【発熱外来】季節はもうウイルスを縛らない ―アジア・オセアニアで猛威を振るうH1N1インフルエンザと、冬を狙うコロナ新変異株PJ.2.1―
はじめに ― 「インフルエンザは冬の病気」ではなくなった
夏休み前に学級閉鎖の連絡が入り、夏休み中はこどもを中心としたコロナと、後半には大人を中心としたインフルエンザ、新学期が始まってその両方が増え続けています。これは日本だけでなく、お隣の韓国でも、両方が流行する「ツインデミック」の状況下にあります。厚生労働省の発表によれば、2026年第34週(8月17日〜23日)の全国のインフルエンザ定点当たり報告数は、前年同週の0.31と比べると3倍以上であり、感染症法が施行された1999年以降では現在の流行の中心であるH1N1インフルエンザが出現した2009年に次いで、2番目に早い流行入りとなりました。
さらに注目すべきは、流行しているウイルスの「顔ぶれ」が昨シーズンと入れ替わっていることです。現在検出されているインフルエンザウイルスの多くは A(H1N1)pdm09 型で、昨秋から冬にかけて主流だった A(H3N2)型とは異なる亜型が主役に躍り出ています。そして同じ現象が、韓国、台湾、香港、インド、さらには南半球のニュージーランドまで、アジア・太平洋・オセアニアの広い範囲で同時に起きています。
一方で、新型コロナウイルスも静かに姿を変え続けています。この夏、子どもたちのあいだで広がったBA.3.2(いわゆる「セミ型」)は、すでにPQ.16.1.1という別の系統に主役の座を譲りつつあります。そして今、世界の専門家がもっとも注視しているのが PJ.2.1 という変異株です。2026年9月にbioRxivへ公開されたYunlong Cao博士らの研究は、この変異株が「ヒト ACE2 受容体への結合力が現行のどの流行株よりも強い」ことを実験的に示しました(He et al., 2026)。
本コラムでは、いま世界で何が起きているのかを疫学データで確認したうえで、ワクチンと抗ウイルス薬に関する欧米の最新エビデンスを整理し、最後に「この冬、PJ.2.1 は波を作るのか」という問いに、現時点でわかっていることの範囲でお答えします。
1. 8 月の流行入り ― 1999年以降で2番目に早い夏のインフルエンザ
日本のインフルエンザ・サーベイランスは、全国約3,000か所の定点医療機関からの報告に基づいています。定点当たり報告数が 1.00 を超えた時点で「流行入り」と判断されますが、この基準を超えたのが今年は8月下旬でした。例年であれば11月下旬から12月初旬にあたる出来事が、3 か月以上前倒しで起きたことになります。報告数はその後も増加を続け、第34 週時点で9週連続の増加という異例の経過をたどっています。
重要なのは、この流行が「子どもから始まっているが、子どもだけで終わらない」という点です。報告されている患者さんは0〜9歳の小児が目立つ一方で、新規入院患者167例のうち約半数を 70 歳以上の高齢者が占めています。つまり、学校という場で増幅されたウイルスが家庭に持ち込まれ、最終的に入院を要するのは祖父母世代という構図です。ご高齢の患者さんにとっても、これは他人事ではありません。
「まだ9月なのにワクチンを打つのは早すぎないか」というご相談をよくいただきます。しかし今シーズンに関しては、流行がすでに立ち上がっている以上、接種を先延ばしにする理由は乏しいと考えています。抗体価が十分に上がるまでには接種後およそ2週間を要しますから、流行の立ち上がりに間に合わせるには、むしろ早めの判断が必要です。
2. アジア・太平洋・オセアニアで同時に起きていること
視野を海外に広げると、この夏の異変が日本だけのものではないことがはっきりします。韓国では疾病管理庁が2026年9月11日、「2026-2027シーズン インフルエンザ流行警報」を発令しました。第 36 週(8 月 30 日〜9 月 5 日)のインフルエンザ様疾患の患者分率は外来1,000 人当たり 25.3 人に達し、流行基準の12.9 人を大きく超えています。前年同期は6.6人でしたから、約4倍の水準です。とりわけ7〜12歳では75.1人と突出しており、学齢期の子どもを中心に急速に拡大していることがうかがえます。韓国政府は9月21日から国家予防接種を段階的に開始する方針を示しました。
台湾では亜型判定されたインフルエンザA型のうちH1N1が79.4%を占め、香港でも亜型判定された1,106検体のうち942検体(約85%)がH1でした。インドでは首都デリーで9月2日までの3週間に3,000例を超える報告があり、インド医学研究評議会(ICMR)は2026年9月、H1N1 はあくまで季節性インフルエンザであるとの見解を示したうえで、高齢者・妊婦・基礎疾患のある方・免疫が低下している方への季節性インフルエンザワクチン接種を改めて推奨しました。インド国内では北半球用ワクチンが入手可能であり、南半球用ワクチンも現在流行しているH1N1株に対する選択肢となりうるとしています。
南半球のニュージーランドでは、事態はさらに深刻でした。2026年8月、保健当局トップは「過去 10 年で最大のインフルエンザ流行により医療システム全体が圧迫されている」と述べています。オークランドの4病院では8月9日から16日の1週間に重症急性呼吸器感染症で177人が入院し、前週の125人から4割増加しました。電話相談窓口への入電は7月比で約 20%増え、増員対応を余儀なくされています。冬を終えたはずの南半球で流行が長引き、夏のはずの北半球で流行が始まる。「季節」という枠組みが、いま確かに揺らいでいます。
3. なぜ今H1N1なのか ― 亜型の交代と抗原ドリフト
インフルエンザA型には、ウイルス表面のタンパク質の組み合わせによってH1N1、H3N2 といった「亜型」が存在します。多くの地域で今シーズン主役となっている A(H1N1)pdm09 は、2009 年の新型インフルエンザとして世界に広がったウイルスの子孫にあたり、その後は季節性インフルエンザの一員として定着しました。昨シーズンの北半球は A(H3N2)、とりわけ抗原性が変化した「サブクレード K」が主流でしたから、今回は亜型そのものが入れ替わったことになります。
亜型が交代すると、集団の免疫状況が大きく変わります。昨シーズンに H3N2 に感染して免疫を得た方も、H1N1に対してはその免疫がほとんど役に立ちません。加えて、H1N1pdm09自体も少しずつ形を変えています。フィンランドの国立機関が医療従事者を対象に行った研究(Ikonen et al., Euro Surveill 2026)では、2025/26 シーズンに出現したA(H1N1)pdm09サブクレードD.3.1に対する中和抗体応答が、ワクチン接種後であっても従来株に比べて低下していたことが報告されました。同じ研究ではA(H3N2)サブクレードKに対する応答低下も確認されています。
この抗原変化を受けて、世界保健機関(WHO)は2026年2月、2026/27年北半球シーズンのインフルエンザワクチンについて、A(H1N1)pdm09 成分を A/Missouri/11/2025 類似株へ更新することを勧告しました。前シーズンまで使われていた株からの変更です。裏を返せば、それだけウイルス側が動いたということであり、過去の感染歴やワクチン接種歴があっても再感染しうる状況が生まれていると理解しておく必要があります。
4. ワクチンはどこまで効くのか ― 欧米の最新有効性データ
「インフルエンザワクチンは効かない」という声を耳にすることがあります。正確には、「感染をゼロにはできないが、重症化と入院をはっきり減らす」というのが現時点での科学的な合意です。2026年にClinical Microbiology and Infection誌に掲載された系統的レビュー・メタ解析(Yegorov et al., 2026)は、165件の観察研究を統合し、ワクチンの有効性が入院に対して42%(95%信頼区間39〜44)、死亡に対して36%、肺炎に対して51%、集中治療室入室に対して52%、人工呼吸管理に対して55%であったと報告しています。
直近のシーズンの実測値も出そろってきました。米国CDCの中間解析(Maloney et al., MMWR 2026)では、2025-26 シーズンの有効性は小児・青年で外来受診に対し38〜41%、入院に対し41%、成人では外来 22〜34%、入院 30%でした。ヨーロッパ 19 か国・9 件の研究を統合したEurosurveillance の報告(Lucaccioni et al., 2026)でも、A 型に対する有効性は25〜45%、小児では 47〜72%と、抗原ドリフトが起きたシーズンとしては例年並みの水準が保たれていました。
年齢による差も明らかになっています。フランスの外来患者を対象とした中間解析(De Clercq et al., Euro Surveill 2026)では、有効性は0〜17歳で57%、18〜64歳で45%、65歳以上では 28%でした。高齢になるほど免疫応答が弱まるという、免疫老化の現実がここに表れています。だからこそ高齢の方には、ワクチンに加えて「周囲の家族が打つ」という戦略が重要になります。お孫さんやご家族の接種が、結果的にご高齢の方を守ることにつながります。
5. 高齢者を守る選択肢
高齢者でワクチンの効きが落ちるという課題に対し、欧米では抗原量を増やした「高用量インフルエンザワクチン」の大規模検証が進んでいます。2025 年に Lancet 誌へ掲載されたFLUNITY-HD 解析(Johansen et al., 2025)は、デンマークの DANFLU-2 試験とスペインのGALFLU 試験を個人レベルで統合したもので、平均年齢73.3歳の466,320人という空前の規模です。
結果は示唆に富むものでした。インフルエンザまたは肺炎による入院に対する高用量ワクチンの相対的有効性は 8.8%(95%信頼区間 1.7〜15.5、p=0.0082)と、標準用量に比べて統計学的に有意な上乗せ効果が確認されました。さらに、検査で確定したインフルエンザによる入院に限れば相対的有効性は 31.9%(19.7〜42.2、p<0.0001)に達し、心肺疾患による入院も6.3%減少しています。一方で全死因死亡には有意差が認められず、1 件の入院を防ぐために必要な接種数は1,839人と試算されました。
この数字をどう読むかは重要です。個人にとっての上乗せ効果は「劇的」というほどではありませんが、地域全体では確実に入院を減らします。日本では高用量ワクチンはまだ認可されていませんが、こうした研究は「高齢者には高齢者向けの設計が要る」という方向性を示しています。
6. 抗ウイルス薬の新しい役割 ― 「治す」から「うつさない」へ
インフルエンザの治療薬というと、発熱期間を1日程度短縮するもの、という理解が一般的でした。しかしこの認識を書き換える研究が、2025 年に The New England Journal of Medicine 誌へ発表されています。CENTERSTONE試験(Monto et al., 2025)は、世界272施設で4,000 人以上を対象に行われた第III相ランダム化比較試験で、バロキサビル マルボキシル(ゾフルーザ)を単回投与された患者さんの家庭内接触者へウイルスが伝播するかどうかを検証しました。
結果は明確でした。家庭内接触者への感染はプラセボ群で 13.4%であったのに対し、バロキサビル群では9.5%にとどまり、調整オッズ比は0.68(95.38%信頼区間0.50〜0.93、p=0.013)、すなわち伝播のオッズを約 32%減少させました。抗ウイルス薬が呼吸器ウイルスの「拡散そのもの」を抑えることを第III相試験で示した、世界で初めての報告です。
この知見は、ご家庭に受験生がいる場合、高齢のご家族と同居している場合、あるいは介護施設や在宅医療の現場で、治療方針の考え方を変えうるものです。もちろん薬剤選択は年齢、基礎疾患、腎機能、耐性ウイルスの動向などを総合して判断する必要があり、すべての方にバロキサビルが最適というわけではありません。ただ、「自分が早く治る」だけでなく「家族にうつさない」という視点が加わったことは、臨床的に大きな前進です。
7. 新型コロナの現在地 ―子どもたちの夏
インフルエンザに注目が集まる一方で、新型コロナウイルスの世界でも主役の交代が進んでいます。当院が今年の夏にお伝えしたBA.3.2、いわゆる「セミ型」は、2025年12月にWHOから注目すべき変異株(VUM)に指定され、2026 年春にかけて国内でも優勢となりました。子どもたちのあいだで広がったのが特徴でしたが、その優位はすでに揺らいでいます。
埼玉県衛生研究所のゲノムサーベイランスによれば、同県では2026年4月中旬からBA.3.2が主流となったものの、6月中旬にはPQ.16.1.1 とその子孫株が出現し、8 月下旬時点では「明らかに優勢な単一の株は認められず、BA.3.2、PQ.16.1.1、PQ.16.1.1 以外の NB.1.8.1系統がそれぞれ一定の割合を占める」状況になっています。PQ.16.1.1は2026年7月27日にWHOからVUMに指定されました。この夏のあいだに、静かに、しかし確実に入れ替わりが進んでいたことになります。
BA.3.2 には興味深い特徴があります。フランスの研究者による総説(Fourati & Loubet, New Microbes New Infect 2026)は、BA.3.2 系統がワクチン誘導抗体に対して強い抵抗性を示す一方で、ACE2 への結合能はむしろ低下していると指摘しています。同時に、JN.1 由来の変異株が既承認モノクローナル抗体すべてに耐性であるのに対し、BA.3.2はsipavibart 耐性をもたらすF456L置換を欠いており、免疫不全の患者さんにとっての予防選択肢が残されている可能性にも言及しています。免疫逃避と結合力のどちらを取るか。ウイルスの進化には、常にこのトレードオフが働いています。
8. 気になるPJ.2.1 ― 高齢者の冬、ACE2親和性を極めた「鍵」の話
そして今、世界の変異株ウォッチャーが最も注目しているのが PJ.2.1 です。この系統はKP.3.1.1 の子孫である MC.10.1 からさらに派生したもので、スパイクタンパク質に25を超える変異を一挙に獲得した「跳躍型(saltational)」変異株です。2026 年 5 月にカナダ・オンタリオ州で初めて検出され、その後ニューヨーク市の4か所とユタ州の下水から見つかり、6 月には臨床例が報告されました。現在は英国、スペイン、シンガポールからも報告があり、大陸をまたいだ拡散が確認されています。
添付の研究(He et al., bioRxiv 2026)が明らかにしたのは、PJ.2.1の「鍵」としての性能の高さです。ウイルスが細胞に侵入する際、スパイクタンパク質はヒトの細胞表面にあるACE2 という受容体に結合します。この結合の強さを表面プラズモン共鳴法で測定したところ、PJ.2.1(オンタリオ株)の解離定数は 0.45nM で、NB.1.8.1 の 1.10nM、XFG の 1.85nM、BA.3.2.2の4.52nMを大きく上回る結合力を示しました(数値が小さいほど結合が強いことを意味します)。可溶性ACE2による阻害試験でも、PJ.2.1は0.11μg/mLと現行流行株のなかで際立った値でした。
ところが意外なことに、PJ.2.1 は免疫逃避が強いわけではありません。同研究の抗原性解析では、PJ.2.1 は現在流行しているJN.1 ファミリーと抗原的に近く、ヒト血漿による中和試験でもむしろ中和されやすい傾向が示されました。武漢株ワクチンで免疫を獲得した集団(36 名)では、PJ.2.1に対する中和抗体価は117で、MC.10.1の70、PQ.16.1.1の69、XFGの70、BA.3.2.2 の 44 を上回っています。とくにスパイクの「隠れた部位」を標的とするクラス4・クラス5抗体に対する感受性が高く、これはスパイクが受容体に結合しやすい「開いた」構造を取りやすいことを示唆しています。
疫学の側からも、この変異株の勢いを示すデータが出てきています。米国の下水由来変異株ダッシュボードの解析では、2026年7月下旬から9月上旬にかけての期間で、PJ.2.1に関連する変異が米国で最も速く増加している系統として浮かび上がりました。全体に占める割合は現時点で 5%前後にとどまりますが、増加の傾きが他を引き離しています。実際の下水中ウイルス量も動いており、ハワイ・ホノルルの二か所の下水処理場(サンドアイランド、ホノウリウリ)では2026年7月以降に濃度が急上昇し、サンフランシスコのオーシャンサイド処理場でも9月11日の測定値がPMMoV補正値747.9と、この一年で最も高い水準に達しています。下水サーベイランスは受診行動に左右されないため、検査数が減った現在でも流行の立ち上がりを比較的早くとらえられる利点があります。
国内でも同様の傾向が見えています。関東地方の1日あたりの新規患者数は、6月下旬の約450 人から9月上旬には約5,000人へと、およそ11倍に増加しました。増加のカーブは8月下旬以降に急峻さを増しており、夏の波が収まらないまま秋に入ったかたちです。インフルエンザの早期流行とこの立ち上がりが同じ時期に重なっていることは、発熱外来を担う医療機関にとって無視できない事実です。
つまりPJ.2.1は、BA.3.2とちょうど正反対の性質を持っています。BA.3.2が「免疫逃避は強いが鍵が弱い」変異株だとすれば、PJ.2.1 は「鍵は極めて強いが免疫逃避はまだ弱い」変異株です。研究者が警戒しているのは、この強固な結合力が「構造的な余裕」として働く点にあります。過去にBA.2.86 が高いACE2 親和性を土台としてL455S 変異を獲得し、2024年に世界的流行を起こしたJN.1へ進化した経緯があるからです。PJ.2.1がA475V、N487D、D420N といった既知の免疫逃避変異を獲得すれば、一気に流行の主役に躍り出る可能性がある。だからこそ、ゲノム・疫学・ウイルス学の三方向からの監視が必要だと著者らは結論しています。
9. 冬の波は来るのか ― 二つのウイルスが重なるか
では、この冬はどうなるのでしょうか。予測はできません。ただ、現時点で言えることが三つあります。第一に、インフルエンザ A(H1N1)pdm09 の流行はすでに始まっており、例年より長く続く可能性があること。第二に、新型コロナウイルスは複数系統が併存する不安定な状況にあり、PJ.2.1 が今後どう変異するかは未確定であること。第三に、この二つが重なる時期が訪れれば、医療機関への負荷は再び起こり得ること。ニュージーランドで実際に起きたのは、まさにこの事態でした。
新型コロナワクチンについても新しいデータがあります。JAMA Network Open誌に掲載された米国の解析(Wiegand et al., 2026)によれば、2025-2026年シーズンのLP.8.1対応ワクチンは、成人において救急外来・緊急受診に対し 50%(95%信頼区間 42〜57)、入院に対し55%(41〜66)の有効性を示しました。65歳以上でもそれぞれ48%、53%が維持されています。この期間の流行株はJN.1系統の子孫であるXFGとNB.1.8.1が中心でしたから、抗原的に近縁な株に対しては、ワクチンが依然として重症化を防いでいることになります。
PJ.2.1 が JN.1 ファミリーと抗原的に近いという先述の知見は、この文脈では明るい材料です。仮にPJ.2.1が拡大したとしても、現行のJN.1系統対応ワクチンで獲得した免疫が、重症化予防という点では一定の働きをする可能性が高いからです。恐れるべきは変異株そのものではなく、監視を怠ることと、備えを後回しにすることだと考えています。
おわりに ― いつもの冬ではない冬に向けて
この夏、私たちが目の当たりにしたのは、「インフルエンザは冬の病気」という前提が必ずしも成り立たなくなったという事実です。国際往来の増加、学校再開による接触機会の集中、ウイルスの抗原変化、気象条件。これらが複雑に絡み合った結果、8 月の流行入りという事態が生まれました。同じことが新型コロナウイルスでも起きています。BA.3.2 からPQ.16.1.1 への交代は夏のあいだに静かに進み、PJ.2.1は大陸をまたいで広がりつつあります。
それでも、私たちにできることは十分にあります。ワクチンは感染をゼロにはしませんが、入院を42%、死亡を36%減らします(Yegorov et al., 2026)。抗ウイルス薬は自分の症状を和らげるだけでなく、家族への伝播を約32%減らします(Monto et al., 2025)。手洗い、咳エチケット、体調不良時の早めの受診といった基本的な対策は、どの変異株が相手であっても有効です。
まんかいメディカルクリニックでは、呼吸器内科の専門的な診療に加え、CT と超音波装置による迅速な画像評価を院内で行える体制を整えています。肺炎の合併が疑われる場合にも、その場で評価し治療方針を決めることが可能です。日曜・祝日も診療しており、急な発熱にも対応できます。
この冬が「いつもの冬」になるかどうかは、まだわかりません。ワクチンのご相談、発熱時の受診、ご家族の予防について、どうぞお気軽にお声がけください。
今シーズンの予防接種のご案内
まんかいメディカルクリニックでは、2026年9月16日(水)より、今シーズンのインフルエンザワクチンおよび新型コロナウイルスワクチンのご予約受付を開始いたします。接種の開始は2026年9月28日(月)からです。
本コラムでご説明したとおり、今シーズンはインフルエンザの流行がすでに8月から立ち上がっており、例年より早い備えが求められる状況です。ワクチンの効果が十分に立ち上がるまでには接種後およそ2週間を要しますので、とくに65歳以上の方、基礎疾患をお持ちの方、妊娠中の方、免疫が低下している方、そしてそうしたご家族と同居されている方は、お早めのご予約をおすすめいたします。当院では在宅医療で伺っている患者さんについても、ご家族を含めた接種の設計をご相談いただけます。
インフルエンザと新型コロナのワクチンは同時に接種することも可能です。接種の可否や適切な時期は、基礎疾患の状態、内服中のお薬、これまでの接種歴によって異なりますので、ご不明な点は診察の際にお気軽にお尋ねください。日曜・祝日も診療しておりますので、平日のご来院が難しい方もご相談ください。
よくあるご質問
Q1. 8 月・9 月にインフルエンザワクチンを打つのは早すぎませんか?
例年であれば「10 月以降で十分」とお伝えしていましたが、今シーズンは事情が異なります。全国の定点当たり報告数は8月下旬にすでに流行開始の目安を超えており、1999年以降で2番目に早い流行入りとなりました。ワクチンの効果が立ち上がるまでには接種後およそ2週間を要しますから、流行の立ち上がりに間に合わせるには早めの接種が合理的です。効果の持続期間を心配される方もいらっしゃいますが、欧米の有効性研究(Lucaccioni et al., Euro Surveill 2026)ではシーズンを通じて一定の効果が維持されており、流行が長期化する可能性を考えれば、接種を先延ばしにする不利益のほうが大きいと考えます。当院では9月16日(水)よりご予約を受け付けており、接種は9月28日(月)から開始いたします。
Q2. 昨年インフルエンザにかかったのに、また今年もかかることはありますか?
十分にありえます。昨シーズンの北半球で主流だったのは A(H3N2)、とりわけサブクレードKでしたが、今シーズンの主役はA(H1N1)pdm09 です。亜型が異なると免疫はほとんど交差しません。さらに、A(H1N1)pdm09 自体も抗原変化を起こしており、フィンランドの研究(Ikonen et al., Euro Surveill 2026)では新しいサブクレードD.3.1に対する中和抗体応答の低下が確認されています。WHO が 2026/27 年北半球シーズンのワクチン株をA/Missouri/11/2025 類似株へ更新したのも、この変化に対応するためです。「去年かかったから今年は大丈夫」とは考えないほうが安全です。
Q3. ワクチンを打っても感染するなら、意味がないのではありませんか?
ワクチンの目的は感染をゼロにすることではなく、重症化と入院を防ぐことにあります。165 件の観察研究を統合したメタ解析(Yegorov et al., Clin Microbiol Infect 2026)では、有効性は入院に対して42%、集中治療室入室に対して52%、人工呼吸管理に対して55%、死亡に対して 36%と報告されています。ただし年齢による差は無視できず、フランスの解析(De Clercq et al., Euro Surveill 2026)では65歳以上での有効性は28%でした。高齢のご家族を守るには、ご本人の接種に加えて同居されるご家族が接種することが有効です。
Q4. インフルエンザの薬で、家族にうつるのを防げますか?
一定の効果が期待できることが、ようやく大規模試験で示されました。272 施設・4,000人以上を対象としたCENTERSTONE試験(Monto et al., N Engl J Med 2025)では、バロキサビル マルボキシル(ゾフルーザ)を単回投与した患者さんの家庭内接触者への伝播率が9.5%で、プラセボ群の13.4%より低く、調整オッズ比0.68(伝播オッズ約32%減少)という結果でした。抗ウイルス薬がウイルスの拡散そのものを抑えることを示した初めての第III 相試験です。ただし、薬剤の選択は年齢、腎機能、基礎疾患、耐性ウイルスの動向を踏まえた判断が必要ですので、自己判断ではなく診察のうえでご相談ください。
Q5. PJ.2.1 という新しい変異株は、そんなに危険なのですか?
現時点では「要注意だが、過度に恐れる段階ではない」というのが妥当な評価です。添付の研究(He et al., bioRxiv 2026)によれば、PJ.2.1はヒトACE2受容体への結合力が現行株のなかで際立って強く(解離定数0.45nM、NB.1.8.1は1.10nM)、細胞へ侵入する効率が高いと考えられます。一方で、免疫を逃れる力は強くありません。現在流行中のJN.1 ファミリーと抗原的に近く、中和試験ではむしろ中和されやすい傾向が示されています。懸念されるのは、この強い結合力が「余裕」となって、今後A475VやN487Dといった免疫逃避変異を獲得しやすくなる点です。実際、過去にBA.2.86が同じ経路をたどってJN.1 へ進化しました。現行のJN.1系統対応ワクチンは重症化予防に一定の効果を保っており(Wiegand et al., JAMA Netw Open 2026)、基本的な感染対策とワクチンによる備えが引き続き有効です。
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※本コラムは医学的情報の提供を目的としたものであり、個別の診断・治療を代替するものではありません。気になる症状がある方は医療機関にご相談ください。
記事監修者田場 隆介
医療法人社団 青山会 まんかいメディカルクリニック 理事長
医療法人社団青山会代表。兵庫県三田市生まれ、三田小学校、三田学園中学校・同高等学校卒業。 1997(平成9)年岩手医科大学医学部卒業、町医者。聖路加国際病院、淀川キリスト教病院、日本赤十字社医療センター、神戸市立医療センター中央市民病院を経て、2009(平成21)年医療法人社団青山会を継承。 2025年問題の主な舞台である地方の小都市で、少子高齢化時代の主役である子どもと高齢者のケアに取り組んでいる。
