【2025インフルエンザ】異例の早さで流行するインフルエンザ2025-26:変異株Kと高齢者肺炎リスクとは
2025年シーズンのインフルエンザは、例年にない早さで流行が拡大しています。厚生労働省の発表によると11月上旬時点で全国の患者報告数が急増し、東京都では11月にインフルエンザ警報が16年ぶりに発表されるなど、年末を待たず各地で警報レベルを超えました。こうした異例の早期流行の背景には、A型H3N2インフルエンザの新たな変異株「K亜系統」(subclade K)の出現が指摘されています。この変異株は免疫回避性(過去の感染やワクチンによる免疫をすり抜ける性質)を持つ可能性があり、現在のワクチン効果を低下させている懸念があります。その結果、高齢者を中心にインフルエンザ「後」の肺炎リスク、特に市中肺炎(CAP: Community-Acquired Pneumonia)のリスクが高まることが心配されています。
本コラムでは、H3N2型インフルエンザと変異株K亜系統の解説、高齢者におけるインフルエンザ後肺炎のリスク、市中肺炎(CAP)の基礎知識について述べ、最後に、予防法と早期対応についても触れ、ご高齢の方とそのご家族に役立つ情報をお届けします。
■H3N2型インフルエンザと新変異株「subclade K」とは
インフルエンザウイルスA型には、主にH1N1型とH3N2型の2つの亜型があります。一般にH3N2型はH1N1型よりも高齢者が重症化しやすく、過去の流行でもH3N2優勢の年は高齢者の入院や死亡が多い傾向があります。今年話題となっている「subclade K」は、そのH3N2型インフルエンザの新たな変異株です。ウイルス表面の抗原であるヘマグルチニン(H)の遺伝子に7つの変異が生じており、現在のワクチン株(H3N2のsubclade J2系統)とは異なる系統に進化しています。そのため、昨シーズンまでの感染や、今年のワクチンで獲得した免疫が十分ではなく、ウイルスが免疫を回避して感染を広げやすい状況にあると考えられます。実際、イギリスではこのH3N2変異株K亜系統が主流となり、2003~2004年以来の早期大流行を招いたと報告されています。日本でもこの秋以降のインフルエンザ患者の大半がA(H3N2)型で、その中にK亜系統の検出が確認されています。こうしたウイルス変異が流行を加速させている一因です。一方で、現在のインフルエンザワクチンが全く効かないわけではありません。英国の初期データによれば、新変異株Kはワクチン株と一部ずれていますが、2025/26シーズンのワクチン接種により子供では約70~75%の発熱外来受診予防効果、成人でも30~40%の予防効果が示されています。これは例年のシーズン終盤の効果と同程度であり、「ズレ」があってもワクチンは重症化予防に一定の役割を果たしています。特に小児の接種率向上は流行全体を抑える上で有効であり、結果的に高齢者への感染を減らすことにつながります。今年の変異株K出現により「ワクチンが効かないのでは?」との不安も広がりましたが、専門家は「たとえ効果低下してもワクチンは重症化リスクを減らす最善策」と強調しています。したがって、高齢者や基礎疾患のある方、小児は、引き続きインフルエンザワクチンを受けることが推奨されます。
■インフルエンザ後の高齢者肺炎リスク
高齢者(一般に65歳以上)はインフルエンザにかかった際、肺炎をはじめとする合併症を起こしやすくなります。インフルエンザ自体が直接肺炎(ウイルス性肺炎)を引き起こす場合もありますが、特に注意すべきはインフルエンザ後に続発する細菌による二次性肺炎です。高齢者では加齢に伴う免疫力の低下や、肺や心臓の持病があることが多く、ウイルス感染後に細菌に感染しやすい状態となります。実際、インフルエンザは高齢者における肺炎の重要な原因の一つであり、インフルエンザにかかった高齢者はそうでない場合に比べ肺炎発症リスクが大幅に高くなります。米国の統計でも、インフルエンザと肺炎は常に高齢者死亡原因の上位にランクされているほどです。
今年のようにH3N2変異株による流行では、高齢者の肺炎リスクがさらに懸念されます。理由として、H3N2優勢の年はワクチンの有効性が低めで高齢者の重症化が多い傾向が知られています。また前述の通り、変異株K亜系統は免疫から逃れやすく、ワクチン効果も低下気味のため、高齢者でもインフルエンザに罹患するケースが増える恐れがあります。その結果、インフルエンザ後の肺炎に至る人も増えてしまう可能性があります。実際、台湾で行われた大規模研究では、ワクチン株と流行株の型がよく一致したシーズンにはインフルエンザ後の肺炎(CAP)の発症リスクが有意に低下しましたが、型が不一致だったシーズンには肺炎リスク低下効果が認められなかったと報告されています。簡単に言えば、ワクチンの的中率が悪い年は高齢者の肺炎が増えやすいということです。加えて、肺炎球菌やブドウ球菌といった細菌はインフルエンザで傷んだ気道に二次感染しやすく、高齢者では重い肺炎を引き起こしがちです。特に肺炎球菌は市中肺炎の主要な原因菌であり、インフルエンザ流行期には肺炎球菌による二次性肺炎の警戒が必要です。インフルエンザ罹患後に一旦熱が下がっても、再び高熱が出たり咳・痰が悪化したりする場合は肺炎を併発している可能性があります。高齢の方がインフルエンザにかかった際には、「その後肺炎を起こさないか」を周囲も含め注意深く見守り、少しでも様子がおかしければ早めに受診することが大切です。
■市中肺炎(CAP)の基礎知識
市中肺炎(CAP:Community-Acquired Pneumonia)とは、病院外(地域社会=市中)で日常生活中に発症した肺炎のことです。病院内で感染する院内肺炎とは区別され、一般の高齢者が自宅や施設でかかる肺炎の多くが市中肺炎に分類されます。肺炎は高齢者の死亡原因として常に上位に位置する深刻な疾患です。世界的に見ても市中肺炎は毎年約200万人もの命を奪っており、入院や死亡の主要原因となっています。特に高齢者や慢性疾患を持つ人では市中肺炎による入院リスク・死亡リスクが飛躍的に高くなります。日本でも、高齢化に伴い肺炎の罹患率・死亡率が増加しており、「肺炎は高齢者の友」と言われるほど注意が必要な病気です。
市中肺炎の原因は多岐にわたりますが、一番多いのは細菌感染です。中でも肺炎球菌(ストレプトコッカス・ニューモニエ)は市中肺炎の代表的な起炎菌であり、高齢者の肺炎の主要原因となっています。その他インフルエンザ桿菌(H. influenzae)やブドウ球菌(黄色ブドウ球菌)、マイコプラズマ肺炎など様々な菌が原因となり得ます。一方、ウイルスも肺炎の原因になります。近年はインフルエンザウイルスやRSウイルス、コロナウイルスなど呼吸器ウイルスが肺炎全体の約30%近くを占めるとの報告もあり、ウイルス感染が直接肺炎を引き起こしたり、細菌感染のきっかけになったりします。インフルエンザはその典型例で、ウイルス感染→気道の防御低下→細菌感染という流れで肺炎が発症しやすくなります。
市中肺炎の症状は、発熱、咳、痰、呼吸困難、胸の痛みなど風邪に似た症状から始まりますが、全身の倦怠感が強く、食欲不振や脱水、高齢者では意識の混濁(ぼんやりする、元気がない等)を呈することもあります。高齢になるほど典型的な症状が出にくく、「なんとなく様子がおかしい」と感じて検査したら肺炎だったというケースも少なくありません。市中肺炎は放置すれば命に関わる重い病気です。特に高齢者の場合は重症化しやすいため、早期診断と適切な治療開始が極めて重要です。一般に肺炎が疑われたら病院で胸部レントゲン写真や血液検査、場合によっては胸部CT検査などで診断し、原因に応じた治療が行われます。
■市中肺炎の解説
2025年11月に医学誌Lancetに掲載されたSeminar論文「Community-acquired pneumonia」では、市中肺炎(CAP)について最新の知見が総合的に解説されています。その主なポイントを、一般の方向けに分かりやすくまとめます。
高齢者に多い深刻な肺炎
市中肺炎は世界的な公衆衛生上の課題となっている重大な感染症です。毎年全世界で約200~220万人が市中肺炎で命を落としており、感染症による死因の中でもトップクラスです。特に高齢者、幼児、免疫力が低下した人、慢性疾患を持つ人など脆弱な集団に集中して発生しやすいことが特徴です。こうした人々にとって市中肺炎は入院や重症化の大きな原因であり、まさに注意が必要な病気です。また著者らは、市中肺炎は従来「よくある肺の感染症」とみなされがちでしたが、実は看過できない深刻さを持つため「医学的緊急事態」として捉えるべきだと強調しています。毎冬、世界中の救急病棟が肺炎患者であふれかえる現状があり、特にICU(集中治療室)が不足している国・地域では適切な治療へのアクセスが遅れ命に関わるケースもあります。つまり市中肺炎は単なる日常的な感染症ではなく、迅速かつ高度な対応が求められる疾患なのです。
肺炎が招く長期的な影響
市中肺炎は一度治療すれば終わり、という単なる急性疾患ではないことが近年認識されてきました。この論文によれば、市中肺炎に罹患した後には様々な長期合併症のリスクが高まります。具体的には心血管イベント(心筋梗塞や不整脈、脳卒中など)、呼吸機能の低下(息切れしやすい、慢性的な呼吸障害が残る等)、さらには認知機能の低下(物忘れの悪化や認知症リスクの上昇)などが報告されています。特に重症肺炎を経験した高齢者では、退院後も数カ月から1年以上にわたり倦怠感や息苦しさが続いたり、心臓発作・脳卒中の発症率が上昇することが分かってきました。こうした知見から、著者らは「市中肺炎は長期的な後遺症を残し得る疾患」であり、急性期の治療だけでなく回復後のフォローアップ(経過観察)まで含めた包括的管理が必要だと提言しています。
診断の難しさと抗菌薬の課題
市中肺炎の診断・治療にはいくつかの大きな課題があります。まず診断の難しさです。臨床現場では肺炎が細菌によるものかウイルスによるものか、あるいは両方の混合感染かをすぐに正確に突き止める決定的な方法がないのが現状です。そのため、医師はやむを得ず「念のため」と広域の抗生物質を経験的に投与することが多くなります。しかし、不必要な抗生物質の乱用は耐性菌(薬の効かない細菌)を生む原因となり、将来的に治療を難しくしてしまいます。実際、肺炎診療での抗菌薬の使い過ぎは抗生物質耐性の拡大や、副作用による有害事象の増加、原因の取り違え(本当はウイルス肺炎なのに抗生剤しか使わず悪化する等)、さらに適切なフォローアップの機会を逃すなど様々な問題につながると指摘されています。このため近年のガイドラインでは、各地域の流行状況やリスク因子を考慮しつつ、必要最低限の範囲で抗菌薬を使うこと(カバーしすぎず耐性菌を招かないようにすること)が推奨されています。また著者らは、迅速診断ツールの実用化や、医療者が診療ガイドラインを遵守する体制づくりも重要だと述べています。要するに、肺炎と疑ったらすぐ抗生剤、ではなく「原因を的確につかんで正しく薬を使う」という姿勢が益々求められているのです。
新たな診断技術と個別治療の可能性
診断の難しさを克服するため、近年は革新的な診断技術が登場しています。例えば遺伝子増幅検査(NAATs:核酸増幅検査)は、痰や鼻咽頭ぬぐい液などから肺炎の原因微生物のDNA/RNAを増幅検出する検査で、近年の技術進歩によって数時間以内に細菌やウイルスを同時に検出できる機械が実用化されつつあります。また、ポータブル超音波装置によるベッドサイドでの肺エコー検査は、被曝のない安全な方法で肺炎の診断を補助できるとして注目されています。Lancetの論文でも、PCR等の遺伝子検査や迅速ウイルス検査の普及によって、市中肺炎患者の約30%まででウイルスを検出できるようになったと報告されています。つまり従来は原因不明だった肺炎の中にも、かなりの割合でウイルス感染が隠れていたことが明らかになってきたのです。これら最新の診断法を活用すれば、肺炎の原因微生物を素早く突き止めて「その人に合った治療」を選択できる可能性があります。著者らは、新型コロナ流行を経て分子診断技術が飛躍的に普及したことが肺炎診療にも好影響を与えていると述べています。今後は従来の「一律の治療」から脱却し、患者ごとに病状や原因に合わせた個別化医療(Precision Medicine)へと舵を切ることが肺炎克服のカギになるとしています。もっとも、これら先端技術にも課題は残ります。検査で病原体の遺伝子が検出されても、それが「たまたまそこにいるだけの菌(定着菌)」なのか「本当に肺炎を起こしている菌(病原菌)」なのか判別が難しい場合があること、また高価な検査機器の普及が国や地域によって偏りがあることなどです。それでも将来的には、迅速診断に基づくオーダーメイド治療が一般化し、不要な抗菌薬の使用を減らしつつ肺炎の転帰を改善できると期待されています。
治療は抗生物質が中心
市中肺炎と診断された場合、治療の柱は抗生物質(抗菌薬)による適切な治療です。細菌が原因の肺炎には、原因菌に合わせた抗生物質を十分な期間投与することで治癒が期待できます。重症度や起因菌によっては入院の上、点滴による抗生剤投与や酸素療法が必要です。抗生物質の種類もペニシリン系、セフェム系、マクロライド系など様々で、患者さんのリスク因子(例えば誤嚥の有無や、耐性菌に感染しやすい背景がないか等)に応じて組み合わせが選択されます。一方で、補助療法(アジュバント療法)については未だ研究段階のものがあります。例えば副腎皮質ステロイド薬(ステロイド)は肺炎の重い炎症反応を抑える可能性がありますが、糖尿病など副作用リスクとの兼ね合いもあり有用性は完全には確立されていません。また、免疫の過剰反応や破綻を立て直す免疫調節薬(サイトカイン阻害薬等)も試みられていますが、一般診療での位置づけは明確ではありません。Lancet論文でも「ステロイドや免疫調節薬など補助療法の役割はまだ十分に定義されていない」とされており、今後のエビデンス蓄積が待たれます。現時点では、まず抗生剤による適切な治療が最優先であり、必要に応じて酸素投与や点滴、呼吸サポートを行うというのが標準的な肺炎治療となっています。なお、重症肺炎で血圧低下や多臓器不全をきたした場合は「敗血症性ショック」といって集中治療管理も必要です。こうしたケースでは、感染源コントロールとともに血圧を保つ昇圧薬や人工呼吸管理など全身集中治療が行われます。
回復期のケアと予防策
前述のように、市中肺炎は治った後も油断できません。Lancet論文では、肺炎から回復した患者のリハビリテーション(機能回復訓練)や、定期的な心臓の検査(心電図や心エコーなどを含む心血管系スクリーニング)を行い、退院後に隠れた障害が残っていないか確認することの重要性が強調されています。特に高齢者では、肺炎で体力が大きく低下しますので、リハビリによって筋力・嚥下機能の回復を図り、再発防止に努める必要があります。また肺炎を再発しやすい人では、慢性的な炎症が血管や脳に影響を与えないか定期チェックすることが推奨されています。加えて、予防措置の強化も欠かせません。肺炎を予防する最も効果的な方法はワクチン接種です。具体的には、インフルエンザが流行する季節前にインフルエンザワクチンを受けておくこと、そして肺炎の主要原因菌である肺炎球菌ワクチンを定期的に接種することが挙げられます。インフルエンザワクチンと23価肺炎球菌ワクチンを両方受けた高齢者は、受けていない人に比べて肺炎の発症率・死亡率が有意に低下したとの研究報告もあります。これらを踏まえ、著者らは「市中肺炎の包括的管理には、急性期治療だけでなく、回復後のリハビリと心身のフォローアップ、そしてワクチンなど予防策の強化まで含めるべき」と述べています。肺炎を一度起こした高齢者は、その後も体調管理と予防にこれまで以上に注意を払う必要があるのです。
以上のように、Lancetの論文は市中肺炎を総合的に捉え直し、個々の患者に合わせた精密な対応と長期的視野での管理の重要性を示しています。
■予防法と早期対応の呼びかけ
インフルエンザ後の肺炎を防ぐため、最も重要なのは予防と早期対応です。具体的なポイントを以下にまとめます。
| ワクチンで重症化予防 | インフルエンザワクチンは流行株とのマッチ具合によって効果は変動しますが、たとえ効果がやや低くとも高齢者の重症化リスクを下げるのに有効です。事実、ワクチン効果が十分でないシーズンでも「ワクチン接種者はインフルエンザによる入院や死亡が明らかに減る」というエビデンスがあり、現在も「最善の防御策はワクチン接種」と考えられています。加えて、日本では65歳以上の高齢者や基礎疾患のある方は公費助成で肺炎球菌ワクチンを定期接種できます。23価肺炎球菌ワクチンや13価肺炎球菌ワクチンは、肺炎球菌による肺炎そのものや重症化を予防し、高齢者の肺炎死亡率を下げる効果が報告されています。特にインフルエンザの流行期には、インフルエンザワクチン+肺炎球菌ワクチンの両方を接種しておくことで、ウイルス感染とその後の細菌性肺炎という二重のリスクに備えることができます。ワクチン接種は「絶対に肺炎にならない」保証ではありませんが、「肺炎になりにくくする・もし肺炎になっても軽くて済む」効果が期待できます。高齢のご家族をお持ちの方は、ぜひこれらの予防接種について主治医と相談してください。 |
| 日常生活での感染対策 | インフルエンザ2025シーズンは既に秋から猛威を振るっています。地域での流行期には、感染予防の基本を改めて徹底しましょう。具体的には、手洗い・うがいの励行、適切なマスク着用、人混みを避ける、室内の換気など、コロナ禍で習慣づいた対策はインフルエンザや他の呼吸器感染症にも有効です。特に高齢者や持病のある方と同居している場合、家族も含めて外出後の手洗いや体調管理に気を配りましょう。また、室内の湿度管理も大切です。空気が乾燥するとウイルスは長く漂いやすくなり、喉の粘膜防御も低下します。加湿器などで適度な湿度(50~60%)を保つことはインフルエンザ予防につながります。十分な睡眠とバランスの良い栄養摂取で体調を整えておくことも免疫力維持に役立ちます。万一周囲でインフルエンザ患者が出た場合、可能であれば高齢者との接触を控える、やむを得ない場合はマスク・手指消毒を徹底するなどの配慮も感染防止に有効です。 |
| 早期受診と治療で悪化防止 | 高齢の方がインフルエンザらしき症状(発熱、咳、倦怠感など)を呈したら、早めに医療機関を受診しましょう。インフルエンザは検査キットでその場で診断がつき、陽性で症状が出始めて間もない場合には抗インフルエンザ薬(タミフル®=オセルタミビルや、ゾフルーザ®=バロキサビル等)を処方されることがあります。抗インフルエンザ薬は発症後48時間以内の早期に使うと症状期間を約20%短縮し、肺炎など細菌感染症の合併率を減らす効果が確認されています。つまりインフルエンザをこじらせにくくする薬ですので、「高齢だから心配」「持病があるから悪化させたくない」という場合には遠慮なく医師に相談してください。ただしインフルエンザ薬はあくまでウイルスの増殖を抑える薬であり、すでに肺炎を発症している場合には別途抗生剤などの治療が必要になります。そのため、「いつもより息苦しい」「熱が下がらない、ぶり返す」「強い咳で食事や水分がとれない」「ボーッとしている」など、肺炎を疑わせる症状がみられたら一刻も早く再受診することが肝心です。高齢者では様子の急変もあり得ますので、迷った時は医療機関に連絡し指示を仰ぎましょう。早期に適切な抗生物質治療を開始できれば肺炎の重症化を防ぎ、入院や命に関わる事態を避けられる可能性が高まります。ご家族や介護者の方は、高齢者のインフルエンザ療養中はこまめに水分補給を促し、室温・湿度を快適に保ち、状態の変化に注意して見守ってください。場合によってはパルスオキシメーター(指先で測る酸素濃度計)を使い、酸素飽和度が低下していないかチェックすることも有用です。酸素飽和度が普段より明らかに低い(目安として93%以下)場合や、少し動くだけで息切れする場合も肺炎の疑いがありますので、早急に受診してください。 |
| 周囲との連携と相談 | 高齢者の肺炎予防・早期対応には、周囲の支えも重要です。普段からかかりつけ医に健康状態を報告し、ワクチンや定期検診を受けるようにしましょう。介護施設ではインフルエンザ流行期の面会制限や職員の体調管理など、集団感染予防策が取られています。地域ぐるみで感染対策に取り組むことも大切です。また、「おかしいな」と思ったら早めに医療者に相談する姿勢を持ちましょう。インフルエンザ後の肺炎は進行が速いケースもありますが、逆に適切なタイミングで治療を受ければ十分回復可能な疾患でもあります。大事なのは「見逃さないこと」です。近年では、AIを用いた診断支援やオンライン診療の活用など、新しい試みも登場していますが、最終的に頼りになるのは患者さん個人の症状を把握している医療者との信頼関係です。遠慮せず「念のため受診」「念のため相談」を心がけてください。 |
まとめとして、2025年のインフルエンザ流行はH3N2変異株Kの影響で高齢者の肺炎リスクが懸念されていますが、事前の備えと適切な対応でリスクを大きく下げることができます。ワクチン接種や日常の感染対策で予防に努め、万が一感染した際も慌てずに早期受診し、医師の指示のもと治療と経過観察を行いましょう。私たち医療者も、地域の皆様が元気に冬を乗り切れるよう最新の情報を踏まえてサポートいたします。インフルエンザ後の肺炎という「見えざる敵」にも目配りしつつ、この冬を安全に過ごしていきましょう。
参考文献
- Luis F. Reyes, et al. “Community-acquired pneumonia.” The Lancet 406.10517 (2025): 2371-2388.
- 忽那賢志 「インフルエンザ急増の原因は変異株『K亜系統』か 2025年はなぜ早い?…最新動向まで徹底解説」 coki (2025年11月16日)
- 国立感染症研究所 「高齢者に対するインフルエンザワクチン ファクトシート」 (令和7年10月22日)
- 鈴木宏治ら 「高齢者の市中肺炎の危険因子とインフルエンザワクチンの有効性」 日本公衆衛生雑誌 70巻6号 (2023): 353-362
- American Lung Association “The Connection Between Influenza and Pneumonia” (Last updated June 3, 2025)
- CIDRAP News (University of Minnesota) “With an absent CDC and mismatched ‘subclade K’ flu strain, experts face upcoming season with uncertainty” (Oct 25, 2025)
- Gavi Vaccine Alliance – VaccinesWork (Linda Geddes) “Everything you need to know about ‘subclade K’ flu – and vaccine protection against it” (Nov 14, 2025)
