【認知症】アルツハイマー型認知症は「代謝疾患」だった―インスリン抵抗性が記憶を蝕む、認知症の新しい見取り図―
はじめに ― 「物忘れ」と「血糖」は別の話、ではない
「認知症は脳の病気、糖尿病は血糖の病気」。多くの方が、この二つをまったく別のものとして捉えているのではないでしょうか。ところが近年、アルツハイマー型認知症を「脳で起きた代謝の病気」として捉え直す研究が世界中で積み重なっています。脳もまた、全身と同じようにインスリンというホルモンを使って働いており、その効きが悪くなる「インスリン抵抗性」が、記憶や思考の衰えに深く関わっていることが分かってきたのです。
2026 年、認知症研究の専門誌である『Alzheimer’s & Dementia』に、イタリア・サンラファエレ大学の Mazzeo らが注目すべき短報を発表しました(Mazzeo et al., 2026)。それは、まだ認知症と診断される前の「ごく初期」の段階から、全身のインスリン抵抗性が認知機能の低下と結びついている、という報告でした。本コラムでは、この最新研究を出発点に、「アルツハイマー型認知症は代謝疾患である」という考え方を、できるだけ分かりやすく、そして冷静なエビデンスとともに読み解いていきます。
1. 「アミロイドだけ」では説明できない ― 変わりつつあるアルツハイマー観
アルツハイマー病といえば、脳に「アミロイド β」というタンパク質のゴミが溜まり、「タウ」というタンパク質が神経細胞を壊していく病気、というのが長年の中心的な説明でした。これは「アミロイド仮説」と呼ばれ、診断や新薬開発の土台になってきた重要な考え方です。しかし、アミロイドを取り除く薬が必ずしも期待どおりの効果を示さなかったことなどから、「それだけでは病気のすべては説明できないのではないか」という議論が強まっています。
そこで光が当たっているのが「代謝」という視点です。アルツハイマー病で亡くなった方の脳を調べると、インスリンの働きが落ち、ブドウ糖をうまく使えなくなっている所見が一貫して見られます。こうした特徴が糖尿病と重なることから、一部の研究者はアルツハイマー病を「3 型糖尿病(type 3 diabetes)」と呼ぶようになりました(Wang et al., Front Endocrinol 2025)。アミロイドやタウを「孤立した引き金」ではなく、代謝の乱れと絡み合って進む現象として捉え直そうという、大きな発想の転換が起きているのです。
2. 「脳の糖尿病」とは何か ― インスリン抵抗性が脳で起きるとき
インスリンは、血糖を下げるホルモンとして知られていますが、その役割は全身に及びます。脳においてインスリンは、神経細胞同士のつなぎ目である「シナプス」の働きを支え、記憶や学習を助ける重要な調整役を担っています。ところが、肥満や運動不足、過食などが続くと、全身の細胞がインスリンに反応しにくくなる「インスリン抵抗性」が生じます。これが脳でも起きると、神経細胞はインスリンの恩恵を十分に受け取れなくなります。
脳のインスリン抵抗性は、単にエネルギー不足を招くだけではありません。研究の蓄積からは、インスリンの効きが悪くなることでアミロイド β が溜まりやすくなり、タウのリン酸化(神経細胞を傷める変化)が進み、シナプスの機能が損なわれ、さらに神経の炎症が起こりやすくなる、という悪循環が示されています(Wang et al., Front Endocrinol 2025; Mazzeo et al., 2026)。つまり「脳の糖尿病」は、アルツハイマー病の病変そのものを後押しする土壌になりうる、というわけです。
3. 「門番」が壊れる ― 血液脳関門という橋渡し役
脳には「血液脳関門(けつえきのうかんもん)」という精巧な関所があります。これは、血液中の有害な物質が脳に入り込まないよう守る「門番」のような仕組みです。インスリン抵抗性は、この門番を支える血管の内側の細胞や、細胞同士の密な結合を傷つけ、関所の守りを甘くしてしまうことが分かっています。門が緩めば、本来入るべきでないものが脳に侵入し、神経のダメージにつながります。
重要なのは、この血液脳関門の破綻が、認知機能の低下に「先立って」起こりうるという点です。Nation らは 2019 年に『Nature Medicine』で、血液脳関門の破綻が人の認知機能障害の「早期マーカー」になりうることを報告しました(Nation et al., Nat Med 2019)。さらに 2025 年には、Padovani らが、インスリン抵抗性の指標とアルツハイマー病のリスク遺伝子(APOE ε4)が組み合わさることで、この門の壊れやすさが変わることを示しています(Padovani et al., Alzheimers Dement 2025)。代謝の乱れが、門番を介して神経変性へとつながる道筋が見えてきたのです。
4. 「もっとも早い段階」から ― 自覚する前から始まっている
本コラムの出発点となった Mazzeo らの 2026 年の研究は、まさにこの「早さ」に焦点を当てたものです。研究チームは、もの忘れを自覚し始めた段階(主観的認知低下:SCD)や、検査で軽い低下が確認される段階(軽度認知障害:MCI)の 25 名を対象に、全身のインスリン抵抗性と認知機能の関係を調べました(Mazzeo et al., 2026)。インスリン抵抗性の指標には、後述する「TyG 指数」が用いられました。
その結果、TyG 指数が高いほど、認知機能検査(MMSE)の点数が低いという明確な逆相関が認められました(相関係数 r=−0.449、p=0.024)。さらに、年齢・性別・病期・アルツハイマー病の生物マーカーの有無といった要因を考慮した解析でも、インスリン抵抗性は独立して認知機能の低さと結びついていました(TyG の回帰係数 B=−5.17)。注目すべきは、この影響が病期によらず一貫していた点です。つまり、認知症と診断される前のもっとも早い段階から、すでに代謝の乱れが脳に影を落とし始めている可能性が示されたのです。
5. 数字で見るリスク ― 代謝の乱れと認知症の距離
「ごく初期」の話だけではありません。大規模な集団を長期に追った疫学研究も、代謝と認知症のつながりを裏づけています。韓国の全国規模コホート(約 550 万人)では、インスリン抵抗性の指標である TyG 指数が高い群ほど、その後の認知症(アルツハイマー型・血管性の両方)の発症リスクが高いことが示されました(Hong et al., Alzheimers Res Ther 2021)。インスリン抵抗性が、将来の認知症の「予兆」として機能しうることを示す重要なデータです。
TyG 指数とアルツハイマー病をつなぐ生物学的な仕組みも整理されつつあります(Zhang et al., J Alzheimers Dis 2024)。そして社会全体への示唆として大きいのが、2024 年の『Lancet』認知症予防委員会の報告です。この報告は、糖尿病や中年期の高 LDL コレステロールを含む 14 の修正可能な危険因子に対処すれば、世界の認知症の約 45%は予防・遅延しうると見積もりました(Livingston et al., Lancet 2024)。認知症は「避けられない老化」ではなく、代謝を含む生活習慣の管理によって大きく左右される、という見取り図が描かれているのです。
6. TyG 指数 ― 採血だけでわかる「隠れインスリン抵抗性」
ここまで何度も登場した「TyG 指数」について説明します。これは、空腹時の中性脂肪(トリグリセリド)と血糖値を掛け合わせ、その自然対数をとった値で、インスリン抵抗性をおおまかに反映する指標です。本来、インスリン抵抗性を厳密に測るにはインスリン値の測定など手間のかかる検査が必要ですが、TyG 指数は通常の健康診断でも測る「中性脂肪」と「空腹時血糖」だけで計算できます。安価・簡便で、繰り返し測っても結果が安定しているのが大きな利点です(Mazzeo et al., 2026; Zhang et al., J Alzheimers Dis 2024)。
Mazzeo らは、この TyG 指数を、年齢・認知機能・アルツハイマー病の生物マーカーといった情報と組み合わせることで、もの忘れ外来などでのリスクの見立て(層別化)が向上する可能性を指摘しています(Mazzeo et al., 2026)。特別な検査機器がなくても、いつもの採血の延長線上で「脳の代謝リスク」をうかがい知る手がかりになりうる――この手軽さこそ、TyG 指数が注目される理由です。当院でも、生活習慣病の管理の中で中性脂肪・血糖を継続的に把握し、必要に応じて CT や超音波による評価も組み合わせながら、全身の代謝の状態を丁寧に見ていきます。
7. 治す薬はあるのか ― 糖尿病薬という希望と、その限界
「アルツハイマー病が代謝の病気なら、糖尿病の薬で治せるのでは」と考えるのは自然なことです。実際、メトホルミン、GLP-1 受容体作動薬(セマグルチドなど)、SGLT2 阻害薬といった糖尿病治療薬が、脳を守る効果を持つのではないかと期待され、研究が進められてきました(Mazzeo et al., 2026)。しかし、ここは冷静に受け止める必要があります。
肥満症治療薬としても知られる GLP-1 受容体作動薬セマグルチドについて、早期アルツハイマー病の患者約 3,800 人を対象とした大規模な第 3 相試験「EVOKE/EVOKE+」が行われました(Cummings et al., Alzheimers Res Ther 2025)。ところが 2025 年末に公表された結果では、セマグルチドはプラセボ(偽薬)と比べて病気の進行を有意には抑えられませんでした(2026 年に『Lancet』で正式報告)。一方、SGLT2 阻害薬については、韓国の約 134 万人を追った観察研究で、認知症の発症リスクが約 2 割低かったと報告されています(Kim et al., Neurology 2024)。ただし、これはあくまで「観察研究」での関連であり、薬が認知症を防ぐと証明したものではありません。現時点で、アルツハイマー病の治療や予防の目的で推奨される代謝の薬はない――この事実を正しく押さえておくことが大切です。
8. 今日からできること ― 脳を守る「代謝マネジメント」
薬に決定打がない今、最も確かな手立ては「生活習慣」です。2025 年、米国で行われた大規模試験「U.S. POINTER」の結果が『JAMA』に報告されました(Baker et al., JAMA 2025)。認知機能低下のリスクを抱えた約 2,100 人の高齢者を対象に、運動・食事(地中海食に近い MIND 食)・脳トレ・社会的交流・血圧などの管理を組み合わせた 2 年間の多領域介入を行ったところ、認知機能が改善したのです。
特筆すべきは、支援と責任づけのある「構造化プログラム」の方がより大きな効果を示したこと、そしてその恩恵が年齢・性別・人種・心臓の健康状態、さらにはアルツハイマー病のリスク遺伝子(APOE ε4)の有無を問わず一貫して見られたことです(Baker et al., JAMA 2025)。「遺伝だから仕方ない」のではなく、運動と食事と血糖・血圧の管理という地道な代謝マネジメントが、脳を守る現実的な武器になる――そう示した点で、画期的な研究といえます。当院は指定運動療法施設として、医学的根拠に基づいた運動・栄養指導と生活習慣病管理を一体的に提供しています。
おわりに ― 「脳の健康」は「全身の代謝」から
アルツハイマー型認知症を「脳の糖尿病」「代謝疾患」として捉える視点は、決して特殊な仮説ではなく、世界の認知症研究の主流の一つになりつつあります。脳のインスリン抵抗性が、血液脳関門の破綻を介し、アミロイドやタウの病変と手を取り合って、もの忘れを自覚する前から静かに進む――それが、最新研究が描く新しい見取り図です(Mazzeo et al., 2026)。薬に決定打がない一方で、生活習慣の改善には確かな手応えがあります(Baker et al., JAMA 2025; Livingston et al., Lancet 2024)。
大切なのは、「血糖や中性脂肪の管理は、心臓や血管だけでなく、将来の脳の健康にもつながっている」と知っておくことです。健康診断の数値が気になる方、ご家族の認知症が心配な方は、早めの評価と生活改善が何よりの近道になります。当院は、内科・内分泌・糖尿病領域の診療を軸に、採血による代謝評価、CT・超音波による全身チェック、食事療法、運動療法、日曜・祝日の診療体制を整え、「全身から脳を守る」予防医療をご提供しています。気になることがあれば、どうぞお気軽にご相談ください。
FAQ ― よくあるご質問
Q1. 糖尿病でなくても、アルツハイマー病のリスクは上がるのですか?
はい、その可能性が指摘されています。Mazzeo らの 2026 年の研究では、認知症と診断される前の早期段階の方々において、糖尿病の有無にかかわらず、インスリン抵抗性の指標(TyG 指数)が高いほど認知機能が低い傾向が示されました(Mazzeo et al., 2026)。また約 550 万人を追った韓国の研究でも、TyG 指数が高い群で将来の認知症リスクが高いことが報告されています(Hong et al., Alzheimers Res Ther 2021)。糖尿病に至らない「隠れインスリン抵抗性」の段階から、注意する価値があると考えられます。
Q2. 「3 型糖尿病」というのは、正式な病名なのですか?
いいえ、「3 型糖尿病(type 3 diabetes)」は正式な診断名ではなく、研究者が提唱している「概念」です。アルツハイマー病の脳でインスリンの働きが落ちている所見が、糖尿病と共通することから、両者の深いつながりを表現するために使われています(Wang et al., Front Endocrinol 2025)。あくまで病態を理解するための呼び方であり、診断書に書かれるような正式な病型ではない点にご注意ください。
Q3. 糖尿病の薬を飲めば、認知症を防げますか?
現時点では、認知症の予防・治療を目的に推奨される糖尿病薬はありません。GLP-1 受容体作動薬セマグルチドの大規模試験(EVOKE/EVOKE+)では、早期アルツハイマー病の進行を有意には抑えられませんでした(Cummings et al., Alzheimers Res Ther 2025、結果は 2026 年 Lancet 報告)。SGLT2 阻害薬は観察研究で認知症リスク低下との関連が示されていますが、因果関係の証明には至っていません(Kim et al., Neurology 2024)。糖尿病の薬は、あくまで糖尿病の治療として、主治医の判断のもとで使うものとお考えください。
Q4. 中性脂肪と血糖を下げれば、認知機能は守れますか?
「下げれば必ず守れる」と断言できる段階ではありませんが、希望のあるデータは増えています。TyG 指数と認知機能の関連は主に観察研究に基づくため、因果関係は今後の検証課題です(Mazzeo et al., 2026)。一方で、運動・食事・血圧や血糖の管理を組み合わせた生活習慣介入は、ランダム化比較試験(U.S. POINTER)で実際に認知機能を改善させました(Baker et al., JAMA 2025)。数値そのものを追うより、生活習慣全体を整えることが、結果的に代謝も脳も守る近道といえます。
Q5. 何歳ごろから気をつければよいのでしょうか?
中年期からの対策が重要です。2024 年の Lancet 認知症予防委員会は、中年期の糖尿病や高 LDL コレステロールを含む 14 の危険因子への対処で、世界の認知症の約 45%が予防・遅延しうると報告しています(Livingston et al., Lancet 2024)。脳の変化はもの忘れを自覚するより何年も前から始まると考えられるため(Mazzeo et al., 2026)、40〜50 代のうちから健康診断の数値に向き合い、生活を整えていくことをおすすめします。
参考文献
- Mazzeo S, Frijo A, Corbari MV, et al. Expanding the role of insulin resistance to the earliest phases of cognitive decline: Preliminary evidence. Alzheimer’s Dement. 2026;22(6):e71596. https://doi.org/10.1002/alz.71596
- Padovani A, Galli A, Bazzoli E, et al. The role of insulin resistance and APOE genotype on blood-brain barrier integrity in Alzheimer’s disease. Alzheimers Dement. 2025;21:e14556. https://doi.org/10.1002/alz.14556
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- Wang S, Shi Y, Xin R, et al. Exploring the role of insulin resistance in bridging the metabolic syndrome and Alzheimer’s disease – a review of mechanistic studies. Front Endocrinol. 2025;16:1614006. https://doi.org/10.3389/fendo.2025.1614006
- Hong S, Han K, Park CY. The insulin resistance by triglyceride glucose index and risk for dementia: population-based study. Alzheimers Res Ther. 2021;13(1):9. https://doi.org/10.1186/s13195-020-00758-4
- Zhang Z, Sheng Z, Liu J, et al. The association of the triglyceride-glucose index with Alzheimer’s disease and its potential mechanisms. J Alzheimers Dis. 2024;102:77-88. https://doi.org/10.1177/13872877241284216
- Livingston G, Huntley J, Liu KY, et al. Dementia prevention, intervention, and care: 2024 report of the Lancet standing Commission. Lancet. 2024;404(10452):572-628. https://doi.org/10.1016/S0140-6736(24)01296-0
- Cummings JL, Atri A, Feldman HH, et al. evoke and evoke+: design of two large-scale, double-blind, placebo-controlled, phase 3 studies evaluating efficacy, safety, and tolerability of semaglutide in early-stage symptomatic Alzheimer’s disease. Alzheimers Res Ther. 2025;17(1):14. https://doi.org/10.1186/s13195-024-01666-7
- Kim HK, Biessels GJ, Yu MH, et al. SGLT2 inhibitor use and risk of dementia and Parkinson disease among patients with type 2 diabetes. Neurology. 2024;103(8):e209805. https://doi.org/10.1212/WNL.0000000000209805
- Baker LD, Espeland MA, Whitmer RA, et al. Structured vs self-guided multidomain lifestyle interventions for global cognitive function: the US POINTER randomized clinical trial. JAMA. 2025;334(8):681-691. https://doi.org/10.1001/jama.2025.12923
※本コラムは医学的情報の提供を目的としたものであり、個別の診断・治療を代替するものではありません。
気になる症状がある方は医療機関にご相談ください。
記事監修者田場 隆介
医療法人社団 青山会 まんかいメディカルクリニック 理事長
医療法人社団青山会代表。兵庫県三田市生まれ、三田小学校、三田学園中学校・同高等学校卒業。 1997(平成9)年岩手医科大学医学部卒業、町医者。聖路加国際病院、淀川キリスト教病院、日本赤十字社医療センター、神戸市立医療センター中央市民病院を経て、2009(平成21)年医療法人社団青山会を継承。 2025年問題の主な舞台である地方の小都市で、少子高齢化時代の主役である子どもと高齢者のケアに取り組んでいる。
