【生活習慣】眠る時刻、食べる時刻、動く時刻―全身の細胞に時間情報を送る「巨大な制御システム」の医学―
はじめに ― 「何を」の前に、「いつ」という問い
健康の話題は、たいてい「何を」という問いから始まります。何を食べるか、どんな運動をするか。しかし、ここ数年の医学研究が繰り返し示しているのは、それと同じか、それ以上に「いつ」が効くという事実です。同じ食事でも、同じ運動でも、行う時刻が違えば、体の中で起こる反応は変わります。
その理由は、私たちの体が単なる化学反応の容れ物ではなく、24 時間という時間軸の上で動く精密機械だからです。ヒトの体はおよそ 37 兆個の細胞からできているといわれますが、その一つひとつが「時計遺伝子」と呼ばれる分子装置を持ち、およそ 24 時間周期で自律的に振動しています(Lee, Exp Mol Med 2021)。心臓の細胞も、肝臓の細胞も、脂肪細胞も、皮膚の細胞も、それぞれが「今が朝なのか夜なのか」を内部で知っているのです。
問題は、この無数の時計が勝手に動いてはいけない、という点にあります。全身の時計がばらばらに時を刻めば、消化の準備ができていない時刻に食事が入り、血圧を上げるべきでない時刻に血圧が上がり、細胞分裂を止めるべき時間に細胞が増えてしまう。だからこそ体には、これらの時計を毎日そろえ直す仕組みが備わっています。その合図となるのが、光であり、食事であり、運動であり、睡眠のタイミングです。
米国心臓協会(AHA)は 2025 年、『循環器代謝の健康における概日リズムの役割』と題する科学的声明を Circulation 誌に発表し、概日リズムの機能、振幅、そして明暗周期との整合性が生理的な健康に不可欠であることを、系統的に整理しました(Knutson, Johnson et al.,Circulation 2025)。毎日同じ時間に寝て、同じ時間に起き、同じ時間に食べ、同じ時間に動く。それは道徳的なお説教ではなく、全身の細胞に時間情報を配信する巨大な制御システムを正しく運転するための、具体的な操作手順なのです。本コラムでは、この「時間の医学」を、欧米の最新研究をもとに読み解いていきます。
1.体内時計は脳だけのものではない ― 全身に分散した時計のネット
ワーク
体内時計というと、多くの方は脳のどこかにある一つの時計を思い浮かべます。実際に中枢の時計は存在します。脳の視床下部にある視交叉上核(しこうさじょうかく、SCN)がそれで、約 2 万個の神経細胞とアストロサイト(星状膠細胞)から構成される、全身の指揮者にあたる部位です(Lee, Exp Mol Med 2021)。網膜が受け取った光の情報は網膜視床下部路を通ってこの視交叉上核に届き、ホルモン分泌と神経の連絡を介して、末梢の時計に「今が何時か」を伝えます。
しかし、指揮者だけでは音楽になりません。実際には、心臓、腎臓、膵臓、肺、肝臓、脂肪、骨格筋、皮膚、そして免疫細胞に至るまで、体のほぼすべての細胞が独自の時計を持っています(Aggarwal B et al., Nat Rev Cardiol 2026)。その分子的な仕組みは、驚くほど単純です。CLOCK と BMAL1 という二つのタンパク質が組んで多数の遺伝子のスイッチを入れます。
その中には、PER(ピリオド)と CRY(クリプトクローム)という、自分自身を止める働きを持つ遺伝子が含まれています。作られた PER と CRY が数時間かけて蓄積すると、CLOCK/BMAL1の働きが抑え込まれます。やがて PER と CRY が分解されると、再びスイッチが入ります。この「転写・翻訳フィードバックループ」が、およそ 24 時間で一巡します。
重要なのは、この時計が何を制御しているかです。CLOCK/BMAL1 の下流には、代謝、生合成、シグナル伝達、細胞周期にかかわる膨大な数の遺伝子が並び、組織ごとに異なる何千もの遺伝子が時刻依存的に発現しています(Lee, 2021)。さらに、タンパク質の合成やリン酸化、シグナル伝達の動態そのものにも、振幅は小さいながら 24 時間に近いリズムが観察されます(Aggarwal B et al., 2026)。
つまり私たちの体は、「常に同じ状態を保つ機械」ではなく、「一日の中で計画的に姿を変えていく機械」です。そして体内時計どうしの整合性が保たれていることは、寿命や健康寿命の延長と関連し、逆にその不整合は炎症の亢進、タンパク質恒常性の破綻、酸化還元バランスの異常と結びつくことが示されています(Aggarwal B et al., Nat Rev Cardiol 2026)。時計を合わせることは、比喩ではなく、細胞生物学の課題なのです。
2.時計を合わせる合図 ― 光・食事・運動という「ツァイトゲーバ
ー」
体内時計の固有周期はぴったり 24 時間ではなく、多くの人でわずかに長めです。放っておけば毎日少しずつずれていくため、外界の合図によって毎日リセットする必要があります。
この合図をドイツ語で「ツァイトゲーバー(Zeitgeber、時間を与えるもの)」と呼びます(Aggarwal N et al., Ann Neurosci 2026)。
最も強力なツァイトゲーバーは光です。朝の強い光は時計の位相を前へ進め(早寝早起きの方向へ)、夜の光、とくに青色成分の強い光は時計を後ろへ遅らせます。AHA の 2025 年科学的声明は、夜間はわずか 100 ルクス程度の明るさでもメラトニン分泌が抑制されうると指摘しています(Knutson, Johnson et al., Circulation 2025)。深夜のコンビニエンスストアや、自室の天井照明の明るさは、これをはるかに上回ります。私たちは自覚のないまま、毎晩、体内時計に「まだ昼だ」という誤った信号を送り続けている可能性があるのです。
一方、末梢の臓器にとっては、光よりも食事のほうが強い合図になります。食事の時刻は肝臓、膵臓、脂肪組織などの時計を直接動かし、皮膚の時計の同期にも関与すると考えられています(Aggarwal B et al., Nat Rev Cardiol 2026)。運動もまた独立したツァイトゲーバーであり、骨格筋の時計に働きかけると同時に、中枢時計の位相にも影響します。さらに体温は、多くの末梢の時計にとって強力な同期因子であり、睡眠に伴う体温の低下そのものが、時計を整える役割を担っています(Aggarwal B et al., 2026)。
ここから導かれる結論は明快です。光・食事・運動・睡眠のタイミングは、それぞれ独立に、しかし協調して全身の時計を合わせている。であれば、これらの時刻を毎日一定に保つことは、全身のすべての細胞に対して「今が何時か」という同一の情報を一斉に配信する行為にほかなりません。逆に、就寝時刻がばらばらで、食事の時刻も日によって変わり、運動する時間帯も定まらないという生活は、細胞ごとに違う時刻を伝えてしまう状態、すなわち体内での「時差」を作り出す行為だといえます。
3.ずれると何が起きるか ― 「社会的時差ボケ」という現代病
体内時計の乱れが健康に及ぼす影響は、もはや理論上の話ではありません。わかりやすい例が「社会的時差ボケ(ソーシャル・ジェットラグ)」です。平日は早く起き、休日は遅くまで寝る。この平日と休日の睡眠時刻のずれは、時差のある土地へ毎週飛行機で往復しているのに似た負荷を体にかけます。
AHA の 2025 年科学的声明によれば、社会的時差ボケは過体重・肥満のオッズが 23%高いことと関連し、入眠時刻のばらつきが 1 時間大きいことは腹部肥満のオッズが 25%高いことと関連していました。さらに、不規則な睡眠パターンを持つ人では 2 型糖尿病のリスクが 2〜3倍に達するという報告も紹介されています(Knutson, Johnson et al., Circulation 2025)。
食事の時刻についても同様です。同じ声明は、朝食を午前 8 時前にとる人に比べ、午前 9 時以降にとる人では 2 型糖尿病の発症リスクが 59%高いという疫学データを取り上げています(Knutson, Johnson et al., 2025)。これは観察研究に基づく関連であり、朝食の時刻だけが原因と断定できるものではありません。それでも、食事の内容とは別に時刻という軸が代謝と関連しうることを示す所見として重要です。
より極端な形が交代勤務です。夜勤や交代勤務に従事する人では、規則的な勤務の人に比べて心血管疾患の発症率が高く、交代勤務と時差ボケはメタボリック症候群の発症とも関連づけられています(Aggarwal B et al., Nat Rev Cardiol 2026)。その背景にある機序として酸化ストレスと全身性炎症が、そして結果として現れる病態として代謝の乱れ、肥満と糖尿病、抑うつと不安、老化の加速が挙げられています。実際、睡眠が不足している人では CRPや IL-6 といった炎症マーカーが上昇し、動脈硬化の進行と関連することが示されています(Aggarwal B et al., Nat Rev Cardiol 2026)。
循環器の観点でとくに重要なのが、夜間に血圧が下がる「夜間降圧(ノクターナル・ディッピング)」の消失です。健康な人では睡眠中に血圧が生理的に低下しますが、睡眠の分断や睡眠時無呼吸はこの夜間降圧を妨げ、心拍変動を低下させます。心拍変動の低下は心血管リスクの上昇を示す指標であり、逆に高い心拍変動はより高い心血管レジリエンス(回復力)を反映します(Aggarwal B et al., 2026)。夜の血圧は、日中の診察室では見えない重要な情報なのです。
4.「何時間寝たか」より「毎日同じ時刻に寝たか」 ― 睡眠規則性の
エビデンス
長らく、睡眠をめぐる議論は「何時間眠るか」に集中してきました。しかし近年、それ以上に強力な指標が浮上しています。睡眠の規則性です。
英国バイオバンクの 60,977 人を対象とした前向き研究(Windred et al., Sleep 2024)は、加速度計で測定した「睡眠規則性指数(Sleep Regularity Index; SRI)」と死亡リスクの関係を検討しました。SRI は、24 時間の中のある時刻に眠っているか起きているかが、前日と一致している確率を数値化したものです。平均 6.3 年の追跡期間中に 1,859 人が死亡しましたが、SRI が上位 20%の人は下位 20%の人に比べ、全死亡のハザード比が 0.70(95%信頼区間0.59〜0.83)、すなわちおよそ 30%低いという結果でした。
この研究が画期的だったのは、同じ集団の中で睡眠時間の効果と直接比較した点にあります。
睡眠時間で最も良好だった群のハザード比が 0.76 であったのに対し、規則性のほうがより強い関連を示し、統計モデルの当てはまりの良さ(赤池情報量規準)でも規則性のみのモデルが優れていました(Windred et al., 2024)。「何時間眠ったか」よりも「毎日同じリズムで眠ったか」のほうが、死亡リスクをよく説明したのです。
心血管イベントについても、同様の知見が得られています。72,269 人の英国成人を加速度計で平均 7.8 年追跡した研究(Chaput et al., J Epidemiol Community Health 2024)では、睡眠規則性指数によって「規則的(87.3 超)」「中等度に不規則(71.6〜87.3)」「不規則
(71.6 未満)」の 3 群に分類されました。規則的な群を基準とすると、不規則な群の主要心血管イベント(心筋梗塞、脳卒中、心不全など)のハザード比は 1.26(95%信頼区間 1.16〜1.37)、中等度に不規則な群では 1.08 でした。
そして最も示唆に富むのが次の点です。この研究では、年齢に応じた推奨睡眠時間を満たしているかどうかで層別解析が行われました。中等度に不規則な群では、推奨睡眠時間を満たした場合のハザード比は 1.07(95%信頼区間 0.96〜1.18)で、統計学的に有意ではありませんでした。ところが不規則な群では、推奨睡眠時間を満たしていてもハザード比 1.19(95%信頼区間 1.06〜1.35)と、リスクの上昇が残りました(Chaput et al., 2024)。十分に眠ることは大切ですが、睡眠時間だけで規則性の乱れを埋め合わせることはできない、ということです。
こうした流れを受けて AHA は 2025 年、睡眠の健康を「規則性・リズム性、満足度・質、覚醒度、タイミング、効率、時間、睡眠の分断、睡眠構築」という 8 つの次元で捉える科学的声明を発表しました(St-Onge, Grandner et al., Circ Cardiovasc Qual Outcomes 2025)。
そのリストの筆頭に置かれているのが、規則性・リズム性です。睡眠の評価は「時間」という一次元から、多次元の評価へと移りつつあります。
5.食べる時刻が肝臓と膵臓の時計を回す ― 時間制限食のエビデンス
食事は末梢時計にとって最強の合図です。したがって、食べる時間帯を毎日一定の枠に収めることは、肝臓や膵臓、脂肪組織の時計を安定させる、きわめて直接的な介入になります。
この考え方を臨床応用したのが「時間制限食(Time-Restricted Eating; TRE)」です。2024 年に Annals of Internal Medicine 誌に発表された TIMET 試験は、この分野で数少ないランダム化比較試験の一つです(Manoogian et al., Ann Intern Med 2024)。メタボリック症候群を有する成人 108 人を対象に、標準的な生活習慣指導に加えて 1 日の食事を 8〜10 時間の枠に収める群と、指導のみの群に無作為に割り付けました。食事の枠は、起床の 1 時間以上あとに始まり、就寝の 3 時間以上前に終わるよう、個人ごとに設定されています。
結果として、時間制限食群では HbA1c(過去 1〜2 か月の平均血糖を反映する指標)が有意に低下し、体重、BMI、体幹部の脂肪がいずれも対照群より 3〜4%大きく減少しました。注目すべきは、除脂肪量、すなわち筋肉量の有意な減少が見られなかった点です(Manoogian etal., 2024)。総摂取カロリーを厳密に制限する介入ではなく、「食べる時間の枠を決める」というそれだけの介入で、これだけの代謝改善が得られたことになります。
なぜ夜遅い食事が不利なのでしょうか。ここでメラトニンが関与します。メラトニンは夜になると松果体から分泌される「夜のホルモン」ですが、その作用は睡眠の誘導にとどまりません。膵臓の β 細胞にもメラトニン受容体が存在し、メラトニン濃度が高い時間帯にはインスリン分泌が抑制される方向に働きます。このため、メラトニンが高値をとる深夜の食事では、同じ量の糖質でも血糖が上がりやすくなると考えられています。ただしこれは概念モデルとして提唱されている機序であり、その大きさには個人差(メラトニン受容体遺伝子の型など)があることも知られています。夜間の絶食を軸として、ツァイトゲーバーと食事時刻を組み合わせ、代謝を整えるという枠組みは、2026 年に Annals of Neurosciences 誌で示された概念モデルでも中心に据えられています(Aggarwal N et al., Ann Neurosci 2026)。
ただし公平を期すために付け加えると、ヒトを対象とした時間制限食の研究結果は必ずしも一致していません。メタボリック症候群や肥満のある人では効果が現れやすい一方、もともと健康な人では差が出にくく、食事の枠の長さ、時間帯が早いか遅いか、そして体重減少がどの程度伴ったかによって結果が変わることが指摘されています(Aggarwal B et al., NatRev Cardiol 2026)。つまり時間制限食は万能薬ではなく、「代謝に問題を抱えた人ほど恩恵が大きい介入」と理解するのが妥当です。
6.運動もまた時刻の合図 ― 「いつ動くか」で結果が変わる
運動は、それ自体が強力なツァイトゲーバーです。そして、運動する時刻によって健康アウトカムが変わりうることを示すデータも蓄積しています。
英国バイオバンクの、肥満を有する成人 29,836 人(平均年齢 62.2 歳)を平均 7.9 年追跡したDiabetes Care 誌の研究は、加速度計で測定した中〜高強度身体活動(MVPA)を、行われた時間帯によって朝・昼・夜に分類しました(Sabag et al., Diabetes Care 2024)。MVPA をほとんど行わない群を共通の基準としたとき、全死亡のハザード比は、夜に行う群で 0.39(95%信頼区間 0.27〜0.55)、朝に行う群で 0.67(0.56〜0.79)でした。心血管疾患の発症は夜0.64(0.54〜0.75)に対し朝 0.83(0.76〜0.91)、細小血管障害は夜 0.76(0.63〜0.92)に対し朝 0.79(0.70〜0.89)。2 型糖尿病を有する 2,995 人のサブグループでは、夜に運動する群の全死亡ハザード比が0.24(0.08〜0.76)と、さらに強い関連が観察されています。
もっとも、これは観察研究であり、「夜に運動すれば長生きする」という因果関係を直接証明したものではありません。夜に運動できる人の生活背景、職業、もともとの体力が結果に影響している可能性は残ります。それでも、運動の「量」だけでなく「時刻」もアウトカムと関連するという事実は、重要な示唆を含んでいます。
時計の観点から見ると、運動時刻はリズムの位相を動かします。AHA の 2025 年声明は、午前7 時ごろの運動と、午後 1 時から 4 時ごろの運動が概日リズムの位相前進をもたらしたと報告しています(Knutson, Johnson et al., Circulation 2025)。一方で、夜遅い時間の激しい運動は、人によっては深部体温と交感神経活動を上げて入眠を妨げ、かえってリズムを乱すこともあります。
したがって実践上の要点は、「朝か夜か」を過度に思い悩むことではなく、自分が続けられる時刻を決め、その時刻に毎日行うことにあります。時刻が一定であれば、運動そのものが日々のリズムを固定する錨(いかり)として働きます。当院では運動療法に力を入れており、心肺機能や関節の状態、既往症を評価したうえで、生活時間に無理なく組み込める運動処方をご提案しています。
7.光は最強のツァイトゲーバー ― 朝の光を浴び、夜の光を減らす
すべてのツァイトゲーバーの中で、中枢時計に対して最も強く働くのは光です。そして光は、薬を使わずに時計を動かせる数少ない手段でもあります。
高照度光療法の効果は、体内時計のずれが顕著な集団でとくに明瞭に現れます。注意欠如・多動症(ADHD)は、その代表例として近年注目されています。2025 年に Frontiers inPsychiatry 誌に発表された展望論文(Perspective)によれば、ADHD のある成人の最大 80%、子どもの最大 82%が不眠や睡眠障害を経験し、最大 78%で睡眠・覚醒のタイミングが遅れています(Luu & Fabiano, Front Psychiatry 2025)。客観的な指標である「薄暗い光の下でのメラトニン分泌開始時刻(DLMO)」は、子どもで約 45 分、成人で約 90 分遅れていました。同時に、コルチゾールのリズムの平坦化と遅れ、松果体体積の減少、末梢の BMAL1・PER2 といった時計遺伝子のリズムの減弱も報告されています。
重要なのは、この位相の遅れが介入可能だという点です。同論文がまとめた小規模研究では、10,000 ルクスの高照度光療法によって DLMO が 31 分前進し、その位相前進の程度と ADHD 評価尺度(不注意・多動衝動性)の得点変化との間に有意な関連が認められました。ADHD と不眠を併存する小児を対象にメラトニンを 4 週間投与した研究では、DLMO が 44 分前進した一方、対照群では 13 分遅れ、総睡眠時間も 20 分改善しています。ただしこの 4 週間では、認知機能や問題行動そのものの改善は確認されていません。なお健常成人では、自然の明暗周期の中に 1 週間身を置くだけで DLMO が約 2.6 時間前進したという報告もあります(Luu &Fabiano, 2025)。
こうした知見をもとに、同論文は「行動療法優先」の臨床経路を提案しています。すなわち、起床時刻を固定すること、朝に明るい光を浴びること、夜間の光を制限しスクリーン衛生を保つこと、そしてツァイトゲーバー全体を規則化すること。メラトニンの使用は位相の遅れが確認または強く疑われる場合に限って、低用量で選択するという順序です(Luu &Fabiano, 2025)。なお日本ではメラトニン製剤は医師の処方が必要な医薬品であり、適応も限られています。海外の用量をそのまま自己判断で用いることは避け、必ず医療機関にご相談ください。
これは ADHD に限った話ではありません。朝、カーテンを開けて 15〜30 分ほど屋外の光を浴びる。夜は照明を落とし、就寝前のスマートフォンを控える。この二つは、あらゆる人にとって、体内時計を毎日リセットするための最も費用のかからない介入です。AHA の 2025 年声明が指摘するように、朝の明るい光は中枢時計を前進させ、夜間の光、とりわけ青色成分の強い光はこれを遅らせます(Knutson, Johnson et al., Circulation 2025)。室内の照明は屋外の自然光に比べて桁違いに暗く、朝に屋外へ出るという単純な行為の生理学的な意味は、私たちが考えているよりもずっと大きいのです。
8.時計の乱れと、がん・こころ ― 「発がん因子」としての夜勤
体内時計の話は、生活習慣病だけにとどまりません。
国際がん研究機関(IARC)は 2007 年、そして 2019 年の再評価においても、概日リズムを乱す交代勤務を「ヒトに対しておそらく発がん性がある(グループ 2A)」と分類しています(Lee,Exp Mol Med 2021)。世界人口のかなりの割合が夜間に人工光を浴びて生活し、多くの人が夜勤や交代勤務に従事している現状を考えると、これは公衆衛生上の大きな課題です。
分子レベルでも説明がついています。BMAL1 や PER といった時計遺伝子は、多くの文脈でがん抑制的に働き、c-MYC や E2F といったがん遺伝子産物(オンコプロテイン)の分解促進や、細胞周期の停止を通じて腫瘍の増殖を抑えます。動物実験では、Bmal1 や Clock の機能欠損が腫瘍形成を増加させ、慢性的な時差ボケや夜勤を模した環境が腫瘍の進行を促進することが示されています(Lee, 2021)。メラトニンもまた、単なる睡眠ホルモンではなく、概日リズムの同期作用を超えた抗腫瘍作用を持つ物質として研究が進んでいます。
この理解は治療にも応用されつつあります。抗がん剤の効果と毒性は投与時刻によって変わりうるため、投与時刻を最適化する「時間治療(クロノテラピー)」が研究されてきました。
転移性大腸がんを対象とした複数の臨床試験では、イリノテカン、オキサリプラチン、5-FUの時刻依存的な投与が検討されています(Lee, 2021)。腫瘍細胞の BMAL1 が失われると、薬剤感受性の時刻依存性そのものが消失することも報告されており、時計と治療効果の結びつきは分子レベルで裏づけられつつあります。
こころの領域にも同じ論理が及びます。睡眠の乱れはコルチゾールなどのストレスホルモンの上昇と、視床下部・下垂体・副腎系の過活動を介して抑うつや不安と強く関連し、不眠は最も頻度の高い睡眠障害の一つとして、それ自体が慢性のストレッサーになりえます
(Aggarwal B et al., Nat Rev Cardiol 2026)。前章で述べた ADHD と概日リズムの関係も、この文脈に位置づけられます。時計の乱れは、代謝と循環器だけでなく、免疫、発がん、そして精神の領域に横断的に影響する―これが現在の理解です。
おわりに ― 「規則正しい生活」は処方である
「規則正しい生活を」という言葉は、これまで漠然とした道徳的助言として語られてきました。しかし本コラムで見てきたように、それは全身に分散した無数の細胞時計に対して、毎日同じ時刻に同じ時間情報を配信するという、きわめて具体的な生理学的操作です。
エビデンスは一貫しています。睡眠の規則性は睡眠時間よりも強く死亡リスクを予測し(Windred et al., Sleep 2024)、不規則な睡眠による心血管リスクの上昇は十分な睡眠時間では相殺しきれません(Chaput et al., 2024)。食べる時間帯を 8〜10 時間の枠に収めるだ
けで、メタボリック症候群のある人の HbA1c と体幹脂肪は改善します(Manoogian et al.,Ann Intern Med 2024)。運動は行う時刻によって、光は朝か夜かによって、それぞれ異なる形で体内時計に働きかけます(Sabag et al., Diabetes Care 2024;Knutson, Johnson et al.,Circulation 2025)。
明日から始められることは、実はごく単純です。第一に、起床時刻を固定すること。就寝時刻よりも起床時刻のほうが操作しやすく、光を浴びる時刻を決めることにもつながります。
第二に、朝に光を浴びること。第三に、夕食を就寝の 3 時間前までに終えること。第四に、運動する時刻を決めること。第五に、夜の照明を落とすこと。この五つは、いずれも費用がかからず、全身の細胞に同時に届きます。ただし、糖尿病でインスリンやスルホニル尿素薬を使用中の方、妊娠中の方、成長期のお子さん、摂食障害の既往がある方、そして夜勤に従事している方では、食事の時間帯を制限することがかえって不利益になる場合があります。
食事や運動の時刻を大きく変える前には、主治医にご相談ください。
当院では、睡眠と概日リズムの乱れが疑われる方に対し、生活習慣の詳しい聞き取りに加え、CT や超音波による内臓脂肪・肝臓の評価、血糖・脂質・炎症マーカーの測定を組み合わせ、リズムの乱れが体にどのような形で現れているかを可視化したうえでご提案しています。日曜・祝日も診療しておりますので、平日に時間の取りにくい方や交代勤務の方もご相談いただけます。「よく眠れない」「夜勤で体調を崩しやすい」「食事や運動を頑張っているのに数値が改善しない」――そうした方は、生活の中から「時間」という軸が抜け落ちていないか、一度点検してみる価値があります。
FAQ ― よくあるご質問
Q1. 平日の睡眠不足は、週末の寝だめで取り返せますか?
部分的には回復しますが、代償もあります。平日と休日で睡眠時刻が大きくずれる状態は「社会的時差ボケ」と呼ばれ、AHA の 2025 年科学的声明では、過体重・肥満のオッズが 23%高いことと関連すると報告されています。また、入眠時刻のばらつきが 1 時間大き
いことは、腹部肥満のオッズが 25%高いことと関連していました(Knutson, Johnson etal., Circulation 2025)。睡眠負債を返す必要がある場合でも、起床時刻のずれは 1 時間以内にとどめ、不足分は早めに就寝することで補うほうが、体内時計への負担は小さくなります。休日の「昼まで寝る」は、体にとっては時差のある土地へ飛ぶのに近い出来事だとお考えください。
Q2. 睡眠時間さえ確保できていれば、寝る時刻はばらばらでも大丈夫ですか?
残念ながら、それでは不十分です。72,269 人の英国成人を加速度計で追跡した研究では、睡眠が不規則な群の主要心血管イベントのハザード比は 1.26 でした。しかも、年齢に応じた推奨睡眠時間を満たしていても、この不規則な群ではリスクの上昇が残りました(ハ
ザード比 1.19、95%信頼区間 1.06〜1.35)(Chaput et al., J Epidemiol Community Health2024)。英国バイオバンク 60,977 人の研究でも、睡眠の規則性は睡眠時間よりも強く全死亡を予測しています(Windred et al., Sleep 2024)。睡眠時間と規則性は、どちらか一方
では代替できない別々の要素だとお考えください。
Q3. 夜遅い食事はなぜよくないのですか。何時までに食べ終えるべきでしょうか?
夜間はメラトニンが分泌され、膵臓の β 細胞からのインスリン分泌が抑えられる方向に働くため、同じ食事でも血糖が上がりやすくなります(Aggarwal N et al., Ann Neurosci2026)。実際、AHA の 2025 年声明は、朝食を午前 9 時以降にとる人では、午前 8 時前にと
る人に比べて 2 型糖尿病の発症リスクが 59%高いという疫学データを紹介しています(Knutson, Johnson et al., Circulation 2025)。TIMET 試験では、起床の 1 時間以上あとに食べ始め、就寝の 3 時間以上前に食べ終える 8〜10 時間の枠を守ることで、HbA1c が
有意に低下し、体重・BMI・体幹脂肪が対照群より 3〜4%大きく減少しました(Manoogianet al., Ann Intern Med 2024)。まずは「就寝 3 時間前までに夕食を終える」を目標にされるとよいでしょう。ただし、糖尿病の内服薬やインスリンを使用中の方は低血糖の危険があるため、食事の時間帯を変える前に必ず主治医にご相談ください。
Q4. 運動は朝と夜、どちらがよいのでしょうか?
肥満のある成人 29,836 人を追跡した研究では、中〜高強度の運動をほとんど行わない群を基準として、夜に行う群の全死亡ハザード比が 0.39、朝に行う群が 0.67 と、夜の群でより強い関連が示されました(Sabag et al., Diabetes Care 2024)。ただしこれは観察研
究であり、因果関係の証明ではありません。一方で AHA の 2025 年声明は、午前 7 時ごろや午後 1〜4 時ごろの運動が概日リズムを前進させると述べています(Knutson, Johnsonet al., Circulation 2025)。実務的には、時刻の選択に悩むよりも「毎日同じ時刻に続
けられること」を優先し、就寝直前の激しい運動だけは避けるのが無難です。時刻を固定した運動は、それ自体が体内時計を安定させる合図になります。
Q5. 夜勤や交代勤務が避けられません。どうすればよいですか?
交代勤務は概日リズムを乱し、IARC は 2007 年および 2019 年の評価で、これを「ヒトに対しておそらく発がん性がある(グループ 2A)」と分類しています(Lee, Exp Mol Med2021)。心血管疾患やメタボリック症候群のリスク上昇も報告されています(Aggarwal B
et al., Nat Rev Cardiol 2026)。勤務そのものを変えられない場合でも、できることはあります。勤務パターンの中で可能な限り起床時刻と食事時刻を一定にすること、勤務明けの帰宅時には強い光を避けること、夜勤中の食事を深夜帯に集中させず量を抑えること、そして休日に極端な生活時刻の変更をしないことです。加えて、血糖・脂質・血圧・炎症マーカーを定期的に確認し、リズムの乱れが体にどう現れているかを早期に把握することをおすすめします。
参考文献
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※本コラムは医学的情報の提供を目的としたものであり、個別の診断・治療を代替するものではありません。気
になる症状がある方は医療機関にご相談ください。
記事監修者田場 隆介
医療法人社団 青山会 まんかいメディカルクリニック 理事長
医療法人社団青山会代表。兵庫県三田市生まれ、三田小学校、三田学園中学校・同高等学校卒業。 1997(平成9)年岩手医科大学医学部卒業、町医者。聖路加国際病院、淀川キリスト教病院、日本赤十字社医療センター、神戸市立医療センター中央市民病院を経て、2009(平成21)年医療法人社団青山会を継承。 2025年問題の主な舞台である地方の小都市で、少子高齢化時代の主役である子どもと高齢者のケアに取り組んでいる。
