【血糖値】「予備群」と言われたら、血糖は早く整える ―はじめの数年が、10 年後のがんと心血管を左右する―
はじめに ― 「まだ大丈夫」という判断が、最も惜しい
健康診断で「血糖が少し高めですね」「糖尿病の予備群です」と言われた経験はありませんか。多くの方は、まだ薬も要らず自覚症状もないため、「本格的に高くなったら気をつければよい」と先送りにしがちです。しかし近年の研究は、その「先送り」こそが、将来の健康を大きく左右することを明らかにしてきました。予備群(境界型)の段階でも、正常な血糖の方に比べて死亡や心血管病のリスクが高まることが、約 1,000 万人を解析した大規模メタ解析で示されています(Cai et al., BMJ 2020)。
さらに 2026 年、糖尿病研究の国際誌 Diabetologia に、香港の約 5 万人を追跡した重要な論文が掲載されました(Zhang et al., Diabetologia 2026)。この研究は「血糖を整えるなら、できるだけ早い時期がよい」という、これまで漠然と語られてきた経験則に、明確な数字を与えました。本コラムでは、なぜ予備群と言われた「今」が勝負どころなのか、血糖と心血管病・がんとの関係、そして生活習慣や新しい治療で予備群から抜け出すための科学的根拠を、最新の欧米論文をもとにわかりやすく解説します。
重要なのは、血糖の高さが「その瞬間の問題」にとどまらないという点です。高い血糖にさらされた時間と程度は、体に“記録”として蓄積していきます。これは借金に似ています。早めに返済を始めれば利息は小さくて済みますが、放置すれば元本も利息も膨らみ、後から取り返すのが難しくなります。予備群と言われた段階は、まだ利息が軽いうちに手を打てる、貴重なタイミングなのです。
1. 「予備群」は通過点ではない ― 血糖の“借金”は静かに積み上がる
糖尿病予備群とは、空腹時血糖や HbA1c(過去 1〜2 か月の平均的な血糖の指標)が正常と糖尿病の中間にある状態を指します。痛くも痒くもないため軽く見られがちですが、この段階はすでに血管や代謝にじわじわと負担がかかり始めている時期です。前述のメタ解析(Cai et al., BMJ2020)では、予備群は正常血糖の方と比べ、総死亡で約 1.1 倍、心血管病で約 1.1〜1.3 倍リスクが高いと報告されました。わずかな差に見えても、人口全体で見れば無視できない上乗せです。
実際、世界的なガイドラインである米国糖尿病学会(ADA)の「Standardsof Care in Diabetes 2026」は、予備群を「介入によって糖尿病への進行を遅らせ、あるいは食い止められる“機会の窓(window of opportunity)”」と明確に位置づけています(ADA, Diabetes Care 2026)。つまり予備群は「警告」であると同時に「好機」でもあるのです。
2. 血糖管理に「時効」はあるのか ― はじめの数年がもつ重み
2026 年に Diabetologia へ報告された香港の研究(Zhang et al., Diabetologia2026)は、新たに 2 型糖尿病と診断された約 5 万人を中央値 6 年あまり追跡し、血糖の高さとがん発症の関係を詳しく調べました。その結果、追跡期間全体の平均 HbA1c が 1(11mmol/mol)高いごとに、あらゆる部位のがんのリスクが 27%高くなることが示されました。血糖が高いほど、また高い状態が長く続くほどリスクが上がるという、わかりやすい用量反応の関係です。
この研究が画期的なのは、「いつの血糖が効くのか」という“タイミング”踏み込んだ点にあります。診断からの最初の 2 年間に HbA1c が7.0%以上だった人は、その後の血糖を同じように補正しても、がんリスクが 30〜75%高いままでした。そして高血糖にさらされた期間が最初の5 年に延びると、リスクの上乗せは最大で 2 倍以上(51〜213%)にまで達しました。早期の高血糖ほど、後年のがんに強く影響していたのです。
さらに具体的です。診断後 1〜2 年の時点で HbA1c を 1%下げると、その後 10 年間のがんリスクが約 6%低下しました(ハザード比 0.94)。3〜4 年での改善でも約 5%低下が見られた一方、5 年を過ぎてからの改善では明らかな差は認められませんでした。言い換えれば、血糖管理には“ゆるやかな時効”のようなものがあり、はじめの数年こそが最も効果の出やすい時期だということです。「いつか整えればよい」では遅い―この研究はそれを数字で示しました。
3. レガシー効果(遺産効果)― なぜ早く整えるほど未来が変わるのか
「早い時期の血糖管理が、何年も先まで影響を残す」という現象は、糖尿病の世界で「レガシー効果(遺産効果)」または「メタボリック・メモリー(代謝の記憶)」と呼ばれてきました。英国で行われた大規模試験UKPDS の長期追跡では、診断直後から血糖をしっかり管理した群は、その後 HbA1cの差が消えてしまった後も、心筋梗塞や腎不全・失明などの合併症、さらには死亡まで減り続けました。24 年間という長期データをまとめた UKPDS 91(Adler et al., Lancet 2024)は、この遺産効果が“ほぼ生涯にわたる”ことを示し、研究者は「後追いの血糖管理では不十分」と結論づけています。
米国の Diabetes & Aging Study(Laiteerapong et al., Diabetes Care 2019)も同じ方向を指しています。3 万人以上を追跡したこの研究では、診断後はじめの 1 年間の血糖管理が良好だった人ほど、その後の合併症や死亡が少なく、逆に最初の数年で血糖が高いまま放置されると、後から取り戻しても不利が残りました。冒頭で紹介した Diabetologia 2026 の研究は、この“遺産効果”が血管合併症だけでなく、がんにまで及ぶ可能性を示した点で、医学的に大きな意味を持ちます。
なぜ早期の高血糖が“記憶”として残るのか。一つは、糖がタンパク質と結びついてできる「終末糖化産物(AGEs)」が早くから蓄積し、活性酸素を介して細胞にダメージを残すこと。もう一つは、高血糖が遺伝子の働きを調節する“エピジェネティックな変化(DNA やヒストンの修飾)”を引き起こし、その変化が後々まで残ることが考えられています(Zhang et al.,Diabetologia 2026)。いったん刻まれた記憶を消すのは難しい―だからこそ、刻まれる前に整えることが理にかなっているのです。
4. 血糖とがんの意外な接点 ― 高血糖が発がんを後押しするしくみ
「血糖とがんに関係があるのか」と意外に思われるかもしれません。しかし 2 型糖尿病が多くのがん(大腸がん、肝がん、膵がん、乳がん、子宮体がんなど)のリスクを高めることは、観察研究のメタ解析を統合した“アンブレラレビュー”でも繰り返し確認されてきました(Tsilidis et al.,BMJ 2015)。Diabetologia 2026 の研究で最も多かったがんは、肺がん・大腸がん・肝がんでした。
そのメカニズムとして、いくつかの経路が提案されています。第一に、高血糖そのものが活性酸素や AGEs を通じて、がん細胞の増殖・浸潤を後押しすること。第二に、高血糖がレニン・アンジオテンシン系というホルモン系を活性化し、これががん細胞の増殖や血管新生を促す可能性です。第三に、肥満やインスリン抵抗性に伴う高インスリン血症が、インスリンや IGF-1 という増殖シグナルを介して腫瘍の成長を助けることも知られています(Zhang et al., Diabetologia 2026)。
ここで強調したいのは、Diabetologia 2026 の研究が、肥満の指標(BMI)やインスリン抵抗性の指標(中性脂肪/HDL 比)とは独立して、血糖そのものとがんの関連を示した点です。つまり「太っているから」だけでは説明できず、血糖の管理それ自体に意味がある可能性を示唆しています。
ただし、これは観察研究であり、血糖を下げれば必ずがんが減ると断定できるものではありません。あくまで「早く整えることが、将来のリスクを下げる方向に働きうる」という、有力な手がかりとして受け止めるのが適切です。
5. 糖尿病とがんは“双方向” ― がんやその治療が血糖を乱すこともある
血糖とがんの関係は、一方通行ではありません。2026 年に LancetDiabetes Endocrinology 誌へ掲載された総説(Hee et al., Lancet DiabetesEndocrinol 2026)は、糖尿病とがんが“双方向”の関係にあることを整理しています。糖尿病ががんのリスクを上げる一方で、がんやその治療が新たな糖尿病(二次性糖尿病)を引き起こすこともあるのです。
特に注意したいのが、「新規発症の糖尿病が、隠れたがんのサインであることがある」という点です。この総説によれば、膵臓がんと新たに診断された人の最大 50%が、診断時にすでに糖尿病をもっていたと報告されています。50 歳以上で糖尿病を発症した人の約 1%が、3 年以内に膵臓がんと診断されるというデータもあります。これまで血糖が正常だった中高年が、急に血糖が悪化し、体重が大きく減るような場合は、単なる生活習慣の問題と片づけず、精密検査を検討する価値があります。
また、近年のがん治療薬(PI3K–AKT–mTOR 阻害薬、免疫チェックポイント阻害薬、ステロイド、ソマトスタチン受容体作動薬など)は、副作用として高血糖や糖尿病を引き起こすことがあります(Hee et al., LancetDiabetes Endocrinol 2026)。がん治療を受ける方は、血糖の定期チェックが安全管理の一部になりつつあります。血糖とがんは、内科・内分泌・腫瘍内科が連携して見守るべきテーマなのです。
6. 「整える」エビデンス ― 生活習慣と新しい薬で予備群から抜け出す
では、予備群はどう「整える」のがよいのでしょうか。まず確かなのは、生活習慣の力です。米国の大規模試験 Diabetes Prevention Program(DPP)では、減量を目指した生活習慣介入で糖尿病の発症が 3 年間で 58%減りました。さらに 21 年間という長期追跡(Lancet Diabetes Endocrinol 2025)でも、生活習慣群は約 25%、メトホルミン群は約 18%、糖尿病の発症リスクが下がり続け、予防効果が長く持続することが確認されています。
2025 年に報告された無作為化試験のメタ解析でも、生活習慣介入が予備群から正常血糖への“回復”を促すことが示されました(Wang et al., J MedInternet Res 2025)。中心となるのは、週 300 分程度の早歩きなどの運動、体重の数%の減量、食物繊維やタンパク質を意識した食事、そして十分な睡眠です。ADAの最新ガイドライン(ADA, Diabetes Care 2026)では、睡眠も運動・食事と並ぶ重要な生活習慣として明記されました。特別なことではなく、続けられる小さな習慣の積み重ねが、血糖の“借金”を着実に減らしていきます。
近年は薬物療法も大きく進歩しました。肥満を伴う予備群を対象としたSURMOUNT-1 試験の 3 年間データ(Jastreboff et al., N Engl J Med 2025)では、チルゼパチド(マンジャロ)により糖尿病への進行リスクが約 94%低下しました。 GLP-1 受容体作動薬や GIP/GLP-1 受容体作動薬は、体重と血糖の双方を整える有力な選択肢です。もちろん適応や費用、副作用の
見極めが必要で、誰にでも使う薬ではありません。生活習慣を土台に、必要な方に適切な治療を組み合わせる―その判断こそ、かかりつけ医の役割です。
7. 「早く整える」を実践する ― 何から始めるか
「予備群です」と言われたとき、まず大切なのは、放置せず一度きちんと評価を受けることです。HbA1c や空腹時血糖に加え、必要に応じて75g 経口ブドウ糖負荷試験で食後の血糖の出方を確認すると、自分の体の“弱点”が見えてきます。あわせて、内臓脂肪・肝臓・血管の状態を客観的に把握できれば、対策の優先順位がはっきりします。
まんかいメディカルクリニックでは、CT や超音波による内臓脂肪・肝臓の評価、InBody による体組成測定を行い、内科・糖尿病の専門的視点から、お一人おひとりの血糖の状態をていねいに評価します。さらに、指定運動療法施設としての指導や、肥満を伴う方への GLP-1 関連治療(さんだ生活習慣病プログラム)まで、生活習慣の改善から薬物療法までを一つの場所で一貫して組み立てられるのが当院の強みです。日曜・祝日にも診療を行っており、お仕事で平日に時間が取りにくい方も相談しやすい体制を整えています。
おわりに ― 「いつか」ではなく「今」整える
予備群と言われることは、決して「失格」の烙印ではありません。むしろ、まだ取り返しがつくうちに体が出してくれた“早めのサイン”です。
Diabetologia 2026 の研究が示したように、血糖管理にははじめの数年という効果の出やすい好機があり、その時期に整えるほど、将来の心血管病やがんのリスクを下げる方向に働きうると考えられます。UKPDS の長期データが教える通り、後追いではなく、早く・しっかり整えることに価値があります。
生活習慣の見直しは、今日からでも始められます。そして必要な方には、進歩した薬物療法という選択肢もあります。「血糖が高めと言われたけれど、どうすればよいかわからない」―そんなときこそ、ご相談ください。 早く整えるほど、未来は静かに、しかし確かに変わっていきます。
FAQ ― よくあるご質問
Q1. 「予備群」なら、まだ何もしなくて大丈夫ですか?
残念ながら、予備群は「無害な状態」ではありません。約 1,000 万人を解析した大規模メタ解析では、予備群の方は正常血糖の方に比べ、総死亡で約 1.1 倍、心血管病で約 1.1〜1.3 倍リスクが高いと報告されています(Cai et al., BMJ 2020)。一方で予備群は、介入によって糖尿病への進行を遅らせ、正常血糖へ戻せる“機会の窓”でもあります(ADA,Diabetes Care 2026)。「警告」であり「好機」でもある段階と捉え、早めに評価を受けることをおすすめします。
Q2. 血糖を下げるのは、何年以内が勝負なのでしょうか?
最新研究は「はじめの数年」が特に重要だと示しています。診断後 1〜2 年の時点で HbA1c を 1%下げると、その後 10 年間のがんリスクが約 6%低下した一方、5 年を過ぎてからの改善では明らかな差が出にくかったと報告されています(Zhang et al., Diabetologia 2026)。 心血管合併症についても、UKPDS の 24 年追跡(Adler et al., Lancet 2024)が、早期の管理が“ほぼ生涯にわたる”利益(レガシー効果)を生むことを示しています。 早く整えるほど効果が出やすい、と考えてよいでしょう。
Q3. 血糖を整えると、がんも予防できるのですか?
「予防できる」と断定はできませんが、関連を示す有力なデータがあります。Diabetologia 2026 の研究では、平均 HbA1c が 1%高いごとに、あらゆる部位のがんリスクが 27%高まり、早期に HbA1c を下げた人ほど将来のがんリスクが低い傾向が示されました。2 型糖尿病が多くのがんのリスクを上げることも、メタ解析で確認されています(Tsilidis etal., BMJ 2015)。ただしこれらは観察研究であり、血糖を下げれば必ずがんが減ると証明されたわけではありません。あくまで「早く整えることが、将来のリスクを下げる方向に働きうる」手がかりです。
Q4. 薬を使わず、生活習慣だけで予備群から戻れますか?
多くの方で可能です。米国の DPP 試験では、減量を目指した生活習慣介入で糖尿病の発症が 3 年間で 58%減り、21 年後も予防効果が持続しました(Lancet Diabetes Endocrinol 2025)。2025 年のメタ解析でも、生活習慣介入が正常血糖への回復を促すと報告されています(Wang et al., JMed Internet Res 2025)。 週 150 分程度の運動、数%の減量、食物繊維・タンパク質を意識した食事、十分な睡眠が基本です。肥満を伴うなど必要な方には、進歩した薬物療法を組み合わせる選択肢もあります。
Q5. 急に血糖が悪くなったり、体重が減ったときは?
中高年で、これまで正常だった血糖が急に悪化し、はっきりした理由なく体重が大きく減る場合は、注意が必要です。膵臓がんなどに伴う糖尿病では、新規発症の糖尿病ががんの“早期サイン”であることがあり、膵臓がんと診断された方の最大 50%が診断時にすでに糖尿病をもっていたと報告されています(Hee et al., Lancet Diabetes Endocrinol 2026)。生活習慣の問題と決めつけず、早めに医療機関で評価を受けてください。 当院ではCT・超音波による評価も院内で行えます。
参考文献
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※本コラムは医学的情報の提供を目的としたものであり、個別の診断・
治療を代替するものではありません。気になる症状がある方は医療機関にご相談ください。
記事監修者田場 隆介
医療法人社団 青山会 まんかいメディカルクリニック 理事長
医療法人社団青山会代表。兵庫県三田市生まれ、三田小学校、三田学園中学校・同高等学校卒業。 1997(平成9)年岩手医科大学医学部卒業、町医者。聖路加国際病院、淀川キリスト教病院、日本赤十字社医療センター、神戸市立医療センター中央市民病院を経て、2009(平成21)年医療法人社団青山会を継承。 2025年問題の主な舞台である地方の小都市で、少子高齢化時代の主役である子どもと高齢者のケアに取り組んでいる。
