【伝染性単核球症】誰もが感染、潜む難敵EBウィルス:急性感染・慢性化・発がん・膠原病との関係
■EBウイルス(EBV)とは
EBウイルス(Epstein-Barr virus, EBV)は、ヒトに感染するヘルペスウイルスの一種(ヒトヘルペスウイルス4型)です。1964年にアフリカの悪性リンパ腫(バーキットリンパ腫)の中から発見され、人にがんを引き起こす初めてのウイルスとして知られるようになりました。現在では、EBウイルスは世界人口の95%以上が保有するきわめてありふれたウイルスであり、生涯にわたって感染者の体内に潜伏感染します。このウイルスは、主に唾液を介して感染し(いわゆる「キス」でうつることから「キス病」の別名があります)、一度感染するとBリンパ球に潜伏して宿主の免疫から巧みに逃れ続けます。健康な感染者では免疫システムにより増殖が抑え込まれるため通常は症状を起こしませんが、ときおりウイルスが再活性化して唾液中に排出されることが知られています。
EBウイルスへの初感染は幼少期に起こることが多く、幼児期に感染すると無症状で経過する場合がほとんどです。一方、先進国では初感染が思春期以降に遅れることがあり、その場合に発熱や喉の痛みを伴う「伝染性単核症」という症状を引き起こすことがあります(後述)。EBウイルスはB細胞に潜伏感染したまま生涯持続感染しますが、宿主とウイルスの均衡が保たれている限り害を及ぼしません。しかし免疫不全など宿主側の防御が弱まった場合や、ウイルスが産生するタンパク質やRNAによって免疫系がかく乱された場合、様々な疾病が発生する可能性があります。
実際、EBウイルスは多くの疾患との関連が知られています。良性疾患では伝染性単核症や、免疫力が低下した人に現れる口腔毛状白斑などが挙げられます。さらに注目すべきは、様々な癌(悪性腫瘍)との関連です。EBウイルスはバーキットリンパ腫のほか、ホジキンリンパ腫、移植後リンパ増殖症(臓器移植後に起こるリンパ腫)、鼻型NK/T細胞リンパ腫、上咽頭がん、胃がんの一部など多彩な腫瘍で検出されます。国際がん研究機関(IARC)は、EBウイルスをグループ1(ヒトに対する発がん性が確実な因子)に分類しており、2020年には世界で少なくとも約24万〜35万件の新規がん、13万〜20万件のがん死亡がEBウイルスに起因したと推計されています。さらにEBウイルス感染は、全身性エリテマトーデス(SLE)や多発性硬化症(MS)といった自己免疫疾患との関連も古くから指摘されてきました。このようにEBウイルスは「残された難敵」とも言える存在であり、その全貌の解明と克服は現代医学における重要課題となっています。
■伝染性単核症とは
伝染性単核症(でんせんせい たんかくしょう、Infectious Mononucleosis)は、EBウイルスの初感染によって主に思春期以降の若年者に引き起こされるウイルス性症候群です。典型的な症状の三徴は発熱・咽頭痛・リンパ節の腫れ(特に首の後ろのリンパ節腫脹)であり、これに倦怠感や肝脾腫(肝臓や脾臓の腫大)を伴うこともあります。原因の約90%はEBウイルスで、残りはサイトメガロウイルス(CMV)など他のウイルスによる場合もあります。主な感染経路は患者の唾液との濃厚接触であり、例えばキスや食器の共有などでウイルスが移ります。そのため英語では「Kissing Disease(キス病)」とも俗称されます。潜伏期(感染から発症までの期間)は約4~8週間と長く、この間もある程度は他人への感染力があります。発症すると上述の症状が現れ、通常は2~4週間程度で急性症状は改善します。しかし強い倦怠感や疲労感は1〜2か月以上残ることも珍しくありません。
伝染性単核症の診断には、症状と血液検査が用いられます。血液中に異形リンパ球(形態の変わったリンパ球)が増加し、ヘテロフィル抗体試験(モノスポット検査)陽性になることが典型的所見です。ただし小児や発症早期では偽陰性もあるため、必要に応じてEBウイルス特異抗体(VCA-IgMなど)の検査で確認します。
治療の第一は安静と対症療法です。高熱や喉の痛みには解熱鎮痛剤やうがい等で対応し、十分な休養と水分摂取を心がけます。抗ウイルス薬やステロイドの通常投与は推奨されていません(重症で気道閉塞の懸念がある場合などに限りステロイドが検討されます)。また脾臓が腫れるケースが多く、発症後少なくとも3週間は運動・部活動等を避ける指導が行われます。これは激しい衝撃で脾臓破裂を起こすリスクを減らすためです。事実、伝染性単核症では脾臓の腫大がほぼ必発と報告されており、外傷による脾破裂の例もあります。こうした注意を守れば、通常は重大な合併症なく回復します。
多くの人にとって伝染性単核症は一過性の病気ですが、一度EBウイルスに感染するとウイルスは体内に潜み続けます。免疫が正常に機能している限りウイルスは眠った状態(潜伏感染)に留まり、再び高熱や咽頭痛を起こすことは通常ありません(同じ人が伝染性単核症を再発することはほとんど無いとされています)。しかし免疫力が低下した際などにウイルスが再活性化し、唾液中にウイルスを排出して他者へ伝播することがあります。免疫不全状態の患者ではEBウイルスが制御不能となり重症化することがあり、伝染性単核症が長引いたり多臓器不全を来す例も報告されています。さらにEBウイルス感染は後述するように様々な癌や自己免疫疾患の発症リスクとも関連があるため、感染後もウイルスキャリアとしての管理が重要です。もっとも一般の健常な人では、伝染性単核症から回復すれば深刻な後遺症を残すことなく日常生活に復帰できます。
■伝染性単核症の慢性化
通常、EBウイルス初感染による伝染性単核症は急性期が過ぎれば終息し、ウイルスは潜伏状態に入ります。しかしごく稀に、EBウイルス感染がコントロール不能となり持続的な病態へ移行する場合があります。これを医学的に「慢性活動性EBウイルス感染症(CAEBV)」と呼びます。CAEBVは持続性または再発性の伝染性単核症様症状(発熱、リンパ節腫脹、肝脾腫など)に加え、血液中に高いEBウイルス量が長期間検出され、さらにT細胞やNK細胞がEBウイルスに感染して異常増殖するという特殊な病態を特徴とします。言い換えれば、本来B細胞に潜むはずのEBウイルスが免疫を司るT細胞/NK細胞まで巻き込み、全身で炎症とリンパ増殖を引き起こす難治性疾患です。主要症状は伝染性単核症と似た発熱、倦怠感、リンパ節の腫れ、肝脾腫ですが、病状が進行すると多臓器に感染細胞が浸潤し、肺・腸・中枢神経など様々な臓器障害を引き起こします。特に中枢神経に及ぶと痺れや麻痺、意識障害など重篤な症状を呈します。
慢性活動性EBウイルス感染症は稀な疾患で、世界でも主に日本を含む東アジアで患者報告が集中してきました。日本における発症数は年間わずか20〜30人程度と推定されています。発症年齢は小児が中心ですが、近年は成人発症例の報告も増加しています。病態の解明が進んだことから、2017年のWHO分類では重症型CAEBVは「EBウイルス関連T/NK細胞リンパ増殖性疾患」の一種として悪性リンパ腫に分類されました。実際、CAEBV患者の予後は不良で、高度の炎症による高サイトカイン血症や血球貪食症候群(HLH)、EBV感染T/NK細胞の癌化(白血病・リンパ腫への移行)が起これば生命に関わります。5年生存率は50%を切るとの報告もあり(特に成人ではさらに予後不良)、早期の根治的治療が望まれます。
現在、CAEBVに対して確立された標準治療法はありませんが、根本的な治癒が期待できる唯一の治療は造血幹細胞移植(骨髄移植)とされています。移植実施までのつなぎとして、抗ウイルス療法や免疫抑制剤・ステロイド投与で炎症をコントロールする試みが行われます。また近年は免疫療法の進歩により新たな治療戦略も登場しています。例えばPD-1阻害剤(免疫チェックポイント阻害薬)を用いた治療や、EBウイルス特異的T細胞療法(EBVに反応するドナー由来T細胞を投与)などが、一部の難治症例で有効性と安全性を示し始めています。日本においても慢性活動性EBウイルス病治療ガイドラインが策定され(2023年)、臨床研究の枠組みで新薬の検証が進められています。幸いCAEBVは稀な疾患ですが、EBウイルスというありふれたウイルスが引き起こし得る最も重篤な姿であるため、医学界はその克服に向けた研究を加速させています。
■EBVと発がん
EBウイルスはヒト初の腫瘍ウイルスとして発見されて以来、その発がん性が詳しく研究されてきました。前述の通り、EBウイルスはさまざまな種類のがんに関連します。代表的なものとして、アフリカの小児に多いバーキットリンパ腫、若年~中年に好発するホジキンリンパ腫(リンパ節のがん)、東南アジア・中国南部で高頻度の上咽頭がん、胃の一部の胃がん、鼻腔にできるNK/T細胞リンパ腫、免疫不全患者のB細胞リンパ腫(移植後リンパ増殖症やAIDS関連リンパ腫)などが挙げられます。これらの腫瘍では腫瘍細胞内にEBウイルスの遺伝子が検出され、ウイルス由来のいくつかのタンパク質が発現していることが確認されています。例えばEBNA1やLMP1といったEBVの潜伏遺伝子産物は、感染細胞の増殖シグナルを活性化したりアポトーシス(細胞死)を回避させたりする作用があり、細胞のがん化(不死化)に直接寄与すると考えられています。こうした知見から、EBウイルスは1997年にIARC(国際がん研究機関)より「ヒトに対する明確な発がん因子」(Group 1)に指定されました。現在知られているEBV関連腫瘍は全世界のがんの約1.5%とされていますが、一部の地域においてはEBVがんの負担は無視できません。例えば中国では、上咽頭がんの大部分がEBウイルス関連であり、EBVに対する抗体検査(VCA-IgA抗体)を用いた住民スクリーニングが公衆衛生対策として推奨されています。
近年、新たな研究がEBウイルスと発がんの関係をさらに拡大してとらえ直しつつあります。2025年に中国で行われた大規模前向き研究では、EBV抗体(VCA-IgA)陽性の人は陰性の人に比べてがん全体の発生リスクがおよそ5倍高いという結果が示されました。特に上咽頭がんでは約26倍、リンパ腫では約3倍のリスク上昇が見られ、さらには肺がんや肝がんといった一見EBVと無関係に思えるがんでも1.7倍程度リスクが増加していたのです。こうしたリスク上昇は発症の10年前から持続し、EBV抗体陽性者では全がんの約7.8%がEBVによると推計されています。また他の最新研究では、多様ながんの組織にEBV感染の遺伝子痕跡やEBVによるゲノム不安定化の証拠が見出されつつあります。これらはEBウイルスの関与が、従来知られていたリンパ腫や上咽頭がん以外にも広がる可能性を示しており、注目されています。
EBウイルス関連がんへの対策として、ワクチン開発や早期診断法の確立も進行中です。現在、承認済みのEBVワクチンは存在しませんが(2025年時点)、各国でワクチン候補の臨床試験が行われています。EBVワクチンが実用化されれば、伝染性単核症の予防だけでなく、一部のEBV関連がん(例:上咽頭がん、リンパ腫など)の発生抑制も期待されます。ただしワクチンは感染予防が目的であり、既にEBVを保有する人からウイルスを排除することはできません。したがって真の有効活用には幼少期からの予防接種が必要と考えられます。また、EBV関連がんに対する治療では、ウイルス自体を標的とした新療法も模索されています。たとえばEBV特異的CTL療法(患者自身の免疫細胞を強化してEBV感染細胞を攻撃させる治療)や、ウイルス遺伝子を狙った分子標的薬の研究が進んでいます。このようにEBウイルスは発がんの分野でも多面的な研究が展開されており、将来的にはEBV関連がんを予防・克服する時代が来ることが期待されています。
■5. EBウィルスとSLE
全身性エリテマトーデス(SLE)は、自己免疫反応によって全身の臓器・組織が障害される難治性疾患です。若い女性に多く、関節痛、皮膚の紅斑、腎炎、神経症状など多彩な症状を呈します。SLEの原因は完全には解明されていませんが、遺伝的素因に環境要因(感染症や日光暴露など)が加わって発症すると考えられています。中でもEBウイルス感染との関連は長年指摘されてきました。実際、SLE患者のほぼ全員がEBウイルスに感染した既往を持つとの研究もあり、以前から「EBVがSLE発症を誘発するのではないか」という仮説がありました。しかし具体的な仕組みは不明なままでした。
この謎に対し、2025年に画期的な研究結果が報告されました。スタンフォード大学などのチームによると、EBウイルスはSLE患者の一部のB細胞に潜伏感染し、そのB細胞を“自己免疫を煽る細胞”へと作り変えてしまうことが明らかになったのです。研究では特殊なシーケンス技術(EBV-seq)を用いてSLE患者の血液中からEBウイルスに感染したB細胞を検出しましたが、その頻度は健康な人に比べて有意に高く、遺伝子発現の様式も未感染B細胞とは異なっていました。感染B細胞の多くはメモリーB細胞(CD27陽性・CD21低発現のB細胞)で、抗原提示やB細胞活性化、インターフェロン応答、T細胞活性化に関わる多数の遺伝子がアップレギュレーションされていました。平たく言えば、EBVに感染したB細胞は外来抗原を提示してT細胞を刺激する「抗原提示細胞」としての能力が増強された状態だったのです。またこれらのB細胞は形質細胞(抗体産生細胞)への分化準備が整った状態でもあり、EBV感染が自己抗体を大量生産する細胞集団を拡大させることが示唆されました。
さらに詳細な解析により、EBVがもたらす分子メカニズムも解明されました。EBV潜伏遺伝子の一つEBNA2は宿主B細胞のゲノム上の特定領域(例えば転写因子ZEB2やTBX21の遺伝子領域、抗原提示に関わる遺伝子領域)に結合し、休眠中のそれら遺伝子を強制的に「オン」にすることが判明しました。その結果、EBV感染B細胞は活性化と生存に有利な性質(増殖シグナルや免疫から逃れる分子の発現亢進)を獲得し、恒常的に自己抗原を提示してしまう病的な抗原提示細胞へと“書き換え(リプログラム)”されていたのです。実際、EBV感染B細胞は核内抗原に対する自己抗体(抗核抗体)を産生し、特殊なヘルパーT細胞(Tペリフェラルヘルパー細胞)**を活性化する能力を持っていました。活性化したT細胞はさらに他の自己反応性B細胞を刺激し、連鎖的に全身の自己免疫応答を増幅します。これはまさにSLEで見られる免疫異常そのものであり、EBウイルスが引き金となって自己免疫のドミノ倒しが始まることを示す強力な証拠です。
重要なのは、EBウイルス自体は非常にありふれたウイルスであるにも関わらず、なぜ一部の人のみがSLEを発症するのかという点です。研究者たちは「EBV感染者のうちSLEを発症するのはごく一部であり、遺伝的素因やウイルス株の違いなど他の要因も必要だろう」と述べています。実際、EBVは全人口の少なくとも94%以上に感染するにもかかわらず、SLE患者は人口の0.1%程度に過ぎません。したがってEBVは必要条件ではあっても単独で十分条件ではなく、「EBV+α」の条件が揃ったときSLEが発症すると考えられます。それでも今回の成果は、EBVがSLE発症・持続のメカニズム的なリンクを初めて実証した点で画期的です。この発見により、EBV感染B細胞そのものを標的とする新たな治療法(例えばEBV感染B細胞を除去・抑制する療法)の可能性が開かれました。さらに研究チームは、同様のウイルス誘導による自己免疫機序が他の疾患(多発性硬化症、関節リウマチ、炎症性腸疾患など)でも起こりうる可能性に言及しています。EBウイルスと自己免疫疾患の関係は、SLEに限らず今後広い視野で解明が進むでしょう。まさに「残された難敵」であるEBVの征服は、自己免疫疾患領域にも新たな光明をもたらすかもしれません。
■よくある質問(FAQ)
Q1. EBウイルスへの感染を防ぐ方法はありますか?ワクチンは存在しますか?
EBウイルスは非常に一般的なウイルスであり、現実には感染を完全に防ぐことは極めて困難です。ウイルスは主に唾液を介して人から人へ広がり、幼少期から家族内や集団生活の場で知らぬ間に感染していることがほとんどです。事実、米国では若者の約2/3が10代までに、英国では20代前半までに95%以上がEBV抗体陽性になるとの調査があります。専門家は「現代社会でEBVに罹らずに生きるにはバブルの中で暮らすしかない」と比喩するほどで、感染自体を日常生活で避けるのは難しいのが現状です。現在、EBウイルスに対する承認済みワクチンはまだ存在しません。しかし近年、世界各国でワクチン開発が進んでおり、米国ではmRNAワクチンの臨床試験も開始されています。動物モデルや初期臨床試験の結果では有望な免疫応答が得られており、将来的に安全で有効なEBVワクチンが実用化される可能性があります。ただしワクチンが開発されても、既にEBVに感染している人からウイルスを排除することはできないため、感染予防ワクチンはできるだけ幼少時に接種する必要があると考えられます。現時点では、手洗いや体液暴露の回避など一般的な感染対策がEBVにも有効ですが、完全な予防は難しいという認識が必要です。
Q2. 伝染性単核症にかかったらどのように治療すればよいですか?
伝染性単核症の治療は対症療法と安静が基本です。高熱や喉の痛みがあれば解熱鎮痛剤(アセトアミノフェンなど)を使用し、水分と栄養を十分に摂って自宅で安静に過ごします。抗ウイルス薬(アシクロビル等)やステロイド剤は、通常の軽~中等症の単核症には効果が立証されておらず routineには使用されません。抗生物質は細菌感染には有効ですが単核症には無効です。特にペニシリン系抗生物質(アモキシシリンなど)は、誤って投与すると90%以上の確率で全身に発疹を生じることが知られており注意が必要です。また脾臓肥大による合併症予防のため、最低でも3週間程度は激しい運動や接触スポーツを避けることが推奨されます。これは稀ながら起こりうる脾臓破裂を防ぐためで、実際スポーツ復帰時期は医師と相談しながら慎重に判断します。通常、単核症は時間経過とともに自然に回復しますが、倦怠感が長引く場合もあります。その際も徐々に体力が戻るのを待つしか根本的対処法はありません。免疫力が低下している人(例:臓器移植後やステロイド長期使用中など)は重症化しやすいので、入院のうえで肝機能や血液検査をモニターしつつ対症療法を行います。いずれにせよ、伝染性単核症に特効薬はなく「休むことが何よりの薬」と言えます。しっかり休養をとり、身体の免疫がウイルスを抑え込むのを助けることが大切です。
Q3. EBウイルスに一度感染すると、また伝染性単核症を繰り返すことはありますか?
一般的には同じ人が伝染性単核症を何度も発症することはありません。EBウイルスに初感染した際に伝染性単核症を発症すると、その後体内に免疫(EBVに対する抗体や特異的T細胞)ができるため、再びウイルスが活発化しても以前ほど大きな症状は起こらないのが通常です。もっとも、EBV自体は先述のように体内に潜伏し続け、断続的に唾液中に出現します。つまりウイルスは完全に体から無くなるわけではなく、一生付き合っていく存在です。健康な人では免疫監視によりウイルスは抑え込まれているため問題になりません。しかし重篤な病気で免疫力が落ちた場合や免疫抑制剤の使用下では、EBVが再活性化して伝染性単核症に似た症状を呈することがあります(あるいは別のEBV関連疾患を発症することがあります)。また例外的に、初感染時に症状が出ないまま終わり、数年後に別の要因でEBVが活性化した際に初めて伝染性単核症様の症状を示すケースも報告されています。しかしこれは厳密には「再発」ではなく、最初の症状発現が遅れただけとも解釈されます。総じて、一度伝染性単核症を発症した人が再度同じ病態を繰り返すことは稀です。多くの場合、最初の感染で獲得した免疫が生涯にわたり働き、EBVの活動性を抑え込んでくれると考えてよいでしょう。
Q4. EBウイルスは具体的にどんな種類のがんを引き起こすのですか?
EBウイルスが関与する代表的ながんには以下のようなものがあります。
| バーキットリンパ腫 | アフリカで小児に多い悪性リンパ腫で、ほぼ全例にEBVが潜んでいます。 |
| ホジキンリンパ腫 | 若年~中年に発症するリンパ節のがんで、亜型によっては約半数にEBV感染が検出されます。 |
| NK/T細胞リンパ腫(鼻型) | 東アジアに多い鼻腔の腫瘍で、ほとんど全例がEBV陽性です。 |
| 上咽頭がん | 中国南部などに多発する鼻咽頭のがんで、EBVと強い関連があります。 |
| 胃がんの一部 | 全世界の胃がんの約10%はEBV関連とされ、組織内にウイルスが存在します。 |
| 移植後リンパ増殖症(PTLD) | 臓器移植や免疫不全状態で起こるリンパ腫で、多くにEBVが関与します。 |
これらはEBV関連腫瘍と総称され、病理検査で腫瘍細胞内にEBV遺伝物質(EBERなど)が検出されます。EBV関連腫瘍では、ウイルス由来の遺伝子産物(例:EBNA1、LMP1など)が腫瘍細胞に発現しており、それが細胞の異常増殖や生存に寄与していると考えられます。例えばLMP1というタンパク質は細胞の増殖シグナル受容体を模倣して常に増殖刺激を送り続けますし、EBNA1はウイルスゲノムを宿主細胞に安定保持させる働きがあります。このようなEBV潜伏遺伝子の働きにより、感染細胞ががん化の一歩を踏み出すと理解されています。EBV関連がんは全体から見れば少数ですが、特定の地域・集団では大きな問題です。たとえば上咽頭がんは南中国で主要ながんの一つですし、バーキットリンパ腫は小児がんの重要な一角です。またホジキンリンパ腫もEBV陽性例ではより予後が悪いことが知られています。こうしたEBV関連がんに対しては、EBV抗体を用いた早期発見(上咽頭がんのスクリーニング等)や、将来的なEBVワクチンによる予防が期待されています。治療面では通常のがん治療(化学療法・放射線・手術等)に加え、EBV特異的免疫療法の研究も進んでいます。総じて、EBウイルスが引き起こすがんは限られていますが、そのメカニズム解明は他のがん研究にも影響を与えており、EBV関連がん克服はウイルス学と腫瘍学双方の重要課題です。
Q5. EBウイルスはSLE以外の自己免疫疾患(例えば多発性硬化症=MS)とも関係がありますか?
はい、EBウイルスと多発性硬化症(MS)の関連についても近年非常に強いエビデンスが報告されました。ハーバード大学のグループは米軍兵士1,000万人以上を長年追跡し、EBVに感染するとその後MSを発症するリスクが32倍に跳ね上がることを突き止めました。一方、EBVと類似経路で感染するサイトメガロウイルスではMSリスク上昇が見られず、これはMS発症にEBV感染が必要不可欠な引き金になっている可能性を示唆します。さらにスタンフォード大学の研究では、EBVのEBNA1タンパク質に対する免疫応答が自己の神経タンパク質(グリア細胞由来タンパク質)と交差反応を起こし、MSで典型的な中枢神経の自己免疫攻撃を誘導する仕組みが提唱されました。これらの発見から、EBウイルスはSLEのみならずMSを含む他の自己免疫疾患の誘因になりうることが強く示されています。関節リウマチや炎症性腸疾患についても、EBVとの関連を示唆する研究報告が増えてきました。ただし自己免疫疾患の発症には遺伝的素因や他の環境要因も大きく影響するため、「EBVに感染=必ず自己免疫病になる」というものではありません。多くの人はEBVに感染しても自己免疫疾患を発症しません。しかし「遺伝的素因+EBV感染」が揃うと特定の自己免疫疾患を引き起こすリスクが跳ね上がる可能性があり、今後の研究で各疾患ごとの詳細な仕組みが解明されるでしょう。現在、この知見をもとにEBVワクチンを自己免疫疾患の予防に役立てられないかという新たな試みも始まっています。EBウイルスは自己免疫疾患研究の文脈でも非常に注目されており、SLEだけでなく様々な疾患への関与が引き続き探究されています。
参考文献
- Damania B.ら『Epstein–Barr virus: Biology and clinical disease』Cell, 2022年.
- Sylvester J.E.ら『Infectious mononucleosis: Rapid evidence review』American Family Physician, 2023年.
- Yan S.ら『Role of rapidly evolving immunotherapy in chronic active Epstein–Barr virus disease』Frontiers in Immunology, 2024年.
- Ji M.-F.ら『Epstein–Barr virus antibody and cancer risk in two prospective cohorts in Southern China』Nature Communications, 2025年.
- McHugh J.『Mechanistic link uncovered between EBV infection and SLE』Nature Reviews Rheumatology, 2025年.
- Bjornevik K.ら『Longitudinal analysis reveals high prevalence of Epstein–Barr virus associated with multiple sclerosis』Science, 2022年.
- 新井 文子『慢性活動性EBウイルス病』Neuroinfection(神経感染症学), 2024年.
記事監修者田場 隆介
医療法人社団 青山会 まんかいメディカルクリニック 理事長
医療法人社団青山会代表。兵庫県三田市生まれ、三田小学校、三田学園中学校・同高等学校卒業。 1997(平成9)年岩手医科大学医学部卒業、町医者。聖路加国際病院、淀川キリスト教病院、日本赤十字社医療センター、神戸市立医療センター中央市民病院を経て、2009(平成21)年医療法人社団青山会を継承。 2025年問題の主な舞台である地方の小都市で、少子高齢化時代の主役である子どもと高齢者のケアに取り組んでいる。
