心房細動
脈が乱れる不整脈、心房細動。実は70歳以上の方の約10%が経験するといわれるほど身近な病気です。自覚症状がない場合でも、脳梗塞のリスクが5倍にも高まる危険性があります。心房細動の症状や原因、検査方法から、薬物療法、カテーテルアブレーションといった治療法、そして日常生活でできる予防策を解説します。
動悸やめまい、息切れ…もしかして、心臓の異常? 心臓のリズムが乱れる「不整脈」の中でも注意が必要な「心房細動」。放置すると脳梗塞などの重篤な合併症を引き起こす可能性があります。
■心房細動を理解するポイント
心臓は全身に血液を送るポンプの役割を果たしており、規則正しいリズムで拍動しています。しかし、このリズムが乱れる病気が「不整脈」です。心房細動は不整脈の一種であり、放置すると脳梗塞などの重大な合併症を引き起こすリスクがあります。適切な治療と生活習慣の改善によって、合併症のリスクを減らし、健康な生活を送ることは可能です。
■心房細動とは?
心臓は4つの部屋(右心房、右心室、左心房、左心室)に分かれています。心房細動は、心臓の上側の部屋である心房が細かくふるえ、規則正しく収縮しなくなる状態です。
通常、心臓の拍動は洞結節と呼ばれる部位から発生する電気信号によってコントロールされています。この電気信号が心房全体に伝わり、心房が収縮することで、血液が心室へと送られます。
心房細動では、肺静脈などの部位から異所性の電気信号が発生します。これらの異常な電気信号が心房内に混乱を引き起こし、心房が1分間に300~600回も細かくふるえるようになります。結果として、心房は効果的に収縮できなくなり、血液をスムーズに心室へ送ることができなくなります。
心房細動には、一時的に起こる発作性心房細動と、持続する持続性心房細動があります。高齢になるほど発症しやすくなる傾向があり、70歳を超えると人口の約10%が心房細動を経験すると言われています。
■心房細動の症状:動悸、息切れなど
心房細動の症状は人によって様々です。全く症状を感じない人もいれば、強い症状に悩まされる人もいます。
最もよく見られる症状は動悸です。心臓がドキドキしたり、脈が飛んだりするように感じます。これは、心房が不規則に収縮することで、脈拍も不規則になるために起こります。
動悸以外にも、息切れ、胸の痛み、めまい、ふらつき、疲れやすいなどの症状が現れることがあります。これらの症状は、心房細動によって心臓のポンプ機能が低下し、全身への血液供給が不足するために起こります。
症状の程度は、心房細動の種類、心拍数、心臓の状態、年齢、持病の有無などによって大きく異なります。また、同じ人でも、症状の強さが日によって変わることもあります。
無症状の場合、健康診断や人間ドックなどで偶然発見されることもあります。自覚症状がなくても、心房細動が持続していると、脳梗塞などの合併症のリスクが高まりますので、定期的な検査が重要です。
■心房細動はどうして起こる?原因とメカニズム
心房細動は、加齢、高血圧、慢性炎症、心臓弁膜症、心不全、甲状腺機能亢進症、肺疾患、心臓手術後などの要因が複雑に絡み合って発症すると考えられています。
加齢は心房の構造や機能の変化をもたらし、電気信号の伝わり方を乱れやすくします。高血圧は心臓に負担をかけ、心房を肥大させ、心房細動のリスクを高めます。心臓弁膜症は心臓内の血液の流れを変化させ、心房細動を引き起こしやすくなります。
これらの疾患は、心臓の構造や機能に変化をもたらし、異所性興奮巣を作りやすくする要因となります。異所性興奮巣とは、洞結節以外の場所で電気信号が発生する部位のことです。これらのリスク因子が重なることで、心房細動を発症しやすくなると考えられています。
また、遺伝的な要因、過度の飲酒、ストレス、睡眠不足、カフェインの過剰摂取なども心房細動の発症リスクを高める可能性があります。
■心房細動の危険性:脳梗塞との関連
心房細動の最も深刻な合併症は脳梗塞です。心房細動になると、心房内の血液の流れが滞り、血栓(血液の塊)ができやすくなります。
通常、心臓は力強く収縮することで血液を全身に送り出しています。しかし、心房細動では心房が細かくふるえるだけで、十分に収縮することができません。そのため、心房内に血液が滞りやすくなり、血栓が形成されるリスクが高まります。
この血栓が血流に乗って脳の血管に詰まると、脳梗塞を発症します。脳梗塞は、意識障害、運動麻痺、言語障害など、深刻な後遺症が残る可能性のある危険な病気です。
心房細動があると、脳梗塞のリスクは健常者の5倍程度まで上昇すると言われています。特に、高血圧、糖尿病、心不全などの病気を合併している場合、脳梗塞のリスクはさらに高くなります。加齢も脳梗塞のリスクを高める要因の一つです。
■心房細動の検査と診断
心房細動の診断は、いくつかの検査を組み合わせて行います。
心電図検査でわかること
心電図検査は、不整脈の診断における最初のステップで、心臓の電気的な活動を記録する検査です。
具体的には、胸や手足に電極を貼り付け、心臓から発生する微弱な電気信号を波形として記録します。健康な心臓は規則正しいリズムで拍動しており、心電図の波形も一定のリズムを刻みます。
しかし、心房細動になると、心房が細かくふるえ、電気信号も乱れてしまいます。この乱れた波形を分析することで、心房細動の有無だけでなく、心拍数や他の不整脈の有無も確認できます。
心電図検査は短時間で簡単にできる検査ですが、心房細動の発作が起きている瞬間に検査を行わないと、異常を発見できない可能性があります。心房細動は発作的に起こる場合もあるため、心電図検査で異常が見つからなくても、他の検査が必要になるケースがあります。
ホルター心電図検査:24時間の心拍変動をチェック
ホルター心電図検査は、日常生活の中で24時間連続して心電図を記録する検査です。小型の記録装置を携帯し、普段通りの生活を送りながら、心臓の活動をモニタリングします。
心電図検査では検査中の短い時間の心臓の状態しか分かりませんが、ホルター心電図検査では、より長い時間、心臓の状態を観察できます。そのため、一時的に起こる発作性の心房細動など、心電図検査では捉えられない不整脈を発見できる可能性が高まります。
また、日常生活のどのような場面で不整脈が起こりやすいかを把握することも可能です。「階段を上ると動悸がする」「夜になると脈が飛ぶ感じがする」など、特定の状況で症状が現れる場合、ホルター心電図検査が有効です。検査中は、症状が出た時間や状況を記録しておくことが、診断の精度を高めるために重要です。
心エコー検査:心臓の構造と機能を評価
心エコー検査は、超音波を使って心臓の構造や動きをリアルタイムで観察する検査です。ゼリーを塗った探触子を胸に当て、超音波を心臓に送受信することで、心臓の大きさ、弁の状態、心筋の厚さ、血液の流れなどを確認できます。
心房細動は、心臓弁膜症や心筋症など、他の心臓病が原因で起こる場合もあります。心エコー検査を行うことで、これらの心臓病の有無を調べ、心房細動の根本原因を探ることができます。
また、心エコー検査では心臓のポンプ機能(心機能)も評価できます。心機能が低下していると、心房細動のリスクが高まるだけでなく、他の心臓病のリスクも高まるため、重要な指標となります。
血液検査:他の疾患との鑑別
血液検査では、血液中の成分を分析することで、様々な体の状態を調べることができます。心房細動に関連する血液検査としては、甲状腺ホルモンの検査や電解質の検査などがあります。
甲状腺機能亢進症は、甲状腺ホルモンが過剰に分泌される病気で、動悸や息切れなどの症状が現れます。これらの症状は心房細動の症状と似ているため、血液検査で甲状腺ホルモンの値をチェックし、甲状腺機能亢進症の可能性を除外することが重要です。
また、血液中の電解質、特にカリウムやマグネシウムのバランスが崩れると、不整脈が起きやすくなります。血液検査でこれらの電解質の濃度を測定することで、電解質異常が心房細動の原因となっている可能性を検討できます。
これらの検査を通して、総合的に心房細動の状態や原因を特定し、適切な治療方針を決定していきます。検査結果についてご不明な点があれば、ご遠慮なく医師にご相談ください。
■心房細動の治療法と予防策
心房細動と診断された方は、この先どうなるのかと心配になる方もいらっしゃるかもしれません。心房細動は、適切な治療と生活習慣の見直しによって、症状をコントロールし、合併症を予防できる病気です。
薬物療法:抗不整脈薬や抗凝固薬
薬物療法は、心房細動の基本的な治療法です。大きく分けて、抗不整脈薬と抗凝固薬の2種類があります。
抗不整脈薬は、心臓のリズムを整え、動悸や息切れなどの症状を和らげる薬です。洞調律への復帰を促進したり、心拍数をコントロールしたりする薬など、様々な種類があり、患者さんの状態に合わせて医師が適切な薬を選びます。
抗凝固薬は、血液をサラサラにすることで、心房細動によって心臓内に血栓(血液の塊)ができるのを防ぎ、脳梗塞などの合併症を予防する薬です。ワルファリンカリウムやDOAC(直接作用型経口抗凝固薬)などがあります。心房細動は脳梗塞のリスクを5倍に高めるため、抗凝固療法は非常に重要です。特に、高血圧、糖尿病、心不全、75歳以上など、脳梗塞のリスクが高い方は、抗凝固薬による治療が強く推奨されます。
抗不整脈薬と抗凝固薬は、状況に応じて併用することもあります。また、心房細動の原因となっている病気があれば、その病気に対する治療も行います。例えば、高血圧が原因の場合は降圧薬を、甲状腺機能亢進症が原因の場合は抗甲状腺薬を使用します。医学論文においても、弁膜症や高血圧、心不全など心房を拡張させる疾患への対処の必要性が述べられています。これらの疾患は心房の構造や機能に変化をもたらし、心房細動の基質を作るため、根本原因への対処が重要です。
カテーテルアブレーション:不整脈の原因部位を焼灼
カテーテルアブレーションは、カテーテルと呼ばれる細い管を血管を通して心臓まで挿入し、心房細動の原因となっている異常な電気信号を発している部位を焼灼する治療法です。薬物療法で効果が不十分な場合や、薬の副作用が強い場合に検討されます。
多くの場合、肺静脈付近から発生する異常な電気信号が心房細動の引き金となるため、この部位を高周波電流で焼灼します。これは、論文でも触れられているように、肺静脈などの異所性興奮巣へのアブレーションが心房細動のトリガーへの対処法として有効であることと一致しています。
カテーテルアブレーションは心房細動を根本的に治療できる可能性のある方法ですが、すべての患者さんに適しているわけではありません。また、合併症のリスクもゼロではありませんので、医師とよく相談して治療を受けるかどうかを決めましょう。
心臓電気ショック:正常なリズムに戻す
心臓電気ショックは、電気刺激によって心房細動を正常なリズムに戻す治療法です。発作が長時間続いている場合や、他の治療法で効果がない場合に用いられます。
ペースメーカー:心拍を一定に保つ
ペースメーカーは、心臓に小さな装置を埋め込み、心拍数を一定に保つ治療法です。心房細動によって心拍数が極端に遅くなったり、脈が飛んだりする場合に用いられます。高齢者の心房細動では、徐脈を伴うケースもあるため、ペースメーカーによる治療が必要となる場合もあります。
生活習慣の改善:食事、運動、睡眠
心房細動の予防や症状の改善には、生活習慣の見直しも大切です。規則正しい生活を送り、バランスの取れた食事を心がけましょう。塩分の過剰摂取は高血圧のリスクを高め、間接的に心房細動のリスクにもつながるため、減塩を意識した食生活が重要です。野菜や果物に含まれるカリウムはナトリウムの排泄を促すため、積極的に摂取すると良いでしょう。
適度な運動も効果的です。ウォーキングや軽いジョギングなど、無理のない範囲で体を動かす習慣をつけましょう。睡眠不足も心房細動の誘因となるため、十分な睡眠時間を確保することも重要です。
ストレス管理の重要性
ストレスは、心房細動の症状を悪化させる要因の一つです。論文にもあるように、交感神経の刺激が心房細動のトリガーとなる可能性があります。ストレスをため込まないよう、リラックスできる時間を作る、趣味を楽しむ、友人や家族と過ごすなど、自分に合ったストレス解消法を見つけましょう。
過労や睡眠不足もストレスの原因となるため、生活リズムを整え、十分な休息をとることも大切です。また、深呼吸や瞑想などもストレス軽減に効果的です。自分だけで抱え込まず、家族や友人、医療従事者に相談することも、ストレスに対処する上で有効な方法です。
■まとめ
心房細動は、心臓のリズムが乱れる不整脈の一種です。放置すると脳梗塞などの合併症を引き起こす可能性がありますが、適切な治療と生活習慣の改善でリスクを減らし、健康な生活を送ることができます。動悸や脈の乱れがある方は、心房細動の可能性も考えて、早めに医療機関を受診しましょう。
検査で心房細動と診断された場合も、落ち着いて治療に取り組むことが大切です。薬物療法、カテーテルアブレーション、心臓電気ショックなど、様々な治療法があります。医師とよく相談し、自分に合った治療法を見つけることで、症状をコントロールし、合併症を予防できる可能性が高まります。
また、規則正しい生活習慣を送り、ストレスを適切に管理することも重要です。バランスの取れた食事、適度な運動、十分な睡眠を心がけ、心身ともに健康な状態を維持しましょう。 心配なことがある場合は、一人で悩まず、医師や医療スタッフに相談してくださいね。
参考文献
- Allessie MA, Boyden PA, Camm AJ, Kléber AG, Lab MJ, Legato MJ, Rosen MR, Schwartz PJ, Spooner PM, Van Wagoner DR, Waldo AL. Pathophysiology and Prevention of Atrial Fibrillation.
- Lu Y, Sun Y, Cai L, Yu B, Wang Y, Tan X, Wan H, Xu D, Zhang J, Qi L, Sanders P, Wang N. Non-traditional risk factors for atrial fibrillation: epidemiology, mechanisms, and strategies.