病気と健康の話

【脂肪肝】早期発見と代謝改善が鍵!本当は危ない脂肪肝(MASLD)

■MASLD(脂肪肝)の基礎解説: NAFLDとの違いと名前変更の理由

「脂肪肝」とは、肝臓に過剰な脂肪が蓄積した状態の総称です。かつてはアルコールが原因ではない脂肪肝をNAFLD(非アルコール性脂肪性肝疾患)と呼んでいましたが、近年この名称が見直され、MASLD(代謝機能障害関連脂肪性肝疾患)という新しい名前に変更されました。名前変更の理由は、「非アルコール性(non-alcoholic)」という定義が、アルコール以外の原因を消去法的に示すだけで病態を反映していないこと、また肥満や糖尿病など代謝の異常が根本にあることを強調するためです。実際、MASLDという名前には“代謝に関連した”という意味が込められており、病気の本質が生活習慣や代謝異常にあることを示しています。

MASLDの診断基準は、肝臓の5%以上が脂肪化(肝臓エコーで脂肪肝と判定される状態)しており、かつ肥満・糖尿病・高血圧・脂質異常症などの代謝リスク因子を少なくとも一つ以上有することです。さらに大量の飲酒がない(男性で週210g未満、女性で週140g未満のアルコール摂取)こと、および肝炎ウイルスや薬剤性など他の肝疾患の原因がないことも前提となります。「生活習慣病に伴う脂肪肝」がMASLDなのです。従来のNAFLDと実質的な病態は同じですが、代謝異常の有無に着目して定義される点が異なります。

なお、新しい分類では「脂肪性肝疾患(SLD)」という上位概念が提唱されており、その中でMASLDは「代謝異常が原因の脂肪肝」、ALDは「アルコールが原因の脂肪肝(アルコール性肝疾患)」と位置付けられます。また、両方の要因(代謝異常+過剰飲酒)を併せ持つ場合はMetALD(代謝機能障害アルコール関連肝疾患)と分類され、MASLDとALDの中間に位置する連続体と考えられます。一方、MASLDの中で肝炎(肝細胞の炎症と障害)が起きている状態はMASH(代謝機能障害関連脂肪肝炎)と呼ばれ、これは従来でいうNASH(非アルコール性脂肪肝炎)に相当します。MASHになると、肝臓に炎症と線維化(傷跡)が進行しており、放置すると肝硬変や肝がんに進展しうる段階です。

■脂肪肝はなぜ起こる?その発症メカニズム

脂肪肝(MASLD)が起こる背景には、インスリン抵抗性をはじめとする体の代謝異常が深く関与しています。インスリン抵抗性とは、インスリン(血糖を下げるホルモン)が効きにくい状態で、これにより脂肪組織から遊離脂肪酸が過剰に放出され肝臓に取り込まれます。加えて、糖質(特に果糖や精製炭水化物)の過剰摂取は、肝臓での新たな脂肪合成(新生脂肪酸合成)を促進し、肝臓内の脂肪蓄積をさらに悪化させます。一方で、運動不足などにより肝臓での脂肪酸の燃焼(酸化)が低下し、肝臓から脂肪を輸送する働きも落ちると、行き場を失った脂肪が肝細胞内にどんどん溜まっていきます。

こうして蓄積した脂肪そのものも問題を引き起こします。中性脂肪自体は惹起しませんが、肝細胞内に蓄積した過剰な脂肪の中には、毒性を持つ種類の脂質(遊離脂肪酸、コレステロール、セラミドなど)があり、これらが細胞にダメージを与えて炎症反応を誘発します。この現象を脂肪毒性と呼び、脂肪肝が単なる脂肪の沈着から肝炎(MASH)へ進行する大きな要因です。さらに、内臓脂肪が多い肥満の状態では脂肪組織そのものが慢性的な炎症状態にあり、脂肪細胞から炎症性サイトカイン(TNF-αやIL-6などの炎症物質)が過剰に放出されます。これらサイトカインや活性化した免疫細胞が血流に乗って肝臓に波及し、肝臓の炎症と線維化を一層促進します。加えて、腸内細菌の異常や腸粘膜の透過性亢進により内毒素(エンドトキシン)が肝臓に運ばれることも炎症の引き金となります。

このように、MASLDの発症には「過剰な脂肪の蓄積」と「慢性的な炎症反応」という二つの因子が大きく関わっています。背景には食生活(高カロリー・高糖質・高脂肪食)、運動不足、肥満、遺伝的要因、腸内環境など複数の要因が絡んでおり、現在では、一つの要因ではなく多因子のメカニズムと考えられています。

■脂肪肝は非常に身近な病気

「脂肪肝」と聞くと特殊な病気に感じるかもしれませんが、MASLDは現代で最も頻度の高い慢性肝疾患です。世界では成人の約30~40%が脂肪肝と言われ、日本人でも食習慣の欧米化により有病率が上昇しています。特に2型糖尿病患者の60~70%、肥満症の患者の70~80%近くで脂肪肝が存在するとのデータもあり、まさに「生活習慣病の一部」と言えるほど身近で一般的な病気なのです。一方で、自覚症状が乏しいため見過ごされがちですが、後述するように、放置すると肝臓だけでなく全身の健康に関わる重大なリスク要因となります。

■脂肪肝が引き起こす合併症・関連疾患:全身への影響

MASLD(脂肪肝)は肝臓だけの問題にとどまらず、全身のさまざまな臓器・疾患に影響を及ぼす多系統の病気だと分かってきました。最近の欧米やカナダの大規模研究では、脂肪肝のある人は実に128種類もの疾患のリスクが有意に高くなるという報告もあります。
特に関連が強いのは以下のような生活習慣病・慢性疾患です。

2型糖尿病肝臓の脂肪蓄積はインスリン抵抗性を悪化させ、糖尿病の発症・悪化に密接に関係します。脂肪肝のある人は糖尿病になるリスクが数倍高いことが報告されています。
心血管疾患(動脈硬化症、心筋梗塞、脳卒中など)脂肪肝のある人では高血圧や脂質異常症を合併しやすく、結果として心臓病や脳卒中の発生率が上昇します。実際、脂肪肝患者の死亡原因の第1位は心血管疾患であり、肝臓病そのものより心臓への影響の方が深刻です。
睡眠障害(睡眠時無呼吸症候群など)脂肪肝のある人は睡眠時無呼吸などの睡眠障害を合併しやすいことが指摘されています。研究では睡眠障害のリスクが3倍以上とのデータもあります。睡眠時無呼吸は肥満とも関連し、夜間の低酸素状態がさらに代謝を悪化させる悪循環があります。
肥満(メタボリックシンドローム)肥満が脂肪肝の原因である一方、脂肪肝がある人は将来的に肥満度が増す傾向も報告されています。脂肪肝はメタボリックシンドローム(高血圧・高血糖・脂質異常・肥満の集合)の肝臓所見と言えるため、肥満と切り離せません。
高血圧・脂質異常症・痛風(高尿酸血症)脂肪肝の背景にはこれら代謝異常がしばしば存在し、互いに悪影響を及ぼします。例えば脂肪肝患者では高血圧や高トリグリセリド血症の頻度が高く、痛風の原因である高尿酸血症や慢性腎臓病も合併しやすいことが分かっています。
慢性腎臓病(CKD)糖尿病や高血圧を併発することで腎機能の低下も進みやすく、脂肪肝は腎臓にも悪影響を及ぼします。脂肪肝・糖尿病・心疾患・腎臓病は「心腎代謝症候群(CKM症候群)」として密接に関連しあっています。
肝硬変・肝がん:脂肪肝自体も進行すると肝線維化が進み肝硬変に至ります。MASLDは肝硬変の主要原因の一つであり、ウイルス性肝炎の制圧後は今後肝がんの原因のトップになると懸念されています。特にMASHに進行した患者では10年で20~30%が肝硬変手前まで線維化が進むとの報告もあります。肝硬変になると年数%の割合で肝細胞癌(HCC)を発症するリスクがあり、脂肪肝だからといって安心はできません。
その他の疾患近年の研究で、脂肪肝は大腸癌、乳癌など消化器系・婦人科系の一部のがんリスクとも関連することが示唆されています。また脂肪肝患者は骨粗しょう症のリスクが高いという報告もあり(生活習慣や炎症の影響が骨代謝に及ぶ可能性)、全身への影響範囲は非常に広範です。

このように、MASLDは単なる肝臓の脂肪蓄積ではなく、全身の代謝異常の表れであり、多くの合併症を引き起こしうる疾患です。脂肪肝の治療に取り組むことは、同時に糖尿病や心臓病など様々な生活習慣病の予防・管理にも繋がります。裏を返せば、脂肪肝を放置するとこれら多数の疾患リスクを放置することになりかねません。健康診断で脂肪肝を指摘されたら、「肝臓だけの問題ではない」という視点で早めに対策を講じることが重要です。

■脂肪肝の診断方法:FIB-4指数・エラストグラフィ・画像検査など

脂肪肝の診断は、大きく「脂肪肝の有無(肝臓に脂肪が蓄積しているか)」「肝臓の線維化の程度(肝硬変へのなりやすさ)」の2点を評価します。

脂肪肝の発見:血液検査やエコー(超音波)検査

脂肪肝そのものは無症状のことが多いため、まずは健康診断の結果などから疑われるケースが一般的です。具体的には、血液検査で肝酵素(ALTやAST、γ-GT)の軽度上昇がみられたり、人間ドックの腹部エコー検査で「脂肪肝」と指摘されたりして初めて気づくことが多いでしょう。エコー検査では肝臓に脂肪が多いと白く明るく映るため比較的簡便に脂肪肝を検出できます。ただし肝臓に占める脂肪の割合が30%未満の軽度の脂肪肝ではエコーで見逃される場合もあります。また血液の肝機能値が正常範囲でも脂肪肝が存在することがあるため、「肝臓の数値が正常だから問題ない」とは言い切れません。実際、糖尿病やメタボのある人では肝酵素が正常でも脂肪肝の有無や肝線維化リスクの評価を推奨するガイドラインもあります。したがって、リスク因子がある方は画像検査や追加の血液検査を積極的に受けることが望ましいでしょう。

肝臓の線維化評価:非侵襲的検査(FIB-4指数・Elastography)と肝生検

脂肪肝と診断された場合、次に重要なのが、肝臓の線維化の進み具合(肝硬変になりかけていないか)を調べることです。線維化の評価には以下のような方法があります。

FIB-4指数(Fibrosis-4 index)血液検査データ(年齢、AST、ALT、血小板数)から計算するスコアで、肝線維化のリスクを推定します。計算式はやや専門的ですが、肝臓専門医でなくともプライマリケア医が日常的に算出できる手軽な指標です。FIB-4がある閾値より低ければ進行した線維化の可能性は低く、一方ある値以上であれば高度線維化の疑いが強まります。目安として、FIB-4値が1.3未満なら進行線維化のリスク低(陰性的中率85~90%)、2.67超ならリスク高とされ、中間域はグレーゾーンです。低リスクであれば主に生活習慣の改善を継続しつつ、半年~1年おき程度に再評価します。高リスクやグレーゾーンの場合は、次の段階の精密検査に進みます。
エラストグラフィ(Elastography)肝臓の硬さ(弾性)を非侵襲的に測定する検査です。代表的なものに振動制御型瞬時弾性測定(VCTE、FibroScan®)があり、超音波で肝臓を振動させ硬さ(肝線維化の程度)をkPaという単位で数値化します。値が高いほど肝臓が硬く(線維化が進んで)おり、例えば硬さが8kPaを超えるようなら専門医による詳しい評価が推奨されます。最近はエコー検査装置に組み込まれた2次元エラストグラフィ(shear wave法)でも同様の評価が可能です。これらは痛みもなく数分で終わる検査なので、脂肪肝と診断された方で肝硬変のリスクを評価するには非常に有用です。
特殊な血液マーカーFIB-4以外にも血液で線維化を評価する指標があります。例えばELFテスト(Enhanced Liver Fibrosis test)はヒアルロン酸やⅢ型コラーゲンなど線維化に関与する3つの物質を測定してスコア化する方法で、進行線維化を検出する感度は約98%と報告されています。日本ではあまり一般的ではありませんが、保険診療で測定可能なものに4型コラーゲン7SやM2BPGiなどのマーカーもあり、必要に応じて組み合わせて評価します。
肝生検(肝臓の組織検査)肝臓に針を刺して組織の一部を採取し、顕微鏡で脂肪の量や炎症・線維化の状態を直接確認する検査です。これが肝疾患診断のゴールドスタンダード(確定診断法)ですが、侵襲的であるため脂肪肝の診断では現在ほとんど行われません。上述の非侵襲的検査で明らかに高度線維化が示唆される場合や、他の肝疾患の可能性が否定できない場合に限り実施されます。

現時点では、これら非侵襲検査を組み合わせて効率よく脂肪肝患者の中から重症例を拾い上げることが推奨されています。例えば米国や欧州のガイドラインでは、リスクの高い人(2型糖尿病、メタボリックシンドローム、中性脂肪や肝酵素が高い人、健康診断で脂肪肝を指摘された人など)に対し、まずFIB-4でスクリーニングし、基準値を超えた場合にエラストグラフィ(FibroScan)やELF検査を行う二段階のアプローチが推奨されています。この方法で効率よく進行肝線維化の疑い例を見つけ出し、専門医(肝臓内科)に紹介することで早期介入しようという狙いです。一方で、明らかな肥満や糖尿病がある人でも肝酵素が正常だと脂肪肝が見逃されがちなので注意が必要です。前述のようにADA(米国糖尿病学会)は「肥満や心血管リスクのある糖尿病患者では肝酵素正常でもFIB-4による肝線維化リスク評価を行うべき」と勧告しています。日本でも同様に、糖尿病患者やメタボ患者で脂肪肝が疑われる場合には繰り返し肝線維化評価を行い、必要に応じて専門医に紹介することが重要です。

■日本と欧米におけるスクリーニングの違い

脂肪肝の早期発見・重症度評価に関して、欧米ではターゲットを絞ったスクリーニングが主流であるのに対し、日本では健康診断の仕組みなどからより広範な人が検査を受ける機会があります。米国肝臓学会(AASLD)や欧州肝臓学会(EASL)のガイドラインでは、「一般人口への脂肪肝の一律スクリーニングは推奨しない。あくまで高リスク者に限り二段階で評価する」とされています。一方、日本では人間ドックや企業健診で腹部エコー検査や肝機能検査が広く行われているため、症状がなくても脂肪肝を指摘されるケースが少なくありません。これは早期発見のチャンスでもあります。ただし、せっかく脂肪肝を指摘されても「経過観察で」と放置され、肝線維化のリスク評価まで至っていない例も多いのが現状です。健診で脂肪肝を指摘された場合は、ぜひ一歩踏み込んでFIB-4指数を算出してみましょう。実は健診の標準項目であるAST・ALT・血小板数から簡単に計算でき、追加の採血がなくても既存の健診データでFIB-4を求めることが可能です。FIB-4で高リスクと出ればFibroScanなど専門的な検査につなげられますし、低リスクであっても将来に備えて1~2年ごとに定期的にFIB-4を再評価することが推奨されています。このように日本においては、健診で得られる情報をフル活用して脂肪肝の放置症例を減らすことが大切です。

また、肝硬変一歩手前の高度線維化や肝硬変と診断された場合には、肝がん発症のハイリスクと位置付けて定期的な肝がんスクリーニング(腹部エコーと腫瘍マーカーAFPの6か月毎測定など)が行われます。脂肪肝由来の肝硬変でも他の原因と同様に肝がんのリスクがあるため、専門医の指導の下で継続的なフォローアップが必要です。

■脂肪肝の治療と管理:生活習慣の改善と薬物療法

MASLDの治療は大きく二本立てです。一つは食事・運動を中心とした生活習慣の改善、もう一つは必要に応じた薬物療法です。現時点では、日本で承認された「脂肪肝そのものを直接治す薬」はありませんが、関連する代謝異常を治療することで肝臓も改善させるアプローチや、海外で開発が進んでいる新薬があります。それぞれ詳しく見ていきましょう。

食事療法:糖質・脂肪・アルコールを適度に制限

「肝臓に溜まった脂肪」は結局のところ余分なエネルギーです。したがって治療の基本は、体全体の脂肪を減らす=減量(ダイエット)にあります。特に内臓脂肪を減らすことが肝臓の脂肪減少につながるため、適切な食事制御は不可欠です。ポイントは以下の通りです。

総カロリーの適正化まずは1日の摂取エネルギーを適正範囲に抑えること(摂取カロリー > 消費カロリーの状態を是正すること)が重要です。極端な絶食や単品ダイエットではなく、栄養バランスを保ちつつゆるやかなカロリー制限を行いましょう。目安としては、現在の体重を維持する摂取量から1日あたり500kcal程度減らすと、週に0.5kgほどの減量ペースになります。急激な減量はリバウンドしやすいため避け、無理のない範囲で長期的な食習慣改善を目指します。
糖質のコントロール特に精製された炭水化物や糖分(白米・パン・麺類の過剰摂取、菓子類、清涼飲料水など)は中性脂肪として蓄積されやすいため注意が必要です。ご飯やパンは食べ過ぎない(適量を守る)こと、甘いジュースや間食はできるだけ避けることを心がけます。近年は糖質制限食も注目されていますが、極端な制限は続かない場合もあるため、主治医や管理栄養士と相談しつつ無理のない範囲で糖質摂取をコントロールしましょう。
脂質の質に注意脂質も重要なエネルギー源ですが、飽和脂肪酸(動物性脂肪に多い)はインスリン抵抗性を悪化させ脂肪肝に悪影響です。バターや脂身の多い肉、揚げ物などは控えめにし、脂質を摂るなら不飽和脂肪酸(魚の油、オリーブオイル、ナッツ類など)を選ぶと良いでしょう。また揚げ物より茹でる・蒸す・焼く調理で脂質カットを意識します。
アルコール制限アルコールはカロリーも高く肝臓に負担をかけます。「適量なら飲酒OK」の脂肪肝はありません。せっかく「非アルコール性」として分類されるMASLDも、大量の飲酒が加われば肝炎が一気に進みアルコール性肝障害(ALD)との合併=MetALDになってしまいます。脂肪肝と指摘されたら禁酒が望ましいですが、難しい場合もビール中瓶1本程度までの節酒を目標にしましょう。
タンパク質・ビタミンのバランス減量中も筋肉量を維持するために十分なタンパク質(魚・肉の赤身、大豆製品など)を摂取してください。野菜や海藻・キノコ類もビタミン・ミネラルと食物繊維が豊富なため積極的に摂り、便秘の解消や食後血糖の急上昇抑制にも役立てます。

このような食事療法によって、減量5~10%を達成すると、肝臓の脂肪が減少しインスリンの効きも改善するため、肝機能値の正常化や糖代謝の改善が期待できます。実際、体重の5%以上を減らすと脂肪肝は大きく改善し、10%以上の減量ができれば肝臓の線維化が逆転する(肝硬変が改善する)可能性もあると報告されています。まずは無理のない目標からスタートし、徐々に体重を落としていきましょう。

運動療法:継続できる運動で脂肪と抵抗性を撃退

食事療法と並ぶ柱が運動習慣の改善です。運動は消費カロリーを増やし減量を助けるだけでなく、インスリン抵抗性を改善して脂肪肝を治す強力な武器になります。ポイントは以下の通りです。

有酸素運動ウォーキング、軽いジョギング、サイクリング、水泳など息が軽く弾む程度の有酸素運動を週150分(1日30分を週5日など)行うことが推奨されています。脂肪燃焼には20分以上の継続した運動が有効ですが、忙しい方は10分を3回でも構いません。大事なのは継続することです。
筋力トレーニング筋肉量を増やすと基礎代謝が上がり脂肪が燃えやすい体になります。腕立て伏せやスクワット、軽いダンベル運動など自宅でできる範囲で構いませんので、週2~3回は筋トレを取り入れましょう。筋肉は抗糖尿病効果のある「糖の貯蔵庫」でもあり、筋トレはインスリン抵抗性の改善にも有効です。
日常生活で身体活動量アップエレベーターではなく階段を使う、意識的にこまめに立ち上がって歩く、通勤や買い物で一駅分歩く…など生活の中で体を動かす機会を増やす工夫も大切です。座りっぱなしの時間を減らすだけでも効果があります。

運動療法は単独でも肝臓脂肪を減少させる効果がありますが、食事療法と組み合わせると相乗効果でより大きな改善が得られます。実際、専門クリニックで管理栄養士と運動指導士の指導のもと生活改善を続けた脂肪肝患者では、平均で体重減少と肝機能改善が達成され、5年間でALT正常化が36.7%の患者で見られたとの報告もあります。まずは無理のない範囲から始めて、楽しめる運動を見つけることが継続のコツです。

薬物療法:糖尿病薬の活用や新薬の登場

生活習慣の改善が脂肪肝治療の基本ですが、必要に応じて薬物療法も検討されます。脂肪肝そのものを直接治す特効薬はまだありませんが、関連する代謝異常を是正する薬剤を使うことで結果的に肝臓を守ることができます。また海外では脂肪肝・NASH治療を目的とした新薬も登場し始めています。主な薬剤をいくつか紹介します。

GLP-1受容体作動薬(GLP-1アゴニスト)もともとは2型糖尿病の治療薬(インスリンの分泌を促す注射薬)ですが、食欲抑制と体重減少効果があり、肥満症治療薬としても使われます。代表的なセマグルチド(商品名オゼンピック®/ウゴービ®など)は、高用量で投与すると多数のNASH患者で肝炎の改善(組織学的なNASHの解消)が報告されました。米国FDAは2023~2024年にかけてセマグルチドをMASH(NASH)の治療薬として条件付き承認しており、今後世界的に脂肪肝治療への応用が期待されています。日本でも糖尿病や肥満の合併がある脂肪肝患者さんにはGLP-1作動薬の使用を検討する価値があります(※適応外使用となる場合がありますが、効果と安全性は多くの試験で支持されています)。
SGLT2阻害薬こちらも糖尿病の経口薬ですが、尿中に糖を排泄することで血糖改善と体重減少効果を併せ持ちます。国内外の研究でNAFLD患者にSGLT2阻害薬を使うと肝臓脂肪が減少し肝酵素も改善することが示されています。心不全や腎臓病の予防効果もある薬剤群なので、糖尿病+脂肪肝の方には一石二鳥の治療となります。
ピオグリタゾンインスリン抵抗性を改善する糖尿病薬(チアゾリジン薬)です。日本では近年あまり使われなくなりましたが、NASHに対する有効性が複数の臨床試験で示されている薬剤です。糖尿病の有無に関わらず、組織学的にNASHが確認された中等度以上の線維化患者ではピオグリタゾン投与により肝臓の炎症と線維化が改善したとの報告があります。但し体重増加など副作用もあるため、患者さんごとの慎重な判断が必要です。
スタチン(HMG-CoA還元酵素阻害薬)高コレステロール血症の薬で、一見肝臓に負担がかかりそうな印象がありますが、脂肪肝の患者さんにもスタチンは安全かつ推奨される治療です。スタチンにより動脈硬化の進行を抑えられれば心筋梗塞や脳卒中の予防につながり、脂肪肝患者さんの生命予後を改善し得ます。また近年の研究では、スタチンを長期内服している脂肪肝患者は肝がんの発生率が低いとの報告もあり、肝臓にとってもプラスに働く可能性があります。脂肪肝を理由にスタチン治療を敬遠する必要はなく、むしろ適応があれば積極的に使うべき薬と言えます。
新規の脂肪肝治療薬海外ではNASH治療のための新薬開発が活発で、ついに世界初のNASH治療薬が登場し始めました。ひとつはレスメチロム(resmetirom)という薬で、甲状腺ホルモン受容体βを選択的に刺激して肝臓の脂肪燃焼を高める作用があります。臨床試験で肝臓の脂肪減少と肝炎の改善効果が確認され、2024年に米国FDAと欧州医薬品庁でMASH(線維化ステージF2~F3の患者対象)の治療薬として条件付き承認されました。もう一つは前述のセマグルチド(高用量)で、こちらも2025年にFDAが条件付き承認しています。これら新薬は日本ではまだ承認されていませんが、国内外で治験が進行中です。今後さらに様々な作用機序の新薬(Farnesoid X受容体作動薬やFibroblast Growth Factor製剤など)が出てくる見込みで、治療の選択肢が広がることが期待されます。

肥満症の外科治療(減量手術)も重度肥満を伴う脂肪肝では有力な選択肢です。胃を小さくして摂取量を減らす手術(スリーブ状胃切除術など)は、欧米ではBMI35以上の糖尿病患者に広く行われており、体重を著明に減少させ脂肪肝・NASHを劇的に改善します。あるガイドラインでは「BMIが35を超えるMASLD患者ではバリアトリック手術(減量手術)を検討すべき」とされています。日本でも高度肥満の方には専門施設で手術が行われ始めており、肝硬変への進行抑制や合併症改善に有効です。ただし手術にはリスクも伴うため、肝臓専門医・肥満症専門医・外科医で多角的に評価し慎重に適応判断がなされます。

このように、脂肪肝の治療はまず生活習慣の立て直しが基本です。それでも難しい場合や合併症がある場合には、糖尿病や脂質異常症の薬を上手に活用したり、新しい治療法を検討したりすることになります。大切なのは肝臓だけでなく全身の健康を整える視点で治療に取り組むことです。それによって結果的に脂肪肝も改善し、将来の深刻な病気を防ぐことにつながります。

■早期発見と多職種連携の重要性

プライマリケアから専門医まで:チームで取り組む脂肪肝治療

MASLDを効果的に予防・管理していくには、早期発見と多職種の専門家によるチーム医療が鍵を握ります。脂肪肝は生活習慣や代謝異常に起因するため、肝臓専門医だけでなく様々な分野の医療者が協力してサポートすることで最大の成果が得られます。

まず、プライマリケア医(かかりつけ医)や一般内科医は脂肪肝の入口を担います。日常診療や健診結果のフォローで脂肪肝を早期に疑い、必要な検査(エコーやFIB-4算出など)を行って見逃さず拾い上げることが重要です。特に糖尿病や高血圧で通院中の患者さんでは肝機能異常がなくても定期的に肝臓のチェックをするなど、他分野の医師が脂肪肝に気付きやすくする意識づけが必要です。

次に、肝臓専門医(肝臓内科・消化器内科医)は評価が必要と判断された脂肪肝患者を詳しく診断し、線維化の程度を確定したり肝硬変・肝がんの有無を調べたりします。高度線維化があれば定期的な肝硬変管理(腹水や静脈瘤のチェック)や肝がんスクリーニングを行い、必要なら抗肝炎治療(例えばB型肝炎の合併に対する治療など)も行います。肝臓専門医は脂肪肝の重症度に応じて薬物療法の選択や治験の紹介も担います。

内分泌・糖尿病専門医や循環器内科医もチームに欠かせません。脂肪肝患者の多くは糖尿病や脂質異常症、高血圧などを抱えているため、それぞれの専門医が最適な治療を提供することで心血管リスクの低減と代謝コントロールの改善が図れます。例えば糖尿病専門医が最新の治療で血糖を良好に保てば肝臓への脂肪蓄積も減りますし、循環器医が心臓病の予防に努めれば死亡リスクの最大要因である心血管イベントを防げます。

さらに、管理栄養士や健康運動指導士といったコメディカルの力も非常に重要です。食事療法や運動療法は継続が難しい面もありますが、栄養士による具体的な食事プランの提案や、運動指導士による個々人に合わせた運動メニューの作成は患者さんのモチベーション維持に大いに役立ちます。実際、栄養士・運動療法士・肝臓医・糖尿病医などが連携した脂肪肝クリニックでは、単科で治療するより優れた結果(体重減少、肝機能改善、コレステロール低下など)が報告されています。ある研究では5年間のフォローでALT正常化36.7%、5%以上の体重減少達成者が26.7%にのぼったとのことで、チーム医療の威力が示唆されています。

各専門家が情報を共有しながら協調して診療に当たること(多職種連携)で、患者さん一人ひとりに最適な包括的ケアが提供できます。脂肪肝という共通のテーマのもと、「肝臓も心臓も糖尿も全部まとめて診る」くらいの意気込みでチームが連携することが、MASLD患者さんの予後を大きく向上させると期待されています。

検査のタイミングと継続的フォローアップの必要性

脂肪肝の管理では継続的な経過観察も欠かせません。一度の検査で問題なくても、時間の経過とともに肝臓の状態は変化しうるからです。例えば、若い頃は単純な脂肪肝だった人が加齢や糖尿病の発症でNASHに進行することもありますし、逆に体重減少や生活改善で脂肪肝が治る場合もあります。したがって、リスク因子を抱える人では適切な時期に定期的なチェックを受けることが望まれます。

具体的には、肥満や糖尿病、メタボリスクのある人は30~40代から脂肪肝の有無を一度評価しておくと安心です。健診の腹部エコーや血液検査で異常を指摘されたら放置せず詳しい評価につなげましょう。初回の詳しい検査で肝線維化のリスクが低いと判定されても、1~2年に一度はFIB-4指数を再計算するか肝臓の超音波検査を受けることをお勧めします。特に糖尿病患者さんでは毎年でもチェックしたほうが安心です。繰り返しになりますが、肝酵素(ALTやγ-GT)が正常でも油断は禁物です。肝臓の数値より先に線維化が進むケースもあるため、糖尿病や肥満がある場合には定期的に肝線維化リスクをスクリーニングすることが推奨されています。

フォローアップの内容は患者さんの状態によります。軽度の脂肪肝であれば主治医のもとで年1回程度の血液検査・超音波で経過を見ます。NASHと診断され線維化が進んでいる場合は、3~6か月毎に肝機能や線維化マーカーをチェックし、必要に応じてFibroScanで肝硬度を測定します。肝硬変まで進んだ場合は、消化管出血予防の内視鏡チェックや腹水コントロール、そして半年毎の肝がんサーベイランスが生涯にわたって必要です。このように脂肪肝は「見つけて終わり」ではなく、状態に応じて適切な間隔で継続監視し、状況に応じて治療方針をアップデートしていく疾患です。

幸い、経過中に新しい治療法が登場したり、専門医との連携で状況が改善したりすることもあります。特に現在は脂肪肝治療の新薬が次々と開発されている時期ですので、フォロー中に適切な治験などをご紹介できるかもしれません。いずれにせよ、大事なことは「症状がないから」と自己判断で通院を中断しないことです。医師と相談しながら定期フォローを続け、肝臓の状態を把握しつつ生活改善を積み重ねていきましょう。

■無症状でも放置しないで!一般の方へのメッセージ

脂肪肝(MASLD)は一見地味な病気ですが、実は「沈黙の臓器」肝臓からの重要なサインです。肝臓に脂肪が溜まっているということは、生活習慣や代謝に何らかの問題が起きている証拠でもあります。放っておいても痛みなどの症状は出ないかもしれません。しかしその陰で、着実に肝臓の線維化が進み、さらには糖尿病や心筋梗塞など将来の深刻な病気の芽が育っている可能性があります。実際、脂肪肝の患者さんはそうでない人に比べて心疾患や肝がんで命を落とすリスクが高いことが分かっています。「ただの脂肪肝」と軽く考えず、ぜひ早めに生活を見直していただきたいのです。

健診結果を見直してみましょう。もし、「肝機能の数値が高い(ALTやASTの上昇、γ-GT上昇)」と言われた方、あるいは「エコーで脂肪肝を指摘された」方は、それがご自身への警告サインだと思ってください。その段階で対策すれば、肝臓はまだまだ元に戻せます。逆に何年も放置して肝硬変や肝がんの症状(お腹の張り、黄疸、むくみなど)が出てからでは、肝臓のダメージは取り返しがつかない段階になっているかもしれません。幸い、脂肪肝は生活習慣の改善によって良くなる可能性が十分にある病気です。適切に体重を落とし、食事内容を改善し、運動習慣をつければ、多くの方で肝臓の数値は正常化し脂肪肝が解消します。そしてそれは同時に、糖尿病や心臓病の予防にもつながります。

「早期発見と代謝改善が鍵!」――まさにこのテーマの通りです。脂肪肝は早めに見つけて対処すれば怖くありません。ぜひご自身の肝臓にも関心を持っていただき、無症状の今から行動を起こしましょう。健康診断の結果で気になる点があれば放置せず医師に相談し、必要なら専門の医療機関で詳しく調べてもらってください。そして結果を踏まえて生活習慣を改善し、適切なフォローアップを受ければ、将来の大きな病気を未然に防ぐことができます。脂肪肝は「沈黙の警告」を発しています。その声に耳を傾け、今日からぜひ肝臓と全身の健康づくりに取り組んでみてください。あなたの肝臓はきっと応えてくれるはずです。

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