【蕁麻疹】繰り返すじんましん—いま知っておくべき、こどもの蕁麻疹治療アップデート
■小児蕁麻疹とは?(定義・分類・原因)
小児の蕁麻疹(じんましん)とは、皮膚に突然あらわれる赤くてかゆみのある膨疹(ふくらみ)のことです。膨疹は数ミリから数センチと大小さまざまですが、普通は24時間以内に跡形もなく消えるのが特徴です。約4割の患者では、まぶたや唇など皮膚の深い部分が腫れる血管性浮腫(けっかんせいふしゅ)を伴います。蕁麻疹自体は子どもから大人まで誰にでも起こりうる非常に一般的な症状で、生涯に少なくとも一度は経験する人が全体の4人に1人とも言われます。
蕁麻疹は持続する期間により急性蕁麻疹と慢性蕁麻疹に分類されます。急性蕁麻疹は発疹が出ても6週間未満でおさまるもの、慢性蕁麻疹は6週間以上繰り返し症状が続くものを指します。小児ではほとんどが急性型で、数日からせいぜい数週間で自然に良くなる一過性のケースが多いです。一方、6週間を超えて長引く慢性蕁麻疹も小児にみられ、頻度は成人と同程度と報告されています。慢性蕁麻疹には、明らかな誘因がなく勝手に出現する慢性特発性蕁麻疹(CSU)と、何らかの刺激によって誘発される慢性誘発型蕁麻疹(寒冷、機械刺激、運動など)があります。小児で典型的な蕁麻疹であれば皮膚科または小児科医が診察だけで診断でき、特別な検査をしなくても見分けられます。ただし、発熱や関節痛など全身の症状を伴う場合や、24時間以上跡が残るような発疹の場合は、別の病気(例:蕁麻疹様血管炎や自己炎症疾患など)の可能性も考え、慎重な診断が必要です。
原因について、蕁麻疹は皮膚の肥満細胞(ひまんさいぼう)という細胞からヒスタミンなどの化学物質が放出されることで生じます。ヒスタミンが皮膚に作用すると血管が拡張し、皮膚が膨隆(ぼうりゅう)して赤く盛り上がり、かゆみも引き起こされます。この肥満細胞を刺激する誘因は様々です。小児の急性蕁麻疹では感染症が最も多い誘因で、全体の約48%を占めます。風邪などウイルス感染のほか、溶連菌などの細菌感染後に出ることもあります。「蕁麻疹=食べ物アレルギーでは?」と心配する保護者も多いですが、実際に食物や薬剤が原因となるケースはそれぞれ全体の数%程度で多くありません。例えば急性蕁麻疹全体で、食物が原因と判明するのは約2.7%、薬剤は約5.4%と報告されています。ハチなど虫刺され、花粉、予防接種後などがきっかけとなることもあります。一方、6週間以上続く慢性蕁麻疹では、明確な外部アレルゲン(原因物質)は見つからないことがほとんどです。慢性特発性蕁麻疹の場合、体質的なアレルギー反応(IgEを介した反応)や自己抗体(IgGを介した自己免疫反応)によって肥満細胞や好塩基球が活性化し、ヒスタミンが放出されてしまうと考えられています。ストレスや疲労などで症状が悪化する例もあります。また誘発型の場合は、冷たい風に当たる、皮膚をこする、運動や入浴で体温が上がるなど特定の物理的刺激で蕁麻疹が誘発されます。いずれにせよ、小児蕁麻疹の多くは生命にかかわるような深刻な原因によるものではなく、時間経過とともに自然に良くなる場合が多いことをまず覚えておいてください。
■小児慢性蕁麻疹の診断と標準治療
6週間以上続く小児の慢性蕁麻疹(特発性含む)は、慢性蕁麻疹という診断名になります。診断にあたって特別な検査法はありませんが、医師は症状の経過や誘因の有無など詳しく問診し、必要に応じて原因検索を行います。例えば、食物日誌(食べたものの記録)や蕁麻疹の日記をつけて誘発因子の有無を調べたり、寒冷蕁麻疹が疑わしければ氷で皮膚を冷やすテストをする、といった工夫がなされます。血液検査では炎症の程度や甲状腺自己抗体の有無などを調べることがありますが、明確な原因が見つからない場合も少なくありません。また、アレルギーの有無を調べるIgE抗体検査や皮膚プリックテストなども、症状の出方や経過から医師が必要と判断した場合に限り行われます。慢性蕁麻疹そのものは蕁麻疹以外の症状(発熱、体重減少など)がなければ重い病気に伴うことはまれであり、ルーチンで大量の検査を受ける必要は通常ありません。診断がついたあとは、症状をコントロールして日常生活の支障を減らすことが治療の主目的となります。
標準治療としては、国内外のガイドラインにおいて、まず第一選択となっているのが抗ヒスタミン薬の内服です。ヒスタミンが蕁麻疹の直接の原因物質であるため、その働きをブロックする抗ヒスタミン薬(H1受容体拮抗薬)が基本治療になります。とくに、第二世代抗ヒスタミン薬と呼ばれる新しいタイプの飲み薬は、眠気などの副作用が少なく比較的長期間安全に使えるため、小児の蕁麻疹でも第一選択薬となっています。具体的には、フェキソフェナジン(アレグラ®)、セチリジン(ジルテック®)、ロラタジン(クラリチン®)など複数の種類があり、子どもの年齢や体重に応じたシロップや錠剤が処方されます。通常は1日1~2回の服用で効果を見ますが、標準量で十分効かない場合は医師の判断で用量を増やすことも可能です。国際ガイドラインでは、効果不十分な場合には抗ヒスタミン薬の容量を承認用量の4倍まで増量することが推奨されています。例えば通常量で朝夕1回ずつ飲む薬であれば、朝昼夕寝前の1日4回まで増やすといった調整です。ただし自己判断で量を増やすのは危険ですので、必ず担当医の指示に従ってください。抗ヒスタミン薬は症状を和らげる対症療法ですが、継続することで発疹の出現頻度が次第に減っていくことも期待できます。まずは2~4週間ほど続けてみて効果を評価し、必要に応じて薬の種類を変えたり増量したりします。
抗ヒスタミン薬を最大量使っても症状が治まらない難治性の場合、次の選択肢として生物学的製剤による治療を検討します。生物学的製剤とは、特定の分子(ターゲット)に作用するお薬で、蕁麻疹の場合には、抗IgE抗体であるオマリズマブ(商品名:ゾレア®)が代表的です。ゾレアは皮下注射薬で、2017年に日本でも12歳以上の難治性慢性蕁麻疹に対して保険適用となりました。月に1回の注射を数回くり返す治療で、体内でアレルギー抗体IgEの働きを抑えて蕁麻疹を鎮めます(詳しい作用機序は後述します)。抗ヒスタミン薬だけでは半数以上の患者で症状が残ってしまうのが現状ですが、ゾレアを追加することで約7~8割の患者さんで蕁麻疹が大きく改善すると報告されています。ゾレア以外にも、シクロスポリン(免疫抑制剤)などを用いる方法もありますが、副作用の観点から小児では可能な限り避けたい薬です。日本皮膚科学会の「蕁麻疹診療ガイドライン2023」でも、基本は抗ヒスタミン薬とし、効果不十分な場合に、年長児でゾレアなどの分子標的薬を考慮するとされています。一方、症状が急激に悪化した場合などに限って、ステロイドの短期投与(数日間)を行うこともあります。ただしステロイドの長期連用は感染症や成長への影響など副作用リスクが高く、慢性蕁麻疹の日常的な治療としては推奨されません。基本は抗ヒスタミン薬(必要に応じて分子標的薬)による治療でコントロールし、蕁麻疹とうまく付き合いながら経過をみていく形になります。子どもの慢性蕁麻疹は永遠に続くものではなく、多くは数か月~数年のうちにおさまっていきますので、根気強く治療を続けることが大切です。
■分子標的薬とは何か?(抗IgE抗体・抗IL-4/13抗体・BTK阻害薬などの作用機序や違い)
分子標的薬とは、病気の原因となる特定の分子や経路をピンポイントで狙い撃ちしてブロックする治療薬の総称です。蕁麻疹の場合、症状を引き起こすヒスタミンなどの放出に関与する免疫のカスケード(連鎖反応)を途中で食い止めることで、蕁麻疹そのものを起こりにくくすることが期待できます。従来の抗ヒスタミン薬が「出てしまったヒスタミンの作用を抑える対症療法」なのに対し、分子標的薬は「ヒスタミンが出る upstream(上流)の仕組みに働きかけて蕁麻疹を根本から鎮める」ことを目指す治療といえます。現在、小児の蕁麻疹治療に応用されつつある分子標的薬には大きく3種類があります。
1つ目は抗IgE抗体です。代表的なオマリズマブ(ゾレア®)はこのグループに属し、患者さんの体内でアレルギー抗体と呼ばれるIgEに結合する人工的な抗体医薬です。IgE抗体は本来、花粉症や食物アレルギーなどで肥満細胞を刺激する役割を担っていますが、この薬を注射するとIgEが「無力化」されます。その結果、肥満細胞表面のIgE受容体への刺激が減り、ヒスタミン放出が起こりにくくなるのです。
簡単にいえば、「アレルギーのアンテナを鈍くする」ことで蕁麻疹の原因物質を出させないようにする薬です。もともと気管支喘息や鼻炎の治療薬として開発され、慢性蕁麻疹にも応用されました。成人では2014年に承認され広く使われるようになっており、小児でも前述のとおり日本では12歳から使用可能です。注射薬ではありますが月1回の投与で済み、ステロイドなどと比べ副作用も少ないことから、難治性蕁麻疹における画期的な治療法となりました。
2つ目は抗IL-4/13抗体です。商品名デュピクセント®(一般名デュピルマブ)に代表されるこの薬は、IL-4およびIL-13という免疫物質(サイトカイン)の働きを抑えるヒト型モノクローナル抗体製剤です。IL-4とIL-13は2型炎症(アレルギー性炎症)を引き起こす主要なサイトカインで、アトピー性皮膚炎・好酸球性喘息・鼻茸を伴う副鼻腔炎などに深く関与しています。慢性蕁麻疹も2型炎症の要素が一部関与していることが示唆されており、その経路を断つデュピルマブが有効ではないかと期待されました。実際、成人の慢性蕁麻疹患者さんを対象に行われた臨床試験では、ヒスタミン薬で効果不十分なケースでデュピルマブが発疹や痒みを有意に改善しています。2024年には日本で世界に先駆け「抗ヒスタミン薬で効果不十分な慢性蕁麻疹」への適応追加承認も取得されました。投与は2週間ごとの皮下注射ですが、患者さん自身が自宅で自己注射することも可能なペン型製剤も開発されています。なお、デュピルマブは現時点では、12歳以上の思春期以降で使用可能です(小児喘息など他疾患では6歳以上から適応あり)。
3つ目は、新しい経口薬であるBTK阻害薬です。BTK(ブルトン型チロシンキナーゼ)とは肥満細胞やB細胞のシグナル伝達に関わる酵素で、蕁麻疹では肥満細胞が活性化されヒスタミンを放出する過程にこのBTKが必要とされています。そこで、BTKの働きを阻害すればヒスタミン放出そのものを抑えられるのではないか、という発想で開発されたのがBTK阻害薬です。その一つレミブルチニブ(一般名、開発コードLOU064)は、選択的かつ共有結合的にBTKに結合してその活性を抑える経口薬で、すでに海外では慢性蕁麻疹に対して承認されています。レミブルチニブを服用するとヒスタミン放出のシグナルが遮断され、結果として発疹(膨疹)や深部の腫れ(血管性浮腫)を引き起こすヒスタミンの放出自体が抑えられます。これは先述の抗IgE抗体や抗IL-4/13抗体と作用点が異なるため、仮に蕁麻疹の原因がアレルギー性でも自己免疫性でも、BTK阻害薬であれば下流の共通経路をブロックできる可能性があります。その意味でBTK阻害薬は蕁麻疹治療の新機軸として注目されており、飲み薬であることからも患者さんの負担軽減が期待されています。
以上のように、分子標的薬はいずれも蕁麻疹のメカニズムに対してより直接的に作用する治療ですが、その反面、高価であったり注射が必要だったりといったデメリットもあります。また、作用が特定の標的に限られるため、すべての患者に劇的に効くとは限らず、患者さんごとに効きやすい薬・効きにくい薬の違いも認められます。例えば、あるお子さんではオマリズマブが驚くほど効いたのに、別のお子さんでは効果が不十分でデュピルマブに切り替えたら改善した、といったようなケースも報告されています。このように「どの患者さんにどの薬が有効か」を見極めながら治療していく必要がある点も、分子標的薬ならではの課題です。
■小児蕁麻疹に対する分子標的薬の最新動向
ここ数年で、蕁麻疹の治療には次々と新たな分子標的薬が登場しつつあります。なかでも抗IgE抗体オマリズマブ(ゾレア)は慢性蕁麻疹治療を大きく変えた薬で、成人では既に標準治療として確立し、多くの国で保険適用になっています。小児においても、ゾレアは12歳以上であれば世界的に使用可能となっており、日本でも2017年の承認以来、思春期の難治性症例に対して使用されています。実際、小児の慢性蕁麻疹患者さんでもゾレアで症状が劇的に改善するケースは多く、最近発表された小児症例の集積データでは88%もの高い有効率(完全寛解は約51%)が報告されました。副作用も注射部位の腫れ以外はほとんどなく、小児にも比較的安全に使える薬と考えられています。ただし、このようなデータの多くは観察研究や小規模な試験のまとめであり、依然として小児を対象とした大規模臨床試験が不足しているのも事実です。そのため、12歳未満の小児にゾレアを使用する場合は医師の判断で慎重に行われます。今後、さらなるエビデンス集積によって低年齢児への適応拡大が期待されます。
抗IL-4/13抗体デュピルマブ(デュピクセント)については、日本で世界初の承認がなされたことで大きな話題となりました。2024年2月、厚生労働省により「既存治療(抗ヒスタミン薬)で効果不十分な12歳以上の特発性慢性蕁麻疹」に対する適応追加が承認され、デュピルマブは国内で5つ目の適応疾患を持つ薬剤となりました。その後、欧州連合(EU)でも2025年11月に同様の適応拡大が認められ、約10年ぶりとなる蕁麻疹の新たな分子標的薬として承認されています。EUでの適応は12歳以上の中等症~重症の慢性蕁麻疹で、抗ヒスタミン薬に無効かつ抗IgE治療(ゾレア)未使用の患者に対し初めての標的治療として使える、という条件付きの内容でした。これは現在ゾレアが広く使われている欧米において、ゾレアより先にデュピルマブを試す選択肢も認められたことを意味します。実際、デュピルマブはアトピー性皮膚炎や喘息などで既に小児にも多数使用され安全性が高いこと、また注射頻度が2週間に1回と比較的少ないことから、今後ゾレアに並ぶ蕁麻疹の主要治療となる可能性があります。一方で、デュピルマブが効くタイプの慢性蕁麻疹は、IgEが関与するタイプ(=ゾレアが効くタイプ)とは少し異なるのではないかとも言われています。臨床的には、ゾレアが効かない難治例の一部でデュピルマブに切り替えると症状が改善するケースが報告されており、このように作用機序の異なる薬剤を使い分けていく時代が来つつあります。2023年時点ではデュピルマブを蕁麻疹に使用できる国は日本が唯一でしたが、その後ブラジルでも2024年末に承認されるなど、世界的にもこの新治療への期待が高まっています。
BTK阻害薬に関しては、現在最も先行しているレミブルチニブ(海外での製品名:ラプシド®など)が2025年9月に米国FDAの承認を取得しました。これにより、レミブルチニブは初めて「飲み薬」で慢性蕁麻疹に使える分子標的薬となりました。レミブルチニブは成人の慢性蕁麻疹患者を対象に行われた国際治験(REMIX試験)で、12週間の投与により痒みや膨疹が劇的に改善する効果が示されています。効果発現も早く、投与2週目には良好なコントロール状態(症状スコアの大幅低下)に達する患者が有意に増加したとの報告です。安全性の面でも重篤な副作用は出ておらず、感染症の発生率や肝機能障害の頻度もプラセボ(偽薬)群と差がなかったとされています。こうした成績から、欧米では「次世代の蕁麻疹治療薬」として期待されています。ただし、現時点での承認対象は抗ヒスタミン薬で十分な効果が得られない成人患者に限られており、小児への適応はまだ検討段階です。日本でも製造販売承認に向けた申請が予定されていますが、国内承認と小児適応の有無については続報を待つ必要があります。実用化された場合、レミブルチニブはゾレア(注射薬)を補完する有効な経口薬の選択肢となる可能性があります。とはいえ、「飲み薬だから子どもにもすぐ使える」と安易に考えることはできません。新薬ゆえに小児のデータが少ないこと、長期使用の影響が未知であることから、小児科領域でレミブルチニブ等のBTK阻害薬がどの程度使われるかは慎重に見極めていく必要があります。
その他、新たな作用機序の治験薬も多数開発されています。その一つがシグレック8(Siglec-8)を標的とする抗体薬です。シグレック8は肥満細胞と好酸球に特異的に発現する分子で、この受容体に働きかけることで肥満細胞の活性化を抑制できる可能性があります。米国で開発中のリレンテリマブ(AK002)は抗シグレック8抗体ですが、初期の臨床研究で難治性の慢性蕁麻疹に高い有効率(完寛率が約57%、既存治療下では92%の患者で症状消失)を示し注目されています。このように、蕁麻疹の機序解明が進むにつれ、それぞれの段階に介入する新薬が今後も登場してくるでしょう。小児蕁麻疹の治療にも、これら最新の恩恵が及ぶことが期待されます。
■今後の展望と課題(小児での適応拡大、長期使用の安全性、エビデンスの不足など)
小児蕁麻疹に対する今後の展望として、まず挙げられるのは有効な治療薬の選択肢拡大です。抗ヒスタミン薬だけでは十分にコントロールできない重症例に対し、従来はステロイドや免疫抑制剤を用いるしかなく、副作用との兼ね合いで治療に難渋することがありました。それが近年、オマリズマブやデュピルマブといった分子標的薬の登場によって、子どもの難治性蕁麻疹にも新たな治療戦略が生まれました。現時点で小児(12歳以上)に使える分子標的薬はこれら数種類ですが、今後さらにBTK阻害薬なども加わることで「効かない蕁麻疹はない」と言える未来も夢ではありません。実際、最新の研究ではオマリズマブとデュピルマブの両方を駆使することで、従来治療では抑えられなかった難治症例が軒並み改善したとの報告もあります。患者さん一人ひとりの病態に合わせて薬を選択・組み合わせていくオーダーメイド医療的なアプローチが進むことで、子どもたちが蕁麻疹に悩まされる時間を最小限にできると期待されます。
一方で、小児への適応拡大や長期安全性に関する課題も残ります。分子標的薬の多くは成人または思春期以降で承認されたばかりで、低年齢の子どもに対する十分な試験データが不足しています。例えばオマリズマブは12歳未満では公式の適応外使用となりますが、それ以下の小児に対する大規模試験がないため明確なエビデンスが乏しく、医師の裁量で慎重に使われているのが現状です。また、これら新薬を長期間使用した場合の安全性も注意深く見守る必要があります。幸い現在までのところ、オマリズマブやデュピルマブは小児の使用例において重篤な副作用は非常にまれであり、安全性プロファイルは良好です。しかし、成長期の子どもに何年も投与し続けた場合に免疫機能へ影響がないか、他のワクチンや感染症への反応は大丈夫か、といった点は今後さらにデータを蓄積して確認すべきポイントです。製薬会社や医療機関でも小児対象の治験やレジストリ(観察研究)などを進め、エビデンスの充実に努めているところです。保護者の皆さんにとっては「新しい薬だけど子どもに使って本当に大丈夫?」という不安もあるかもしれません。その点、専門医は常に最新の知見を踏まえて治療の是非を判断しますので、疑問や不安は遠慮なく主治医に相談してください。
その他の課題として、治療薬の費用や入手の問題も挙げられます。分子標的薬は一般に高価であり、国の医療保険で適応が認められていないと使用は難しいです。現状、日本ではゾレアとデュピルマブが保険適用となりましたが、例えば新しいBTK阻害薬などは承認取得後に保険適用されるまで時間がかかる可能性があります。また地方では新薬の使用経験が少ない医療機関もあるため、必要に応じて専門の皮膚科・アレルギー科医に紹介してもらうことも検討されます。いずれにせよ、「子どもの蕁麻疹を何とか良くしてあげたい」という保護者と医療者の願いは昔も今も変わりません。医学の進歩により、少し前まで難治で苦しんでいた蕁麻疹の子どもたちが、新薬で笑顔を取り戻すケースが増えてきました。今後は、よりエビデンスに基づいた小児蕁麻疹の治療ガイドライン整備や、さらなる新規治療開発が進むことで、すべての子どもが蕁麻疹の悩みから解放される未来を目指したいところです。
■よくある質問(FAQ)
Q1: こどもの蕁麻疹はアレルギーが原因なのでしょうか?
子どもの蕁麻疹の原因は必ずしもアレルギー(IgEによる反応)とは限りません。急性蕁麻疹ではむしろウイルス感染が最も多い誘因で、全体の約半数近くを占めます。食べ物や薬のアレルギーで蕁麻疹が出るケースは全体の一部(食物由来は約2.7%、薬剤由来は約5.4%)にすぎないと報告されています。特に原因のはっきりしない慢性蕁麻疹では、体質的な免疫の問題(自己抗体など)が関与している場合も多く、外部のアレルゲンがなくても症状が出ることがあります。
Q2: 子どもの蕁麻疹が6週間以上も続いています。どう対処すればいいですか?
6週間を超える蕁麻疹は慢性蕁麻疹と考えられるため、一度専門医(皮膚科または小児科アレルギー専門医)を受診することをお勧めします。治療の基本は第二世代抗ヒスタミン薬の毎日服用で、必要に応じて医師の指示のもと通常より増量して様子をみます。それでも症状が治まらない場合、年齢が12歳以上であれば抗IgE抗体注射(オマリズマブ)など次の段階の治療を検討します。自己判断で市販薬を長期間使い続けるより、専門医に相談して適切な治療計画を立てることが大切です。
Q3: オマリズマブ(ゾレア)は子どもの蕁麻疹に何歳から使えますか?
オマリズマブ(ゾレア)は日本では12歳以上の慢性蕁麻疹に対して使用が承認されています。これは国際的にも同様で、12歳未満の小児には標準治療としては通常用いません。ただし、重症で他に手立てがない場合には専門医の判断で慎重にオマリズマブを投与することもあります。実際、小児(12歳未満)でもオマリズマブで症状が大きく改善したケースが報告されており、有効性と安全性が確認されています。しかし公式には適応外使用となるため、必ず主治医と相談の上で検討されます。
Q4: 新しい飲み薬のBTK阻害薬は子どもの蕁麻疹にも使えますか?
残念ながら現時点(2025年)では小児への使用は認められていません。BTK阻害薬の一つであるレミブルチニブは欧米で慢性蕁麻疹治療薬として承認されましたが、対象は18歳以上の成人患者に限られます。小児への効果と安全性はまだ十分なデータがなく、今後の臨床試験結果を待つ必要があります。日本でも現在承認申請の準備段階であり、実際に子どもに使えるようになるまでには数年程度かかる見通しです。お子さんの蕁麻疹が重症で抗ヒスタミン薬で改善しない場合は、現状ではオマリズマブやデュピルマブなど年齢に応じた他の治療法を検討することになります。
Q5: デュピルマブ(デュピクセント)は子どもの蕁麻疹にも効果がありますか?
はい。デュピルマブ(デュピクセント)は慢性蕁麻疹に対して効果を示し、2024年に日本で12歳以上の患者への使用が承認されました。抗ヒスタミン薬で良くならない中等症以上の慢性蕁麻疹を対象に行われた臨床試験でも、デュピルマブ投与群は痒みや発疹が有意に改善しています。作用機序はIgEを抑えるオマリズマブとは異なり、IL-4/13という物質の作用をブロックしてアレルギー性炎症を鎮める薬です。海外でも2025年にEUで承認されるなど、蕁麻疹治療の新たな選択肢として期待されています。ただし注射薬である点はオマリズマブと同様ですので、投与は医療機関で2週間ごとに行う必要があります。総じて、小児の難治性蕁麻疹でデュピルマブは有望な治療法と言えますが、まずは主治医と十分に相談し最適な治療戦略を立ててください。
参考文献
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記事監修者田場 隆介
医療法人社団 青山会 まんかいメディカルクリニック 理事長
医療法人社団青山会代表。兵庫県三田市生まれ、三田小学校、三田学園中学校・同高等学校卒業。 1997(平成9)年岩手医科大学医学部卒業、町医者。聖路加国際病院、淀川キリスト教病院、日本赤十字社医療センター、神戸市立医療センター中央市民病院を経て、2009(平成21)年医療法人社団青山会を継承。 2025年問題の主な舞台である地方の小都市で、少子高齢化時代の主役である子どもと高齢者のケアに取り組んでいる。
