【RSV】RSウイルスが増えてきました。
■RSウィルス感染症とは
当地ではRSウィルス感染症が増えてきました。
RS ウイルス(RSV)は乳幼児の下気道感染症の主要原因で、2 歳までにほぼ全ての子どもが感染するとされます。
毎年、世界中で 3,300 万以上の乳幼児が感染し、300 万以上が入院、10 万人超が死亡しているとの推計もあり、小児にとって重要な呼吸器ウイルスです。また、大人も繰り返し感染しますが、健康な成人では軽い風邪程度で済むことが多いです。
一方で、高齢者や基礎疾患を持つ方が感染すると肺炎など重症化するリスクがあり、介護施設での集団感染事例も報告されています。
RS ウイルスは季節性があり、従来は秋から冬にかけて流行する傾向がありました。
しかし、近年は流行時期が変化しています。特に新型コロナ流行による影響で、2020年は RS ウイルスの流行がほとんど見られませんでした。その後、各国で季節外れの流行が起こり、日本でも 2021 年以降は春〜初夏から患者が増え始め、夏にピークを迎えるパターンが続きました。実際に 2021〜2024 年のピーク週は第 27〜30 週(7〜8月)と例年より早く、2023 年は過去最も早い 6 月末頃のピークとなっています。
本年 2025 年は、流行時期に変化の兆しがあります。7 月以降再び患者報告数が増加し、9〜10 月に流行ピークが予想されるとの専門家の指摘があります。下図はインフルエンザ・RS ウイルス・新型コロナウイルスの流行時期の違いを概観したものです。

(青:インフルエンザの冬季流行、橙:RS ウイルスの夏〜秋流行、緑:新型コロナの夏・冬の波)。
こうした流行時期の変化には、新型コロナ対策による行動制限解除後の免疫ギャップやウイルス流行動態の撹乱が影響していると考えられます。現在 RS ウイルスは従来の秋〜冬型の季節性に回帰しつつある可能性があり、引き続き動向に注意が必要です。なお、世界的にも RS ウイルスに関する研究が活発化しており、ウイルス共感染の影響や病原メカニズム、抗ウイルス免疫応答、ワクチン開発などが近年のトピックとなっています。各国で新しい予防策が登場したことも、後述するように状況を大きく変えつつあります。
■RS ウイルス感染と喘息の関係
幼少期の RS ウイルス感染と、その後の喘鳴や喘息発症との関連は、以前から指摘されています。
乳児期に RS ウイルス感染症(細気管支炎)で入院が必要な状態であった方は、その後喘息や反復性の喘鳴を起こしやすいことが様々な追跡研究で示されています。
例えば、RS ウイルスによる細気管支炎を起こした小児は、同年代で入院を必要としなかった小児に比べ、喘息治療(吸入ステロイド使用や喘息入院)の頻度が 3 倍高いとの報告もあります。また、乳児期の RS ウイルス感染児を長期追跡した研究では、感染から数十年後にも、気道過敏性や閉塞性障害が持続していたとの報告もあります。こうした相関関係から、RS ウイルス感染が喘息発症の一因になりうると考えられています。ただし、因果関係(なぜ RS ウイルス感染後に喘息が増えるのか)については完全には解明されておらず、免疫応答の偏り(Th2 優位化やインターフェロン応答低下など)が示唆されています。
一方で、RS ウイルスそのものが、既に喘息を持つ患者の発作誘因にもなります。
ウイルス感染は小児喘息発作の主要トリガーであり、特に秋〜冬に、RS ウイルスやライノウイルスの流行期に喘息悪化が増えることが知られています。そこで、気管支喘息の治療として、吸入ステロイド(ICS)がウイルス誘発の増悪を抑制できるかが注目されてきました。
現在までに、ICS の定期吸入は、ウイルス感染時の喘息発作頻度を減らし、抗ウイルス免疫応答を改善する効果が報告されています。実際、小児喘息患者では ICS の使用により発作時の経口ステロイド(全身ステロイド)の必要性が減り、予防的な効果が確認されています。さらに、抗 IL-5 や抗 IgE 抗体など新世代の生物学的製剤もウイルス誘発喘息増悪を減らす有効性を示しており、ICS と併せて発作予防に貢献しています。したがって、既存の喘息患者にとって RS ウイルスシーズン前に治療を強化しておくことは有用といえます。
一方、初感染の乳児 RS ウイルス細気管支炎にステロイド治療は有効かという点では、国際的なガイドラインにおいて否定的です。
アドレナリン吸入や気管支拡張薬と同様、乳幼児の RS ウイルス急性細気管支炎に対するステロイド投与は効果が乏しく、推奨されないことが複数の検証で示されています。例えば米国小児科学会(AAP)も「RS ウイルスによる乳児の細気管支炎にステロイドは通常使用すべきでない」と勧告しています。ただし例外的に、原因ウイルスがライノウイルスの場合にはステロイド併用で入院期間が短縮したとの報告もあり、ウイルス種類や患児のアレルギー素因によって治療効果が異なる可能性が議論されています。
現状では、RS ウイルス急性期は対症療法(十分な加湿・吸引や酸素投与など)が中心で、気管支喘息のような薬物治療は効果限定的と認識されています。
以上、RS ウイルス感染と喘息には強い関連があるものの、治療介入の有効性は場面によって異なります。
喘息が背景にある方では、ICS 等が有用。一方で、初感染乳児へのステロイド投与は有益ではないと言えます。
■RS ウイルス感染症の検査方法
RS ウイルス感染症の診断は、症状や聴診所見で疑い、検査で確認するのが一般的です。他の風邪との鑑別が難しい場合も多く、検査での確認が重要です。検査法には抗原検出キットと遺伝子検出(NAAT/PCR)があります。迅速抗原検査は結果が出るまで数十分と短時間で扱いやすいため広く用いられてきましたが、特に年長児・成人では感度が低く見逃しが多い点に注意が必要です。
一方、PCR 検査は RS ウイルス診断において最も感度が高い手法であり、現在ではスタンダードになっています。鼻咽頭ぬぐい液から RS ウイルス特異遺伝子を検出するPCR 法は、微量のウイルスでも見つけられるため信頼性が高く、小児から高齢者まで誰でも確定診断に用いることが可能です。
近年は PCR 装置の小型化・高速化も進んでいます。例えば、BioFire® Spotfire®(バイオファイア スポットファイア)は院内設置型の小型 PCR システムで、わずか 15 分程度で複数の呼吸器ウイルスを同時検出できる製品です。このシステムでは RS ウイルスはもちろん、インフルエンザウイルス、ライノウイルス、アデノウイルスなど呼吸器感染症の主要 5 病原体を同時に PCR 検査することができます。従来の抗原キットでは 1 回に 1 病原体しか調べられませんでしたが、マルチプレックス PCR により 1 回の検体で複数ウイルスの鑑別が可能となりました。発熱患者でインフルエンザ・コロナ・RSV のどれか判断に迷う場合など、Spotfire のような迅速 PCR は診断の助けとなります。また、従来からある大型の院内 PCR 機器(GeneXpert や FilmArray など)でも、数時間以内には RS ウイルスを含む呼吸器ウイルスパネルの結果が得られます。今後ますます PCR 検査が標準となり、抗原検査は簡便さを活かして状況に応じ補助的に使われる位置付けになるでしょう。もちろん検査結果だけでなく臨床症状との整合を見ることが重要であり、医師の判断のもと適切な検査が選択されています。
■RS ウイルス感染症の経過
RS ウイルス感染症の症状は、初感染の年齢や重症度によって様々です。潜伏期は 4〜6 日間で、その後鼻水・咳・発熱などの上気道炎症状が数日続きます。多くの場合、症状は軽く 1 週間程度で自然軽快しますが、一部の乳幼児ではゼーゼー(喘鳴)や呼吸困難が現れ、細気管支炎・肺炎へ進展することがあります。特に生後数ヶ月の乳児や早産児などは、気道が細いため症状が悪化しやすく、入院管理が必要になることもあります。
RS ウイルス感染症では、発症から 4〜5 日目頃に症状がピークに達するとされています。初日は軽い鼻風邪程度でも、3〜4 日目にかけて咳が悪化し、ゼロゼロとした呼吸音や食欲低下が出てくるケースが多いです。この発症 4〜5 日目は病状の峠であり、入院が必要かどうか判断する分岐点にもなります。実際、小児科医は経過 3〜5 日目の呼吸状態に細心の注意を払い、以下のような重症サインがないか確認します。
▢ 呼吸数の増加や陥没呼吸(肋骨や鎖骨上が凹む呼吸)はないか |
▢ 睡眠時も呼吸が苦しそうで、うめき声や鼻翼の動き(鼻が開く)がないか |
▢ 顔色(口唇や爪が青白くなっていないか) |
▢ ミルクや水分が十分に摂取できているか |
こうした所見が見られた場合、早めに入院して酸素投与や点滴など集中的なケアを行う判断が下されます。幸い、多くの乳幼児は入院せずとも在宅でケア可能ですが、保護者の方は「ピークの時期」である 4〜5 日目にしっかりお子さんの様子を観察し、少しでも様子がおかしければ受診するようにしましょう。症状が峠を越えれば徐々に改善に向かい、発症から 1〜2 週間で完治するのが一般的です。ただし、咳や喘鳴が長引く場合も多く、適宜吸引や吸入などのケアを続けつつ見守ることが大切です。
多疾患を抱える高齢者への影響 – 「子どもの病気」ではない RS ウイルス
RS ウイルス感染症は伝統的に小児科領域で注目されてきました。しかし近年、高齢者における RS ウイルスの重症化が認識され始めています。実は RS ウイルスは高齢者にも毎年ありふれた感染症で、65 歳以上ではインフルエンザに次ぐ肺炎原因ウイルスともいわれます。健康な成人では軽症で済むことが多いものの、高齢者や慢性疾患(COPD や心不全など)を持つ成人が感染すると、気管支炎や肺炎を引き起こす場合があります。特に多疾患合併したフレイルな高齢者では、RS ウイルス感染をきっかけに全身状態が悪化し、入院や死亡に至るケースも報告されています。日本国内でも高齢者施設で RS ウイルスの集団感染が発生し、施設内で重篤な呼吸不全を来した事例があります。このように RS ウイルスは決して子どもだけのウイルスではなく、高齢者にとってもインフルエンザやノロウイルス同様に注意すべき病原体なのです。
高齢者が RS ウイルスに感染した場合、症状は一見ただの風邪と変わらないことも多いですが、肺炎への進展に警戒が必要です。特に肺や心臓に持病がある方では、少しの炎症でも呼吸機能が悪化しやすいため注意が必要です。また高齢者は免疫力の低下によりウイルスの排出期間が延びる傾向があり、長期にわたり周囲に感染を広げる可能性もあります。このため、高齢者施設ではインフルエンザと同様に RS ウイルス対策(手指衛生やマスク、換気)が重要となっています。米国では年間数万件の高齢者RSV 入院と 1 万例近い関連死亡が推計されており、「隠れた流行」として問題視されてきました。
そのような背景があり、2023 年以降、世界初の RS ウイルスワクチンが高齢者向けに承認されました。日本でも 2024 年にリコンビナント RS ウイルスワクチンが薬事承認を取得し、60 歳以上の成人が接種対象となっています。このワクチンは RS ウイルス表面の F タンパク質を抗原とした不活化ワクチンで、接種により中和抗体価を上昇させることで重症化予防が期待されます。臨床試験では入院や重症肺炎を約 80%減らす有効性が報告されており、高齢者医療の新たな武器となりそうです。また米国などでは基礎疾患を持つ 50〜59 歳も医師と相談の上で接種可能とされており、日本でも適用拡大が検討されています。高齢者自身が予防することで、自分の健康を守るだけでなく、孫世代への家庭内感染を防ぐ効果も期待できます。RS ウイルスは世代間感染も起こるため、家族ぐるみで対策することが重要です。高齢者・成人への対策はまだ始まったばかりですが、「子どもの風邪」と油断せず、高齢者も備える時代が来ています。
■RS ウイルス感染症の予防 – ワクチンと感染対策
RS ウイルスから身を守るために、二本柱の予防策があります。ひとつは感染対策(非特異的予防)、もうひとつはワクチン・抗体製剤(特異的予防)です。まず感染対策ですが、RS ウイルスは飛沫感染(咳やくしゃみが換気の悪い部屋で漂う)と接触感染(ウイルスの付いた手すりやおもちゃを触る)の両方で広がります。したがって、インフルエンザや新型コロナと同様にマスク着用(咳エチケット)と手洗い・手指消毒が基本となります。特に乳幼児がいる家庭では、周囲の大人がウイルスを持ち込まないよう注意しましょう。風邪症状のある人はできるだけ赤ちゃんに接触しない、やむを得ない場合はマスクをするなど配慮が必要です。また保育園や高齢者施設では、流行期に換気や玩具の消毒を徹底し、クラスター発生を防ぐことが求められます。RS ウイルスはアルコール消毒や石鹸で容易に失活するエンベロープウイルスですので、手洗いの励行が何よりも有効です。
特異的予防策として、2023 年以降ワクチンや抗体製剤が登場しました。
まず乳幼児向けには、長期型抗体製剤ニルセビマブ(商品名:ベイフォートゥス)が 2023 年に欧米で承認され、日本でも 2024 年 3 月に承認されました。これはウイルスの F タンパクに結合するモノクローナル抗体を筋注するもので、約 5 ヶ月間乳児を RS ウイルスから防御してくれます。従来から早産児やハイリスク乳児に使われていたパリビズマブ(シナジス®)は 1 ヶ月毎に 5 回打つ必要がありましたが、ニルセビマブは 1 回でシーズンを通せるため、シーズン前に全ての新生児への投与も現実的です。実際、欧米では 2023 年秋から乳児への定期的な投与が推奨され、入院予防効果が示されています。日本でも 2023 年秋に厚労省が生後 6 ヶ月以内の乳児への投与を承認し、今後定期接種化が期待されます。
さらに妊婦へのワクチン接種も登場しました。
米国で 2023 年に承認された RS ウイルスワクチン(RSV プレ F ワクチン)は、妊娠 36 週までの妊婦に接種することで胎盤を通じて胎児に抗体を与え、生後 6 ヶ月間の乳児を RS ウイルスから守るものです。日本でも同様のワクチンが承認済みで、ファイザー社のアブリスボが妊娠 24-36 週妊婦を対象として、接種可能です。妊娠中の予防接種という点でインフルエンザワクチンや百日咳ワクチンに似ていますが、RS ウイルスは乳児にとって特に脅威なだけに、その価値は大きいです。実際、ギリシャでの試算モデルによれば、妊婦への RS ウイルスワクチン接種(約 20%)で年間 1,200 件以上の乳児の医療受診を減らせ、RS ウイルスによる乳児入院や死亡も有意に減少すると推計されています。このように母子免疫による乳児保護は費用対効果にも優れており、今後は国の予防接種政策に組み込まれていくでしょう。
高齢者向けには、前述した高齢者用ワクチンがあります。米国 CDC は 2023 年より 60 歳以上への RS ウイルスワクチン接種を推奨開始し、現在日本でも GSK 社の「アレックスビー」が接種可能です。接種により重症化リスクを大幅に下げることが期待されるため、インフルエンザワクチンと同様に毎年流行前に接種する習慣が広がることが望まれます。高齢者が守られることで、小児への波及感染も減る効果が期待できます。
最後に基本的な予防策として、大人も子どもも体調が悪ければ無理をしないことが挙げられます。RS ウイルスは、症状が軽い成人が周囲に広げてしまうケースも多いため、「ただの風邪」と侮らず休養・受診することが肝心です。特に家に乳児や高齢者がいる場合は、家族内感染を防ぐ意識を持ちましょう。妊婦と高齢者は、新しいワクチンで自身を防御しつつ、日常では手洗い励行・適度なマスクでウイルスとの接触機会自体を減らすことが重要です。
■登園はいつから?
Q1.子どもが RS ウイルスに感染しました。保育園にはいつから行ってよいでしょうか? |
RS ウイルス感染症は学校保健安全法で出席停止の明確な期間規定がありません。そのため医師の判断で登園許可が出されることになります。一般的な目安としては、「呼吸器症状が消失し、全身状態が良好であること」が求められます。具体的には、熱が下がり、咳や喘鳴が治まり、食欲・元気が戻っている状態です。
ウイルスの排出期間には個人差があり、症状が治まっても数日間はウイルスを出すことがあります。保育園では乳児同士の濃厚接触が避けられないため、念のため症状消失後さらに1〜2日自宅で様子を見る園もあります。厚生労働省監修のガイドライン(2018年改訂版)でも、RSウイルス感染症について「登園の目安は呼吸器症状が消失し全身状態が良いこと」とされており、最終判断は医師と相談するよう推奨されています。主治医に登園許可書を書いてもらい、無理のないタイミングで復帰させましょう。
なお、登園再開の際も咳エチケットや手洗いを続け、周囲への二次感染に配慮することが大切です。RS ウイルスは症状が軽快しても数日は感染力があります。特に乳児クラスでは重症化リスクの高い子もいますので、完治後もしばらくマスクを着用する、おもちゃを舐めないよう注意するなど園と協力した対策を取りましょう。
■まとめ
RS ウイルス感染症はパンデミック後に季節外れの流行を見せつつも、2025年現在再び秋冬型に戻りつつあります。小児だけでなく高齢者にも注意が必要なウイルスであり、新たなワクチンや抗体による予防が普及し始めました。正しい知識と対策で、大切な家族(子どもと高齢者)をRSウイルスから守りましょう。
参考文献
- Romero-Tapia, S. et al. Advances in the Relationship between Respiratory Viruses and Asthma. J. Clin. Med. 12(17):5501 (2023).
- Binns, E. et al. Respiratory syncytial virus, recurrent wheeze and asthma: A narrative review of pathophysiology, prevention and future directions. J. Paediatr. Child Health 58(10):1741-1746 (2022).
- Tao, X. et al. Research hotspots and global trends in respiratory syncytial virus over past five years. Front. Microbiol. 13:1599093 (2025).
- Gourzoulidis, G. et al. Burden of RSV disease in infants and value of maternal immunization in Greece: A cost-effectiveness analysis. Front. Public Health13:1611483 (2025).
- 厚生労働省・国立感染症研究所: 「RS ウイルス感染症」に注意しましょう(IDWR 速報記事). 感染症発生動向調査 2025 年第 9 週 (2025 年)
- Centers for Disease Control and Prevention (CDC). Respiratory Syncytial Virus Infection – Diagnostic Testing (2024).
- 倉井大輔監修: RS ウイルス感染症 Q&A. RS ウイルス.jp (2023).