【人間ドック】「体力」は第 5 のバイタルサイン―血圧・脈拍のように測る時代へ、心肺フィットネスと健康寿命の科学—
はじめに ― 「1万歩 歩いています」
「毎日そこそこ歩いているから大丈夫」――そう思っていませんか。ところが、同じくらい体を動かしていても、健康寿命に大きな差がつくことがわかってきました。2026 年に Progress in Cardiovascular Diseases 誌に発表された総説(Sanchis-Gomar ら, 2026)は、「どれだけ運動したか(身体活動:PA)」よりも「どれだけ体力があるか(心肺フィットネス:CRF)」のほうが、その人の健康寿命をはるかに正確に言い当てると指摘しています。実際、199 のコホート研究・のべ 2,090 万人分を統合した近年の大規模解析(Lang ら, 英国スポーツ医学誌 2024)でも、CRF は死亡や病気の発症をもっとも一貫して予測する指標でした。本コラムでは、運動量と体力の違い、CRF がなぜ「第 5 のバイタルサイン」と呼ばれ始めたのか、有酸素運動と筋トレをどう組み合わせれば長生きにつながるのか、さらに「運動のやりすぎ」のリスクの真偽まで、最新のエビデンスをもとに整理します。
1. 「運動量(PA)」と「体力(CRF)」は似て非なるもの ― まず言葉を整理する
身体活動(PA)とは、歩く・階段を上る・家事をするなど、筋肉を使ってエネルギーを消費するあらゆる体の動きを指します。一方、心肺フィットネス(CRF)は、その運動を「どれだけ効率よく続けられるか」という体の総合的な能力で、専門的には運動時の最大酸素摂取量 (VO₂max)や MET(代謝当量)で表されます(Sanchis-Gomar ら, 2026)。
両者は関係しつつも別物です。同じ「週 150 分歩く」でも、心臓・肺・血管・筋肉・ミトコンドリアの働き次第で、到達する体力は人によって大きく異なるからです。CRF は日々の運動習慣だけでなく、年齢・性別・遺伝・持病・服薬の影響までも統合して映し出す「体の予備力(リザーブ)」の指標といえます。
だからこそ、感染症・手術・加齢といったストレスにどれだけ耐えられるか――すなわち生き延びる力――を反映するのです。運動を「する」ことと、その結果として体力が「ある」ことは、分けて考える必要があります。
2. 体力(CRF)はなぜ寿命を正確に言い当てるのか ― 自己申告の運動より強い予測力
CRF が注目されるのは、自己申告に頼るアンケート式の運動量よりも客観的で、予測精度が高いからです。約 75 万人の米国退役軍人を追跡した研究(Kokkinos ら, 米国心臓病学会誌 2022)では、体力がもっとも低い群は、もっとも高い群に比べて総死亡リスクが約 4 倍にのぼり、この関係は年齢・人種・性別を問わず一貫していました。
CRF は心拍出量・呼吸効率・末梢の酸素利用・血管機能・骨格筋の酸化能力など、複数の臓器の働きを一つに束ねた「統合指標」です。そのため、まだ症状の出ていない病気の芽や全身の予備力までも映し出します。運動能力が 1MET 高いごとに死亡リスクはおよそ 16%低下すると報告されており(Sanchis-Gomar ら, 2026)、これはコレステロールや血圧といった従来の危険因子に匹敵、あるいは上回る予測力です。
「たくさん動いているつもり」という主観ではなく、実際にどれだけの体力を獲得できているか―そこにこそ、寿命を分ける情報が詰まっています。
3. 体力は「第 5 のバイタルサイン」― 血圧・脈拍と同じように測る時代へ
こうした知見を受けて、体力を血圧・脈拍・体温・呼吸数に次ぐ「もう一つのバイタルサイン」として日常診療で評価しようという流れが世界的に強まっています。米国心臓協会 (AHA)は 2016 年の声明を 2024 年に更新し(Ross ら, Progress in Cardiovascular Diseases 2024)、CRF を臨床の場で定期的に測定・記録し、リスク評価とリスク低減の行動につなげるべきだと改めて提言しました。
重要なのは、必ずしも専門的な運動負荷試験(呼気ガス分析)が必要なわけではないという点です。年齢・性別・BMI・安静時心拍数・普段の運動習慣などから体力を推定する式や、6分間歩行・椅子立ち上がりテストといった簡便な方法でも、実用的な出発点になります(Sanchis-Gomar ら, 2026)。
体力を「機能年齢」や「体の予備力」として本人に示すと、抽象的な検査値よりも生活改善の動機づけになりやすいことも指摘されています。血圧を測るように体力を測る――それが予防医療の新しい常識になりつつあります。
4. 体力は生涯変えられる ― 「1MET」の改善がもたらす延命
「体力は生まれつき」と思われがちですが、CRF の大きな魅力は、年齢を重ねても運動によって改善できる「変えられる指標」である点です。米国退役軍人を対象にした別の研究(Kokkinos ら, 米国心臓病学会誌 2023)では、一定期間をおいて体力が向上した人は、出発点の体力レベルや心血管疾患の有無にかかわらず、その後の死亡リスクが有意に低下していました。
逆に体力が低下した人はリスクが上がっており、体力は「今の値」だけでなく「変化の方向」が重要だとわかります。運動量と死亡リスクの関係は一様ではなく、まったく動かない人が少し動くようになったときにもっとも大きな恩恵が得られ、その後は緩やかに逓減していきます(Sanchis-Gomar ら, 2026)。つまり、いちばん体力が低い人こそ、少しの運動で得られる見返りが大きいのです。
まとまった時間が取れなくても心配はいりません。日常生活での短時間の激しい動き(小走り、階段の駆け上がりなど)を積み重ねるだけでも、総死亡・心血管死のリスク低下と関連することが、ウェアラブル端末を用いた研究(Stamatakis ら, Nature Medicine 2022)で示されています。
5. 有酸素運動だけでは足りない ― 筋力トレーニングという長寿の第 2 の柱
長寿の話題では有酸素運動が主役になりがちですが、近年はもう一つの柱――筋力トレーニング(レジスタンス運動)――の重要性が急速に高まっています。有酸素運動と筋トレを組み合わせた人は、どちらか一方だけの人よりも死亡リスクが低いことが繰り返し示されています(Sanchis-Gomar ら, 2026)。
筋トレそのものの効果も明確です。コホート研究のメタ解析(Momma ら, 英国スポーツ医学誌 2022)によれば、週 30〜60 分程度の筋力強化活動を行う人は、総死亡・心血管疾患・がん・糖尿病の発症リスクが約 10〜17%低いと報告されました。ただし効果は無制限に増えるわけではなく、ごく長時間の筋トレではむしろ頭打ちになる傾向も示されています。
米国心臓協会も 2023 年の科学声明(Paluch ら, Circulation 2024)で、レジスタンス運動が筋量・筋力・骨密度・血糖・血圧の改善を通じて心血管の健康に寄与すると位置づけ、有酸素運動との併用を推奨しています。筋肉は加齢に伴う衰え(フレイル)を防ぐ「予備力の貯金」でもあり、健康寿命を延ばす鍵なのです。
6. 「やりすぎ」は寿命を縮めるのか ― 極端な持久運動と心房細動のリアル
「運動は体にいい。では、やればやるほど良いのか?」――マラソンやトライアスロンに打ち込む方が気にする点です。結論から述べれば、ごく一部のリスクは確かに存在するものの、総死亡が増えるという明確な証拠はありません。
長年にわたり高強度の持久運動を続けたアスリートでは、心房細動(不整脈の一種)のリスクが高まることが知られています。これは心房の拡大、迷走神経緊張の亢進、線維化などが背景と考えられています(Sanchis-Gomar ら, 2026)。また持久系アスリートでは冠動脈の石灰化スコアが高く出ることがありますが、そのプラークはむしろ安定した性質で、心事故の発生率は低いままと報告されています。
重要なのは、こうした極端な運動量の領域でも、総死亡リスクは「頭打ち(プラトー)」になるだけで、上昇に転じるわけではないという点です(Sanchis-Gomar ら, 2026)。米国心臓協会の科学声明(Franklin ら, Circulation 2020)も、運動関連の急性心事故の絶対リスクは低く、運動の利益がリスクを大きく上回ると結論づけています。動悸や胸の違和感などの症状が出たら医師に相談しつつ、多くの人にとっては「動かないこと」のほうがはるかに大きな問題なのです。
7. 忙しい毎日で体力を取り戻す ― 今日から始める実践
では、体力を高めるには何から始めればよいのでしょうか。国際的に用いられる「FITT の原則」――頻度(Frequency)・強度(Intensity)・時間(Time)・種類(Type)――が実践の道しるべになります(Sanchis-Gomar ら, 2026)。有酸素運動は「会話はできるが少し息が弾む」中強度を目安に週 150〜300 分、これに週 2〜3 回の筋力トレーニングを組み合わせるのが基本形です。
長く座り続けること自体が、運動不足とは独立した危険因子です。そのため、30〜60 分ごとに立ち上がる、歩きながら会議をするといった工夫も有効です。まったく運動習慣がない方は、1 日 10 分の速歩を 1 日 2 回から始め、少しずつ増やすだけでも大きな一歩になります(Sanchis-Gomar ら, 2026)。
当院では、CT・超音波による全身の評価に加え、一人ひとりの体力・持病・生活に合わせた運動療法をご提案しています。日曜・祝日も診療する体制のもと、内分泌・生活習慣病の専門的な視点から「無理なく続けられる体づくり」を伴走します。
おわりに ― 「体力」という名の、いちばん確かな投資
本コラムでは、運動する「量」以上に、その結果として得られる「体力(CRF)」こそが寿命を左右すること、そしてそれが血圧や脈拍のように測るべき「第 5 のバイタルサイン」であることを見てきました。体力は年齢を問わず改善でき、有酸素運動に筋力トレーニングを組み合わせることで、その効果はいっそう高まります。極端な持久運動に一部のリスクはあっても、運動全体の利益はそれを大きく上回ります。大切なのは、完璧をめざすことではなく、短い時間だけでも息が切れるくらい体を動かし、それを続けること。気になる方は、ご自身の「体力」を一度きちんと評価してみませんか。まんかいメディカルクリニックは、その第一歩を医学的なエビデンスとともにお手伝いします。
FAQ ― よくあるご質問
Q1. 毎日ウォーキングしていれば、体力(CRF)の心配はいりませんか?
習慣的なウォーキングはとても大切な出発点ですが、それだけで十分とは限りません。同じ運動量でも到達する体力(CRF)には個人差が大きく、寿命の予測には「運動しているか」よりも「体力があるか」のほうが強く関わることがわかっています(Kokkinos ら, 米国心臓病学会誌 2022)。歩行に加えて、時々息が弾む程度の上り坂トレーニングを取り入れたり、週 2〜3 回の筋力トレーニングを組み合わせたりすると、体力はさらに効率よく高まります。まずはご自身の体力を客観的に評価してみることをおすすめします。
Q2. 有酸素運動と筋トレ、長生きのためにはどちらを優先すべきですか?
どちらか一方ではなく「両方の組み合わせ」が最善というのが現在のエビデンスです。有酸素運動と筋力トレーニングを併用した人は、どちらか一方だけの人より死亡リスクが低いことが繰り返し示されています(Sanchis-Gomar ら, 2026)。特に筋トレは週 30〜60 分程度でも総死亡・心血管疾患・糖尿病のリスク低下と関連します(Momma ら, 英国スポーツ医学誌 2022)。有酸素運動で心肺を、筋トレで筋肉と代謝を鍛える――この 2 本柱で相乗効果が得られます。
Q3. もう高齢なのですが、今から運動しても体力は改善しますか?
はい、体力(CRF)は年齢を重ねても改善できる「変えられる指標」です。体力が向上した人は、出発点のレベルや持病の有無にかかわらず、その後の死亡リスクが下がることが示されています(Kokkinos ら, 米国心臓病学会誌 2023)。高齢の方は、有酸素運動に加えてバランス運動や下肢の筋力トレーニングを組み合わせると、転倒予防や自立した生活の維持にもつながります。強度は無理のない範囲から始め、少しずつ増やすことが安全で効果的です。
Q4. まとまった運動時間が取れません。細切れの運動でも意味はありますか?
十分に意味があります。ウェアラブル端末を用いた研究では、日常生活の中での短時間の激しい動き(小走りや階段の駆け上がりなど)を積み重ねるだけでも、総死亡や心血管死のリスク低下と関連することが示されています(Stamatakis ら, Nature Medicine 2022)。まとまった時間を確保できなくても、通勤や家事の合間に「息が上がる動き」を挟むことが体力づくりにつながります。加えて、長時間の座りっぱなしを避け、30〜60 分ごとに立ち上がることも大切です。
Q5. マラソンなど激しい持久運動は、心臓に悪く寿命を縮めませんか?
一部のリスクはありますが、総死亡が増えるという明確な証拠はありません。長期間の高強度持久運動では心房細動(不整脈)のリスクがやや高まることが知られていますが、この不整脈は管理可能なことが多く、総死亡リスクとは必ずしも直結しません(Sanchis-Gomar ら, 2026)。米国心臓協会の科学声明も、運動関連の急性心事故の絶対リスクは低く、運動の利益がリスクを大きく上回ると結論づけています(Franklin ら, Circulation 2020)。動悸や胸の違和感などの症状があれば医師にご相談ください。多くの人にとっては、運動のしすぎより「運動不足」のほうが大きな問題です。
参考文献
- Sanchis-Gomar F, Lavie CJ, Rodriguez F, Kokkinos P, Franklin BA. Physical activity, fitness, and longevity. Prog Cardiovasc Dis. 2026. https://doi.org/10.1016/j.pcad.2026.07.004
- Lang JJ, Prince SA, Merucci K, et al. Cardiorespiratory fitness is a strong and consistent predictor of morbidity and mortality among adults: an overview of meta-analyses representing over 20.9 million observations from 199 unique cohort studies. Br J Sports Med. 2024;58(10):556-566. https://doi.org/10.1136/bjsports-2023-107849
- Ross R, Arena R, Myers J, Kokkinos P, Kaminsky LA. Update to the 2016 American Heart Association cardiorespiratory fitness statement. Prog Cardiovasc Dis. 2024;83:10-15. https://doi.org/10.1016/j.pcad.2024.02.003
- Kokkinos P, Faselis C, Samuel IBH, et al. Cardiorespiratory fitness and mortality risk across the spectra of age, race, and sex. J Am Coll Cardiol. 2022;80(6):598-609. https://doi.org/10.1016/j.jacc.2022.05.031
- Kokkinos P, Faselis C, Samuel IBH, et al. Changes in cardiorespiratory fitness and survival in patients with or without cardiovascular disease. J Am Coll Cardiol. 2023;81(12):1137-1147. https://doi.org/10.1016/j.jacc.2023.01.027
- Momma H, Kawakami R, Honda T, Sawada SS. Muscle-strengthening activities are associated with lower risk and mortality in major non-communicable diseases: a systematic review and meta-analysis of cohort studies. Br J Sports Med. 2022;56(13):755-763. https://doi.org/10.1136/bjsports-2021-105061
- Paluch AE, Boyer WR, Franklin BA, et al. Resistance exercise training in individuals with and without cardiovascular disease: 2023 update: a scientific statement from the American Heart Association. Circulation. 2024;149(3):e217-e231. https://doi.org/10.1161/CIR.0000000000001189
- Garcia L, Pearce M, Abbas A, et al. Non-occupational physical activity and risk of cardiovascular disease, cancer and mortality outcomes: a dose-response meta-analysis of large prospective studies. Br J Sports Med. 2023;57(15):979-989. https://doi.org/10.1136/bjsports-2022-105669
- Stamatakis E, Ahmadi MN, Gill JMR, et al. Association of wearable device-measured vigorous intermittent lifestyle physical activity with mortality. Nat Med. 2022;28(12):2521-2529. https://doi.org/10.1038/s41591-022-02100-x
- Franklin BA, Thompson PD, Al-Zaiti SS, et al. Exercise-related acute cardiovascular events and potential deleterious adaptations following long-term exercise training: placing the risks into perspective–an update: a scientific statement from the American Heart Association. Circulation. 2020;141(13):e705-e736. https://doi.org/10.1161/CIR.0000000000000749
※本コラムは医学的情報の提供を目的としたものであり、個別の診断・治療を代替するものではありません。
気になる症状がある方は医療機関にご相談ください。
記事監修者田場 隆介
医療法人社団 青山会 まんかいメディカルクリニック 理事長
医療法人社団青山会代表。兵庫県三田市生まれ、三田小学校、三田学園中学校・同高等学校卒業。 1997(平成9)年岩手医科大学医学部卒業、町医者。聖路加国際病院、淀川キリスト教病院、日本赤十字社医療センター、神戸市立医療センター中央市民病院を経て、2009(平成21)年医療法人社団青山会を継承。 2025年問題の主な舞台である地方の小都市で、少子高齢化時代の主役である子どもと高齢者のケアに取り組んでいる。
