【健康寿命】からだの“品質保証期間”は 40 年、生活習慣病が避けられないわけ
はじめに ― 「なぜ数値が悪くなるのか」
「お酒もほどほど、毎日歩いている。それなのに、なぜ血圧や血糖、コレステロールの数値が年々じわじわ上がっていくのだろう」。健康診断の結果を前に、こうした割り切れなさを口にされる方は少なくありません。
しかし近年の進化医学と老化生物学は、この常識に静かな修正を迫っています。2026 年、老化研究の国際誌『Ageing Research Reviews』に掲載されたレビュー論文は、「Livingbeyond our evolutionary warranty(進化が保証した期間を超えて生きる)」という印象的な題名で、生活習慣病 (非感染性疾患、NCDs) の少なくとも一部は、寿命が延びたこと自体が生み出す避けがたい代償である、という仮説を提示しました(Mposhi et al., 2026)。世界の死因の 74%を占める生活習慣病がなくならない理由を、進化という時間軸から説明しようという試みです。
本コラムでは、この論文を軸に、ヨーロッパとアメリカの権威ある最新研究を交えながら、「人間の体はもともと何年もつように設計されているのか」「生活習慣の改善はどこまで効き、どこから効かないのか」「では私たちは何を目標にすればよいのか」を、順を追って考えていきます。これは決して「努力は無駄だ」という話ではありません。むしろ、努力をどこに、いつ投じるかを見直すための話です。
1. 40 年設計の体を 80 年使う時代
家電製品には保証期間があります。設計者は想定使用年数を決め、その範囲で最適に動くよう部品を選びます。保証期間を過ぎた製品が壊れやすくなるのは、粗悪だからではなく、そこまでしか想定されていないからです。Mposhi らの論文は、この比喩を人間の生物学にあてはめました(Mposhi et al., 2026)。
人類史の 99%の期間、出生時平均寿命は 30〜40 年程度でした。乳幼児死亡が多かったためで、成人まで生き延びた人は 50〜60 年生きることも珍しくありませんでしたが、それを大きく超える人はごくわずかでした。つまり自然選択(進化の力)が「うまく働く体」を選び抜いてきたのは、繁殖を終える 40〜50 歳あたりまでの期間だということになります。それ以降の身体で何が起きるかは、子孫を残せるかどうかにほとんど影響しないため、進化はそこを磨いてこなかったのです。
ところが近代医療と公衆衛生は、わずか 100 年ほどでこの期間をさらに 20〜30 年上乗せしました。私たちが今生きている 70 代、80 代、90 代という時間は、人体の設計図が一度も検証されたことのない、いわば未検証領域です。40 年の稼働を前提に精密に調整された仕組みが、80 年動かされたときに不具合を出す ― それは故障というより、仕様の範囲外で使われている状態だ、というのが本論文の中心的な主張です。
2. 狩猟採集民のデータ ― 「理想的な生活」でも動脈硬化は進む
この仮説を検証する最良の材料が、いまも伝統的な生活を送る人々のデータです。ボリビア・アマゾンの先住民ツィマネ族は、狩猟と焼畑農耕で生活し、加工食品をほとんど摂らず、1 日 1 万 7000 歩前後を歩き、喫煙率も肥満率も極めて低い集団です。2017 年に『Lancet』誌に発表された研究では、705 名に CT(冠動脈カルシウムスコア、CAC)を実施し、その85%(596 名)が冠動脈石灰化ゼロという、世界で報告された中で最も低い動脈硬化レベルが確認されました(Kaplan et al., 2017)。米国 MESA コホートとの比較で、有意な動脈硬化の頻度はおよそ 5 分の 1 でした。
ここまでは「やはり生活習慣がすべてだ」という結論に見えます。しかし同じ論文をよく読むと、別の事実も浮かび上がります。75 歳以上のツィマネ族で CAC ゼロだったのは 65%であり、裏を返せば 3 人に 1 人以上には石灰化が生じていたのです。年齢とともに動脈硬化は着実に進行しており、理想的な生活習慣はその進行を大幅に遅らせはしても、ゼロにはしていませんでした。
認知症についても同様のパターンが見られます。ツィマネ族の 60 歳以上における認知症有病率は約 1%と世界最低水準ですが、それでも 70 歳を超えると発症率は測定可能なかたちで上昇します(Mposhi et al., 2026)。生活習慣を最適化しても、加齢とともに現れる病理そのものは消えない ― この「床(ゆか)」のような残存リスクこそが、進化的な設計期間を超えて体を使うことの代償ではないか、と論文は論じています。
3. 適応コスト仮説 ― 若さを守った仕組みが、老年に牙をむく
では、なぜ「設計期間外」で病気が起きるのでしょうか。鍵となるのが拮抗的多面発現(antagonistic pleiotropy)という進化生物学の概念です。ある遺伝子や仕組みが、若いうちは有利に働くが、年をとってから不利に働く場合、進化はそれを排除しません。繁殖期に
有利であれば、老年期の不利は選択の網にかからないからです。
Mposhi らはこれを「適応コスト仮説(Adaptive Cost Hypothesis)」として定式化しました(Mposhi et al., 2026)。人生早期の環境 ― 胎児期の栄養状態、乳幼児期のストレスや養育環境 ― は、DNA メチル化などのエピジェネティックな仕組みを通じて、免疫・代謝・内分泌系の「設定値」を生涯にわたって調整します。厳しい環境で育った子どもの体は、炎症反応を高めに、エネルギーを溜め込みやすく、ストレス反応を鋭敏に設定します。これは感染症と飢餓が現実的な脅威だった時代には、生き延びるための正しい適応でした。
問題は、この設定が一度決まると数十年にわたって作動し続けることです。40 歳まで有利だった「高感度・高出力」の設定は、60 年、70 年と回り続けると、慢性炎症、インスリン抵抗性、血管の硬化として蓄積していきます。オランダ「飢餓の冬」を胎内で経験した人々が、成人後に心血管疾患を 50%多く発症したという有名な追跡研究は、この機序を示す典型例です(Mposhi et al., 2026)。重要なのは、これが「現代生活と原始的な体のミスマッチ」だけでは説明できない点です。環境が適応どおりであっても、時間が長すぎればコストが生じるのです。
4. 免疫は「履歴書」である ― 炎症老化(インフラメイジング)の正体
この考え方が最もよく見えるのが免疫系です。論文は「免疫バイオグラフィー(免疫の履歴書)」という概念を提唱しています(Mposhi et al., 2026)。免疫系は単に病原体に反応するだけでなく、これまで経験した感染、ストレス、逆境をエピジェネティックな痕跡として記録し、その総和として現在の反応性を決めているという考え方です。
若い時期には、この高い反応性が感染や外傷から身を守ります。しかし同じ設定が 60 年、80 年と続くと、感染がなくても低レベルの炎症がくすぶり続ける状態 ― 「炎症老化(インフラメイジング)」が生じます。慢性炎症は動脈硬化のプラーク形成、インスリン抵抗性、ミクログリア活性化による神経変性、そしてがん微小環境の形成という、一見別々の病気に見えるものを共通の根で結びつけています。実際、細胞老化とその分泌現象(SASP)、慢性炎症、エピジェネティック変化は、2023 年に『Cell』誌が整理した「老化の 12 の特徴(Hallmarks of Aging)」の中核に位置づけられています(López-Otín et al., 2023)。
胸腺(免疫細胞を育てる臓器)が思春期直後から縮小を始めることも示唆的です。これは損傷の蓄積というより、繁殖に資源を振り向けるための「予定された縮小」に見えます。守るための仕組みが、時間の経過とともに病気を作る側に回る ― これが適応コストの実像です。
5. ただし、炎症老化は「運命」ではない ― 2025 年 Nature Aging の
反証
ここで、話を一方向に進めないための重要な最新知見を紹介します。2025 年に『NatureAging』誌に発表された国際共同研究は、4 つの集団 ― イタリアの InCHIANTI 研究、シンガポール高齢者縦断研究、そしてボリビアのツィマネ族とマレーシア半島のオラン・アスリ族― で炎症性サイトカインの加齢変化を比較しました(Franck et al., 2025)。結果は明快でした。工業化社会の 2 集団では、加齢とともに炎症マーカーが上昇し、それが生活習慣病の発症と関連するという典型的な炎症老化のパターンが確認されました。ところ
が非工業化社会の 2 集団では、炎症マーカーの構造そのものが異なり、年齢とはほとんど関連せず、加齢関連疾患とも結びついていませんでした。著者らは「炎症老化は、人類に普遍的な生物学的宿命というより、工業化されたライフスタイルの副産物という性格が大きい」と結論しています。
この結果は、適応コスト仮説と矛盾するものではなく、むしろ両者の役割分担を明確にします。すなわち、加齢に伴う病理には「環境で大きく動かせる部分」と「寿命が延びた以上どうしても残る部分」の二層があり、炎症の強さは前者に、動脈硬化や認知症の年齢依存的な立ち上がりは後者に、より強く支配されている ― そう読むのが妥当でしょう。Mposhi らの論文自身も、ミスマッチと適応コストは競合する説明ではなく相補的だと繰り返し強調しています(Mposhi et al., 2026)。
6. エピジェネティック時計と臓器別の老化速度
仮説を検証可能にしたのが、生物学的年齢を測る技術の進歩です。DNA メチル化パターンから老化の進行速度を推定する「エピジェネティック時計」は、暦年齢との相関が 0.95 を超える精度に達しています。中でも DunedinPACE という指標は、「1 年で何年分老化しているか」というペースを測るもので、生活習慣が最適化された集団でも 60 歳前後から時計の進みが加速することを検出しています(Mposhi et al., 2026)。
さらに 2025 年、『Nature Medicine』誌に発表されたスタンフォード大学の研究は、UK バイオバンク 44,498 名の血漿プロテオーム(タンパク質の網羅的解析)から、11 の臓器それぞれの生物学的年齢を推定しました(Oh et al., 2025)。脳が「若い」人はアルツハイマー病リスクが低く、逆に脳年齢が加速している人のリスクは APOE4 遺伝子を 1 つ持つのと同等(ハザード比 3.1)でした。免疫系が若い人は死亡リスクが 42%低く、脳と免疫の両方が若い人では最も強い保護効果(ハザード比 0.44)が認められています。逆に老化した臓器が 8 つ以上ある人の死亡リスクは 8.3 倍でした。
これらの技術が持つ臨床的な意義は大きなものです。これまで予防医療の効果を判定するには、実際に病気が発症するまで数十年待つ必要がありました。生物学的年齢の指標は、その答えを数か月から数年で返してくれる可能性を持っています。まだ研究段階の指標ではありますが、「誰に、いつ、どれだけ介入すべきか」を個別化する道具として、今後 10 年の予防医療を変えていく分野です。
7. 生活習慣は無力ではない ― 21 年追跡と最新薬物療法のエビデン
ス
ここまで読んで「では努力しても仕方ないのか」と感じられたなら、それは正確ではありません。適応コスト仮説が主張しているのは「発症を消せない」ということであって、「遅らせられない」ということではないからです。実際、介入研究のデータはその効果を明確に示しています。
米国糖尿病予防プログラム(DPP)の 21 年追跡結果が 2025 年に『Lancet Diabetes &Endocrinology』誌に報告されました。強化された生活習慣介入群は糖尿病発症を 24%減少させ(ハザード比 0.76)、メトホルミン群は 17%減少(同 0.83)。糖尿病を発症しないまま過ご
せる期間の中央値は、生活習慣介入で 3.5 年、メトホルミンで 2.5 年延長していました(Diabetes Prevention Program Research Group, 2025)。20 年以上にわたって効果が持続する一方、発症そのものは消えていない ― まさに二層構造を示すデータです。
薬物療法でも同じ構図が見られます。2023 年に『NEJM』誌に報告された SELECT 試験では、糖尿病のない肥満・過体重の心血管疾患患者 17,604 名にセマグルチド 2.4mg を投与し、平均 3 年 3 か月の追跡で主要心血管イベントを 20%減少させました(6.5%対 8.0%、Lincoff etal., 2023)。またカロリー制限の効果を検証した CALERIE 試験の解析では、2 年間の 25%カロリー制限で老化ペース(DunedinPACE)が 2〜3%遅くなった一方、PhenoAge や GrimAge といった他の指標には有意な変化がありませんでした(Waziry et al., 2023)。認知症についても、2024 年の『Lancet』委員会報告は、修正可能な 14 のリスク因子に取り組めば全症例の45%を予防または遅延できると推計しています(Livingston et al., 2024)。効果は本物であり、しかも大きい。ただし、いずれも「ゼロにする」介入ではないのです。
8. 介入のタイミングという新しい視点 ― 「人生の早期」がなぜ重要
か
適応コスト仮説から導かれる最も実践的な示唆は、介入のタイミングに関するものです。エピジェネティックな設定値が胎児期から幼少期に確立されるのであれば、その時期の介入は「ミスマッチ由来のリスク」と「適応コスト由来のリスク」の両方に働きかけられます。一方、中年期以降の介入は、修正可能な部分には十分効きますが、すでに固定された軌道そのものを書き換えることは難しくなります(Mposhi et al., 2026)。
論文はこれを検証可能な予測として提示しています。すなわち、妊娠前・妊娠期・乳幼児期の介入(妊婦のストレス軽減、周産期メンタルヘルス、栄養の適正化、養育環境の支援)は、同じ強度の中年期介入よりも大きな効果を持つはずだ、という仮説です。実際、Look AHEAD試験や CALERIE 試験で介入効果が時間とともに減弱したことは、この予測と整合的です。
もっとも、これは中年期以降の努力を軽んじる話ではありません。むしろ、生活習慣病の予防を「本人の中年期の自己管理」だけの問題として語ることの限界を示しています。世代を超えた不利の蓄積、幼少期の環境、社会的な支援体制まで含めて考えなければ、予防医療は開かない ― これが本論文の社会的なメッセージです。健診の結果が思わしくない方に対して、「あなたの努力不足です」と単純に返すことが、いかに医学的に不正確であるかがわかります。
9. 「健康長寿」の再定義 ― 病気ゼロではなく、機能を守る
寿命そのものについても、冷静なデータが出ています。2024 年に『Nature Aging』誌に発表された解析は、日本を含む長寿国 9 地域の 1990 年以降の死亡データを検討し、平均寿命の伸びが明確に減速していることを示しました(Olshansky et al., 2024)。100 歳まで生きる人の割合は女性で 15%、男性で 5%を超える見込みは薄く、老化そのものを遅らせる根本的な突破口がない限り、今世紀中の劇的な寿命延長は考えにくいと結論しています。
となると、目標を「何年生きるか」から「どう生きるか」に移す必要があります。Mposhiらの論文が提案する「健康な老い」の再定義は示唆に富みます。それは病理がまったくない状態ではなく、病理を抱えながらも機能が保たれている状態を指す、というものです。降圧薬でコントロールされた高血圧、良好に管理されたインスリン抵抗性、初期の動脈硬化を持ちながら、自分の足で歩き、頭が明晰で、社会とつながっている 75 歳は、どの臨床指標から見ても「老いに成功している」というわけです。
逆に、すべての検査値を正常域に押し込もうとする過度な介入は、薬剤の副作用や過度に制限的な生活を通じて、かえって機能や生活の質を損ないかねません。数値の完璧さではなく、自立・認知機能・社会参加を守ること。痛みと障害を最小化すること。これが、進化的な保証期間を超えて生きる私たちにとって、現実的で誠実な目標だと考えられます。
おわりに ― 自分を責めず、しかし諦めないために
人間は長生きするようにできていない ― この言葉は、一見すると悲観的に響きます。しかし本コラムで見てきたエビデンスが伝えているのは、むしろ解放のメッセージです。血圧や血糖が年齢とともに上がってくるのは努力が足りないからだけではありません。40 年の稼働を前提に設計された体を、80 年使っているからでもあるのです。
同時に、努力が無意味だという結論にはなりません。DPP の 21 年追跡は生活習慣介入が糖尿病発症を 24%減らし発症を 3.5 年遅らせることを、Lancet 委員会は認知症の 45%が予防・遅延可能であることを示しました。工業化社会に特有の炎症老化は、そもそも回避可能な部分が大きいことも明らかになっています(Franck et al., 2025)。私たちにできるのは、消せない部分を受け入れつつ、動かせる部分を確実に動かすことです。
まんかいメディカルクリニックでは、CTと超音波による動脈硬化・内臓脂肪の評価、InBodyによる筋肉量と体組成の測定、呼吸機能検査、詳細な血液検査を組み合わせ、暦年齢ではなく「あなたの体が今どの位置にいるか」を可視化する人間ドックを行っています。そのうえで、内科・呼吸器内科の専門的診療、GLP-1 受容体作動薬を含む薬物療法、そして健康運動指導士による運動療法までを一貫してご提供しています。日曜・祝日も診療しております。
健診の数字にご不安がある方、「頑張っているのに変わらない」と感じている方は、どうぞ一度ご相談ください。数字を責めるためではなく、あなたの機能を長く守るために、一緒に戦略を立てましょう。
FAQ ― よくあるご質問
Q1. 「人間は長生きするようにできていない」なら、生活習慣を改善しても意味
がないのでしょうか。
そうではありません。この考え方が主張しているのは「病気を完全にゼロにはできない」ということであって、「遅らせられない」ということではありません。米国糖尿病予防プログラムの 21 年追跡では、強化生活習慣介入によって糖尿病発症が 24%減少し、発症
しないまま過ごせる期間が中央値で 3.5 年延びました(Diabetes Prevention ProgramResearch Group, 2025)。認知症についても、2024 年の Lancet 委員会報告は修正可能な14 因子への対策で全症例の 45%が予防・遅延可能と推計しています(Livingston et al.,
2024)。発症を数年から十数年遅らせられるということは、その分だけ元気に過ごせる年月が延びるということです。効果は確実にあり、しかも大きいのです。
Q2. 狩猟採集民のように暮らせば、動脈硬化や認知症は防げますか。
大幅に減らせますが、ゼロにはなりません。ボリビアのツィマネ族では冠動脈石灰化ゼロの人が 85%を占め、世界で最も低い動脈硬化レベルが確認されました(Kaplan et al.,2017)。しかし同じ集団でも 75 歳以上では CAC ゼロは 65%まで低下し、3 人に 1 人以上に
石灰化が生じていました。認知症も 60 歳以上の有病率は約 1%と世界最低水準ですが、70歳を超えると発症率は上昇します(Mposhi et al., 2026)。理想的な生活は病気の進行を大幅に遅らせますが、加齢そのものが持つリスクの「床」までは取り除けない、という
のが現在の理解です。
Q3. 炎症を抑えることは本当に効果があるのでしょうか。
炎症については、むしろ良い知らせがあります。2025 年の Nature Aging 誌の国際比較研究では、加齢に伴う炎症の上昇(炎症老化)は工業化社会の集団では明確に認められたものの、ツィマネ族やオラン・アスリ族といった非工業化社会の集団ではほとんど認めら
れませんでした(Franck et al., 2025)。著者らは炎症老化を「工業化されたライフスタイルの副産物という性格が大きい」と結論しています。つまり慢性炎症は、加齢の不可避な帰結というより、生活環境によって大きく動かせる部分だということです。内臓脂肪の減量、身体活動、睡眠、禁煙は、この動かせる部分に直接働きかける介入といえます。
Q4. 「生物学的年齢」を測る検査は、受ける価値がありますか。
研究分野としては急速に進歩していますが、一般診療で標準的に用いる段階にはまだ達していません。DNAメチル化に基づくエピジェネティック時計は暦年齢との相関が0.95を超え、CALERIE 試験では 2 年間のカロリー制限で老化ペースが 2〜3%遅くなることが検出
されました(Waziry et al., 2023)。2025 年の Nature Medicine 誌の研究では、血液中のタンパク質から 11 臓器の生物学的年齢を推定し、脳と免疫系が若い人の死亡リスクが最も低いことが示されています(Oh et al., 2025)。ただし個人の治療方針を変える根拠としての検証は途上です。当面は、動脈硬化の画像評価、体組成、呼吸機能、血液検査といった確立された指標を丁寧に追うことのほうが、実際の健康管理には有用と考えます。
Q5. 検査値をすべて正常にすることが、いちばん良い目標ではないのでしょう
か。
必ずしもそうとは限りません。Mposhi らの論文は、健康な老いを「病理がない状態」ではなく「病理を抱えながら機能が保たれている状態」と再定義することを提案しています(Mposhi et al., 2026)。降圧薬で管理された高血圧、良好にコントロールされた血糖、
初期の動脈硬化を持ちながら、自立して歩き、認知機能が保たれ、社会とつながっている状態は、十分に「成功した老い」です。逆に、すべての数値を正常域に押し込もうとする過度な介入は、薬剤の副作用や過度に制限的な生活を通じて、生活の質や身体機能
を損なうおそれがあります。目標は数値の完璧さではなく、自立・認知機能・社会参加を長く守ることです。どこまで下げるべきかは年齢や併存疾患によって異なりますので、主治医とご相談ください。
参考文献
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※本コラムは医学的情報の提供を目的としたものであり、個別の診断・治療を代替するものではありません。気
になる症状がある方は医療機関にご相談ください。
記事監修者田場 隆介
医療法人社団 青山会 まんかいメディカルクリニック 理事長
医療法人社団青山会代表。兵庫県三田市生まれ、三田小学校、三田学園中学校・同高等学校卒業。 1997(平成9)年岩手医科大学医学部卒業、町医者。聖路加国際病院、淀川キリスト教病院、日本赤十字社医療センター、神戸市立医療センター中央市民病院を経て、2009(平成21)年医療法人社団青山会を継承。 2025年問題の主な舞台である地方の小都市で、少子高齢化時代の主役である子どもと高齢者のケアに取り組んでいる。
