病気と健康の話

【特定健診】運動は「1 万歩」ではない。 「 登れ」―階段が心臓を守る科学と “ 強度” という運動処方の新常識—

はじめに ― 「 今日は 1 万歩達成」

スマートフォンやスマートウォッチに表示される歩数を、 毎日気にしている方は多いのではないでしょうか。 「 1 日 1 万歩」 はいつのまにか健康の代名詞のようになりました。 ところが、 この“ 1 万歩神話” には確たる医学的根拠がなかったことをご存じでしょうか。 もともと 1 万歩という数字は、 1960 年代の日本で万歩計を売り出す際のキャッチコピーが起源とされ、 大規模な臨床研究から導かれた目標ではありません。
近年、 体に装着したセンサーで運動量を精密に測定する研究が世界中で進み、 私たちの「 運動は多く歩けばよい」 という常識は大きく塗り替えられつつあります。 2025 年に Lancet Public Health 誌に発表された、 世界の膨大なデータを統合した系統的レビュー(Ding et al., 2025)は、 健康効果の多くが 1 日約 7,000 歩あたりで頭打ちになることを示しました。つまり、 多くの方にとって 1 万歩は必須ではないのです。
では、 健康長寿のために本当に大切なものは何か。 最新の科学が示す答えは、 歩数という 「 量」 ではなく、 運動の「 強度(きつさ)」 です。 そして、 その強度を日常の中で最も手軽に、無料で、 確実に高められる方法こそが「 階段を登る」 ことなのです。 本コラムでは、 階段昇りと運動強度に関する欧米の最新エビデンスを紐解きながら、 “ 医療としての運動” の新常識をお伝えします。

1.「 1 万歩神話」 の科学的再検証 ― 最適な歩数は 1 万歩ではなかった

まず、 歩数そのものの意味を整理しましょう。 2022 年に Lancet Public Health 誌に発表された、 15 の国際コホート(約 4 万 7 千人)を統合した大規模メタ解析(Paluch et al., 2022)は、 歩数が多いほど死亡リスクが下がる一方で、 その効果は一定の歩数で頭打ちになることを明らかにしました。 具体的には、 60 歳以上では 1 日約 6,000〜8,000 歩、 60 歳未満でも約 8,000〜10,000 歩で死亡リスクの低下がほぼプラトー(横ばい)に達していました。
さらに前述の 2025 年の Lancet Public Health 誌の系統的レビュー(Ding et al., 2025)は、 1 日 2,000 歩の人と比べて 7,000 歩の人では、 総死亡リスクが 47%、 心血管疾患による死亡リスクが 47%、 心血管疾患の発症リスクが 25%低いことを示しました。 7,000 歩を超えても効果はさらに緩やかに増えますが、 その伸びは小さくなります。 すなわち、 座りがちな生活から抜け出して 7,000 歩程度まで増やすことの意義は非常に大きい一方、 1 万歩に固執する医学的な必然性は乏しいということです。
この事実は、 健康のために時間を割いている多くの方にとって朗報であると同時に、 重要な問いを投げかけます。 「 歩数の総量」 で説明できない部分に、 健康効果を左右する別の要因があるのではないか―。 その答えが、 次章で述べる「 強度」 です。

2.鍵は「 歩数」 ではなく「 強度」 ― 同じ歩数でも、 速く歩く人ほど守られる

同じ 1 万歩でも、 だらだら歩くのと、 息が弾むほど速く歩くのとでは、 体への効果が異なります。 これを大規模に検証したのが、 英国の約 7 万 8 千人を対象とした UK Biobank 研究 (Del Pozo Cruz et al., JAMA Internal Medicine 2022)です。 この研究は、 1 日の総歩数だけでなく「 歩く速さ(歩行強度)」 を精密に測定しました。 指標として用いられたのが、 その日で最も活発に歩いた 30 分間の歩調(peak-30 cadence)です。
解析の結果、 総歩数が同じであっても、 歩行強度が高い(=速く歩く)人ほど、 総死亡• 心血管疾患• がんのいずれのリスクも独立して低いことが示されました。 つまり「 何歩歩いたか」 だけでなく「 どれだけきつく体を動かしたか」 が、 健康効果を決める独立した因子だったのです。
この“ 強度が効く” という原則は、 ウォーキングに限りません。 むしろ、 日常生活の中に強度の高い動作を意図的に組み込むことができれば、 短い時間でも大きな見返りが得られる可能性があります。 そして、 平地を速く歩く以上に確実に強度を上げられる動作が、 私たちのすぐそばにあります。 それが「 階段」 です。

3.だから「 登れ」 ― 階段は最も手軽な高強度運動である

階段を登る動作は、 座っている状態のおよそ 8〜9 倍のエネルギーを消費する、 立派な「 高強度身体活動」 に分類されます。 自分の体重を重力に逆らって持ち上げるため、 下半身の大きな筋肉を総動員し、 心臓と肺に適度な負荷をかけます。 この“ きつさ” こそが健康効果の源です。
階段昇りの効果を定量的に示したのが、 2026 年に American Journal of Cardiovascular Drugs 誌に発表された系統的レビュー• メタ解析(Paddock et al., 2026)です。 9 つの研究約 48 万人のデータを統合したこの解析では、 階段をよく登る人は、 そうでない人に比べて心血管疾患による死亡リスクが 39%低い(相対リスク 0.61、 95%信頼区間 0.48〜0.79)、総死亡リスクも 24%低い(相対リスク 0.76、 95%信頼区間 0.62〜0.94)ことが示されました。 さらに、 心筋梗塞• 脳卒中• 心不全といった心血管疾患そのものの発症も、 階段昇りと関連して低下していました。
注目すべきは「 量」 の目安です。 同解析では、 1 日およそ 6 フロア(約 60 段)を登ることで効果が最大化し、 それ以上増やしても追加の恩恵は小さいと報告されています(Paddock et al., 2026)。 1 万歩を歩くには約 1 時間半かかりますが、 6 階分の階段登りは数分で完了します。 エレベーターやエスカレーターの前で一歩踏みとどまり階段を選ぶ―この小さな選択が、 時間対効果に優れた“ 心臓の薬” になるのです。

4.たった数分の「 きつい運動」 が命を延ばす ― VILPA という発見

「 まとまった運動時間が取れない」 という方にこそ知 っていただきたいのが VILPA(Vigorous Intermittent Lifestyle Physical Activity=日常生活に紛れ込む、 短く強度の高い身体活動)という概念です。 急いで階段を駆け上がる、 バス停まで小走りする、 重い荷物を持って坂を登る―こうした 1〜2 分の“ ちょっとした頑張り” の積み重ねが、 実は運動として大きな価値を持つことが分かってきました。
2022 年に Nature Medicine 誌に発表された UK Biobank の研究(Stamatakis et al., 2022)は、 ふだん運動習慣のない人々をセンサーで追跡し、 衝撃的な結果を報告しました。 1 日にわずか 1〜2 分の VILPA を 3 回程度(合計およそ 4 分半)行っているだけの人は、 まったく行わない人に比べて、 総死亡リスクが 38〜40%、 心血管疾患による死亡リスクが 48〜49%も低かったのです。 1 日合計わずか 3.4 分の VILPA でも、 意味のあるリスク低下が認められました。
この効果の大きさは、 構造化されたジム運動に匹敵します。 特別な道具も、 着替えも、 まとまった時間も要りません。 日常の中で「 あえて息を弾ませる瞬間」 を数回作るだけでよいのです。 そして、 その最も再現性の高い実践方法が、 繰り返しになりますが「 階段を登る」 ことなのです(Stamatakis et al., 2022)。

5.なぜ「 強度」 が効くのか ― 体の中で起きている分子レベルの対話

では、 なぜ低強度の運動を長く行うより、 高強度の運動を短く行うほうが効率的なのでしょうか。 その謎に、 最新の分子生物学が光を当てました。 2026 年に Cell Reports Medicine誌に発表された研究(Olsen et al., 2026)は、 同じ人が「 短時間の高強度運動(全力ダッシュ 30 秒×6 本、 実質的な運動時間は 5 分未満)」 と「 90 分間の中強度運動」 を行った際に、 血液中で何が起きるかを詳細に比較しました。
結果は明快でした。 高強度運動は、 中強度運動に比べてはるかに多くのタンパク質や代謝物を血液中に放出し、 全身の臓器―筋肉、 脂肪組織、 肝臓など―の間の“ 分子レベルの対話 (臓器間クロストーク)”を強く活性化させたのです。 しかも、 この高強度運動で増えるタンパク質群は、 糖尿病• 肥満のリスク低下や心肺体力の向上といった「 心血管代謝的な健康」と優先的に結びついていました(Olsen et al., 2026)。
つまり「 強度」 は、 単に消費カロリーを増やすだけでなく、 体をより健康な方向へ作り替えるスイッチを、 より強く押しているのです。 階段昇りや VILPA が短時間で大きな効果を生む背景には、 こうした確かな生理学的メカニズムが存在します。 運動の“ 質” が、 そのまま体内の反応の“ 質” を決めているのです。

6.「 心肺体力」 という最強の健康指標 ― 登りは最良の健康寿命延伸になる

運動強度を高める習慣がもたらす最大の成果の一つが、 「 心肺体力(cardiorespiratory fitness=どれだけ効率よく酸素を取り込み、 全身で使えるか)」 の向上です。 心肺体力は、血圧やコレステロール以上に将来の寿命を強く予測する指標として、 近年急速に注目されています。
2024 年に Journal of Sport and Health Science 誌に発表された、 42 研究• 約 380 万人分のデータを統合した大規模メタ解析(Singh et al., 2024)は、 心肺体力が 1 メッツ(運動強度の単位)高いごとに、 総死亡リスクが 14%(相対リスク 0.86)、 心血管疾患による死亡リスクが 16%(相対リスク 0.84)低下することを示しました。 心肺体力を少し高めるだけで、 寿命の見通しが大きく改善するのです。
そして、 この心肺体力を効率的に高めるのが高強度の運動です。 高強度インターバル運動 (HIIT)に関する複数のメタ解析を統合したアンブレラレビュー(Poon et al., 2024)は、 HIITが心肺体力(最大酸素摂取量)を、 より長時間の中強度運動と同等かそれ以上に改善することを確認しています。 階段を勢いよく登る動作は、 まさに手軽なインターバル運動であり、 体力そのものを底上げする“ 投資” になるのです。

7.今日からできる「 登る」 処方箋 ― 運動スナックという新習慣

こうした最新のエビデンスは、 「 運動スナック(exercise snacks)」 という実践法に結実しています。 食事の合間の“ おやつ” のように、 1 回 1〜2 分程度の短い運動を 1 日に何度も挟み込む方法です。 2025 年に Scandinavian Journal of Medicine & Science in Sports誌に発表されたメタ解析(Wan et al., 2025)は、 運動スナックが心血管代謝的な健康や体組成を有意に改善することを示しました。 1 日数回、 階段を一気に登る―これが最も実践しやすい運動スナックです。
もちろん、 これは既存の運動指針を否定するものではありません。 世界保健機関(WHO)の 2020 年身体活動ガイドライン(Bull et al., 2020)は、 週 150〜300 分の中強度、 または週 75〜150 分の高強度の運動に加え、 週 2 回以上の筋力運動を推奨し、 同時に「 どんな動きも、 しないよりは価値がある(every move counts)」 と強調しています。 階段昇りは、 この高強度運動と筋力運動の両方の性質を併せ持つ、 極めて効率のよい選択肢なのです。
実践のコツはシンプルです。 エレベーターやエスカレーターを見たら、 まず階段を探す。 登るときは手すりに頼りすぎず、 少し息が弾む速さで。 慣れてきたら一段飛ばしを取り入れる。まずは 1 日 6 階分を目標に、 生活の動線の中に“ 登る瞬間” を散りばめてみてください。 特別な準備は何も要りません。

おわりに ― 運動を「 薬」 として処方する時代へ

健康のための運動は、 もはや「 1 万歩をこなす」 ことではありません。 最新の科学が示すのは、 歩数という「 量」 以上に、 運動の「 強度」 が心臓と寿命を守るという事実です。 1 日数分の階段昇りや VILPA が、 心血管死亡リスクを 4〜5 割も下げうること(Paddock et al., 2026;Stamatakis et al., 2022)、 そしてその背景に確かな分子メカニズムがあること (Olsen et al., 2026)を、 私たちは今や知っています。
まんかいメディカルクリニックでは、 こうしたエビデンスに基づき、 一人ひとりの体力や持病に合わせた運動療法を提供しています。 CT や超音波による身体の評価をふまえ、 無理なく安全に「 強度」 を高める方法を一緒に考えます。 持病のある方や、 しばらく運動から遠ざかっていた方は、 いきなり階段を駆け上がる前に、 ぜひ一度ご相談ください。 日曜• 祝日も診療し、 救急救命士が常駐する体制で、 皆さまの“ 動ける体づくり” を支えます。
エレベーターの前で立ち止まり、 階段に一歩踏み出す。 その小さな選択が、 未来のあなたの心臓を守ります。 今日から、 歩くだけでなく「 登って」 みませんか。

FAQ ― よくあるご質問

Q1. 結局、 1 日何歩歩けばよいのですか?1 万歩は目指さなくてよいのでしょうか?

多くの方にとって、 1 万歩は必須ではありません。 2025 年の Lancet Public Health 誌の系統的レビュー(Ding et al., 2025)では、 1 日約 7,000 歩で死亡リスクや心血管疾患リスクの低下の多くが得られ、 それ以上は効果の伸びが緩やかになると報告されています。また 15 の国際コホートを統合した解析(Paluch et al., 2022)でも、 高齢者では 6,0008,000 歩で効果がほぼ頭打ちでした。 まずは座りがちな生活から抜け出し、 7,000 歩前後を目安にしつつ、 そのうちの数分を“ 階段や早歩き” に置き換えることが、量と質の両面で理にかなっています。

Q2. 平地のウォーキングと階段昇り、 どちらが健康によいのですか?

どちらも有益ですが、 時間対効果では階段昇りが優れます。 UK Biobank 研究(Del Pozo Cruz et al., 2022)は、 同じ歩数でも歩行強度が高い人ほど死亡• 心血管疾患• がんのリスクが独立して低いことを示しました。 階段昇りは座位の 8〜9 倍のエネルギーを使う高強度運動で、 約 48 万人のメタ解析(Paddock et al., 2026)では心血管死亡リスクが 39%低いと報告されています。 ウォーキングを基本にしつつ、 そこに階段という“ 強度のアクセント” を加えるのが最も効率的です。

Q3. たった数分の運動で、 本当に効果があるのですか?

はい、 エビデンスがあります。 Nature Medicine 誌の研究(Stamatakis et al., 2022)では、 1 日わずか 1〜2 分の高強度活動を 3 回程度(合計約 4 分半)行うだけで、 心血管疾患による死亡リスクが 48〜49%、 総死亡リスクが 38〜40%低下していました。 短時間の高強度運動が効率的な理由は、 Cell Reports Medicine 誌の研究(Olsen et al., 2026)が示すように、 全身の臓器間で健康に働く分子のやり取りを強く活性化させるためと考えられます。 まとまった時間が取れなくても、 こまめな“ 数分の階段” が積み重なって大きな効果を生みます。

Q4. 膝や腰が痛い場合、 無理に階段を登ってもよいのでしょうか?

変形性膝関節症などがある方は注意が必要です。 階段昇りは下肢の関節に負荷がかかるため、 痛みのある方には必ずしも第一選択ではありません(Paddock et al., 2026 でも同様の指摘があります)。 その場合は、 早歩き、 坂道、 エルゴメーター(自転車こぎ)など関節への衝撃が少ない方法で「 強度」 を高めるのがよいでしょう。 大切なのは“ 階段” そのものより“ ある程度きつい運動を短く行う” という原則です。 まんかいメディカルクリニックでは、 CT• 超音波で関節や体の状態を評価したうえで、 その方に合った安全な運動を一緒に選びます。

Q5. 運動する時間がまったく取れません。 何から始めればよいですか?

「 運動スナック」 から始めてください。 1 回 1〜2 分の運動を 1 日に数回、 生活の合間に挟む方法で、 その有効性はメタ解析(Wan et al., 2025)でも確認されています。 具体的には、 エレベーターを階段に変える、 電車を 1 駅手前で降りて早歩きする、 といった置き換えで十分です。 WHO のガイドライン(Bull et al., 2020)も「 どんな動きも、 しないよりは価値がある」 と述べています。 まずは 1 日 6 階分の階段を目標に、 着替えも道具も不要な“ ながら運動” として気軽に始めてみましょう。

参考文献

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※本コラムは医学的情報の提供を目的としたものであり、 個別の診断• 治療を代替するものではありません。 運動習慣の変更にあたっては、 持病のある方や高齢の方はかかりつけ医にご相談ください。

記事監修者田場 隆介

医療法人社団 青山会 まんかいメディカルクリニック 理事長

医療法人社団青山会代表。兵庫県三田市生まれ、三田小学校、三田学園中学校・同高等学校卒業。 1997(平成9)年岩手医科大学医学部卒業、町医者。聖路加国際病院、淀川キリスト教病院、日本赤十字社医療センター、神戸市立医療センター中央市民病院を経て、2009(平成21)年医療法人社団青山会を継承。 2025年問題の主な舞台である地方の小都市で、少子高齢化時代の主役である子どもと高齢者のケアに取り組んでいる。

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