病気と健康の話

【生活習慣】新年に見直す運動習慣 ― ミトコンドリアを増やす“強度”の医学

新年を迎えるにあたり、「ミトコンドリアを増やす」ことを目標に生活習慣を見直してみませんか。ミトコンドリアは細胞内でエネルギー(ATP)を生み出す小器官で、「細胞の発電所」とも呼ばれます。その機能や量は持久力や代謝に直結し、低下すると慢性疾患や加齢関連疾患のリスクが高まることが知られています。逆にミトコンドリアを増やし質を高めることは持久力向上だけでなく、糖尿病や心疾患など様々な慢性疾患を予防し健康寿命を延ばす鍵となります。本記事では、運動生理学・医療の最新エビデンスに基づき、ミトコンドリアを効果的に増やす生活習慣について詳しく解説します。

■ミトコンドリアと健康寿命の深い関係

ミトコンドリア機能の低下は加齢に伴う筋力低下(サルコペニア)や体力低下の一因であり、歩行速度低下や筋力低下など高齢者のフレイル指標とも強く関連しています。実際、加齢で筋肉のミトコンドリア容量は減少しますが、定期的な運動によってその低下は大幅に抑えられることが分かっています。ある研究では、適度な日常身体活動を維持している高齢者では、年齢によるミトコンドリア機能低下がほとんど見られず、さらに運動習慣を加えることで加齢の影響を「ほぼ打ち消す」ほど、ミトコンドリア容量が回復すると報告されています。またミトコンドリア容量が高い人ほど筋肉のエネルギー効率やインスリン感受性が良好であることも示され、これらが健康寿命延伸につながると考えられます。

さらに最新の研究は、ミトコンドリアの「質」すなわちミトコンドリアの構造的・機能的な健全性(ダメージを受けたミトコンドリアを除去し新生する能力)も健康長寿に直結することを示しています。ミトコンドリアの機能不全は過剰な活性酸素(ROS)発生や炎症を引き起こし、老化を促進する主要因となります。幸い、運動はミトコンドリアの「新生(バイオジェネシス)」と「自食作用(マイトファジー)」を活性化して損傷ミトコンドリアを排除し、質の高いミトコンドリアネットワークを維持します。例えば有酸素運動を1回行うだけで筋細胞内に新たなミトコンドリアを作るシグナルが作動し、一方で劣化したミトコンドリアの分解も促進されます。この「適度なストレスでミトコンドリアを鍛える」作用はミトホルミシスとも呼ばれ、運動や一部の化合物によって健康寿命を延ばす手段として注目されています。つまり定期的な運動習慣はミトコンドリアの量と質双方を高め、細胞レベルで老化を遅らせる最も有効な方法なのです。

■未経験者ほど顕著に得られる効果 ~初心者は「伸びしろ」十分~

「運動に今まで縁がなかった」という初心者の方こそ、実はミトコンドリアを増やす効果が最も得られやすい人たちです。近年の大規模な系統的レビューによれば、トレーニング前の体力(水準)が低い人ほど、運動による筋肉ミトコンドリアの増加率が大きいことが明らかになりました。この研究では6,000人近い参加者データを解析し、初期体力レベルによる差を検討しています。その結果、まったくの未訓練者では、有酸素運動トレーニングによって筋細胞内のミトコンドリア量が大きく増加し、元々トレーニングを積んでいた人よりも相対的な改善幅が大きかったのです。具体的には、以前ほとんど運動習慣がなかった人はミトコンドリア量が劇的に増え、適度に訓練された人と比べても有意に大きな伸びを示しました。これは「初心者ほど伸びしろが大きい」ことを科学的に裏付けるものです。

また別の研究では、65~80歳の高齢初心者でも高強度インターバル運動(後述)を12週間行ったところ、筋肉中のミトコンドリア容量が69%も増加し、若年層の増加率49%を上回ったとの報告もあります。興味深いことに、この高強度運動プログラムにより高齢者の筋細胞内では加齢によるミトコンドリア機能低下が「巻き戻し」され、まるで若返ったかのような分子変化が起きたとされています。このように、運動初心者や高齢者であっても、適切な運動刺激を与えれば短期間でミトコンドリアが著しく増え、体力が向上するのです。運動経験がないことを悲観する必要は全くありません。今から始めれば、誰でも細胞レベルで大きな変化を得られる可能性が十分にあると言えるでしょう。

■年齢・性別・健康状態に関係なく得られる運動効果

「若い人に比べて年寄りはもう遅いのでは?」「病気があると効果が出ないのでは?」と心配になるかもしれません。しかしエビデンスは明確に否定しています。運動によるミトコンドリア増加効果は、年齢・性別・疾患の有無にかかわらず一貫して認められることがメタ解析で示されています。前述のレビュー研究では、参加者を年齢(若年~高齢)、男女、持病の有無などで分類して解析しましたが、どのサブグループにおいても運動介入後のミトコンドリア増加率に有意差はなく、老若男女誰もが等しく恩恵を受けられる結果でした。例えば高齢の未訓練者でも若年者と同等にミトコンドリアを増やせることが示されており、加齢によって「適応する力」が失われることはないと結論づけられています。実際、この研究では「運動に対する適応能力は生涯にわたり維持され、性別や疾患の有無によって損なわれない」と強調されています。

さらに、病気を抱える人にとっても希望の持てるデータがあります。たとえば2型糖尿病や心臓病、高血圧などの持病がある中高年でも、適切な運動トレーニングにより筋肉中のミトコンドリア機能が改善しうることが報告されています。運動は疾患の有無に関係なくミトコンドリアを増やし、全身持久力(最大酸素摂取量)の向上も認められるため、リハビリテーションや予防医学の観点からも非常に重要です。

加えて、女性と男性で効果が異なることもありません。一部では「男性の方が筋肉がつきやすい」といった議論がありますが、ミトコンドリア増加に関して言えば性差は観察されていません。むしろ興味深いことに、有酸素運動による全身持久力(VO₂max)の向上率は女性の方が男性より大きかったとのデータもあります。いずれにせよ、運動による恩恵は老若男女・健康な人も持病がある人も分け隔てなく享受できるものです。実際、あるレビューでは「HIIT(高強度インターバルトレーニング)は高齢者や疾患を持つ人にも安全で有効であり、加齢に伴うミトコンドリアの質低下を防ぐ有望な手段である」と結論付けています。年齢や健康状態を理由に諦めず、自分に合った形で運動を取り入れることが大切です。

■忙しい人には短時間で効率最大の高強度インターバル運動

現代社会では「運動する時間がない」という方も多いでしょう。そんな忙しい方に朗報なのが、短時間でミトコンドリアを最大限増やせる運動法として注目される高強度インターバルトレーニング(HIT)です。HITとは文字通り高い強度の運動を短い休憩を挟みつつ繰り返すトレーニングで、特に全力に近い短いダッシュを繰り返すものは「スプリントインターバルトレーニング(SIT)」と呼ばれます。持続的な中強度運動(いわゆる有酸素ジョギングなど)と比べて時間効率が良いことは経験的に知られていましたが、近年のメタ分析でその効率の高さが定量的に示されました。具体的には、1時間あたりで比較すると、SITは持久走などの連続運動(ET)の約3.9倍、HITの約2.3倍も効率的に骨格筋ミトコンドリアを増加させたというのです。HIT自体もETより約1.7倍効率的であり、限られた時間で効果を最大化するには運動強度を上げるのが有効であることが裏付けられました。

興味深いのは、総合的な増加量では適度な持久運動も高強度インターバル運動も差がない点です。週あたりの運動量をしっかり確保できる人は、好みの強度で継続すればミトコンドリアは十分増えるということになります。しかし「週に数回・数十分しか運動時間を取れない」という忙しい人は、その短時間をできるだけ高強度にすることで時間当たりの効果を最大化できるわけです。実際、1回のHITセッションでも従来の長時間持久運動と同程度のミトコンドリア刺激効果が確認されています。そのため仕事や家事で忙しい方ほど、限られた時間で効率よく鍛えられるインターバル運動を取り入れるメリットが大きいでしょう。

例えば、30秒の全力疾走と数分の低強度歩行を交互に繰り返す運動を週数回行うだけで、筋肉の持久力向上やミトコンドリア増加が得られます。HITは心臓への負荷も大きいため最初は慎重に導入する必要がありますが、研究では高齢者や心疾患患者でも適切な監督のもと安全に実施でき、心肺機能とミトコンドリア機能を改善することが報告されています。もちろん継続が何より重要なので、自分の体力に応じて無理のない範囲から強度やインターバルを調整することが大切です。一方で、「ゆっくり長く歩くのとどちらが良いか?」という問いには、忙しい方には「短くても良いからキツめの運動を」とアドバイスできます。強度とボリューム(量)はトレードオフの関係にあり、強度が高ければ短時間でも効果を得られるからです。忙しい中でも賢く時間を使い、ミトコンドリアを元気にする習慣を始めましょう。

■Q&A:ミトコンドリアと運動に関するよくある質問

Q1. ミトコンドリアを増やすと本当に健康寿命が延びるのですか?

はい、エビデンスはミトコンドリア機能の向上が健康寿命延伸に寄与することを示唆しています。ミトコンドリアは身体機能維持に不可欠で、その量・質の低下は加齢に伴う筋力低下や慢性疾患の発症と深く関わります。運動でミトコンドリアを増やすと、持久力が上がるだけでなく糖代謝や心肺機能も改善し、結果的に生活自立度や疾患リスクの面で「生命の質(QOL)の向上」と「健康寿命の延長」につながると考えられています。実際、心肺持久力(最大酸素摂取量)の高さは死亡リスクの低さと強く相関することが大規模研究で示されました。運動負荷試験を行った12万2千人を長期追跡した研究では、最も体力が低い群は最も体力が高い群(“エリート”レベル)に比べ死亡リスクが5倍にも達したのです。逆に言えば、運動習慣で体力(ミトコンドリア容量を反映)が向上すれば、それだけ長生きできる可能性が高まるということです。もちろん健康寿命には他の要因も影響しますが、ミトコンドリアを元気に保つ生活は「老け込まない体」を作り、結果的に人生の質と長さの双方を支える重要な土台となります。

Q2. 年を取ってから始めても本当に効果がありますか?

十分に効果があります。運動による恩恵は何歳からでも得られることが科学的に証明されています。でも紹介した通り、高齢者であっても運動トレーニングによって若い人と同程度に筋肉ミトコンドリアが増加し、適応力は生涯持続することが分かっています。例えば平均年齢72歳のグループでも、12週間の自転車インターバルトレーニングで筋肉中のミトコンドリア量が大きく増えました。「遅すぎる」ということはなく、何歳からでも始めた時が一番若いのです。むしろ高齢者こそ運動効果で得られる機能向上のメリットが大きく、筋力維持・転倒予防や認知機能維持にもつながります。高齢で不安な場合は主治医に相談し、安全に配慮しつつ可能な範囲から始めましょう。

Q3. どんな種類の運動がミトコンドリアを増やすのに最適ですか?

基本的には有酸素運動(持久的な運動)が効果的ですが、時間効率を考えるならインターバルトレーニングがお勧めです。持久的な有酸素運動(ウォーキング、ジョギング、サイクリング、水泳など)は古くからミトコンドリアを増やす効果が知られています。加えて近年の研究で、短時間・高強度のインターバル運動が伝統的な持久運動と同等以上の効果をもたらすことが示され注目されています。例えば週3回、合計30分程度のスプリントインターバル運動(全力疾走と軽い運動の反復)でも、週150分程度の中強度持久運動と同程度にミトコンドリア量を増やし持久力を向上させた報告があります。したがって「時間をかけてゆっくり長く動く」方法でも「短時間に息が上がる運動をする」方法でも、ライフスタイルに合った方を選んで継続するのがよいでしょう。両者を組み合わせても構いません。重要なのは継続頻度で、理想は週に2回以上は刺激を与えることです。最終的には“自分が続けやすい運動”が最適な運動と言えるでしょう。

Q4. 運動以外にミトコンドリアを増やす方法はありますか?

運動が最も確実で効果的ですが、補助的な方法として栄養・睡眠・サプリメントも検討されています。食事面では、十分なタンパク質摂取やビタミン・ミネラルバランスのとれた食生活が間接的にミトコンドリア機能を支えます。例えば鉄分やビタミンB群はエネルギー代謝に必要で、不足するとミトコンドリア酵素がうまく働けません。また、耐糖能改善や抗酸化を通じてミトコンドリアを守る地中海食などの食習慣も推奨されます。さらに近年「ミトコンドリアのストレス応答(ミトホルミシス)を誘導する化合物」として、一部のポリフェノール(レスベラトロール等)やサプリメント(ハームラル、ピセイドといった物質)が研究されています。これらは軽いストレスをミトコンドリアに与えて自己防衛機構を活性化し、機能改善を図る試みですが、ヒトでの十分なエビデンスはまだ限定的です。現時点では運動ほど劇的かつ包括的にミトコンドリアを増やす方法は他になく、運動が「最高のミトコンドリア促進剤」と言えます。まずは運動習慣を核とし、補助的に栄養管理や十分な休養(睡眠)を組み合わせるのが現実的でしょう。

Q5. どのくらいの期間で効果が出始めますか?

個人差はありますが、一般には数週間の継続でミトコンドリアの指標に有意な変化が現れます。実験的にはわずか2週間のトレーニングでも筋肉のミトコンドリア量や全身持久力が有意に向上することが確認されています。特に運動習慣のなかった人ほど早期に大きな変化が見られやすいです。ただし見た目や体重の変化のように実感しづらいため、「効いているのかな?」と不安になるかもしれません。ミトコンドリアの増加そのものは自覚できませんが、階段を上ったとき前より息が上がりにくい、疲れにくくなったといった日常の体力向上として感じられるでしょう。それこそがミトコンドリア機能改善の現れです。おおむね3か月も継続すれば持久力や筋持久力の明確な向上を多くの人が実感できますし、健診データ(血糖や血圧の改善)にも表れてくるはずです。焦らずコツコツ続けることで、体の中では着実に「エネルギー工場」が増強されていきます。

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記事監修者田場 隆介

医療法人社団 青山会 まんかいメディカルクリニック 理事長

医療法人社団青山会代表。兵庫県三田市生まれ、三田小学校、三田学園中学校・同高等学校卒業。 1997(平成9)年岩手医科大学医学部卒業、町医者。聖路加国際病院、淀川キリスト教病院、日本赤十字社医療センター、神戸市立医療センター中央市民病院を経て、2009(平成21)年医療法人社団青山会を継承。 2025年問題の主な舞台である地方の小都市で、少子高齢化時代の主役である子どもと高齢者のケアに取り組んでいる。

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