病気と健康の話

【糖尿病予防】糖尿病は遺伝だけで決まらない:メタボローム研究が明らかにした“生活で変えられる糖尿病リスク”

このコラムでは、「メタボローム(血液中などにある小さな分子=代謝物の全体像)」研究が、将来の2型糖尿病リスクの“早期サイン”を捉え生活習慣の見直しにつながる形で、医学を前進させていることを、最新の大規模研究を中心に解説します。また、行動に落とし込みやすい「修正可能な生活習慣要因」を整理します。 

■メタボロームが「遺伝学を超えて行動に移せる」理由

遺伝学は、「生まれつきの体質の設計図」に近い情報で、糖尿病リスクの一部を説明します。一方で、同じ遺伝的体質でも、体重・食事・運動・睡眠・喫煙などの環境要因で将来の糖尿病リスクが大きく変わることは、多くの方が直感的にも理解していると思います。ここで重要になるのが「メタボローム」です。

メタボロームとは、血液中などに存在するアミノ酸、脂質、胆汁酸、糖代謝関連物質など、多数の“代謝物”をまとめて捉えたものです。これらは、遺伝要因だけでなく、食事内容、運動量、肥満度、腸内環境などの影響を受けて変化しうるため、「今の体の代謝状態」を反映しやすい性質があります。

添付論文(Nature Medicine掲載の大規模統合研究)は、この“動く指標”としてのメタボロームを、遺伝情報(ゲノム)と生活習慣データとセットで解析し、「将来の2型糖尿病の発症に先立って現れる代謝物のパターン」と「そのパターンが、どの程度生活習慣に左右されるか」を同時に示しました。結論の一つは明快で、糖尿病に関連する代謝物群は、非関連の代謝物群よりも、肥満度(BMI)や身体活動、食事要因によって説明される“個人差”が大きい、という点です。つまり、メタボロームは単なるリスク予測ツールにとどまらず、「どこを変えれば代謝が良い方向へ動くか」を、分子レベルで可視化する“行動可能な地図”になりうる、ということです。

実際、食事パターン(健康的な植物性中心食、炎症・高インスリン負荷の食事、ヘム鉄が多い食事など)や、体重変化といった生活要因は、特定の代謝物プロファイル(複数代謝物の組み合わせ)として捉えられ、そのプロファイルが将来の糖尿病発症と結びつくことが、複数コホートで再現されています。たとえば健康的な植物性食に対応する代謝物プロファイルは糖尿病リスク低下と関連し、逆に炎症性・高インスリン性の食事に対応する代謝物シグネチャーは糖尿病リスク上昇と強く関連しました。

どこまで明らかになったか

論文は、2型糖尿病のない状態からスタートした参加者を長期追跡し、ベースライン(開始時点)の血中代謝物が、その後の糖尿病発症とどう結びつくかを検証した「前向き研究」を、10のコホートで統合したものです。解析対象は最大23,634人、追跡期間は最長26年、観察期間中に新規発症した2型糖尿病は4,000例でした。血中の代謝物は2つのLC–MS系プラットフォームで測定され、複数コホートに共通して測れた469種類の代謝物を統合(ハーモナイズ)して解析しています。

この研究が“遺伝学を超えて行動に移せる”方向へ踏み込めた理由は、単に「代謝物と糖尿病の関連」を大量に列挙しただけではなく、(1) 遺伝子変異と代謝物の関係(mQTL)を大規模に整理し、(2) 組織(肝臓・膵臓・内臓脂肪など)ごとの遺伝子発現制御(eQTL)とつなげ、(3) さらにBMI・身体活動・食事などの“変えられる要因”が、糖尿病関連代謝物のばらつきにどれだけ影響するか、そして「生活習慣 → 代謝物 → 糖尿病」という媒介(メディエーション)候補まで掘り下げた点にあります。最後に、複数代謝物を組み合わせた「44代謝物シグネチャー」を構築し、従来のリスク因子(年齢、BMIなど)に上乗せして将来リスク予測がどれほど改善するかまで評価しました。

ここで押さえておきたいのは、研究が扱うのは“診断”ではなく、“将来リスク”であることです。現在の血糖やHbA1cが正常でも、代謝物の一部は、インスリン抵抗性、肝臓脂肪、脂質代謝の乱れなど、糖尿病へ向かう生理学的変化を先回りして反映しうる、という位置づけです。実際、別の前向き研究でも、MESA(米国)とロッテルダム研究(オランダ)で、BCAA(分岐鎖アミノ酸)や糖代謝関連分子など複数代謝物が、発症約15年前からリスクと関連し、伝統的指標への上乗せ効果が検討されています。

糖尿病リスクの「前ぶれ」として見えた代謝物の全体像

添付論文の中心結果は、469代謝物のうち235種類が将来の2型糖尿病発症と有意に関連した、という点です。関連の強さは代謝物ごとに幅があり、標準偏差あたりの相対リスクは、0.67程度の“保護的関連”から、1.7程度の“リスク上昇関連”まで報告されています。しかも67種類は、過去の研究で十分に報告されてこなかった新規の関連として、胆汁酸、脂質、カルニチン、尿素回路、特定アミノ酸系など多領域に広がっていました。

特に理解しやすいのが「脂質のパターン」です。研究では複合脂質(中性脂肪に近いTAG、細胞内シグナルに関与するDAG、インスリンシグナル阻害やβ細胞障害と関連しうるセラミドなど)に、広範なリスク上昇方向の関連が見られました。一方で、コレステロールエステル(CE)や一部のリゾリン脂質、プラズマローゲン(抗酸化的機能が示唆される脂質群)などはリスク低下方向の関連が多く、脂質は「多い=悪い」という単純な話ではなく、脂質の種類・組成・代謝経路の違いが重要であることを示します。

アミノ酸では、分岐鎖アミノ酸(BCAA:バリン、ロイシン、イソロイシン)や、芳香族アミノ酸、アラニン、グルタミン酸、2-アミノアジピン酸など、インスリン抵抗性と結びつきやすい分子が多く含まれていました。ここは他研究とも整合的で、10年間の代謝物変化を追った米国の前向き研究では、イソロイシン、ロイシン、バリンが増えるほど、その後の糖尿病リスクが大きく上がる(標準偏差あたりのオッズ比がおよそ2前後〜2.7程度)ことが示されています。つまり「一時点の高さ」だけでなく、「年月をかけた上昇」そのものが、危険な軌道(代謝の悪化)を示唆しうる、という読み方ができます。

また、胆汁酸(肝臓で作られ腸内細菌でも変換される“消化液”でありながら、実は代謝を調整するシグナル分子でもある)や、カルニチン関連代謝物(脂肪酸をミトコンドリアで燃やす過程と関わる)も、糖尿病リスクと関連していました。こうした分子群は、食事内容や腸内環境と結びつきやすく、「メタボロームが生活習慣に介入可能な“代謝の弱点”を指し示す」という本稿のテーマに直結します。

遺伝学との統合で見えてきた「どの臓器の、どの仕組みが揺らいでいるか」

「代謝物が糖尿病と関連する」と言っても、それが“原因に近い信号”なのか、“結果としての反映”なのかは重要です。添付論文はこの点に踏み込み、最大18,590人のデータを用いて458代謝物についてGWAS(代謝物量に影響する遺伝子変異の探索)を行い、代謝物と遺伝要因の結びつきを整理しました。その結果、糖尿病関連代謝物にも多数の遺伝子座(mQTL)が見つかり、これらが脂質代謝・インスリン応答・胆汁酸シグナルなど、糖尿病病態に近い経路に機能的に集積していることが示されました。

一方で興味深いのは、「遺伝が説明する代謝物の個人差(R²)」自体は、糖尿病関連代謝物と非関連代謝物で大きくは変わらない、という点です(平均で数%程度の説明力)。つまり“遺伝の影響が弱いからメタボロームが重要”というより、「遺伝の影響はあるが、それだけでは説明しきれない代謝の揺らぎが、生活習慣や体脂肪分布などで上乗せされ、糖尿病リスクに結びつく」構図が浮かびます。

さらに、代謝物に関わる遺伝子変異(mQTL)と、47組織の遺伝子発現制御(eQTL)を突き合わせる解析で、糖尿病関連代謝物は、膵臓、内臓脂肪、甲状腺、消化管粘膜、血液など複数組織で遺伝子発現と共通の“原因変異”を共有しやすいことが示されました。糖尿病が「膵臓だけの病気」ではなく、肝臓・脂肪・筋・腸管など複数臓器の統合的な代謝破綻として進むことと整合します。

加えて、Mendelian randomization(MR)という手法で、代謝物→糖尿病の方向の因果に近い推定も行われています。添付論文では、複数の脂質や一部アミノ酸について、遺伝的に高い状態が糖尿病リスクと関連する可能性が示され、逆方向(糖尿病が代謝物を変える)の推定では、少なくとも多くの代謝物で強い関連が見られにくい(例外として“診断指標”でもあるグルコース)という結果でした。ここからは、「代謝物の一部は、発症後の結果である前に、発症へ向かう生理変化の早期シグナルでありうる」という位置付けが強まります。

同様に、米国MESAとオランダのロッテルダム研究を用いたNMRメタボロミクス研究でも、BCAA代謝、解糖系、グリセロ脂質代謝などの乱れが発症と関連し、遺伝的に高いBCAAやマンノースが糖尿病リスクと関連するというMR結果が報告されています。異なるプラットフォーム・異なる集団でも、似た「経路(パスウェイ)」が浮かび上がることは、臨床翻訳(実装)を考える上で重要です。

生活習慣がメタボロームを動かす「修正可能な介入点」

この論文が“行動”へつなげやすい最大の理由は、生活習慣要因と糖尿病関連代謝物の関係を、統計的に「どの要因がどれほど代謝物の個人差を説明するか」まで分解し、さらに「生活習慣 → 代謝物 → 糖尿病」という媒介候補を示した点です。具体的には、BMIは糖尿病関連代謝物のばらつきを非関連代謝物より大きく説明し、身体活動(PA)、食事要因(例:赤肉、野菜、コーヒー・茶など)も、糖尿病関連代謝物のほうでより強く関係していました。さらに、BMIや身体活動と糖尿病リスクの関係に“介在しうる”代謝物が多数見つかり、BMIでは148、身体活動では50、コーヒー・茶では74、赤肉では6の代謝物が媒介候補として報告されています。

この枠組みは、他の欧米研究とも重なります。たとえば「健康的な植物性中心食」を、単なる自己申告の食事スコアではなく、複数代謝物の組み合わせ(代謝物プロファイル)で捉えると、そのプロファイルが糖尿病リスク低下と関連し、トリゴネリン(コーヒー由来の代謝物)、ヒッパ尿酸(ポリフェノールと腸内細菌代謝の関与が示唆される)、イソロイシン、特定のTAG群などが、食事→糖尿病の関係を部分的に説明しうる、という結果が報告されています(糖尿病リスクは、プロファイル1SD上昇でHR 0.81〜0.77程度)。

逆方向の例として、炎症性・高インスリン性の食事パターン(加工肉や精製穀物などを多く含みやすい“炎症・高インスリン負荷”の食事スコア)に対応する代謝物シグネチャーは、糖尿病リスクの大きな上昇と関連しました(最上位四分位と最下位四分位の比較でHRが約3前後〜4前後)。つまり、食事の“質”は、体重だけでなく、炎症や高インスリン状態へ向かう代謝の組み換えとして血液中に刻まれ、それが発症リスクの強いシグナルになりうる、ということです。

赤肉については「ヘム鉄」という具体的な介入点が示されています。米国の大規模長期追跡(20万人超)では、ヘム鉄摂取量が高いほど糖尿病リスクが上昇し(最高五分位 vs 最低五分位でHR 1.26)、非ヘム鉄では同様の関連が見られにくく、ヘム鉄が赤肉摂取と糖尿病の関連の一部を説明しうることが示されました。さらにヘム鉄摂取は、Cペプチド(インスリン分泌・負荷の指標)、中性脂肪、炎症(CRP)など不利な生体指標、そしてバリンや尿酸などの代謝物と結びつき、いくつかは“媒介候補”として挙げられています。赤肉を「やめる/食べる」の二択ではなく、「量」「頻度」「置き換え」「鉄の形(ヘム/非ヘム)」という具体策に落とせるのが、メタボローム研究の強みです。

体重についても、「今のBMI」だけでなく「将来の体重増加のしやすさ」を代謝物で捉える試みが進んでいます。米国の医療専門職コホートを用いた研究では、BMIの長期変化(BMIスロープ)を予測する代謝物スコアを作成し、そのスコアが、やせ群・過体重群では将来の糖尿病リスク上昇(HR 1.42、1.29/SD)と関連する一方、肥満群では同様の関連が弱い(有意でない)という“層別化”が示されました。これは、同じ「体重増加」でも、出発点の体型によって代謝の背景が異なり、予防の設計を変える必要がある可能性を示唆します。

乳製品も一枚岩ではありません。スウェーデンの大規模コホートでは、同じ乳製品でも種類により糖尿病リスクとの関連が異なり、非発酵乳(>1000g/日 vs <200g/日でHR 1.40)やチーズ(>100g/日 vs <20g/日でHR 1.23)は高リスク方向、クリーム(>50g/日 vs <10g/日でHR 0.77)やバター(>50g/日 vs 0でHR 0.82)は低リスク方向、発酵乳は低リスク方向だが信頼区間が1をまたぐ、といった結果が示されています。さらに、各乳製品タイプに対応する代謝物プロファイルは重なりがほぼなく、「同じ乳製品でも体内での代謝応答が違う」ことが示唆されました。ただし観察研究であり、これだけで“バターを増やした方が良い”と短絡するのではなく、食事全体の質、体重、活動量とセットで考える必要があります。

最後に「まとめて効く生活習慣」です。スペインの一般住民コホートでは、食事・運動・喫煙・飲酒・BMIを合算した健康的生活習慣スコア(HLS)が高いほど糖尿病発症が低く(1点上昇あたりRR 0.69)、その関係のかなりの部分が、血中代謝物(中程度HDL粒子濃度やフェニルプロピオネートなど)によって説明されうることが示されました。つまり、生活習慣を“総合点”で良くすると、代謝物の組み合わせが変わり、その変化が発症抑制に結びつく可能性がある、という構図です。 以下に、研究で示された「修正可能な生活習慣要因」を、どの代謝サインと結びつきやすいか、行動のヒントとして整理します。 

修正可能な要因関連しやすい代謝サイン(例)研究での主要な観察点行動に落とすヒント(一般向け)
体重(BMI)・体重増加DAG/TAG、セラミド、BCAAなどBMIは、糖尿病関連代謝物のばらつきをより強く説明し、BMI→糖尿病の間を媒介しうる代謝物が多数示された。 体重変化を予測する代謝物スコアが将来の糖尿病リスクと関連。まず「体重が増え続ける軌道」を止める(食事の質+活動量+継続性)。短期の急激減量より“戻りにくい設計”が重要。
身体活動代謝物シグネチャー低下方向、脂質・アミノ酸の良い方向への偏り身体活動は糖尿病関連代謝物の個人差を説明し、媒介候補代謝物も同定された。 生活習慣総合スコアにも寄与。いきなり激しい運動より、週単位で“総量”を増やす(歩行・階段・筋力などを積み上げる)。
食事の炎症性・高インスリン負荷(加工肉・精製穀物などが多いパターン)炎症・高インスリン状態に対応する代謝物シグネチャー炎症性/高インスリン性の食事に対応する代謝物シグネチャーは2型糖尿病リスクと強く関連(四分位でHRが約3前後〜4前後)。まず「主食の質(精製→全粒へ)」「加工肉・甘い飲料の頻度」を下げ、野菜・豆類・ナッツなどの比率を上げる方向へ。
健康的な植物性中心食(全粒穀物・野菜・果物・豆・ナッツなど)トリゴネリン、ヒッパ尿酸、特定TAG群など健康的植物性食に対応する代謝物プロファイルは糖尿病リスク低下と関連し、一部代謝物が“説明割合”を持つ。「植物性=何でも良い」ではなく、精製炭水化物・砂糖飲料中心の“不健康な植物性”を避け、全粒・豆・野菜を主役に。
赤肉・ヘム鉄バリン、尿酸、脂質・炎症関連指標ヘム鉄摂取が高いほど糖尿病リスク上昇(HR 1.26)で、赤肉由来リスクの一部を説明しうる。“赤肉の量を減らす”だけでなく、植物性たんぱく・魚・鶏への置き換え、加工肉頻度の低減、鉄の摂り方(ヘム偏重回避)を意識。
乳製品の種類(発酵/非発酵など)乳製品タイプ別の代謝物プロファイル(重なりが少ない)非発酵乳とチーズは高リスク方向、クリーム/バターは低リスク方向など、タイプで関連が異なる。“乳製品を一律に良/悪で決めない”。体重・総摂取カロリー・食事全体の質と併せ、摂り方(量と種類)を調整。
喫煙・飲酒を含む生活習慣の総合点HDL粒子や腸内由来代謝物などを含む複合プロファイル生活習慣総合スコアが糖尿病発症と逆相関し、代謝物の組み合わせがその関係の一部を説明。“一つだけ頑張る”より、禁煙・体重・食事・運動をセットで底上げ。飲酒はエビデンスが一様でないため「飲めない人は始めない」が基本。

代謝物シグネチャーで何が変わるのか

論文は、44種類の代謝物を組み合わせたシグネチャー(スコア)を作り、従来の臨床リスク因子に追加すると、将来の糖尿病リスク予測が改善することを示しました。コホートによってAUCは幅があるものの、従来モデルにシグネチャーを加えるとAUCが上がり、シグネチャーが高い人ほど糖尿病発症率が高くなりました(最も低い群で約7.7%、最も高い群で約37.7%)。さらに全データ統合では、最上位10%は最下位10%の約5倍のリスクという形で、長期リスク層別化に使える可能性が示されています。

ただし、この“上乗せ効果”を過大評価しないことも重要です。英国の大規模研究では、NMRで測った代謝指標を主成分(PC)としてリスクモデルに追加すると、c統計量(判別能)が0.802から0.830へ改善するなど、改善は「有意だが中等度」と表現できる範囲でした。また、米国MESAとオランダのロッテルダム研究を用いたNMR研究でも、代謝物を加えることでC統計量が0.03〜0.05程度改善した一方、血糖など従来指標を含めると上乗せが小さくなる局面があることが議論されています。

このことは、メタボロームが「HbA1cや空腹時血糖を置き換える」ものではなく、「従来指標がまだ正常な段階でも、代謝の歪み(インスリン抵抗性や脂質代謝異常など)が進行しつつある人を、より早く拾い上げる」「生活習慣介入の効果を、体重や血糖だけでなく“代謝経路の動き”として追跡する」補助線として意味を持つ、という方向性を示します。添付論文自体も、観察研究であり因果の確定には介入試験が必要、MRも限界がある、プラットフォーム差もあるなどの制約を明確にしています。つまり現時点の最適な理解は、「メタボロームは、遺伝学の上に“現在進行形の代謝状態”を重ね、将来リスクの見取り図を精密化し、介入ポイントを具体化するための強力な追加情報」という位置づけです。 

最後に重要な臨床的示唆を一つ挙げるなら、メタボロームは“単一の善玉・悪玉物質”を探すより、「複数代謝物の組み合わせ(シグネチャー)」として捉えるほど、生活習慣や病態の複雑さを反映しやすい、という点です。植物性食、炎症性食、ヘム鉄、体重増加など、生活要因に対応する“代謝物の束”が描けるからこそ、遺伝学だけでは行き着きにくい「どの生活習慣を、どんな方向へ」へと話を落とし込みやすくなります。

■FAQ

Q.メタボロームを調べれば、遺伝子検査より糖尿病リスクが正確にわかりますか

遺伝子とメタボロームは役割が異なります。遺伝子は“体質の土台”ですが、メタボロームは体重、食事、運動などによって変化する“現在の代謝状態”を反映します。添付論文では、遺伝学と生活習慣の両方を統合することで、糖尿病関連代謝物の背景(臓器や経路)と、生活習慣がどの程度代謝物に関与するかが示されました。したがって「置き換え」ではなく「補完」と理解するのが妥当です。

Q.メタボロームは、生活習慣を変えると本当に変わりますか

少なくとも観察研究レベルでは「変わる可能性が高い」ことを示すデータが増えています。添付論文では、BMIや身体活動、食事要因が糖尿病関連代謝物の個人差を有意に説明し、媒介候補代謝物も同定されています。さらに、体重変化の軌道と結びつく代謝物スコアが将来の糖尿病リスクと関連する研究もあり、生活習慣と代謝物が長期的に結びつく構図が支持されます。 

Q.「健康的な食事」は、メタボロームではどう表れますか

“健康的”は抽象的ですが、最近は「特定の食事パターンに対応する代謝物プロファイル」として捉えられます。健康的植物性食に対応する代謝物プロファイルは糖尿病リスク低下と関連し、ヒッパ尿酸やトリゴネリンなどが関与しうる一方、炎症性・高インスリン性の食事に対応する代謝物シグネチャーは糖尿病リスク上昇と強く関連しました。つまり食事は、血液中に“代謝の指紋”として残りうる、という理解が近年の主流です。

Q.赤肉はどのくらい控えるべきですか

量の絶対値は個人の体格や活動量、全体の食事設計で変わるため一律には言えません。ただし、ヘム鉄摂取が糖尿病リスク上昇と関連し、赤肉由来リスクの一部を説明しうること、ヘム鉄がインスリン負荷・脂質・炎症など“好ましくない代謝プロファイル”と結びつくことが、大規模追跡研究で示されています。ここから実務的には、赤肉・加工肉の頻度を下げ、魚・鶏・豆類などへの置き換えを検討する、という方向が「代謝インサイトに基づく介入」として合理的です。

Q.メタボロームで予測できるなら、HbA1cや血糖検査はいりませんか

いいえ。メタボロームは、従来の危険因子やHbA1cに“上乗せ”して予測能を改善しうる一方、その改善幅は研究により中等度であり、従来検査を置き換えるものではありません。英国の大規模研究やMESA/ロッテルダム研究でも、上乗せ効果は確認されつつ、従来因子が既に捉えている情報が多いことも議論されています。現実的には、HbA1cや血糖などの標準検査を基盤に、必要に応じてメタボローム研究の知見を“生活習慣介入の精密化”に生かす、という位置づけが妥当です。 

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記事監修者田場 隆介

医療法人社団 青山会 まんかいメディカルクリニック 理事長

医療法人社団青山会代表。兵庫県三田市生まれ、三田小学校、三田学園中学校・同高等学校卒業。 1997(平成9)年岩手医科大学医学部卒業、町医者。聖路加国際病院、淀川キリスト教病院、日本赤十字社医療センター、神戸市立医療センター中央市民病院を経て、2009(平成21)年医療法人社団青山会を継承。 2025年問題の主な舞台である地方の小都市で、少子高齢化時代の主役である子どもと高齢者のケアに取り組んでいる。

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