病気と健康の話

【肺炎】《STOP肺炎》第2回:インフルエンザはなぜ肺炎を引き起こす?予防接種の重要性

■肺炎は日本人の主要な死因の一つ、インフルエンザには注意を

肺炎は、日本人の死亡原因ランキングで常に上位に入る重大な疾患です。特に65歳以上では肺炎による死亡率が急増し、高齢社会の日本では見過ごせない問題となっています。そんな肺炎の大きな引き金の一つがインフルエンザ(季節性インフルエンザ)です。インフルエンザは決して単なる「重い風邪」ではありません。高齢者や糖尿病・心疾患など基礎疾患のある方がインフルエンザにかかると、重症の肺炎に進展して命に関わることがあります。

実際、世界的に見るとパンデミック前の推計で、インフルエンザが毎年約50万人の死亡に関与していたとされています。その多くで肺炎が原因または一因となっていました。また日本国内でも、インフルエンザが誘因となる肺炎で毎年1万人前後の方が亡くなっていると推計されています。インフルエンザの流行期に肺炎患者が増えることからも、このウイルス感染症が肺炎の大きな誘因であることがわかります。さらに近年の研究では、インフルエンザ感染が肺炎だけでなく心筋梗塞など重篤な心臓の合併症リスクも増加させることが報告されています。このように、インフルエンザは肺炎を含む深刻な合併症につながる危険性があり、注意が必要です。

■ウイルス感染が肺炎の引き金になる仕組み

かぜやインフルエンザなどウイルス感染は、肺炎の誘因として非常に重要です。インフルエンザウイルスが体内に感染すると、気道や肺の防御システムにいくつかの変化が生じ、肺炎を引き起こしやすい状態になります。その一つのメカニズムが気道粘膜バリアの破綻です。ウイルス感染によって喉や気管支の粘膜上皮細胞がダメージを受けると、本来なら病原体の侵入を防ぐ粘膜バリアが弱まり、細菌が付着・侵入しやすくなります。例えばインフルエンザにかかった後には、肺炎球菌や黄色ブドウ球菌などによる二次性細菌性肺炎が起こりやすくなります。この二次感染がインフルエンザ患者の重症化の一因となります。実際、1918年のスペインかぜ流行時にも、多くの死者の原因はインフルエンザそのものよりも後から続発した細菌性肺炎だったことが知られています。

もう一つの重要なメカニズムは、インフルエンザ感染による免疫機能の低下です。私たちの体には本来ウイルスや細菌を排除する「生まれつき備わった免疫(自然免疫)」があります。しかしインフルエンザに感染すると、ウイルスに対する強い炎症反応が引き金となり、この自然免疫の働きが乱されてしまうことが分かってきました。2018年発表のNature Immunology誌の研究では、インフルエンザ感染によって肺の免疫細胞(好中球やマクロファージなど)の応答が妨げられ、肺炎球菌に対する防御力が低下する仕組みが明らかにされています。具体的には、人の鼻粘膜を使った実験で、インフルエンザ感染後には肺炎球菌が増殖しやすくなり、免疫細胞の集結や殺菌作用が低下する現象が観察されました。このときインフルエンザウイルスによって産生されるサイトカイン(免疫シグナル物質)の一種であるCXCL10が高濃度に存在すると、細菌の増殖が著明になる関連も示されています。つまりインフルエンザは、物理的な粘膜バリアの破綻と免疫制御機能の低下という二重のメカニズムで、肺炎発症のリスクを高めてしまうのです。

さらにインフルエンザウイルス自体が肺に直接感染し、ウイルス性肺炎を引き起こす場合もあります。インフルエンザによるウイルス性肺炎は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の肺炎ほど頻度は高くありませんが、高齢者や免疫力の低下した方では重篤化しうる合併症です。実際、インフルエンザ流行期にはウイルス感染と細菌感染の両方が関与する肺炎患者が増加することが報告されています。近年注目された大規模研究でも、インフルエンザなど先行するウイルス感染が肺の細菌バランスを乱し、その後の肺炎発症につながる可能性が示唆されています。このようにインフルエンザは、直接的(ウイルス性肺炎)にも間接的(二次性細菌性肺炎)にも肺炎の原因となりうるウイルスなのです。

■インフルエンザワクチンで肺炎を防ぐ

インフルエンザ感染による肺炎リスクが大きいからこそ、ワクチン接種による予防が非常に重要になります。インフルエンザワクチンを接種することで、インフルエンザそのものの発症を予防・軽減でき、結果としてそれに伴う肺炎や重症化も防ぐことが期待できます。実際、インフルエンザの合併症予防の観点から、毎年のワクチン接種が強く推奨されています。季節性インフルエンザワクチンは不活化ワクチンで、安全性が高く、副反応も比較的軽微なもの(接種部位の痛み、軽い発熱など)が主です。日本ではこのワクチンが定期接種(公費助成の対象)に指定されており、65歳以上の高齢者、および60~64歳で心臓・腎臓・呼吸器の重い基礎疾患がある方は公費により毎年接種を受けることができます。これらハイリスクの方では特にインフルエンザワクチン接種による肺炎予防効果が大きいため、必ず毎シーズン欠かさずワクチンを受けましょう。

近年、高齢者のインフルエンザ予防効果をさらに高める新しいワクチンとして、高用量インフルエンザワクチンが登場しました。通常のインフルエンザワクチンの4倍量の抗原(ヘマグルチニン(HA)抗原)を含む製剤で、欧米では既に高齢者向けに広く利用されています。高齢者では加齢に伴う免疫力低下(いわゆる免疫老化)により、標準的なワクチンでは十分な抗体ができにくい場合がありますが、高用量ワクチンは抗原量を増やすことでより強い免疫応答を引き出せるよう設計されています。事実、海外で7万人以上の高齢者を対象に行われた大規模臨床試験では、高用量ワクチン接種群は標準用量ワクチン接種群に比べてインフルエンザ発症を約24%追加で予防できたとの結果が報告されています。さらに補足解析では、インフルエンザに関連するあらゆる原因の入院を約7%、重篤な心肺イベント(肺炎や心不全増悪など)による入院を約18%それぞれ減少させたとのデータも示されました。こうした科学的根拠から、高用量ワクチンはインフルエンザによる重症肺炎や心肺合併症の発生を抑制する有力な手段として位置付けられています。

日本でも最新のインフルエンザ対策として、高用量4価インフルエンザワクチン「エフルエルダ®筋注」(サノフィ社)が導入予定となりました。2024年12月に製造販売承認を取得し、60歳以上の方を対象に「インフルエンザ予防」の適応で承認されています。エフルエルダ筋注は日本初の高用量インフルエンザワクチンであり、65歳以上の高齢者で高い有効性を示す点が最大の特徴です。先述のように海外試験で実証された優れた予防効果により、インフルエンザ関連肺炎や入院のリスク低減が期待できます。接種対象は原則60歳以上で、特に糖尿病や心肺疾患など基礎疾患を持つ方、介護施設などに入所中の方には強く推奨されています。なお高用量ワクチンは現在、公的定期接種ではなく自費診療での提供ですが、自治体によっては費用補助が検討される可能性もあります。接種後の副反応は標準ワクチンと比べてやや頻度が高い傾向がありますが、それでもほとんどが一過性の軽度~中等度の症状(接種部位の腫れや発熱・倦怠感など)で自然におさまります。リスクの高い方は主治医と相談の上、高用量ワクチンの選択も視野に入れると良いでしょう。

※最新情報: サノフィ社からの公式発表によれば、高用量インフルエンザワクチン「エフルエルダ®筋注」の日本国内での発売時期は、当初予定の2025年秋頃から2026年秋頃へ延期されました。現在詳細を調整中とのことで、2025/26シーズンには残念ながら接種を受けることができません。このため、高齢者やハイリスクの方々は当面は従来の季節性インフルエンザワクチンを毎年欠かさず接種し、しっかりと防御することが大切です。エフルエルダの提供開始が確定次第、改めて案内がなされる見込みです。

■感染対策もしっかりと

最後に、インフルエンザそのものを予防することが肺炎予防につながる点を改めて強調します。
インフルエンザ流行期には基本的な感染対策も欠かせません。

  • 手洗いやうがいを励行する
  • マスク着用や咳エチケット(咳やくしゃみをする際に口と鼻を覆う)の徹底
  • 体調が悪いときは無理をせず休養を取る

といった対策を心がけましょう。特に高齢者や乳幼児、ご家族にハイリスクの方がいる場合は、周囲の人も含めてインフルエンザの感染拡大防止に努めることが大切です。そして何より、毎年のインフルエンザワクチン定期接種の機会を逃さないことが肝要です。かつて肺炎は「老人の友」とも呼ばれましたが、現代ではワクチンや医学の進歩によってそのリスクを大きく下げることが可能になっています。インフルエンザワクチンと肺炎球菌ワクチンを上手に活用し、季節ごとの備えを万全に整えることで、大切な命を肺炎から守りましょう。

参考文献

  • 日本呼吸器学会 「ストップ!肺炎」(一般用WEB版)2024年, 22頁
  • Jochems SP, et al. “Inflammation induced by influenza virus impairs human innate immune control of pneumococcus.” Nat Immunol. 2018;19(12):1299-1308
  • Encyclopedia of Respiratory Medicine, 2nd ed. (2023), “Pneumonia: Overview”, pp.185-187
  • Centers for Disease Control and Prevention (CDC). Epidemiology and Prevention of Vaccine-Preventable Diseases (Pink Book) – Influenza Chapter (14th Edition, 2021)
  • Białka S, et al. “Severe Bacterial Superinfection of Influenza Pneumonia in Immunocompetent Young Patients: Case Reports.” J Clin Med. 2024;13(19):5665
  • Shinozaki T, et al. “A Case of Influenza B and Mycoplasma pneumoniae Coinfection in an Adult.” Case Rep Infect Dis. 2018;2018: Article ID 3529358scirp.org
  • Muñoz-Quiles C, et al. “Risk of Cardiovascular Events After Influenza: A Population-Based Self-Controlled Case Series Study, Spain, 2011–2018.” J Infect Dis. 2024;230(3):e722-e731academic.oup.com
  • Kwong JC, et al. “Acute Myocardial Infarction after Laboratory-Confirmed Influenza Infection.” N Engl J Med. 2018;378(4):345-353pace-cme.org

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