病気と健康の話

【血圧】家庭血圧測定×診察室血圧で読み解く高血圧のリスク

■家庭血圧測定とは

家庭血圧測定とは、自宅で自分自身または家族が血圧を測ることを指します。上腕に巻くカフ(腕帯)を使用した全自動血圧計によって、朝や夜など日常生活の中で定期的に血圧を記録します。診療所や病院で測る血圧(診察室血圧)に対し、家庭でリラックスした状態で測る血圧は「家庭血圧」と呼ばれます。家庭血圧を測定する利点は、普段の生活に近い環境での血圧がわかることです。医療機関では緊張やストレスで血圧が一時的に上がることがありますが(白衣高血圧といいます)、家庭ではそうした影響が少なく、より実際の血圧に近い値が得られます。また家庭血圧は、複数の日の平均値を取ることで偶然の誤差を減らせる利点もあります。実際、家庭で測った血圧の方が将来の心臓病や脳卒中リスクとの関連が強く、診察室血圧より心血管イベントを予測する精度が高いことが報告されています。日本では家庭での血圧測定が特に重視されており、ガイドラインでも「診察室血圧と家庭血圧の診断が食い違う場合は、家庭血圧に基づく診断を優先する」と明記されています。これは家庭血圧の方が日常の血圧を反映しやすく信頼性が高いためです。

家庭血圧の測り方

 一般に、朝と晩の一日2回、少なくとも各回2回ずつ測定します。朝は起床後1時間以内、排尿後、朝食や服薬の前に、安静に座った状態で測ります。夜は就寝前か夕方に同様に測定します。測定時はイスに腰かけ、背もたれに寄りかかって足を床につけ、5分ほど静かに座ってから測定開始します。カフは心臓の高さに巻き、測定中は会話を控えましょう。毎回1分程度間隔をあけて2回測定し、その平均値をその時の血圧値とします。この方法で少なくとも5~7日間継続して測定し、記録した血圧手帳やデータを診察時に医師に見せると診断の助けになります。こうした手順は日本高血圧学会のガイドラインでも推奨されており、正確な家庭血圧の把握に役立ちます。

使用する血圧計

家庭で使う血圧計は、できるだけ医療精度が担保された上腕式の電子血圧計を選びましょう。手首式の血圧計は便利ですが、測定姿勢のわずかな違いで誤差が生じやすく、上腕で測るタイプに比べ精度が安定しません。国際的な調査では市販されている血圧計のうち、医療精度の検証試験に合格したものは全体の15%にも満たないとの報告があります。そのため、各国の高血圧学会などが認証した機種(例えば日本高血圧学会推奨機種)や、臨床試験で精度が確認されたブランドの上腕式血圧計を使用することが望ましいです。カフ(腕帯)は腕の太さに合ったものを使い、カフが正しく巻けているかを確認しましょう。また測定結果に不安がある場合は、診察時に自身の血圧計を持参し医療機関の血圧計と値を比較してもらうと安心です。

家庭血圧測定の重要性は、世界中の高血圧治療ガイドラインで強調されています。例えば欧州心臓病学会/欧州高血圧学会(ESC/ESH)の2023年ガイドラインでは、診療所以外での血圧測定(家庭血圧や24時間携帯血圧)の活用がクラスI推奨と位置づけられました。これは「正確な血圧測定」が現代医療において極めて重要であるとの認識に基づくものです。家庭血圧測定は患者さん自身が治療に積極的に参加できる手段でもあります。日々の血圧変動や薬の効果を自分で把握できるため、生活習慣の改善にも取り組みやすくなります。こうした背景から「家庭でも血圧を測りましょう」と推奨されているのです。

■診察室血圧測定とは

診察室血圧測定とは、病院やクリニックで医師や看護師によって行われる血圧測定のことです。通常は診察台や処置室で座った状態で腕にカフを巻き、血圧計(かつては水銀計、現在は電子計測が主流)で測定します。医療機関での測定は高血圧の診断基準を決める基礎となってきました。たとえば、日本や欧州の従来の高血圧診断基準では「診察室で測った血圧が140/90 mmHg以上」が高血圧と定義されます(これを収縮期血圧140以上または拡張期90以上と表現します)。診察室血圧は医師が直接確認できるため、治療方針の決定や急激な血圧上昇への対応などに欠かせません。

しかし、診察室血圧にはいくつか注意点もあります。第一に、測定の環境や方法によって値が影響を受けやすいことです。診察の直前に階段を上って来院した場合や、待合室で緊張していた場合などは、一時的に血圧が普段より高く測定される可能性があります。また医師や看護師を前にすると緊張で血圧が上がってしまう方もおり、これが前述の「白衣高血圧」です。白衣高血圧は、高血圧と診断された人の15~30%程度にみられると報告され、決してまれではありません。逆に、病院では安心してリラックスできるために血圧が下がり、普段は高いのに診察室では正常値を示す方もいます(これを「仮面高血圧」といい、後述します)。こうした現象があるため、診察室で測った1回の血圧だけで高血圧と断定しないことが大切です。

ガイドラインでは、診察室血圧による診断の精度を上げるため、複数回測定の平均を用いることや、別の日に再測定を行うことが推奨されています。具体的には、一度の診察で2~3回測り平均を取る、初診時に高ければ生活改善指導をした上で数週間~数か月後に再度血圧を測定して確認する、といった流れです。また前述のように、家庭や職場など診察室外で測った血圧(院外血圧)の情報を参考にすることで診断の正確さが向上します。特に高血圧と診断して薬を始めるかどうかの判断には、診察室血圧と家庭血圧の両方を考慮することが望ましいとされています。米国のガイドライン(ACC/AHA 2017年)でも、高血圧の診断確定には家庭や24時間血圧測定による裏付けが重要であるとされています。これは、白衣現象による過剰診断や、仮面高血圧の見落としを防ぐためです。

診察室血圧測定そのものの測定手技の正確さも重要です。カフのサイズが腕に合っていないと正確に測れませんし、測定時に患者さんが足を組んでいたり話をしていると血圧値は変動します。医療者側も適切な方法で測定する必要があります。欧州高血圧学会のガイドラインでは、最近増えている腕に巻かないカフレスタイプの血圧計(スマートウォッチ型など)については、精度検証が不十分なため現時点では推奨しないとしています。これは診察室でも家庭でも言えることですが、「正しい方法で正確に測る」ことが血圧管理の第一歩です。診察室血圧と家庭血圧の両方を適切に測定し比較することで、その方の真の血圧の状態が把握できます。

■白衣高血圧・仮面高血圧の理解

白衣高血圧(はくいこうけつあつ)とは、医療機関で測る血圧だけが高く、自宅で測ると正常範囲である状態を指します。たとえば診察室血圧が150/95 mmHgと高いのに、家庭での血圧平均が125/80 mmHgで正常であれば、白衣高血圧と判断されます。文字通り医療者の白衣を見ると血圧が上がる現象で、原因としては診察に対する不安や緊張によるストレス反応が挙げられます。ただし単なる心理的な緊張というより、医療環境に条件づけられた交感神経の反射的な反応である可能性が指摘されています。白衣高血圧の人は、自分では緊張を自覚していなくても血圧だけが上がるケースも多く、「慣れれば平気」というものでもないようです。白衣高血圧は先述の通り高血圧と診断された人の約20%前後にみられる比較的一般的な現象です。一方で仮面高血圧(かめんこうけつあつ、Masked Hypertension)とは、医療機関での血圧は正常にもかかわらず、家庭や日中の血圧が高い状態を言います。まさに仮面を被った高血圧で、一見「血圧は正常ですよ」と言われても実際には日常生活で高血圧が進行しているケースです。仮面高血圧は全体の約10~20%にみられると報告され、特に若年~中年の男性、喫煙者、仕事のストレスが強い人などに多い傾向があります。日中の活動や精神的ストレス、喫煙や飲酒、カフェイン摂取などによって診察室以外では血圧が上がってしまう一方、静かな診察室では落ち着いて血圧が下がってしまうために見過ごされるのです。

リスクと臨床的意義

かつて白衣高血圧は「普段は正常なのだから心配ないだろう」と良性視されることもありました。しかし近年の研究で、白衣高血圧の人もまったくの正常血圧の人に比べると心血管リスクがやや高いことが明らかになっています。あるメタ解析では、治療せず経過を見ていた白衣高血圧の人は、正常血圧の人に比べ心血管疾患のリスクが約38%高く、全死亡リスクも33%高かったと報告されています。

また白衣高血圧の約4割(42.6%)が10年以内に持続性の本態性高血圧へ進展したとのデータもあり、将来の「高血圧予備軍」として注意が必要です。したがって白衣高血圧と判明した場合も安心せず、塩分控えめの食事や減量・運動など生活習慣の改善に努め、定期的に家庭血圧をチェックして経過を追うことが推奨されます。一方、仮面高血圧はより重大です。仮面高血圧の人は、一見血圧が正常なので放置されがちですが、実際には臓器障害や心血管イベントリスクが持続性高血圧と同等かそれ以上であることがわかっています。例えば仮面高血圧の人は、正常血圧の人に比べて心筋肥大(左室肥大)が有意に多くみられ、心筋梗塞や脳卒中などの発症リスクも2倍前後に増加するとの研究があります。日本の研究でも、仮面高血圧の人は脳卒中発症リスクが2.17倍、心血管死亡リスクが2.03倍高いと報告されています。このように仮面高血圧は“隠れ高血圧”とも呼ばれ、見逃すと重大な疾患につながる可能性があるのです。

白衣高血圧と仮面高血圧はいずれも診察室血圧と家庭血圧の乖離によって判明します。診察室血圧だけしか測定しなければ、白衣高血圧では本当は家庭で正常なのに高血圧と誤診され余計な薬を飲むリスクがあり、仮面高血圧では実際は高血圧なのに見逃されて治療が遅れるリスクがあります。このため、最近の国際ガイドラインは高血圧の評価に診察室外の血圧測定を組み合わせることを強く推奨しています。具体的には、初めて診察室で血圧が高かった患者さんには家庭血圧や24時間携帯型血圧計(ABPM)で白衣高血圧かどうか確認する、逆に明らかな危険因子があるのに診察室では正常血圧の患者さんには家庭血圧やABPMで仮面高血圧をチェックするといった運用です。白衣高血圧と判明すれば定期的フォローアップの間隔を短くする、仮面高血圧と判明すれば積極的に治療を開始する、といった対応につなげることができます。最近の欧州ガイドラインでも、仮面高血圧に対しては院外血圧で管理目標を定めて積極治療すること(例えば家庭血圧を135/85 mmHg未満に下げること)が明確に示されています。逆に白衣高血圧に対しては、追加の危険因子がない限り薬物治療を開始しないのが一般的で、まず生活習慣改善と定期的な経過観察が推奨されます。このように、両者は原因もリスクも対策も異なりますので、自分がどちらに当てはまるかを知ることが重要です。

■両方を使った診断と予後評価

診察室血圧と家庭血圧の両方を活用することが、高血圧の正確な診断と適切な予後評価につながります。 前述のように、一方の測定値だけでは白衣高血圧や仮面高血圧を見逃すおそれがあります。そのため現在では、高血圧の診断確定には複数回の診察室血圧と家庭または外来での血圧測定結果を総合するのがスタンダードになりつつあります。たとえば病院で血圧が高かった場合、すぐに「高血圧です」と断定せず、一旦家庭で毎日血圧をつけてもらい、その平均値が高いかどうかを確認します。これによって白衣高血圧であれば薬を開始せず経過観察とし、本当の高血圧(持続性高血圧)であれば治療を開始する、といった判断が可能です。実際、米国高血圧ガイドライン(ACC/AHA)でも家庭血圧またはABPMによる確認なしに高血圧と診断すべきでないと述べられています。欧州ESHのガイドラインでも、2018年版から「診察室血圧に加えて院外血圧測定を行ってから診断せよ」と強調されました。これは、まさに白衣高血圧と仮面高血圧を的確に診断するためです。

さらに、治療が難しい難治性高血圧(レジスタント高血圧)の評価にも両者の測定が役立ちます。難治性高血圧とは、生活習慣改善に加え降圧薬を3剤以上(うち1剤は利尿剤を含む)使っても診察室血圧が目標未達成の状態を指します。このような患者さんでも、実は家庭では血圧が十分下がっている場合があります。診察室血圧だけを見ると「薬が効いていない」と判断されますが、家庭血圧が正常であれば白衣現象の可能性が高く、本当の難治性(真の治療抵抗性)とは言えません。ガイドラインでも「真の治療抵抗性高血圧」を診断するには、診察室血圧140/90以上の患者で家庭血圧(またはABPM)も135/85以上であることを確認するよう推奨しています。この基準で絞り込むと、難治性高血圧と考えられる患者のうち真に抵抗性なのは全体の約5%程度になるとの報告があります。つまり多くは服薬の仕方や測定誤差、白衣高血圧など「見かけ上」のコントロール不良であり、家庭血圧を確認することでそれを見極められるのです。

診察室血圧と家庭血圧を併用することで、治療の優先度や予後のリスク評価も的確になります。 たとえば、診察室でも家庭でも高血圧が続いている患者さんは常に血圧負荷がかかっているため、臓器障害や心血管イベントのリスクが高くなります。一方、診察室では高いが家庭ではコントロールされている患者さんでは、リスクは前者より低いと考えられます。実際、日本で行われた研究では、診察室・家庭の両方で高血圧が持続する真の治療抵抗性高血圧の患者では、そうでない患者に比べて心血管イベント発生率がおよそ3倍に高まるとの報告があります。一方、家庭血圧がしっかり管理されている人では、たとえ診察室血圧が多少高くてもイベント発生率は低く抑えられていました。この結果は、家庭血圧が安定していることが予後に良い影響を与える可能性を示唆しています。逆に言えば、家庭血圧でコントロール不良な人は見逃せないリスクを抱えているわけです。

また、治療効果の判定にも家庭血圧は有用です。家庭血圧を治療の指標に組み込むことで、よりきめ細かい薬剤調節が可能になります。最近の研究では、家庭血圧の値に基づいて治療を調整した群は、診察室血圧だけで治療した群よりも24時間血圧(ABPM)の低下幅が大きかったと報告されています。具体的には、家庭血圧を活用した治療の方が日中の収縮期血圧を平均2.7mmHg多く下げることができたとの結果です。わずかな差に思えますが、血圧の2~3mmHg低下でも脳卒中や心筋梗塞の発生率は有意に減少するとされており、集団レベルでは大きな利益となります。さらに、家庭血圧の活用は患者さん自身の治療アドヒアランス(継続性)向上にもつながります。毎日自分で測って記録することで、血圧が高い日には塩分を控えよう、運動を頑張ろうといった意識づけがなされ、結果的に生活習慣改善や薬の飲み忘れ防止につながるのです。こうした包括的な管理によって長期的な予後(心臓病・脳卒中の発症や死亡リスク)の改善が期待できます。

以上より、診察室血圧と家庭血圧の「両輪」で患者さんの血圧を評価・管理することが現代の高血圧治療では不可欠です。医師側はこれらの情報をもとに、どの程度積極的な治療が必要かを判断し、患者さん側も自分の血圧傾向を把握して治療に主体的に取り組むことができます。その結果、適切なタイミングで治療介入し、不要な治療は避けるという最適な医療につながります。

■各国のガイドライン比較と臨床応用

高血圧治療の方針は各国・地域のガイドラインで定められていますが、近年は国際的に共通する点が増えてきました。それは「正確な血圧測定(家庭血圧やABPMの活用)」と「患者ごとのリスクに応じた個別治療」です。ここでは日本、アメリカ、ヨーロッパのガイドラインの特徴を比較しつつ、家庭血圧・診察室血圧の位置づけを見てみましょう。

日本(JSH: Japanese Society of Hypertension)

日本高血圧学会のガイドラインは、昔から家庭血圧の重要性を強調してきました。2019年版の高血圧治療ガイドライン(JSH2019)でも、診察室血圧が高くても家庭血圧が正常なら白衣高血圧を疑い、逆に診察室正常でも家庭で高ければ仮面高血圧を考慮するよう推奨しています。実際、JSH2019では家庭血圧の目安を135/85 mmHg以上を高血圧と定義し(診察室基準140/90に対応)、「自宅で毎日測定しましょう」と一般向けにも呼びかけています。また日本独自の概念として、早朝の家庭血圧が高い「早朝高血圧」に着目し、心筋梗塞や脳卒中予防の観点から朝の血圧管理を重要視しています。さらに日本では家庭血圧の測定手技ガイドラインまで策定されており、測定方法の標準化にも力を入れてきました。直近では2025年に新たなガイドライン(JSH2025)が公表され、治療目標を一律<130/80 mmHgに設定するなどのアップデートが行われました。この「全ての人で130/80未満を目指す」という目標値は、従来より厳しめですが、これは近年のエビデンス(SPRINT試験など)で130未満への降圧による利益が示されたことを受けた変更です。JSH2025では特に「家庭血圧のさらなる活用」「デジタル技術や遠隔医療との連携」も強調されており、まさに家庭血圧測定を柱とした個別管理が日本の戦略と言えます。

アメリカ(ACC/AHA)

アメリカでは2017年にACC/AHA(米国心臓協会など)の包括的高血圧ガイドラインが発表され、大きな話題となりました。その特徴は高血圧の定義を130/80 mmHg以上に引き下げたことです。これにより従来「正常高値」とされていた130~139/80~89も高血圧(Stage 1 hypertension)に分類され、多くの人が高血圧予備群として管理対象になりました。もっとも、ACC/AHAガイドラインではリスクに応じた治療方針を取っており、10年心血管リスクが低い人(<10%)では生活習慣改善をまず行い、それでも130/80以上が続けば薬物治療としています。一方、糖尿病や慢性腎臓病、既に心血管疾患がある人、またリスクが高い人では130/80以上で薬物治療を開始するとしています。このようにリスク層によって介入を変える点が特徴です。家庭血圧については、ACC/AHAガイドラインでも「診察室血圧が高い場合は家庭血圧または24時間ABPMで確認すること」「治療中も家庭血圧をモニターしてコントロール状況を把握すること」が推奨されています。米国では患者自身が血圧を測定する文化が比較的定着しており、医師とオンラインでデータ共有して治療に活かす取り組み(遠隔モニタリング)も広がっています。2025年にはAHA/ACCなどによる新しい高血圧ガイドラインのアップデートが行われ、減塩・減酒など生活習慣への更なる注力や、すべての成人は少なくとも年1回は血圧測定を受けるべきこと、治療目標は基本130/80未満(可能なら120/80未満を目指す)とすることなどが盛り込まれました。こうした最新動向も、日本の方針と大きく矛盾するものではなく、「より早期から予防に取り組み、患者自身の家庭測定を通じて厳密管理する」という流れは共通しています。

ヨーロッパ(ESC/ESH)

ヨーロッパの高血圧ガイドラインは、2018年にESC/ESHが発表したものが長らく使用され、2023年にESH単独でアップデートが出ました。欧州では高血圧の診断基準は依然140/90 mmHg以上とされています。つまり130/80以上でもすぐに高血圧とはせず、「正常高値」として生活習慣介入のフォローとなります(この点はACC/AHAとの違いです)。治療開始の閾値も原則140/90ですが、高リスク患者では130/80以上でも治療開始を考慮するなど柔軟性があります。治療目標については、若年~中年では130/80未満を目指す点で米国と一致しますが、高齢者(65~79歳)では140/80未満、80歳以上では150/90未満と年齢に応じて目標を緩和する特徴があります。これは高齢者では過度の降圧による副作用リスク(転倒や臓器低灌流)を考慮したものです。一方で、欧州ガイドラインも診察室外血圧の活用を強く推奨しており、家庭血圧やABPMによる血圧確認なしに治療を開始しないよう求めています。特に2023年ESHガイドラインでは、前版にも増して「標準化されたオフィス測定+家庭/自由行動下測定」の併用が強調されました。さらに2024年にはESC(欧州心臓病学会)から高血圧管理に関するステートメントが出され、白衣高血圧には生活習慣改善と経過観察、仮面高血圧には積極的治療を行うことや、治療目標として家庭血圧135/85 mmHg未満を目指すことなどが示されています。欧州の臨床現場では、ABPM(24時間血圧)を使った詳細な評価が盛んな一方、家庭血圧も手軽な代替手段として重視されています。特に夜間血圧や早朝の血圧パターンなど、ABPMでしか得られない情報もありますが、患者の日々の努力や負担を考えると家庭血圧を上手に使うことが現実的です。欧州でも家庭血圧を記録し医師に提出する習慣が広まりつつあり、日本や米国と同様の方向性で高血圧管理が行われています。

各国ガイドラインの相違点と共通点まとめ

簡単にまとめると、日本と欧州は診断基準140/90を維持しつつ家庭血圧135/85を重視、米国は130/80を採用し早期介入を狙う、という違いがあります。治療目標は、日本(JSH2025)と米国(ACC/AHA)は基本的に130/80未満で一致し、欧州(ESH/ESC)は年齢層で少し緩めの目標を設定する点が異なります。しかし共通しているのは、「診察室血圧だけでなく家庭血圧もしっかり測定・管理すること」「減塩・体重管理・運動など生活習慣改善を土台とし、必要に応じて薬物治療を行うこと」「リスクの高い人ほど厳格に血圧をコントロールすること」です。特に家庭血圧モニタリングは世界中のガイドラインで推奨されており、日本高血圧学会も欧米の学会も、患者さん自身が家庭で血圧を測り医療者と共有する体制作りを呼びかけています。これは、患者中心の医療や遠隔医療の発展とも関連しており、デジタル技術を活用した血圧管理(スマホ連携血圧計やクラウドでのデータ管理など)が各国で試みられています。例えば米国では血圧のリモートモニタリングに保険適用が認められ、チーム医療で薬剤調整するモデルも出てきました。ガイドラインはあくまで指針ですが、それを臨床応用する際には各国の医療制度や患者さんのニーズに合わせて工夫が必要です。どの国においても、最終目標は高血圧による心臓・脳・腎臓などの合併症を防ぎ、健康寿命を延ばすことに変わりありません。そのために家庭血圧と診察室血圧を上手に使い分け、正確に血圧を把握して的確な治療につなげることが大切だと、各ガイドラインは強調しています。

■まとめ:正しく血圧を測って健康を守る

高血圧は「サイレント・キラー(沈黙の殺人者)」と呼ばれるように、自覚症状なく進行し、気づいた時には脳卒中や心不全、腎不全など重大な病気を引き起こす怖い疾患です。しかし同時に、血圧をきちんと測定・管理することで予防可能・コントロール可能な病気でもあります。今回解説したように、診察室血圧と家庭血圧の両方を把握することが、現代の高血圧管理において極めて重要です。診察室血圧は医療者にとって客観的な評価指標であり、特に緊急性の判断や治療効果の確認に必要です。一方、家庭血圧は日常の中での血圧を反映し、より長期的なリスク評価に適しています。両者を組み合わせることで互いの弱点を補い、より正確な診断と効果的な治療が可能になります。

具体的には、家庭血圧の記録を続けることで白衣高血圧や仮面高血圧を見抜き、必要な人に必要な治療を届けることができます。白衣高血圧と判れば過度な薬を避けつつ生活習慣改善に注力できますし、仮面高血圧が見つかれば見過ごさずに早期から治療介入することで将来の合併症リスクを減らせます。実際、家庭血圧を管理に取り入れることで血圧コントロールが改善し、心血管イベントを減らせる可能性を示す研究も増えてきました。また、患者さん自身が血圧変動を把握することで生活習慣の振り返りや治療へのモチベーション向上にもつながります。まさに「血圧を知ること」は「自分の健康状態を知ること」であり、健康管理の第一歩なのです。

正しく血圧を測り、記録し、その情報をもとに医師と二人三脚で治療方針を立てていくことが、高血圧と上手に付き合うコツです。幸い、家庭用血圧計は手軽で精度の高いものが入手可能ですし、測定手技も今回紹介したポイントを守れば難しくありません。ポイントは「毎日続けること」、そして「測ったデータを活用すること」です。数値の変化に一喜一憂する必要はありませんが、長期的な傾向を見ていくことで、薬の効果や季節による変動にも対応できます。例えば冬場に血圧が上がりやすい人は事前に対策をとる、運動を始めて血圧が下がってきたら薬を減らす相談をするといった具合です。

最後に、高血圧管理はゴールの見えないマラソンのようなものです。一度治療を始めたら、多くの場合は長期間にわたる管理が必要になります。その中で家庭血圧測定は、患者さん自身が主体的に取り組める有力な武器です。日々の血圧測定と生活習慣の改善、そして必要に応じた薬物療法の3本柱で、高血圧は怖くありません。ぜひ今日からご自宅での血圧測定を習慣にし、正しく血圧を測って健康を守っていきましょう。

■FAQ(よくある質問と回答)

Q1. なぜ家庭でも血圧を測定する必要があるのですか?

診察室で測る血圧だけでは、その人本来の血圧の状態を正確に把握できない場合があるからです。医療機関では緊張により普段より高い値が出たり(白衣高血圧)、逆に安心して普段より低く出たり(仮面高血圧)することがあります。家庭での測定はそうした影響を受けにくく、日常の平均的な血圧がわかります。また研究では、家庭血圧の方が将来の心臓病・脳卒中リスクとの関連が強いことも示されています。ガイドラインでも、診察室血圧が高かった場合は家庭血圧や携帯型血圧計で確認することが推奨されています。つまり家庭でも測ることが、誤診を避け適切な治療を受けるために重要なのです。

Q2. 家庭血圧はいつ、どのように測れば良いですか?

基本は朝晩の1日2回、できれば毎日測定します。朝は起床後すぐ(排尿後、服薬や朝食の前)に、座って1~2分安静にしてから測ります。夜は就寝前(夕食後しばらく経ってから)に測定します。同じタイミングで1分間隔で2回測り、その平均値をその回の血圧とします。測定中は足を組まない、背もたれに寄りかかる、腕は心臓の高さに保つなど正しい姿勢を守りましょう。少なくとも5~7日間は続けて測り、可能であれば2週間程度記録すると安定した平均値が得られます。大事なのは、毎回同じ条件・手順で測定することと、結果を記録して医師に見せることです。記録には手書きの血圧手帳や、測定器のメモリ、スマホ連携アプリなどを活用すると良いでしょう。

Q3. どんな血圧計を使えば良いですか?手首式でも構いませんか?

推奨されるのは、上腕に巻くカフ式の電子血圧計です。手首式は手軽ですが、測定姿勢で誤差が出やすく、基本的には上腕式が正確です。特に高齢の方や血管が硬い方では手首式は信用できません。血圧計は医療機関向けだけでなく家庭用も多数市販されていますが、精度はまちまちです。なるべく各国の高血圧学会が認証したモデルや、国際プロトコルで検証された機種を選びましょう。日本高血圧学会のホームページにも推奨血圧計リストがあります。カフのサイズが腕回りに合っていないと正確に測れませんので、ご自身の腕周囲に適合したものを選んでください。なお、どうしても手首式を使う場合は、心臓の高さで測る・手首をなるべく動かさないなど、より注意深く測定してください。上腕式でも手首式でも、測定中は腕を動かさず安静を保つことが大切です。また購入後は、一度医療機関でその血圧計の値が適切か確認してもらうと安心でしょう。

Q4. 白衣高血圧と言われましたが、このままで大丈夫でしょうか?

白衣高血圧自体は直ちに深刻な状態ではありませんが、放置は禁物です。 白衣高血圧とは「病院でだけ血圧が高い状態」で、家庭で正常なら当面は薬を使わず経過を見るのが一般的です。ただし完全に安心して良いわけではなく、将来、本当の高血圧に移行する可能性があります。研究では白衣高血圧の人の約40%が10年以内に持続性高血圧になったとの報告があります。また、白衣高血圧の人は血圧が常に正常な人に比べると、わずかながら心臓病や脳卒中のリスクが高いことも分かっています。したがって、「大丈夫」と油断せず生活習慣の改善に努めましょう。塩分を控え(目標1日6g未満)、適度な運動や減量を行い、禁煙も重要です。医師からはおそらく「家庭で定期的に測って様子を見ましょう」と指示されるはずですので、指示通り測定を続け経過を報告してください。薬については、家庭血圧も徐々に高くなってきた場合や、他に動脈硬化の危険因子(糖尿病・高コレステロール血症・喫煙歴など)をお持ちの場合には検討されます。逆に言えば、危険因子がなく家庭血圧が安定しているうちは薬に頼らずとも生活習慣の改善と定期フォローで様子を見るのが一般的です。定期健診や外来受診を怠らず、医師と相談しながら経過を追えば必要な時期に適切な治療を受けられますので、「このままで大丈夫かな」と心配しすぎず前向きに取り組んでください。

Q5. 家では血圧が高いのに、病院では正常と言われました。どうしたら良いですか?

これは仮面高血圧の疑いがあります。まず、その家庭での測定が正しく行われているか確認しましょう。測定手技に問題がないのに家庭血圧が高い場合、一度医師に伝えてください。医師は必要に応じて24時間血圧測定(ABPM)を行い、本当に仮面高血圧かどうか詳しく調べてくれるでしょう。仮面高血圧と診断された場合、治療が必要です。たとえ診察室では正常でも、家庭で高血圧ならば心臓や血管に負担がかかっており、放置すると将来の脳卒中や心筋梗塞リスクが高まります。治療としては、まず生活習慣改善(減塩・運動・減量・禁煙など)を行い、それでも家庭血圧が高い場合は降圧薬の服用を開始します。実際、仮面高血圧の患者さんを対象に行われた臨床試験(ANTI-MASK試験)では、降圧薬で治療した群はプラセボ(偽薬)群に比べて左心室肥大など心臓への負担が有意に軽減しました。これは、仮面高血圧でも適切に治療すれば心臓や血管のダメージを減らせることを示しています。したがって「病院で正常だから大丈夫」ではなく、家庭血圧が高い事実を重視して治療方針を立てるべきなのです。ポイントは、遠慮なく医師に家庭血圧の状況を伝えることです。場合によっては診察室での測定だけでは仮面高血圧を十分確認できないこともありますので、記録を持参する、もしくは自宅での高血圧症状(例えば朝に頭痛がある等)を具体的に伝えると良いでしょう。仮面高血圧が判明したら、診察室での血圧に惑わされず家庭血圧を基準に治療目標を設定します(目安として家庭血圧135/85 mmHg未満がコントロール目標になります)。医師の指示に従って治療を続ければ、仮面高血圧による将来のリスクも十分に軽減できると期待されます。

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記事監修者田場 隆介

医療法人社団 青山会 まんかいメディカルクリニック 理事長

医療法人社団青山会代表。兵庫県三田市生まれ、三田小学校、三田学園中学校・同高等学校卒業。 1997(平成9)年岩手医科大学医学部卒業、町医者。聖路加国際病院、淀川キリスト教病院、日本赤十字社医療センター、神戸市立医療センター中央市民病院を経て、2009(平成21)年医療法人社団青山会を継承。 2025年問題の主な舞台である地方の小都市で、少子高齢化時代の主役である子どもと高齢者のケアに取り組んでいる。

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