病気と健康の話

非喫煙者に急増する肺がん、年に一度は胸部CTを──喫煙習慣がない人も注意が必要な時代へ

かつて肺がんといえば喫煙者の病気というイメージが一般的でしたが、近年ではその構図が大きく変わってきています。国際的な研究によれば、世界中で報告されている肺がんのうち10〜25%は生涯一度も喫煙をしていない人に発生しており、特にアジア系やアジア系アメリカ人の女性においては50%以上が非喫煙者というデータもあります(Frontiers in Immunology, 2022)。さらに、米国のアジア系住民を対象にした大規模コホート研究では、特に中国系女性で年齢調整罹患率が22.8/10万人に達しており、肺がんが喫煙だけでなく、遺伝的・環境的要因によって発症する病気であることが明らかになりつつあります(PMC8755498, 2022)。

■大気汚染とPM2.5──肺がんの見えないリスク

肺がんの非喫煙者への広がりにおいて、見逃せないのがPM2.5(微小粒子状物質)の存在です。世界保健機関(WHO)やIARCの報告では、PM2.5は肺の慢性的な炎症を引き起こし、発がん経路を活性化させることが確認されています。2022年のWHOレポートでは、東アジア地域でPM2.5による肺腺がんの新規発症が年間20万人を超えると推計されており、日本に住む非喫煙者にとっては、喫煙と同等の危険因子といえます。日常生活での予防としては、外出時のマスク着用や室内空気清浄機の利用、ゴールデンウィークや湿度が低く気温が高い日は室内での運動、交通量の多い地域での長時間滞在を避けるなどの対策が重要です。これまで「自分は吸わないから安心」と考えていた人ほど、空気の質に対する意識を高める必要があります。

■アジア系に多い理由──生活環境と文化背景

なぜアジア系に非喫煙者肺がんが多いのか。その要因は複合的ですが、いくつかの明確な傾向があります。まず、アジア圏では換気の不十分な台所、レストランの環境が肺に有害であるという研究報告があり、これが発がんリスクを高める可能性があります。また、「屋外ならいい」という受動喫煙環境・喫煙文化も依然として残っており、喫煙者が家庭内や職場いることで、遺伝的な背景を持つ女性や同僚、子どもに長年影響が蓄積する構図もあります。アジア系では先述の通りEGFR遺伝子変異のような特定の遺伝的素因を持つ割合が高いことが分かっており、同じ環境にいてもアジア人が肺がんを発症しやすい理由とされています。文化や住環境が影響するだけでなく、もともとの体質的なリスクも見逃せません。

■遺伝子変異の関与──EGFRを中心にした分子標的

禁煙者に発症する肺がんは、そのがん細胞の性質自体が喫煙者とは異なるという研究が進んでいます。特に多く見られるのが、EGFR(上皮成長因子受容体)遺伝子変異です。これは腫瘍細胞の増殖や生存に関与する分子で、非喫煙者、特にアジア系女性において高頻度に認められます。こうした遺伝子変異は分子標的治療薬(EGFR-TKI)の効果が高いことでも知られており、適切な診断と治療選択に役立ちます。また、ROS1やALKなど他のドライバー遺伝子の変異も確認されており、遺伝子検査による個別化医療が非喫煙者肺がんにおける治療の鍵となっています。単に喫煙歴の有無だけではなく、がんの性質を分子レベルで理解し、精密医療を進める時代になっているのです。

■年に一度は胸部CTを──非喫煙者こそがん検診の恩恵を

日本では自治体によって肺がん検診が推奨されていますが、多くは喀痰検査や胸部レントゲン止まりであり、非喫煙者の肺腺がんを早期に見つけるには限界があります。近年では、年に一度の低線量胸部CT検査(LDCT)が非喫煙者にも有効であるというエビデンスが増えており、特に家族歴がある方、アジア系女性、都市部在住者などは検討する価値があります。米国ではすでに一部の保険制度でカバーされ始めており、日本でも将来的にはこうした「ハイリスク非喫煙者」に対する積極的な検診体制の構築が求められます。早期発見・早期治療こそが生存率を大きく左右することから、「吸っていないから安心」という神話は、いまや時代遅れとなりつつあります。

参考文献

  • Zappa C, Mousa SA. “Lung cancer in never smokers: Tumor immunology and challenges.” Front Immunol. 2022;13:984349. doi:10.3389/fimmu.2022.984349
  • Ngo ST, Han Y, Gomez SL, et al. “Incidence of Lung Cancer Among Never‑Smoking Asian American, Native Hawaiian, and Pacific Islander Females.” JNCI Cancer Spectrum. 2022;6(1):pkab090. doi:10.1093/jncics/pkab090

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