【インフルエンザ A】早いインフルエンザ流行-その背景-
■近年にない早いインフルエンザ流行、その背景とは
2025年のインフルエンザ流行は例年より極めて早く、世界各地で警鐘が鳴らされています。特に北半球では、秋を待たず夏の終わり頃から感染者が急増し、通常12月以降に見られるような流行が 秋口に前倒し で発生しています。イギリスでは流行開始が予定より1ヶ月以上早まり、日本でも10月に学級閉鎖が相次ぐ異例の状況となりました。
専門家は、この近年まれに見る早期流行の一因として インフルエンザA型(H3N2)ウイルスの変異 を挙げています。実際に2025年6月頃、H3N2ウイルスに新たな変異(7箇所の変異)が生じたとの報告があり、これによりウイルスの感染力が高まり流行の立ち上がりが早まった可能性があります。H3N2はもともと高齢者を中心に重症化しやすい“手強いインフルエンザ”とされますが、この変異株は、過去の免疫を一部すり抜ける力も持つため、従来より広範囲に急速な感染拡大を引き起こしていると考えられています。
■H3N2変異株の出現とワクチン株ミスマッチの懸念
インフルエンザワクチンは、毎シーズンの流行株予測に基づいて株が選定されます。しかし2025年6月に出現したH3N2の新変異株(サブクレードKと呼ばれる系統)は、ワクチン株選定後に生じたため現在のワクチンに含まれるH3N2株と完全には一致しない可能性があります。実際、カナダなど各国の専門家も「現在流行中のH3N2は、今年のワクチン株と比べて大きく異なる」と指摘しており、ウイルスの構造変化によってワクチンと流行株の“ギャップ”が広がっていると報告されています。日本国内でも、2025年夏~秋にかけて分離されたH3N2ウイルスの系統解析で、従来株(J.2系統)から変異株(K系統)への 置き換わり が確認されています(神奈川県衛生研究所調べ)。またオーストラリアの調査でも、ここ数週で南半球2025年ワクチン株に対し反応性が低下したH3N2ウイルス(=ワクチンが効きにくい株)が増加したことが報告されました。総合的に判断して、新変異株はワクチン株と完全には合致していない可能性が高く、この「ミスマッチ」によってワクチン効果の減弱が懸念されています。
■それでもワクチン接種が重要な理由
ワクチン株の一部ミスマッチが疑われるとはいえ、予防接種は「しないよりはるかにマシ」であることは、国内外の専門家が強調しています。イギリスでは「今シーズンは例年にもましてワクチンを接種することが重要だ」として、NHS(国民保健サービス)が大規模な予防接種キャンペーンを展開しています。変異によって感染そのものを完全に防げない場合でも、重症化を防ぐ効果は十分に期待できるからです。実際、ワクチンが不完全な対抗しかできない変異株であっても、体内の免疫反応を活性化させることで 発病しても重症化や入院のリスクを大幅に低減できます。アメリカ疾病予防管理センター(CDC)が発表した南半球8か国での調査によれば、2025年冬季のインフルエンザワクチン接種者は、非接種者に比べ医療機関受診が約50%減少し、入院リスクも約50%低下しました。このように、たとえ完全な株一致でなくとも ワクチンには「重症化予防」の観点で大きなメリットがあります。特に高齢者や持病のある方、小児などハイリスク群にとって ワクチン接種は命を守る重要な手段です。現在、日本全国でインフルエンザ注意報レベルを超える地域が拡大していますが、接種を済ませることで自身と「周囲の安全」を高めることができます。
■防御効果は例年より低下するのか?
今年のインフルエンザワクチンの防御効果が平年よりやや低い可能性についても説明します。一般的な季節性インフルエンザワクチンは、その年の主流株にうまくマッチすれば 感染予防効果は4~6割程度とされます。しかしH3N2変異株の台頭により、一部ではこれを下回る可能性があります。事実、オーストラリアでは2025年シーズン後半になって ワクチン株に対する抗原性が低下したH3N2株が増え始めたことが確認されています。これは 現在のワクチンでは十分中和しにくいウイルスが出現していることを意味し、防御効果の低下=流行規模拡大や重症者増加に直結しかねません。イギリスの専門家らも「新たな変異で獲得した免疫が十分効かない場合、今季のインフルエンザによる死亡者数は近年より増える可能性がある」と警戒を強めています。ただし「防御効果が低い=ワクチンが無意味」ということでは決してありません。上述のようにたとえ効果が下がっても重症化を防ぐ意義は大きく、流行を少しでも抑えるため 出来る限り多くの人が接種を受けることが重要です。ワクチンの効果が万全でないシーズンほど、「打たなくても同じ」と考えがちですが、それは誤りです。今年は、例年になく早い流行、かつ、H3N2優勢で重い合併症例も懸念されるシーズンです。わずかな効果低下よりも、接種しないリスクの方が圧倒的に大きいことをあらためて認識され、引き続き手洗いやマスク着用等の対策と併せて、ワクチン接種による備えをしておきましょう。
参考文献
- BBC News. New flu virus mutation could see ‘worst season in a decade’. (2025年11月9日)evrimagaci.orgevrimagaci.org
- CDC MMWR. Interim Effectiveness Estimates of 2025 Southern Hemisphere Influenza Vaccines… (74(36); 570–578, 2025)cdc.gov
- Australian Gov. Australian Respiratory Surveillance Report – 20 October to 2 November 2025. (Interim Australian CDC, 2025)health.gov.auhealth.gov.au
- RACGP News. Flu deaths overtake COVID-19 fatalities. (2025年11月3日)www1.racgp.org.au
