今から 2 週間が熱中症対策の鍵―毎日の「汗ばむ運動」で作る暑熱順化のすすめ―
はじめに ― 「冷房の中で過ごす 5 月」が、夏の熱中症リスクを高める
ゴールデンウィークが終わり街路樹に緑が映え、日中の気温が 25℃を超える日が現れはじめました。「真夏」というには早すぎる季節ですが、医学的にはまさに「今」、夏に向けた最も重要な準備期間です。なぜなら、体が暑さに適応する仕組み―「暑熱順化(しょねつじゅんか)」―を作り上げるために、毎日少しずつ汗をかく運動を 10〜14 日間続ける必要があるからです。
近年、地球温暖化により熱中症は世界的な健康問題として急速に深刻化しています。2025 年 10 月に WHO と共同で発表された Lancet Countdown 2025 報告によれば、熱関連死亡率は 1990 年代以降 23%増加し、世界の年間熱関連死亡者数は平均 54 万 6,000 人に達しました (Romanello et al., Lancet 2024)。日本でも 2024 年夏には熱中症による救急搬送者が約 9 万 7,000 人に上り、特に 65 歳以上の高齢者が約 58%を占めました(総務省消防庁データ)。
重要なのは、熱中症の多くが「予防可能」であることです。2022 年に New England Journal of Medicine 誌に発表された米国 Columbia 大学の Sorensen & Hess 博士らによる総説論文では、熱中症の予防には、(1)個人のリスク評価、(2)暑熱順化の獲得、(3)適切な水分・電解質補給、(4)冷房環境へのアクセス確保、が 4 つの柱として示されました(Sorensen & Hess, NEJM 2022)。本コラムでは、特に「暑熱順化」に焦点を当て、なぜ・どのように・どれくらいの期間で身につけるのか、最新の欧米エビデンスと日本の体温調節研究の到達点を交えて、わかりやすく解説します。
1. 「暑熱順化」とは何か ― 体が暑さに適応する科学
暑熱順化とは、繰り返し暑熱環境にさらされることで、体が暑さに適応し、熱中症や熱関連症状のリスクが低下する生理的変化のことです。Sawka 博士らの先駆的研究(Med Sci Sports Exerc 2015)以来、暑熱順化の本質は次の生理的変化にあるとされています:(1)発汗開始までの時間短縮(汗腺の感度向上)、(2)汗の量の増加(1 時間あたり 1.5〜2 倍)、(3)汗中の塩分濃度の低下(電解質損失の節約)、(4)血漿量(けっしょうりょう)の増加(循環血液量の確保)、(5)心拍数の低下と心拍出量の維持、(6)深部体温の低下、(7)細胞レベルの熱ショックタンパク質(HSP70)の発現増加、(8)主観的暑さ感の軽減、です(Périard et al., Scand J Med Sci Sports 2015)。
これらの変化により、暑熱順化された人は、同じ気温・運動強度の条件でも、未順化の人と比べて(1)体温の上昇が少ない、(2)心臓への負担が軽い、(3)脱水のリスクが低い、(4)主観的につらく感じにくい、という多面的な利益を得られます。2021 年に Physiological Reviews 誌に発表された Périard 博士ら(オーストラリア・キャンベラ大学)による包括的レビューでは、暑熱順化は「アスリート、屋外労働者、軍人だけでなく、すべての一般市民にとって、夏季の健康と生活の質を守る基盤」と位置づけられました(Périard et al., Physiol Rev 2021)。
なお、日本の体温調節研究の第一人者である久野寧博士は 1968 年の著書『汗の話』で、「人体が反復加熱されるか、一定期間暑気に会うと、まず汗腺の分泌力が著しく増大する」と述べ、英国の高温炭坑で働く坑夫を例に、新人は最初 2.5L 程度しか汗をかけないものが、習慣化するにつれて 4.5〜8.5L にも増加することを記録しました(山地, ランニング学研究 2025)。半世紀以上前の知見が、現代の最新エビデンスと完全に一致するのです。
2. なぜ「2 週間」なのか ― 暑熱順化の時間軸
暑熱順化の獲得には、ほぼ確立した時間軸があります。2025 年 5 月に Compr Physiol 誌に発表された McDonald 博士ら(オーストラリア・キャンベラ大学)による系統的レビュー・ベイズメタ解析(48 研究を統合)によれば、暑熱順化の生理的適応の大半は「最初の 1 週間以内」に起こり、「10〜14 日間で概ね完成」するとされています(McDonald et al., Compr Physiol 2025)。具体的には、心拍数の低下と血漿量の増加は 3〜5 日以内、発汗反応の改善は 5〜7日、深部体温の低下は 7〜10 日、汗中塩分濃度の低下は 10〜14 日と、各種の適応に異なる時間軸があります。
また、暑熱順化の獲得には「重要な閾値」があります。米国スポーツ医学会(ACSM)などのガイドラインでは、(1)1 日 60〜90 分以上の運動、(2)汗をかく程度の中等度〜高強度、(3)深部体温が 38.5℃前後まで上昇するレベル、(4)これを連続して 10〜14 日間継続、を推奨しています(Périard et al., Scand J Med Sci Sports 2015)。「ただ暑い場所にいる」だけでは不十分で、「汗をかく運動」を伴うことが鍵です。これは、運動による代謝熱産生が外環境の熱刺激と相まって、体温調節中枢への強い適応シグナルとなるためです。
そして残念ながら、この適応は「忘れやすい」という弱点もあります。久野博士(1968)は、「鍛練を中止すれば 7〜10 日で元の状態に復帰する」と記録しました(山地, 2025)。現代の研究でも、暑熱順化を中断すると、心拍数や発汗の改善は約 1 週間で半減、3〜4 週間でほぼ完全に消失することが確認されています(Périard et al., Physiol Rev 2021)。だからこそ、「夏が始まる前の今」から始めて継続することが重要なのです。
3. 熱中症のスペクトラム ― 軽症から命に関わる重症まで
暑熱順化の重要性を理解するうえで、熱中症の全体像を把握しておくことは大切です。Sorensen & Hess 博士らの 2022 年 NEJM 論文では、熱中症は重症度別に次のように分類されます(Sorensen & Hess, NEJM 2022)。最も軽症の(1)熱失神(立ちくらみ、一過性の意識消失)、(2)熱浮腫(手足のむくみ)、(3)熱発疹(あせも)、(4)熱痙攣(発汗による電解質喪失で起こる筋肉のつり)、中等症の(5)熱疲労(強い疲労、吐き気、頭痛、めまい、皮膚は冷たく湿っている、体温は 40℃未満)、そして最重症の(6)熱中症(熱射病、heatstroke:体温 40℃以上+中枢神経症状)です。
特に重要なのは、最重症の熱射病は「医学的緊急事態」であり、適切な治療を受けないと「古典型熱射病」では死亡率が約 80%、「労作性熱射病」でも約 33%に達することです(Sorensen & Hess, NEJM 2022)。古典型熱射病は、高齢者・既存疾患のある方・社会的孤立者などが、エアコンなしの環境で受動的に体温が上昇するパターンで、近年の都市部の熱波で大量の死者を出す主因です。一方、労作性熱射病は若くて健康なアスリートや屋外労働者が、激しい運動・労作中に発症するパターンで、暑熱順化の不足が最大のリスク因子です。
2024 年に Wilderness Medical Society(米国)が発表した最新の熱関連疾患予防・治療臨床ガイドラインでは、熱中症の予防戦略として、(1)暑熱順化の獲得、(2)水分・電解質管理、(3)暑熱指数(WBGT)の活用、(4)個別リスク評価、(5)冷却手段の事前準備が示されました(Eifling et al., Wilderness Environ Med 2024)。重症化した場合の標準治療は「冷水浸漬法(cold-water immersion)」で、発症から 30 分以内に深部体温を 38〜39℃まで下げることが、生存と後遺症ゼロの分岐点とされます。当院でも、地域救急医療として救急救命士を常駐させ、夏季の熱中症患者への初期対応体制を整えています。
4. 5 月から始める実践プログラム ― 「汗ばむ運動」の作り方
では、具体的にどんな運動を、どの程度すればよいのでしょうか。Périard 博士らのガイドライン(Scand J Med Sci Sports 2015)と ACSM の推奨を統合すると、一般成人向けの暑熱順化プログラムは次の通りです。(1)期間:10〜14 日間連続、その後も最低週 3〜4 回の継続、(2)時間:1 回 30〜60 分、慣れてきたら 90 分まで延長可、(3)強度:「会話はできるが歌うのは難しい」程度の中等度(最大心拍数の 60〜75%)、(4)タイミング:体が暑さに慣れていない時期は朝・夕方の比較的涼しい時間帯、慣れてきたら徐々に日中の暑い時間帯にもチャレンジ、(5)種目:ウォーキング、ジョギング、自転車、軽い筋トレ、ガーデニング、家事(掃除・洗濯)など、汗ばむ強度であれば何でも有効、です。
重要なのは「汗をかくこと」自体が目的であり、「汗をかける状況を作る」必要があることです。エアコンの効いた室内で軽い運動をしても暑熱順化は起こりません。逆に、屋外の自然な暑さの中(まだ厳しすぎない 5〜6 月が理想)で運動するか、または室内でも気温を 24〜26℃程度に設定して運動することが有効です。我が国のトップマラソンランナーの暑熱適応研究(杉田ら, 陸上競技研究紀要 2014;2015)でも、年間を通じた継続トレーニングが暑熱耐性の獲得に決定的に重要であることが示されています(山地, ランニング学研究 2025)。
また、運動以外でも暑熱順化を補助する方法があります。2022 年の Am J Physiol Regul Integr Comp Physiol 誌に発表された McIntyre 博士らの研究では、運動後の温浴(40℃の風呂に 40 分間)を 6 日間連続で行うだけでも、運動による暑熱順化と同等の生理的適応が得られることが報告されました(McIntyre et al., 2022)。また同年の Med Sci Sports Exerc 誌では、暑熱順化が「起立性低血圧(立ちくらみ)耐性」も向上させることが示され(Greenfield et al., 2022)、夏の倦怠感全般に幅広い恩恵があることが確認されています。当院では、運動療法施設での健康運動指導士による個別プログラム作成と、ご家庭での実践支援を提供しています。
5. 高齢者の暑熱順化 ― 「ハードルが高い」が「効果も大きい」
65 歳以上の高齢者は、熱中症リスクが特に高いグループです。2024 年の Lancet Countdown 2024 年報告では、世界の 65 歳以上高齢者の熱関連死亡率が 1990 年代と比べて 167%増加し、2023 年には 1 人あたり年間平均 13.8 日の熱波日に曝露されたと報告されました(Romanello et al., Lancet 2024)。三田市を含む日本の地方都市でも、独居高齢者・基礎疾患を持つ高齢者は熱中症ハイリスク群として、特別な注意が必要です。
なぜ高齢者は熱中症になりやすいのか。理由は複合的です。(1)発汗能力の低下(汗腺機能の加齢性衰退)、(2)体温調節の応答遅延、(3)口渇感の鈍化(脱水を感じにくい)、(4)腎機能の低下(水分保持能力の減少)、(5)心血管予備能の減少、(6)既存疾患の合併(糖尿病、高血圧、心不全、腎不全など)、(7)服薬の影響(降圧薬、利尿薬、抗コリン薬、向精神薬など)、(8)冷房を控えがちな生活習慣、です(Sorensen & Hess, NEJM 2022)。特に服薬については、Sorensen 博士らの論文では、利尿薬・抗精神病薬・三環系抗うつ薬・抗コリン薬・β ブロッカー・カルシウム拮抗薬など、多くの一般的処方薬が熱中症リスクを高めることが指摘されています。
しかし、「高齢者だから暑熱順化は無理」というのは誤解です。むしろ、適切に獲得できれば、生命を守る効果は若年者よりも大きいと考えられています。2024 年に Nature Communications 誌に発表された Oscanoa 博士らの研究では、65 歳以上の方でも 6〜8 週間の漸進的な暑熱・運動プログラムにより、血漿量・発汗反応・心血管予備能のいずれにも有意な改善が認められました(Oscanoa et al., Nat Commun 2024)。当院では、心電図・血圧・腎機能・電解質などの安全評価を行ったうえで、高齢者にも安心して取り組める個別プログラムを設計しています。「無理せず、でも諦めず」が高齢者の暑熱順化の合言葉です。
6. 水分・電解質補給 ― 「汗ばむ運動」と表裏一体の戦略
暑熱順化と並んで重要なのが、水分・電解質補給です。Périard 博士らのレビュー(Physiol Rev 2021)では、運動中の水分・電解質補給の基本原則として次の 3 点が示されています。(1)運動前:2〜4 時間前に 5〜10mL/kg(体重 60kg なら 300〜600mL)の水分を摂取、(2)運動中:汗の喪失量に応じて 20〜30 分ごとに 150〜250mL を分割摂取、(3)運動後:体重減少量の 125〜150%を 2〜4 時間かけて補給(運動後に体重が 1kg 減っていたら 1.25〜1.5L 補給)です。
電解質(特にナトリウム)の補給も重要です。汗 1L には約 1〜3g の食塩が含まれ、大量発汗時には電解質喪失が脱水と並ぶ問題となります。スポーツドリンクには通常 0.1〜0.2%の食塩(40〜80mg/100mL)が含まれ、これが汗の電解質を補うのに適しています。ただし、糖分も含まれるため、糖尿病の方や血糖管理が必要な方は、無糖の経口補水液または希釈したスポーツドリンクが推奨されます。日本人の伝統的食事(味噌汁、漬物、梅干しなど)は本来塩分が豊富なので、夏季には極端な減塩を避け、汗をかいた後は適度に塩分も補給することが大切です。
一方で、過剰な水分摂取にも注意が必要です。マラソンや長時間運動の現場では「運動関連性低ナトリウム血症(EAH)」という、水の飲み過ぎによる血中ナトリウム濃度の低下が問題となります(山地, ランニング学研究 2025)。重症化すると痙攣・脳浮腫・死亡に至ることもあり、水分補給は「のどが渇いた感覚に応じて適量」が原則です。当院では、患者さん個別の体格・既存疾患・服薬状況を踏まえた水分・電解質管理プランをご提案しています。特に CKD・心不全・利尿薬使用中の方は、過剰補給によるリスクもあるため、必ず医師にご相談ください。
7. 子どもとアスリートの暑熱順化 ― 段階的なアプローチ
子どもや若年アスリートも、暑熱順化が特に重要な集団です。子どもは(1)体表面積/体重比が大きく外気の影響を受けやすい、(2)発汗能力が成人より低い、(3)代謝率が高い、(4)口渇感や疲労を言語化しにくい、などの特徴から、熱中症リスクが高いとされています。米国小児科学会(AAP)と全米アスレチックトレーナー協会(NATA)の合同ガイドラインでは、子どものスポーツ活動における暑熱順化として、(1)初日は 30 分の軽い活動から始める、(2)1 日 10 分ずつ時間と強度を増やす、(3)14 日間かけて通常の練習量まで漸増、(4)WBGT 28℃以上では練習短縮、31℃以上では中止、を推奨しています(Cooper et al., J Athl Train 2024)。
若年アスリート、特に夏の大会(高校総体、甲子園、サッカー選手権の予選など)を控える選手にとっては、5〜6 月の暑熱順化が競技パフォーマンスを左右する重要な準備期間となります。労作性熱射病は若くて健康なアスリートの突然死の主因のひとつであり、米国全米大学体育協会(NCAA)では、シーズン開始前の 14 日間の段階的暑熱順化が義務化されています。日本のスポーツ現場でも、「水を飲まない根性論」から「科学的な暑熱順化」への転換が、若いアスリートの命を守るうえで不可欠です。
8. 当院での実践 ― 「夏を健やかに過ごす」ための統合的サポート
ここまで述べてきたように、暑熱順化は夏の健康を守る最も実証された戦略のひとつです。当院では、地域の皆様が「今からの 2 週間」を最大限活かせるよう、次のような統合的アプローチを提供しています。まず評価段階では、(1)血液検査(腎機能、電解質、肝機能、HbA1c、貧血評価)、(2)心電図・血圧測定、(3)体組成測定(筋肉量・体水分量・基礎代謝)、(4)必要に応じた運動負荷試験、(5)既存疾患・服薬の総合レビュー(熱中症リスクを高める薬剤の確認)、(6)BMI・腹囲の評価を組み合わせ、患者さん個別のリスクと運動可能範囲を客観的に把握します。
介入段階では、(1)指定運動療法施設での健康運動指導士による個別プログラム作成、(2)管理栄養士による食事・水分・電解質指導、(6)夏季の体調不良時の救急対応体制(救急救命士常駐、CT・超音波即時対応、日曜・祝日診療)を医師・看護師・管理栄養士・健康運動指導士・救急救命士のチームで提供しています。
「今年こそ夏バテせずに過ごしたい」「父・母が独居なので心配」「子どもの部活動の暑さが気になる」「持病があるが運動を始めたい」「マラソン大会に向けて準備したい」――どんなお悩みでも、地域に根ざした医療機関として全力でサポートいたします。今からの 2 週間、一緒に「夏を救う準備」を始めましょう。
おわりに ― 「汗をかける体」は、夏のあなたの最大の盾になる
気候変動により、日本の夏はかつてないほど厳しくなっています。WHO は 2025 年 10 月の声明で、「気候危機は健康危機である」と明言し、熱関連死亡は「予防可能な公衆衛生上の最大の課題のひとつ」だと位置づけました(WHO, 2025)。しかし、悲観する必要はありません。私たちの体には、暑さに適応する驚くべき能力が備わっており、その能力は「今からの 2 週間」で大きく引き出すことができるのです。
今日、玄関を出て 10 分間散歩することから始めてもよい。掃除機をかけて少し汗をかいてもよい。ガーデニングで土に触れてもよい。重要なのは、「冷房の中だけで過ごさず、毎日少しずつ汗をかくこと」です。Sorensen & Hess 博士らが NEJM で強調したように、熱中症は予防可能な疾患であり、その第一の防波堤が「暑熱順化された体」なのです(Sorensen & Hess, NEJM 2022)。
「今からの 2 週間が、夏のあなたを救う」――この言葉を、ぜひ今日から実践してみてください。
FAQ ― よくあるご質問
Q1. 「汗ばむ運動」とは、どの程度の強度ですか?
「会話はできるが、歌うのは難しい」という強度が目安です。専門的には最大心拍数の 60〜75%(年齢別では『220-年齢×0.6〜0.75』)に相当する中等度有酸素運動です。例えば、50 歳の方なら心拍数 100〜130 拍/分、20 代の若い方なら 120〜150 拍/分が目安となります。種目は何でも構いません。早歩き、ジョギング、自転車、軽い筋トレ、ガーデニング、家事(掃除機・洗濯物干し)、買い物の往復、犬の散歩――汗ばむ強度であればすべて有効です。重要なのは「冷房の中だけで過ごさない」ことと、「毎日少しでも汗をかく機会を作る」ことです。当院の運動療法施設では、健康運動指導士が患者さん個別の体力・既存疾患・好みに合わせた具体的なプログラムをご提案しています。
Q2. 高齢の親が一人暮らしで心配です。何ができますか?
独居高齢者は熱中症のハイリスク群です。次の対策を組み合わせることをお勧めします。(1)室温・湿度計を設置し、室温 28℃以上にならないようエアコンを使用、(2)毎日決まった時間の電話・LINE などで安否確認、(3)冷たい飲み物・経口補水液の常備、(4)塩分タブレット・梅干しなどの電解質補給品の準備、(5)エアコンや扇風機の使い方を改めて確認、(6)体重・血圧の毎日測定と異変の早期発見、(7)夏季は特に水分摂取量を意識(渇きを感じる前に 1〜2 時間ごとに少しずつ)、(8)定期通院で既存疾患・服薬の見直し。また、熱中症リスクを高める薬剤(利尿薬、降圧薬、抗うつ薬、抗ヒスタミン薬、抗精神病薬など)を服用中の方は、夏季は特に注意が必要です(Sorensen & Hess, NEJM 2022)。当院では訪問診療部門と連携し、独居高齢者の夏季体調管理を地域でサポートしています。お気軽にご相談ください。
Q3. 持病があります。どんな運動なら安全に始められますか?
持病の種類と重症度により異なりますが、一般的には次のステップが推奨されます。(1)まず主治医に相談し、運動可能範囲を確認、(2)血液検査・心電図・必要に応じた運動負荷試験で安全性を評価、(3)初回は短時間(10〜20 分)・低強度から開始、(4)体調を見ながら 2 週間かけて 30〜60 分まで漸増、(5)体調不良時(微熱、めまい、息切れ悪化、胸痛、極度の疲労)は無理せず中止して受診、です。特に心不全・冠動脈疾患・コントロール不良の高血圧・透析中・脳梗塞既往・コントロール不良の糖尿病(HbA1c 8.5%以上)の方は、医師の管理下で慎重に運動を開始する必要があります。当院では、CT・超音波・心電図・運動負荷評価などを組み合わせ、持病があっても安全に始められる個別の運動処方を、健康運動指導士・管理栄養士・専門医のチームで作成しています。「持病があるから運動できない」とあきらめず、まずはご相談ください。
Q4. 暑熱順化はどれくらいで効果が出ますか?また、やめるとどれくらいで戻りますか?
効果の発現:大半の生理的適応は最初の 1 週間以内に始まり、10〜14 日間でほぼ完成します。具体的には、心拍数の低下と血漿量増加は 3〜5 日、発汗反応の改善は 5〜7 日、深部体温の低下は 7〜10 日、汗中塩分濃度の低下は 10〜14 日と、各種の適応に異なる時間軸があります(McDonald et al., Compr Physiol 2025;Périard et al., Scand J Med Sci Sports 2015)。効果の消失:残念ながら、暑熱順化は中断すると比較的早く失われます。久野博士(1968)は『鍛練を中止すれば 7〜10 日で元の状態に復帰する』と記録しており、現代研究でも約 1 週間で効果が半減、3〜4 週間でほぼ完全に消失することが確認されています(Périard et al., Physiol Rev 2021)。したがって、「夏が始まる前の今から始めて、夏の間も継続する」ことが重要です。秋に運動をやめてしまうと、翌年また一から作り直さなければなりません。年間を通じた継続的な運動習慣が、最も確実な熱中症予防策となります。
Q5. すでに 5 月で気温が高い日があります。突然激しい運動を始めても大丈夫ですか?
いいえ、危険です。まだ体が暑さに慣れていない時期に、いきなり長時間・高強度の運動をすると、労作性熱射病のリスクが高まります。労作性熱射病は若くて健康な方でも発症し、適切に治療されないと死亡率 33%、後遺症リスクも高い重篤な疾患です(Sorensen & Hess, NEJM 2022)。安全な始め方は、(1)初日は 20〜30 分の軽い運動から、(2)1 日 5〜10 分ずつ時間を延長、(3)1〜2 週間かけて目標の 60 分まで漸増、(4)強度も「会話できる」レベルから始めて徐々に上げる、(5)気温の比較的低い朝・夕方を選ぶ、(6)十分な水分・塩分補給、(7)体調不良時(めまい、頭痛、極度の疲労、吐き気、こむら返り)は直ちに中止、です。久しぶりに運動を再開する方、過去 5 年以内に運動歴がない方、心血管疾患既往のある方は、運動開始前に医療機関でメディカルチェックを受けることを強くお勧めします。当院では運動療法施設での段階的プログラム指導と医療チェックを一体で提供しています。
参考文献
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※本コラムは医学的情報の提供を目的としたものであり、個別の診断・治療を代替するものではありません。
気になる症状がある方は医療機関にご相談ください。
記事監修者田場 隆介
医療法人社団 青山会 まんかいメディカルクリニック 理事長
医療法人社団青山会代表。兵庫県三田市生まれ、三田小学校、三田学園中学校・同高等学校卒業。 1997(平成9)年岩手医科大学医学部卒業、町医者。聖路加国際病院、淀川キリスト教病院、日本赤十字社医療センター、神戸市立医療センター中央市民病院を経て、2009(平成21)年医療法人社団青山会を継承。 2025年問題の主な舞台である地方の小都市で、少子高齢化時代の主役である子どもと高齢者のケアに取り組んでいる。
