【肺炎】《STOP肺炎》第1回:肺炎球菌とは何か?予防のために知っておきたい基礎知識
■肺炎は日本人の主要な死因の一つ
肺炎は日本人の死亡原因ランキングで第5位に位置する重要な疾患です。特に高齢になるほど肺炎にかかりやすく重症化しやすいため、肺炎による死亡者の約98%を65歳以上の高齢者が占めています。公式統計上は誤嚥性肺炎が別項目になったことで順位が下がりましたが、誤嚥性肺炎も含めれば肺炎は実質的に日本人の死因第3位に相当すると指摘されています。肺炎の症状は発熱、咳、痰、息苦しさなど多岐にわたり、診断には診察や血液検査、胸部レントゲン検査などが用いられます。肺炎の原因となる微生物にはウイルスや細菌など様々ありますが、中でも肺炎球菌は肺炎の原因菌として最も頻度が高く(全肺炎の30~40%)重症化しやすい菌です。近年は肺炎球菌に対する抗生物質が効きにくい耐性菌の増加も報告されており、肺炎球菌感染症の予防対策がますます重要になっています。
肺炎球菌とはどんな菌?
肺炎球菌(ストレプトコックス・ニューモニエ)はグラム陽性の槍形をした球菌で、対になって存在することが多いため「双球菌」とも呼ばれます。ヒトの鼻や喉にしばしば常在し、健康な小児の約20~60%は鼻咽頭に肺炎球菌を保菌しているとの報告があります。一方、健康な成人の保菌率は5~10%程度と低いですが、環境や接触状況によっては成人でも一時的に保菌率が高まることがあります。肺炎球菌は主に飛沫(咳やくしゃみなど)や接触を介して人から人へ伝播します。鼻や喉に菌を保菌しているだけなら無症状ですが、気道や肺に侵入すると肺炎、中耳炎、副鼻腔炎などの原因となります。また血液や髄液など本来無菌の場所に菌が侵入すると侵襲性肺炎球菌感染症(IPD)と呼ばれ、敗血症や髄膜炎など重篤な状態を引き起こします。肺炎球菌には非常に多くの型(血清型)が存在することも特徴です。菌の表面を覆う莢膜多糖体の違いによって型が分類され、2020年時点で100種類以上の血清型が確認されています。実際に人に感染症を起こし得る血清型も100種類近くに及びますが、その中でも一部の型が肺炎球菌感染症の大部分を占めています。例えば、7価ワクチン(PCV7)導入前の米国では、小児の侵襲性肺炎球菌感染症の80%を7種類の血清型が占めていたと報告されています。ワクチン開発では地域ごとに主要な血清型を網羅することが重要なポイントとなります。しかし100以上ある全ての肺炎球菌型を一度に予防することは難しく、ワクチンでカバーされていない型による感染リスクは常に残ることになります。
肺炎球菌ワクチンと子どもたちの集団免疫
現在、肺炎球菌感染症の予防に最も有効な手段は肺炎球菌ワクチンの接種です。肺炎球菌ワクチンには大きく分けて、多数の型の莢膜多糖体を含む「ポリサッカライドワクチン(PPSV)」と、莢膜多糖体にタンパク質を結合して免疫反応を高めた「コンジュゲート(結合型)ワクチン(PCV)」があります。それぞれカバーする血清型の数が製品名に付けられており、PPSV23は23種類、PCV13は13種類の肺炎球菌型を対象としています。結合型ワクチンは乳幼児にも効果があり免疫記憶を誘導できる点が画期的で、2000年代以降に小児用のPCV7(7価)やPCV13(13価)が各国で定期接種に導入されました。日本でも2013年より乳幼児へのPCV13定期接種が開始され、小児の肺炎球菌感染症発生が劇的に減少しただけでなく、小児から家庭内や地域へ菌を持ち出す機会も減ったため、高齢者の肺炎球菌感染も減少するという恩恵が生まれました。このように、ワクチン接種によって非接種者も含め集団全体で感染症が減る効果を「集団免疫(herd immunity)」と呼びます。ワクチン導入後は、子どもの集団免疫効果で成人の肺炎球菌症の流行株も大きく変化しています。PCV導入前は成人の肺炎球菌感染症でもワクチンに含まれる型(ワクチン型)が多数を占めていました。しかし小児へのPCV定期接種でそれらの型が激減した結果、成人ではワクチン未収載の型(非ワクチン型)の割合が相対的に増加する現象が起きています。これを「血清型置換」と呼びます。例えばPCV13導入後、日本の小児において13価ワクチンで防ぐことができる型の感染が激減し、それに伴い高齢者の侵襲性肺炎球菌感染症(IPD)も同じ型が大幅に減少しましたが、一方でワクチン未収載だった血清型22Fや15Aなどが高齢者の肺炎球菌症で目立つようになったとの報告があります(血清型置換の一例)。つまり、小児へのワクチンで皆が守られる反面、それまで日陰にいた別の型が台頭してくるという“いたちごっこ”の側面もあるのです。このためワクチンは定期的に改良が重ねられ、カバーする血清型数を増やした新しい世代の肺炎球菌ワクチン(15価、20価など)が開発・導入されてきました。
高齢者への肺炎球菌ワクチン接種の現状(日本)
日本では高齢者の肺炎球菌ワクチンとして23価肺炎球菌莢膜ポリサッカライドワクチン(PPSV23、商品名ニューモバックス®NP)が2014年10月より定期接種に導入されました。定期接種の対象者は原則65歳になる年度に1回で、心臓・腎臓・呼吸器の重い障害がある60~64歳の方も含まれます。制度開始から2024年3月までは経過措置として、65歳以上でそれまで一度も肺炎球菌ワクチンを受けたことがない方に対し、5歳刻み(70歳、75歳、80歳…100歳)の年齢で1回ずつ公費接種の機会が設けられていました。この経過措置は2024年3月末で終了し、今後は65歳時のみが定期接種の機会となります。そのため、例えば今年時点で66歳以上のまだ接種していない方は、公費で受けられない可能性があり見逃しが懸念されています。該当する方は次の集団接種案内が届かなくても、ぜひかかりつけ医に相談し任意接種であっても早めにワクチンを受けておくことをお勧めします。定期接種で用いられているPPSV23は、23種類という幅広い型をカバーできる点が利点であり、日本人高齢者の肺炎の主な原因菌に対してこれまで広く接種が行われてきました。しかし前述のとおりワクチン未収載型の増加もあり、現在の日本の成人肺炎球菌症でPPSV23がカバーする割合は約44%にとどまるとの報告があります。これは日本全国10都県から報告された成人肺炎球菌症(肺炎およびIPD)の血清型データから推定された数値です。カバー率44%とは、裏を返せば半数以上はPPSV23では予防できない型による感染が起きていることを意味します。実際、近年増加傾向にある肺炎球菌性肺炎の原因菌として、血清型15A、23A、35Bなど(いずれも既存ワクチン未収載型)が注目されており、新たな対策が求められています。
■新しく登場するワクチンと期待される効果
肺炎球菌ワクチンの分野では近年、新世代の結合型ワクチンが次々に開発されています。米国では15価結合型ワクチン(PCV15、商品名バクネuvance®)や20価結合型ワクチン(PCV20、商品名プレベナー20®)が成人向けにも承認され、2022年以降、高齢者(65歳以上)に対する標準的な接種推奨ワクチンとなりました。今後はPCV15やPCV20の承認・導入が期待されています。さらにMSD社が開発した21価結合型ワクチン(PCV21、商品名キャップバックス®)は、日本で2025年8月に50歳以上および肺炎球菌感染リスクの高い成人への使用が承認されました。PCV21は従来のPCV13やPCV20には含まれない型(15A、15C、16F、23A、23B、24F、31、35Bなど)も追加されたワクチンであり、特に重症肺炎の要因となる型や近年成人で増加している型の多くを網羅しています。最新の日本のデータによれば、PCV20が成人肺炎球菌性肺炎の起因菌の約44%をカバーするのに対し、PCV21では約72%もの型をカバーできたと報告されています。これは現在流行している肺炎球菌の型の約7割を新ワクチンで予防できる可能性を示しており、高齢者の肺炎予防効果向上に大きく寄与すると期待されます。実際、米国テネシー州とジョージア州で2018~2022年に行われた前向きサーベイランス研究でも、成人の市中肺炎入院患者の13.8%が肺炎球菌性肺炎で、そのうち約70%はPCV21(V116)に含まれる血清型によるものだったと報告されています。このデータは、新しい21価ワクチンが導入されれば高齢者の肺炎入院を大幅に減らせる可能性を示唆するものです。
新世代ワクチンのもう一つの利点は、T細胞性免疫を介した“長期記憶”を誘導できることです。PPSV23など多糖体ワクチンは主にナイーブB細胞を刺激して抗体産生を促すため、時間経過とともに抗体価が低下しやすく、追加接種しても持続的なブースト効果は得られません。一方、結合型ワクチン(PCV)は多糖体に結合したタンパク抗原によってT細胞の助けを引き出し、B細胞の免疫記憶を形成できることが明らかになっています。乳幼児で実証されているように、結合型ワクチンはより長期間にわたる予防効果が期待できるのです。これまでPPSV23では抗体価低下に合わせ5年ごとの追加接種が推奨されてきましたが、結合型ワクチンの登場により、高齢者への肺炎球菌ワクチン戦略も見直され、より効果的な新ワクチンの活用や接種スケジュールの最適化が検討されるでしょう。
肺炎球菌ワクチン接種方法:初めて接種する方と、既に接種した方の場合
●これまでに肺炎球菌ワクチンを一度も接種したことがない場合
65歳を迎える方は定期接種の機会を利用してまずPPSV23を1回受けることができます。もし65歳を過ぎてまだ接種していない場合も、公費助成はなくなりますが任意接種で早めに受けておくことをお勧めします。現在は新しい結合型ワクチンも利用可能になりつつあり、選択肢としてはPPSV23単独接種に加え、PCV15やPCV20などの接種を検討することもできます。より広い予防効果を狙ってポリサッカライドと結合型の両方を受ける場合には、基本的に結合型ワクチン(PCV15など)を先に接種し、1年後~4年以内にPPSV23を追加する順番が推奨されています。一度の接種で得られる免疫効果はおよそ5年間ほど持続し、その後徐々に低下します。したがって最初の接種から5年以上経過した場合は、医師と相談の上で追加のワクチン(状況に応じてPPSV23の再接種やPCVの接種)を受けることが望ましいでしょう。
●過去に23価肺炎球菌ワクチン(PPSV23)を接種したことがある場合
以前にPPSV23を受けてから時間が経っている方は、当時得た免疫が年数とともに低下している可能性があります。PPSV23初回接種後の効果は3~5年で低下するとされており、日本では初回接種から5年以上経てば2回目の接種(再接種)が可能です。しかしながら、PPSV23を繰り返し接種することによる予防効果の上乗せについては明確なエビデンスがないのが現状です。そこで現在は、新たに結合型ワクチン(PCV15またはPCV20)を追加接種して免疫を拡充することが推奨されています。具体的には、過去にPPSV23を受けた方でも1年以上の間隔をあければPCV20やPCV15を接種することが可能であり、従来の23価ワクチンでカバーされない血清型に対する予防効果が期待できます。例えば65歳時にPPSV23を接種済みの方は、1年後以降に15価または20価のワクチンを追加することで、それまで防げなかった型に対する免疫を獲得できます。その後、必要に応じて再度PPSV23を受ける場合には、結合型ワクチン接種後1~4年以内(かつ前回のPPSV23から5年以上経過後)に行うのが適切とされます。最終的な接種スケジュールは本人と主治医の話し合い(いわゆる共有意思決定)によって決定されますが、新しい結合型ワクチンは免疫記憶の誘導による長期効果が期待できるため、過去にPPSV23のみ接種した方にも有用と考えられています。ぜひ医療機関でご相談の上、最新の知見に基づいたワクチン追加接種を検討してください。 肺炎はかつて「老人の友」とも呼ばれましたが、現代ではワクチンや医療の進歩によってそのリスクを大きく減らすことが可能です。定期接種の機会を上手に活用し、適切な時期に肺炎球菌ワクチンを接種することで、大切な命を肺炎から守りましょう。
参考文献
- 日本呼吸器学会 「ストップ!肺炎」(一般向けWeb版)2024年 igaku.co.jp
- 日本呼吸器学会 「ストップ!肺炎」(医療者向け)2025年 igaku.co.jp
- Centers for Disease Control and Prevention (CDC). Epidemiology and Prevention of Vaccine-Preventable Diseases (Pink Book) – Pneumococcal Disease Chapter (14th Edition, 2021) cdc.govcdc.gov(肺炎球菌の微生物学的特徴と疫学データ)
- Maeda H, Ito I, Sando E, et al. “Serotype distribution among adults with community-acquired pneumococcal pneumonia in Japan between 2019 and 2022: a multicenter observational study.” Hum Vaccin Immunother. 2025; 21(1): 2518847kansensho.or.jp(成人肺炎球菌肺炎の血清型分布に関する日本の最新研究)
- Grijalva CG, et al. “All-Cause and Pneumococcal Community-Acquired Pneumonia Hospitalizations Among Adults in Tennessee and Georgia.” JAMA Netw Open. 2025; 8(8): e2524783pubmed.ncbi.nlm.nih.gov(米国における成人肺炎入院と肺炎球菌ワクチン効果の解析)