつ症状の改善に有効ですが、症状が重い場合や長く続く場合には、運動だけに頼らず、心療内科・精神科での治療と組み合わせることが大切です(Noetel et al., BMJ 2024)。欧州心臓病学会も、心の不調と心血管病を一体として診ることを推奨しています(Bueno, Deaton et al., Eur Heart J 2025)。眠れない、食欲がない、何をしても楽しくない状態が2週間以上続く場合は、早めに医療機関にご相談ください。

参考文献

1. Meyer-Lindemann U, Borbil K, Schwab M, et al. Exercise Reverses Mental Stress–Induced
 Vascular Inflammation and Builds Stress Resilience. JACC Basic Transl Sci.
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2. Hinterdobler J, Schott S, Jin H, et al. Acute mental stress drives vascular
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3. Wilbert-Lampen U, Leistner D, Greven S, et al. Cardiovascular events during World Cup
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9. Strain T, Flaxman S, Guthold R, et al. National, regional, and global trends in
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※本コラムは医学的情報の提供を目的としたものであり、個別の診断・治療を代替するものではありません。気になる症状がある方は医療機関にご相談ください。

記事監修者田場 隆介

医療法人社団 青山会 まんかいメディカルクリニック 理事長

医療法人社団青山会代表。兵庫県三田市生まれ、三田小学校、三田学園中学校・同高等学校卒業。 1997(平成9)年岩手医科大学医学部卒業、町医者。聖路加国際病院、淀川キリスト教病院、日本赤十字社医療センター、神戸市立医療センター中央市民病院を経て、2009(平成21)年医療法人社団青山会を継承。 2025年問題の主な舞台である地方の小都市で、少子高齢化時代の主役である子どもと高齢者のケアに取り組んでいる。

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