【糖尿病】「まだ予備群」は「もう予備群」―予備群の段階で生活習慣を変えるべき―
はじめに ― 「まだ糖尿病ではありません」という安心の落とし穴
「血糖値が少し高めですが」。健康診断や人間ドックの結果説明で、こう言われたことのある方は少なくないと思います。多くの方はそこで胸をなでおろし、「まだ大丈夫」「本当に困ったら考えよう」と日常へ戻っていかれます。医療者もまた、「様子を見ましょう」と言
ってしまいがちです。しかし、ここ数年に発表された欧米の大規模研究が繰り返し示しているのは、この安心とは正反対の事実です。すなわち、「まだ予備群」であると同時に、身体のなかでは、すでに血管・腎臓・心臓・がん化への負荷が始まっているということ。予備群とは「予告」ではなく、現在進行形の病態なのです。
米国の代表的な地域住民コホートである ARIC 研究(Atherosclerosis Risk in Communities)の約 30 年追跡データを解析した Rooney ら(Diabetologia 2025)は、予備群の方が背負う合併症リスクのうち、「その後に糖尿病へ進行したこと」で説明できる部分は 4 分の 1 にも満たないと報告しました。残りの大部分は、生涯糖尿病にならなかった人にも生じていたのです。動脈硬化性心血管疾患のハザード比は 1.30、心不全は 1.28、慢性腎臓病は 1.20、総死亡は 1.18 と、いずれも予備群であるという事実そのものがリスクでした。
一方で、希望を示すデータも同じ時期に出そろいました。2026 年 6 月に JAMA 誌へ発表された Salive らの研究(JAMA 2026)は、予備群の段階で受けた生活習慣改善プログラムが、実に 21 年後の慢性疾患を有意に減らしていたことを示しています。本コラムでは、「予備群」という言葉が持つ油断を生む響きを、ヨーロッパとアメリカの最新エビデンスで一度解体します。予備群とは何か、なぜその段階のリスクが軽くないのか、生活習慣改善は何年後にどのような形で効いてくるのか、そして明日から何を始めればよいのかを、順を追って解説します。
1.「予備群」とは何か ― 三つの顔を持つグレーゾーン
日本の健診では「境界型」「糖尿病の疑い」などと表現される状態を、国際的にはprediabetes(前糖尿病)と呼びます。米国糖尿病学会(ADA)の Standards of Care inDiabetes—2026 では、空腹時血糖 100〜125mg/dL(空腹時血糖異常:IFG)、75g 経口ブドウ糖
負荷試験の 2 時間値 140〜199mg/dL(耐糖能異常:IGT)、HbA1c 5.7〜6.4%のいずれかを満たす状態と定義されています(ADA Professional Practice Committee, Diabetes Care 2026)。
日本糖尿病学会の「境界型」とは基準がわずかに異なりますが、「正常でも糖尿病でもない領域」という意味では同じものを指しています。
ここで重要なのは、この三つが「同じ状態を別の物差しで測ったもの」ではないという点です。2025 年に Nature Reviews Disease Primers 誌へ掲載された総説(Unnikrishnan et al.,2025)は、IFG が主として肝臓のインスリン抵抗性と基礎インスリン分泌の乱れを反映するのに対し、IGT は主として骨格筋のインスリン抵抗性と食後のインスリン分泌応答の遅れを反映しており、両者は病態生理が異なることを整理しています。つまり「空腹時血糖は正常だったから安心」とは言えません。空腹時だけ、あるいは HbA1c だけを見ていると、食後だけ血糖が跳ね上がる「食後高血糖型」の予備群を丸ごと見落とすことになります。
実際、日本人を含むアジア人は、欧米人に比べてインスリン分泌能が相対的に低く、肥満が高度でなくても食後高血糖を来しやすいことが知られています。BMI が 25 に届かない、いわゆる「痩せているのに血糖が高い」方が珍しくないのはこのためです。健診で HbA1c が 5.6%、空腹時血糖が 98mg/dL と、どちらも基準内に収まっていても、負荷試験を行うと 2 時間値が160mg/dL に達している――そうした方を、私たちは日常診療でしばしば経験します。予備群の入口は、健診票の数字が「赤字にならない」ところにも静かに開いているのです。
2.リスクは「糖尿病になるから」ではない ― 30 年追跡が崩した前
提
これまで「予備群は危険だ」と説明されるとき、その根拠はほぼ常に「放っておくと糖尿病になるから」でした。糖尿病になれば網膜症・腎症・神経障害・心筋梗塞・脳卒中のリスクが上がる。だから予備群のうちに手を打とう――という論法です。この説明は間違いではありませんが、決定的に不十分だったことが近年明らかになりました。
前述の Rooney ら(Diabetologia 2025)は、ARIC 研究の 10,310 名を 1990 年から 2020 年まで追跡し、追跡期間中に糖尿病を発症したかどうかを時間依存性の変数として統計モデルに組み込むという手法をとりました。これは「糖尿病になったことによる上乗せリスク」を差し引いたうえで、なお予備群に残るリスクを取り出す解析です。その結果、いずれかの合併症を発症するリスクはハザード比1.18(95%信頼区間 1.12〜1.24)と有意に高いままであり、超
過リスクの約 85%が糖尿病への進行とは無関係に残存していました。著者らは「糖尿病への進行が説明できたのはリスクの 4 分の 1 未満だった」と結論づけています。
しかも、予備群は決して特殊な状態ではありません。2025 年の Nature Reviews DiseasePrimers 誌の総説は、予備群が世界的に増加を続けており、成人人口のかなりの割合を占めること、そして予備群の段階ですでに細小血管障害(網膜症・腎症・神経障害の初期変化)や大血管障害、さらには認知機能低下やがんといった非血管性の合併症とも関連することを整理しています(Unnikrishnan et al., Nat Rev Dis Primers 2025)。「糖尿病の一歩手前」という表現は、あたかも境界線の外側に立っているかのような印象を与えますが、実態は「すでに合併症の時計が動き始めた状態」に近いのです。
この知見が持つ臨床的な意味は小さくありません。「糖尿病にさえならなければよい」という発想では、予備群のリスクの大半を取りこぼすということだからです。血糖がグレーゾーンにある期間、血管内皮では酸化ストレスと慢性炎症が進み、腎臓の糸球体には過剰濾過の負荷がかかり、心臓には拡張機能の低下が忍び寄っています。糖尿病という「診断名」がついた日にリスクが始まるのではなく、リスクはとうに始まっていて、診断名は後からついてくるにすぎません。「まだ予備群」という言葉は、この時間軸を誤解させるという点で、きわめて罪深い表現なのです。
3.21 年後に差がついた「多病併存」 ― JAMA 2026 の 21 年追跡
では、予備群の段階で生活習慣を変えると、どれほど遠い未来まで効果が届くのでしょうか。この問いに正面から答えたのが、2026 年 6 月に JAMA 誌へ発表された Salive らの研究です(Salive et al., JAMA 2026)。米国の Diabetes Prevention Program(DPP)は、1996 年から1999 年にかけて予備群の成人 3,234 名を、強化生活習慣介入群・メトホルミン群・プラセボ群にランダムに割り付けた大規模試験です。今回の研究は、その参加者のうち公的医療保険(メディケア)のデータと突合できた 1,173 名を、実に 21 年間追跡したものでした。
評価されたのは、単一の病気ではなく「マルチモビディティ(多病併存疾患)」――高血圧、心不全、冠動脈疾患、不整脈、脂質異常症、脳卒中、関節炎、喘息、がん、慢性腎臓病、COPD、認知症、うつ病、糖尿病、骨粗鬆症という 15 の慢性疾患のうち 2 つ以上を併せ持つ状態です。追跡終了時の参加者の年齢中央値は 74 歳、実に 85%が 2 つ以上の慢性疾患を抱えていました。そのなかで、生活習慣介入群のマルチモビディティ発症リスクはプラセボ群と比べてハザード比 0.79(95%信頼区間 0.68〜0.93)、3 疾患以上ではハザード比 0.75(0.63〜0.88)と、明確に低く抑えられていました。医療費が最も高くつく疾患の組み合わせ(脳卒中と慢性腎臓病、脳卒中と心不全など)に限ると、ハザード比は 0.57(0.38〜0.85)、およそ 4割減という大きさでした。
注目すべきは、この生活習慣介入が、わずか約 3 年間の集中プログラムだったという点です。摂取カロリーの調整(脂質からのエネルギーを 25%未満に)、週 150 分以上の身体活動、7%の減量を目標に、16 回の個別セッションと月 1 回のフォローが行われました。その 3 年間の行動変容が、20 年以上を経てなお、慢性疾患の積み重なり方に差を残していたのです。
研究チームは「生活習慣プログラムは、慢性疾患の発生を持続的に低下させうる」と結論しています。予備群と告げられた「その時点」で動くことの価値は、5 年後の血糖値ではなく、20 年後の生活の質という単位で測るべきものだといえるでしょう。
4.なぜ薬では同じ差がつかなかったのか ― 血糖だけを下げることの
限界
同じ JAMA 2026 の研究には、もう一つ見過ごせない結果が含まれています。メトホルミン群のマルチモビディティ発症リスクは、プラセボ群と比べてハザード比 0.91(95%信頼区間0.78〜1.07)にとどまり、統計学的な有意差を示さなかったのです。メトホルミンは、糖尿病の発症を予防する効果自体は確立された薬剤です。DPP/DPPOS の 21 年追跡を報告したKnowler ら(Lancet DiabetesEndocrinol 2025)によれば、メトホルミン群の糖尿病発症はハザード比 0.83(0.74〜0.93)、糖尿病のない期間の中央値は 2.5 年延長していました。それでも、21 年後の「多病」という指標では差がつかなかったのです。
この対比は、予備群という状態の本質をよく表しています。予備群は「血糖がやや高い状態」ではなく、内臓脂肪の蓄積、インスリン抵抗性、慢性炎症、脂質異常、血圧上昇、体力低下が束になった全身の代謝異常の一断面です。血糖はその束の中でたまたま最も測りやすい指標にすぎません。薬剤が血糖という一つの出口を守るのに対し、減量と運動と食事の見直しは、血圧・脂質・炎症・体力・睡眠という複数の出口を同時に押し下げます。21 年という長い時間軸では、この「守る出口の数」の差が、慢性疾患の重なり方の差として表面化したと考えられます。
もう一つ、同研究が示した重要な事実があります。生活習慣介入群でも385名中231名(60%)が追跡期間中に糖尿病を発症しており、そして糖尿病を発症した人は、どの群に割り付けられていたかとは無関係に、マルチモビディティのリスクが有意に高い(ハザード比 1.33、95%信頼区間 1.16〜1.53)という結果でした。生活習慣改善は魔法ではなく、糖尿病の発症を完全には防げません。しかしそれでもなお、慢性疾患の総量を減らしていた――だからこそ、「どうせいつか糖尿病になるなら意味がない」という諦めは、データによって明確に否定されているのです。
5.予備群にも「型」がある ― 欧州発のサブタイプ研究と精密予防
「予備群」とひとくくりにされる集団は、実際にはきわめて不均一です。ドイツ・チュービンゲン大学の Wagner らは、Nature Medicine 誌に発表した研究で、糖尿病発症リスクの高い899 名を対象に、経口ブドウ糖負荷試験によるインスリン分泌能・インスリン感受性、MRIで測定した肝脂肪量と内臓脂肪量、遺伝リスクスコアなどを統合し、クラスター解析によって 6 つのサブタイプ(サブフェノタイプ)を同定しました(Wagner et al., Nat Med 2021)。
そのうち 3 つは糖尿病発症リスクが低く、3 つは高リスクという明瞭な分離が得られています。
とりわけ示唆に富むのは、高リスク群の内訳です。あるサブタイプはインスリン分泌能そのものが低下しており、必ずしも肥満を伴いません。別のサブタイプは脂肪肝と強いインスリン抵抗性を特徴とし、最も高い糖尿病発症率を示しました。そしてもう一つのサブタイプは、糖尿病の発症率はそれほど高くないにもかかわらず、内臓脂肪が多く、腎障害の進行と死亡のリスクが高いという特徴を持っていました。つまり「糖尿病になりにくいから安全な予備群」というものは存在せず、むしろ糖尿病という出口を通らずに腎臓と血管が傷んでいく類型が確かに存在するということです。第 2 章で述べた ARIC 研究の知見と、みごとに符合します。
この「精密予防(precision prevention)」の考え方は、臨床の現場では次のように翻訳されます。HbA1c という一つの数字だけを追いかけるのではなく、腹囲と内臓脂肪、肝機能とその画像所見、血圧、脂質、腎機能(eGFR と尿中アルブミン)を同時に評価し、その方の予備群がどの「型」に近いのかを見極める、ということです。まんかいメディカルクリニックでは、CT と超音波装置を用いて内臓脂肪面積や脂肪肝の程度を可視化し、採血データと併せて評価しています。「予備群です、様子を見ましょう」で終わらせず、その方の身体で何が先に傷んでいるのかを具体的に見に行くことが、限られた努力を最も効くところへ振り向ける近道になります。
6.「正常化」という新しいゴール ― 血糖を戻せば心血管リスクは半
分に
予備群の管理目標は、長らく「糖尿病にならないこと」でした。しかし近年、より積極的な目標として「レミッション(正常血糖への復帰)」が注目されています。2026 年に LancetDiabetes & Endocrinology 誌へ発表された Vazquez Arreola らの解析は、この目標が単なる数字合わせではないことを示しました(Vazquez Arreola et al., Lancet DiabetesEndocrinol 2026)。研究チームは、米国の DPPOS と中国の Da Qing 試験という、世界で最も長期の予備群コホート二つの事後解析を行い、「一度でも正常血糖に戻った人」と「予備群のままだった人」の心血管イベントと死亡を比較しました。
結果は明快でした。DPPOS では、正常血糖に復帰した群の心血管イベント発生率は 1,000 人年あたり 1.74 件であり、復帰しなかった群の 4.17 件と比べて調整ハザード比 0.41(95%信頼区間 0.20〜0.84)。Da Qing 試験ではハザード比 0.49(0.28〜0.84)。二つのコホートを統合した解析では、ハザード比 0.43(0.29〜0.63)と、心血管リスクがおよそ半分以下に低下していました。血糖を正常域まで戻すという行為は、検査値を美しくするための作業ではなく、心筋梗塞や脳卒中そのものを減らす介入だったということです。
では、正常化はどの程度現実的なのでしょうか。2026 年の Diabetologia 誌に掲載されたDavoodian らの研究は、予備群 8,191 名を中央値 8.9 年追跡し、初回フォローアップ時点で29.6%が正常血糖に復帰していたと報告しています(Davoodian et al., Diabetologia 2026)。
決して例外的な出来事ではありません。そして、正常化した人のその後の糖尿病発症リスクは、予備群のままだった人に比べてハザード比 0.49。さらに、正常化に加えて減量を達成していた人ではハザード比 0.18、BMI が正常域にある人ではハザード比 0.16 と、リスクは劇的に低下していました。「血糖値だけ下げる」のではなく「体重・喫煙・血圧といった代謝プロフィール全体を同時に整える」ことが、正常化の価値を何倍にも増幅させるのです。
7.生活習慣改善はどれだけ効くのか ― DPP 21 年と Da Qing 30 年の
答え
「生活習慣改善が大事なのは分かるが、実際どれくらい効くのか」。この現実的な問いに対して、私たちはいま、数十年単位の答えを持っています。DPP/DPPOS の 21 年追跡を報告したKnowler ら(Lancet Diabetes Endocrinol 2025)によれば、強化生活習慣介入群の糖尿病発症はプラセボ群と比べてハザード比 0.76(95%信頼区間 0.68〜0.85)で、糖尿病のない期間の中央値は 3.5 年延長しました。メトホルミン群ではハザード比 0.83(0.74〜0.93)、延長は 2.5年です。介入が集中的に行われたのは最初の約 3 年間だけであり、その後は全群に同じ機会が提供されたにもかかわらず、累積発症曲線の差は 21 年後もなお縮まりきっていませんでした。
中国の Da Qing 試験は、さらに長い 30 年の答えを返してきました。耐糖能異常のある 577名を、対照群・食事群・運動群・食事+運動群に割り付けたこの試験の 30 年追跡(Gong etal., Lancet Diabetes Endocrinol 2019)では、生活習慣介入群の糖尿病発症は中央値で3.96年遅れ、心血管イベントは 26%減少、心血管死は 33%減少、総死亡は 26%減少しました。そして平均余命は 1.44 年延長していました。介入が行われたのは 1986 年から 1992 年までのわずか 6 年間です。6 年の努力が、その後 24 年にわたって寿命そのものを押し上げていたことになります。
これら二つの試験に共通するのは、「効果に時間差がある」という構造です。介入の直後に現れるのは血糖値と体重の変化ですが、心血管イベントの差が見えてくるまでには 10 年以上、寿命の差が見えてくるまでには 20 年以上を要しました。逆にいえば、効果を実感するのに時間がかかるからこそ、始めるタイミングは早ければ早いほどよい。予備群と言われた「その時点」は、統計的に見て、生涯で最も投資効率の高い瞬間の一つなのです。
8.薬という選択肢と、その位置づけ ― GLP-1/GIP 受容体作動薬の時
代に
近年、予備群に対する薬物療法の選択肢は大きく広がりました。とりわけ注目を集めたのが、2025 年に New England Journal of Medicine 誌へ発表された SURMOUNT-1 試験の 3 年間(176週)の結果です(Jastreboff et al., N Engl J Med 2025)。肥満と予備群を併せ持つ 1,032名を対象に、GIP/GLP-1 受容体デュアル作動薬であるチルゼパチド(マンジャロ/ゼップバウンド)を投与したところ、糖尿病を発症したのは 1.3%で、プラセボ群の 13.3%と比べて約 93%の相対リスク低下を示しました。体重減少は 5mg 群で 12.3%、10mg 群で 18.7%、15mg 群で19.7%(プラセボ群は 1.3%)に達しています。
ただし、この結果の読み方には注意が必要です。同試験では、投与を中止して 17 週間経過した時点で、体重の一部が戻り、HbA1c も上昇し始めることが確認されています。薬剤は「使っている間、非常によく効く」のであり、身体の代謝設定そのものを永久に書き換えるわけではありません。ADA の Standards of Care in Diabetes—2026 も、予備群に対する第一選択は減量と身体活動を中心とした生活習慣介入であり、メトホルミンは高度肥満や比較的若年、妊娠糖尿病の既往といった高リスク要因を持つ方への追加的な選択肢と位置づけています(ADA Professional Practice Committee, Diabetes Care 2026)。
したがって現時点での合理的な考え方は、「薬か生活習慣か」ではなく「生活習慣の土台の上に、必要な方には薬を重ねる」というものです。第 4 章で見たとおり、21 年後の慢性疾患の重なりを減らしていたのは生活習慣介入であって薬剤ではありませんでした。また
GLP-1 受容体作動薬・GIP/GLP-1 デュアル作動薬は、消化器症状や急性膵炎、胆嚢疾患などの有害事象、さらに筋肉量減少への配慮も必要であり、適応の判断と経過観察には専門的な管理が求められます。当院では、内分泌・代謝領域の診療とあわせて運動療法を提供しており、薬剤を使う場合にも、筋肉量を保ちながら安全に体重を落とす設計を重視しています。
9.今日から始める、予備群の実践 ― 何をどれだけ、どの順で
最後に、明日から実行できる具体策を整理します。第一の柱は体重です。ADA の Standardsof Care in Diabetes—2026 は、予備群の方に対して開始時体重の 5〜7%の減量を推奨しています(ADA Professional Practice Committee, Diabetes Care 2026)。70kg の方であれば 3.5〜5kg。これは DPP が目標とした水準であり、21 年後のマルチモビディティ抑制という結果を生んだ現実的な数字でもあります。
第二の柱は身体活動です。DPP の目標は週 150 分以上の中等度の運動であり、これは 1 日あたりに直せば 20〜30 分の早歩きに相当します。特筆すべきは、Da Qing 試験で運動単独群にも明確な効果が認められた点です(Gong et al., Lancet Diabetes Endocrinol 2019)。食事制限が続かない方でも、身体を動かすところから始める意味は十分にあります。加えて、筋肉は食後の血糖を最も多く取り込む臓器です。有酸素運動に週 2 回程度のレジスタンス運動(スクワットや自重トレーニング)を組み合わせると、食後高血糖の改善により効率的に働きます。第三の柱は食事の質です。2026 年の ADA 基準は、糖尿病予防に関して最も良質なエビデンスを持つ食事パターンとして、地中海食と低炭水化物食を挙げています。特定の食品を禁じるより、野菜・豆類・魚・オリーブオイル・全粒穀物を増やし、精製糖質と加工肉を減らすという方向づけが現実的です。
そして第四の柱が、検査を止めないことです。第 1 章で述べたとおり、HbA1c と空腹時血糖だけでは食後高血糖型の予備群を見落とします。気になる方には 75g 経口ブドウ糖負荷試験を、内臓脂肪や脂肪肝が疑われる方には CT や腹部超音波による評価を、そして予備群と診断された方には少なくとも年 1 回の血糖・脂質・血圧・腎機能(eGFR と尿中アルブミン)の確認をお勧めします(Unnikrishnan et al., Nat Rev Dis Primers 2025)。「予備群と言われたけれど、それきり調べていない」という状態が、最も避けたい経過です。
おわりに ― 「その時点」こそが、最大の資産
本コラムで見てきたエビデンスをまとめます。第一に、予備群のリスクは「将来糖尿病になるから」生じるのではなく、その大部分は予備群という状態そのものから生じています(Rooney et al., Diabetologia 2025)。第二に、予備群の段階で行った生活習慣改善は、21
年後の慢性疾患の重なりを 2 割減らし、30 年後の平均余命を 1.44 年延ばしていました(Salive et al., JAMA 2026;Gong et al., Lancet Diabetes Endocrinol 2019)。第三に、血糖を正常域へ戻すことができれば、心血管イベントのリスクは半分以下になります
(Vazquez Arreola et al., Lancet Diabetes Endocrinol 2026)。
「まだ予備群」という言葉は、時間がまだあるという安心を与えます。しかし正確には、「もう予備群」なのです。身体はすでに動き始めており、いま持っている最大の資産は、糖尿病という診断名がまだついていないという、その一点にあります。そしてその資産は、放置すれば静かに目減りしていきます。
まんかいメディカルクリニックでは、CT・腹部超音波による内臓脂肪と脂肪肝の評価、血糖評価、腎機能・尿中アルブミンの確認までを一連の流れとして行い、その方の「予備群の型」に合わせた具体的な計画をご提案しています。健康運動指導士による運動療法も併設しており、「何をどれだけやればよいか分からない」という段階から一緒に始めることができます。
日曜・祝日も診療しておりますので、平日にお時間の取れない方もご相談ください。健診で「境界型」「予備群」と言われた紙を、引き出しにしまう前に、どうぞお持ちください。その一歩が、20 年後のご自身への最も確実な投資になります。
FAQ ― よくあるご質問
Q1. HbA1c が 5.8%でした。基準値の 6.5%までまだ余裕がありますし、様子を見て
よいでしょうか。
HbA1c 5.7〜6.4%は、米国糖尿病学会の 2026 年基準では明確に「予備群(prediabetes)」に該当します(ADA Professional Practice Committee, Diabetes Care 2026)。「6.5%まで余裕がある」という考え方が危険であることは、ARIC 研究の 30 年追跡が示しています。
予備群の方が背負う合併症リスクの約 85%は、その後糖尿病へ進行するかどうかとは無関係に生じており、動脈硬化性心血管疾患のハザード比は 1.30、慢性腎臓病は 1.20 でした(Rooney et al., Diabetologia 2025)。5.8%という数字は「まだ大丈夫」の合図ではなく、生活習慣を見直す絶好のタイミングを知らせる合図です。あわせて、血圧・脂質・腹囲・腎機能もこの機会に確認されることをお勧めします。
Q2. 空腹時血糖も HbA1c も正常でした。それでも糖尿病予備群のことがあります
か。
あります。空腹時血糖異常(IFG)と耐糖能異常(IGT)は病態生理が異なり、IFG は主に肝臓のインスリン抵抗性を、IGT は主に骨格筋のインスリン抵抗性と食後インスリン分泌の遅れを反映します(Unnikrishnan et al., Nat Rev Dis Primers 2025)。そのため、空腹時
の数値が正常でも、食後 2 時間値が 140〜199mg/dL に達している方は少なくありません。
特に日本人を含むアジア系はインスリン分泌能が相対的に低く、この「食後高血糖型」が多いことが知られています。ご家族に糖尿病の方がいる、健診で中性脂肪や肝機能の異常を指摘されている、腹囲が基準を超えている――といった方は、75g 経口ブドウ糖負荷試験による評価をご検討ください。
Q3. 減量は何 kg 必要ですか。5%程度では少なすぎないでしょうか。
5〜7%の減量で十分に意味があります。ADA の Standards of Care in Diabetes—2026 は、予備群の方に開始時体重の 5〜7%の減量を推奨しており、これは DPP 試験が目標とした水準です(ADA Professional Practice Committee, Diabetes Care 2026)。その水準の減量を含む生活習慣プログラムが、21 年後のマルチモビディティ発症をハザード比 0.79 まで低下させ、医療費の高い疾患の組み合わせについてはハザード比 0.57 まで下げていました(Salive et al., JAMA 2026)。さらに、正常血糖への復帰に減量が伴った方では、その後の糖尿病発症リスクがハザード比 0.18 まで低下していました(Davoodian et al.,Diabetologia 2026)。大切なのは幅の大きさより、落とした体重を維持することです。
Q4. 予備群の段階でも、痩せる薬(GLP-1 受容体作動薬など)を使ったほうがよいで
すか。
効果は非常に大きい一方で、位置づけは「生活習慣改善の上乗せ」です。SURMOUNT-1 試験の 3 年間の結果では、肥満を伴う予備群の方にチルゼパチドを投与した群の糖尿病発症は 1.3%で、プラセボ群の 13.3%と比べて約 93%の低下を示しました(Jastreboff et al., NEngl J Med 2025)。ただし投与を中止すると体重と HbA1c が戻り始めることも同じ試験で確認されています。また、21 年後の慢性疾患の重なりを減らしていたのは生活習慣介入であって、薬剤(メトホルミン)では有意差が出ませんでした(Salive et al., JAMA 2026)。
消化器症状などの有害事象や筋肉量の維持にも配慮が必要ですので、適応の判断は必ず医師にご相談ください。
Q5. 血糖値が正常に戻れば、もう心配しなくてよいですか。
正常化は非常に価値のある到達点ですが、ゴールではなく通過点です。DPPOS と Da Qing試験の統合解析では、正常血糖に復帰した方の心血管イベントリスクはハザード比 0.43と半分以下でした(Vazquez Arreola et al., Lancet Diabetes Endocrinol 2026)。一方、
Diabetologia 誌の研究では、正常化した方の糖尿病発症リスク低下はハザード比 0.49 であり、正常化しても一定の再燃リスクが残ることを示しています。逆に、正常化に加えて減量・禁煙・適正 BMI を達成した方ではハザード比 0.16〜0.20 まで低下していました
(Davoodian et al., Diabetologia 2026)。数値が戻った後も、年 1 回程度の血糖・脂質・血圧・腎機能の確認と、体重の維持を続けることをお勧めします。
参考文献
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※本コラムは医学的情報の提供を目的としたものであり、個別の診断・治療を代替するものではありません。気
になる症状がある方は医療機関にご相談ください。
記事監修者田場 隆介
医療法人社団 青山会 まんかいメディカルクリニック 理事長
医療法人社団青山会代表。兵庫県三田市生まれ、三田小学校、三田学園中学校・同高等学校卒業。 1997(平成9)年岩手医科大学医学部卒業、町医者。聖路加国際病院、淀川キリスト教病院、日本赤十字社医療センター、神戸市立医療センター中央市民病院を経て、2009(平成21)年医療法人社団青山会を継承。 2025年問題の主な舞台である地方の小都市で、少子高齢化時代の主役である子どもと高齢者のケアに取り組んでいる。
