病気と健康の話

 【ワクチン】予防医療の大変革が始まるその前に―いまできるワクチンから健康寿命をのばす第一歩を

■AIが拓く疾病予測の新時代:Delphi-2Mモデルとは

近年、AI(人工知能)技術の進歩により、個人の健康データから将来の病気リスクを予測する試みが始まっています。その代表例が、Nature Medicine誌で報告された疾病予測モデル「Delphi-2M」です。このモデルは40万人分の英国の医療記録や生活習慣データを機械学習し、今後20年間にわたって1,000種類以上の疾患にかかるリスクを推定できるといいます。

例えば、過去の診療歴・年齢・性別・BMI(体格指数)・喫煙や飲酒習慣といった情報を入力すると、将来のがん・皮膚疾患・免疫疾患など多岐にわたる疾患の発症確率を算出します。

この予測精度は、既存の個別疾患ごとのモデルに匹敵する高さとされ、患者ごとの「将来の健康シナリオ」をAIが生成できる点は画期的です。つまり、Delphi-2Mは、一人ひとりの健康履歴を総合的に捉え、「どの病気に注意すべきか」を先回りして知らせてくれる存在と言えるでしょう。実際、英国の医療ビッグデータで開発されたこのモデルは、デンマークの人々のデータでも高い予測性能を示したと報告されています。最長20年先まで見据えたリスク予測が可能になれば、医療者はハイリスクな方を早期に把握し、生活習慣の指導やスクリーニング受診の促進など適切な予防策を前倒しで講じることができます。

このように、AIによる疾病予測の登場は、「治療」から「予防」への医療パラダイムシフトを後押しするものであり、まさに予防医療の新時代を象徴する取り組みと言えるでしょう。

しかし、未来のリスクが予測できても、それを実際に低減するアクションを起こさなければ健康寿命の延伸にはつながりません。予測された疾患リスクに対して具体的な対策を講じることが重要です。中でもワクチン接種は、現時点で私たちが利用できる強力な予防策の一つです。以下では、成人~高齢者の皆さんに特に関係深い、主要なワクチンについて、それぞれが予防する感染症の特徴や接種の意義をわかりやすく解説します。

■インフルエンザワクチン

インフルエンザ(季節性インフルエンザ)は、毎年流行し発熱やせきなどの症状を引き起こすだけでなく、高齢者では肺炎や重症化に至ることもある感染症です。インフルエンザワクチンを接種すると、インフルエンザウイルスへの感染や発病リスクを減らすことができます。特に65歳以上の高齢者では、インフルエンザによる合併症リスクが高いため、ワクチン接種の意義は大きいです。

厚生労働省のデータによれば、日本の高齢者施設において。インフルエンザワクチンは発病を34~55%抑制し、死亡を82%も減らす効果が確認されています。また、米国CDC(疾病対策センター)の統計では、季節性インフルエンザ関連の死亡の70~85%、入院の50~70%を65歳以上の高齢者が占めることが報告されており、高齢者が最も大きな負担を強いられている現状があります。

こうした背景から、各国で高齢者への毎年のワクチン接種が推奨されています。米国では、65歳以上には高用量または免疫増強型のインフルエンザワクチンを優先的に使用するよう勧告されており、日本でも65歳以上(および基礎疾患のある60~64歳)の方は定期接種の対象となっています。ワクチンを接種しても絶対にインフルエンザにかからないわけではありませんが、接種した人はしない人に比べて発病や重症化のリスクが明らかに低減します。例えば、ワクチン接種により高齢者の入院や死亡のリスクが下がることは各国の研究で一貫して示されており、心疾患や脳卒中など他疾患のリスク低減効果も報告されています。インフルエンザ自体の予防に加え、インフルエンザが引き金となる肺炎などの二次感染予防にもつながるため、健康寿命を延ばす観点からも、毎年のインフルエンザ予防接種は重要です。

■コロナ(COVID-19)ワクチン

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、高齢者を中心に重篤な肺炎や多臓器不全を引き起こしうる感染症です。コロナワクチン(COVID-19ワクチン)は、このウイルスによる感染や重症化を防ぐ目的で開発され、世界中で接種が進められてきました。ワクチン接種開始以来、世界規模で見ると数百万もの命がこのワクチンによって救われたと推計されています。例えば2025年の研究では、2020~2023年にかけてCOVID-19ワクチン接種により約250万人の死亡が防がれ、その9割が60歳以上の高齢者だったと報告されています。また別の解析では、ワクチン開始初年に世界で少なくとも約1,400万~2,000万の死亡を予防したとの推計もあり、特にワクチン未接種では死亡リスクが飛躍的に高いことが示唆されました。このように、コロナワクチンは高齢者の命を守る上で決定的な役割を果たしました。実際、各国でワクチン接種後に高齢者の重症患者・死亡者数は大幅に減少し、社会全体の医療負荷も軽減されています。

現在も新型コロナウイルスは、変異を繰り返しながら散発的な流行を起こしています。したがって、ワクチンを適宜追加接種することで重症化リスクを抑えることが可能です。各国のガイドラインもアップデートされており、米国では2023年以降、65歳以上の高齢者や免疫不全のある人は年に2回の追加接種を検討することが提言されています。日本でも2022年よりワクチン接種は定期接種相当に位置付けられ、高齢者などハイリスク者を中心に、春秋の追加接種が推奨されています(※ガイドラインは状況に応じ変化するため、最新情報の確認が重要です)。ワクチンにより感染そのものを完全に防ぐことは難しくとも、重症化と死亡を確実に減らせることは、多数のエビデンスが裏付けています。特に高齢者では、ワクチン非接種の場合に比べて重症化率・致死率が飛躍的に高いため、健康寿命を守るためにも定期的なコロナワクチン接種が強く推奨されます。コロナ禍で得られた教訓は、「感染症から身を守るワクチンの価値」と言えるでしょう。

■帯状疱疹ワクチン

帯状疱疹は、子どもの頃にかかった水ぼうそうウイルス(VZV)が体内に潜伏し、加齢やストレスで免疫が低下したときに再活性化して発症する病気です。皮膚に痛みを伴う発疹(水ぶくれ)が帯状に現れ、顔面に出ると失明の危険があるほか、治癒後も帯状疱疹後神経痛(PHN)と呼ばれる激しい痛みが長期間残ることがあります。

50歳以上になると急激に発症率が高くなり、生涯で3人に1人が帯状疱疹を経験するとも言われます。この帯状疱疹を予防するのが帯状疱疹ワクチンです。かつては弱毒化した生ワクチンが使われていましたが、近年は遺伝子組換え型のシングリックス(不活化ワクチン)が開発され、その予防効果は90%以上と飛躍的に向上しました。臨床試験では50~69歳で97%、70歳以上でも91%という高い発症予防効果が示されており、しかも免疫の低下した方にも接種が可能です。不活化ワクチン2回接種により長期の免疫が得られ、少なくとも接種後7年間は85%以上の有効性が持続するとの報告があります。

帯状疱疹ワクチンを接種する意義は、単に発疹による苦痛を防ぐだけではありません。PHNによる慢性的な激痛は高齢者のQOL(生活の質)を著しく低下させ、食欲不振や不眠、鬱症状を招くことがあります。また帯状疱疹は脳卒中や心筋梗塞の発症リスクを一時的に高めることが知られており、ワクチン接種によって心血管イベントのリスクが低下する可能性も示唆されています。実際に2025年の欧州心臓病学会では、帯状疱疹ワクチン接種群で脳卒中や心筋梗塞の発生が約15~18%減少したとの解析結果が報告され注目されました。こうした付随効果も含め、帯状疱疹ワクチンは高齢期の健康被害を幅広く防ぎ、健康寿命を延ばす一助となると期待されています。

日本においても、帯状疱疹ワクチンの重要性が認識されつつあります。2023年にシングリックスが正式承認され、2025年度からは65歳の方を対象に帯状疱疹ワクチンが定期接種化されました。費用面のハードルも下がり、今後はインフルエンザや肺炎球菌と並び帯状疱疹ワクチンが、高齢者予防接種のスタンダードになっていくでしょう。帯状疱疹は「ならないようにする」のが一番です。痛みや合併症に悩まされず健やかな日常を送るために、50歳を過ぎたら帯状疱疹ワクチン接種を前向きに検討しましょう。

■肺炎球菌ワクチン

肺炎は日本人の死因上位を占め、高齢者では特に致命率の高い疾患です。その中でも肺炎球菌は肺炎の主要な原因菌であり、高齢になるほど重症化しやすくなります。肺炎球菌ワクチンは、この肺炎球菌による感染症(肺炎および敗血症や髄膜炎など侵襲性肺炎球菌感染症)を予防するワクチンです。日本では2014年より、高齢者を対象に23価肺炎球菌莢膜ポリサッカライドワクチン(PPSV23)の定期接種が開始されました。65歳の時に1回接種する仕組みで、これにより重症肺炎などへの罹患を予防できるとされています。研究によれば、PPSV23接種により65歳以上の肺炎球菌性肺炎の発症が約3割減少し、また致死的な侵襲性肺炎球菌感染症に対しては5~8割の予防効果が期待できるとの報告もあります。もっとも、ポリサッカライドワクチンの効果は5年ほどで低下していくため、数年おきの再接種や、より免疫原性の高いワクチンの活用が課題となっていました。

その課題に応える形で登場したのが肺炎球菌結合型ワクチン(PCV)です。PCVは乳幼児の定期接種に導入され小児の肺炎球菌感染症を劇的に減らしましたが、その恩恵は高齢者にも及びました。子どもへのPCV接種普及により集団免疫が働き、高齢者の肺炎球菌感染症も減少したのです。一方で、小児用PCVに含まれない血清型による高齢者肺炎が相対的に増える現象(血清型置換)も起こり、さらなる広域カバーのワクチンが望まれてきました。近年、13価(PCV13)、15価(PCV15)、20価(PCV20)といった新しい結合型ワクチンが次々開発され、成人への適応も拡大しています。米国CDCは2022年にガイドラインを改定し、成人への肺炎球菌ワクチン接種推奨年齢を従来の65歳以上から50歳以上に引き下げました。具体的には、50歳以上のすべての成人にPCV15またはPCV20の接種を推奨し、PCV15使用時は8週~1年後にPPSV23を追加することで幅広い血清型に対応する方針です。日本でも2022年にPCV13(ニューモバックス)の高齢者任意接種が承認され、今後PCV15/20の活用も検討されています。こうした新世代ワクチンの登場により、肺炎球菌による肺炎・重症感染症を今まで以上に防ぎ、高齢者の命を守ることが可能となってきました。

肺炎は高齢者の要介護化や寝たきりの一因にもなるため、ワクチンで防げる肺炎は確実に防ぐことが健康寿命延伸に直結します。コロナワクチン、インフルエンザワクチンと併せて、肺炎球菌ワクチンの接種も忘れず受けることが重要です。

■ヒトパピローマウイルスワクチン

子宮頸がんは、そのほとんど(99%以上)がヒトパピローマウイルス(HPV)の持続感染によって引き起こされることが分かっています。HPVはごくありふれたウイルスで、男女問わず一生のうちに一度は感染するとされますが、一部のハイリスク型HPVに感染し続けると十数年かけて子宮頸部の細胞ががん化することがあります。HPVワクチンは、この原因ウイルスへの感染自体を防ぐことで将来の子宮頸がん罹患を予防するワクチンです。現在、日本で使用できるHPVワクチンは2価(16型・18型対象)、4価(16・18型+尖圭コンジローマ原因の6・11型対象)、9価(上述4型+他5種類の高リスク型追加)の3種類があります。HPVワクチンを適切に接種すれば、子宮頸がんの原因となる主要なウイルス型の感染をほぼ完全に防ぐことができ、将来の子宮頸がん発症リスクを大幅に低減できます。実際、世界ではHPVワクチン導入後に若い女性の子宮頸がんや前がん病変が劇的に減少したことが各国で確認されています。イギリスの大規模研究では、13歳未満でHPVワクチンを接種した世代は接種していない世代に比べて子宮頸がんの発症率が約90%も減少し、ワクチンにより将来の患者数を大幅に削減できることが証明されました。またこの研究では、ワクチン導入から11年間で約450例の子宮頸がんと1万7千例以上の高度異形成(前がん病変)を予防できたと推計されており、HPVワクチンの公衆衛生上の効果は絶大です。

本においてHPVワクチンは2009年に任意接種として導入され、2013年から定期接種化されました。しかし当初、一部接種者に生じた痛みなどの症状がクローズアップされた結果、国による積極的勧奨が中断され、2013年以降約9年間にわたり接種率が1%未満と低迷する事態となりました。その間に毎年1万人を超える女性が子宮頸がんに罹患し、2,900人前後が亡くなる状況が続きました。しかしワクチンの有効性・安全性に関する国内外の十分な検証を経て、厚生労働省は2021年に勧奨中止を正式に撤回。2022年4月から積極的勧奨を再開するとともに、接種機会を逃した1997~2007年度生まれの女性に対する3年間のキャッチアップ接種(無料接種)が開始されました。このキャッチアップ施策は2025年3月まで実施され、一度でも接種を受ければ2026年3月まで公費で残りの接種が受けられる経過措置も設けられています。再開後、接種率は徐々に回復傾向にあり、2022年度は中学1年相当女子の接種率が約29%にまで上昇しました。それでも主要先進国と比べると依然低い水準のため、今後さらなる周知と接種勧奨が重要です。子宮頸がんは20~30代で発症しうる若年性のがんであり、妊娠・出産への影響や命に関わるリスクを孕みます。HPVワクチンで将来のがんを防ぎ、若い世代の命と健康を守ることは、結果的に社会全体の健康寿命を延ばすことにつながる投資です。対象年齢を迎えたら接種をご検討ください。

また男性もHPVワクチン接種により将来の咽頭がんなどを予防できる可能性があり、欧米では男子への定期接種を導入する国も増えています(日本では現状公的接種対象外ですが、任意接種は可能です)。男女問わず、ワクチンで防げるがんから身を守る意識を持つことが大切です。

■RSウイルスワクチン

RSウイルス(RSV:呼吸器合胞体ウイルス)は乳幼児の気管支炎・肺炎の原因として有名ですが、実は高齢者にとってもインフルエンザに次ぐ重要な呼吸器感染症の原因です。RSウイルスに成人が感染すると、軽い風邪程度で済む場合もありますが、65歳以上や持病のある方では、重い肺炎や呼吸不全を引き起こし入院に至ることがあるのです。

長らくRSウイルスに対するワクチンは存在しませんでしたが、2023年に史上初めて高齢者向けRSウイルスワクチンが開発・承認されました。米国ではグラクソ・スミスクライン(GSK)社のワクチン(商品名: アレックスビー, RSVpreF3)とファイザー社のワクチン(商品名: アブリスボ, RSVpreF)という2種類のワクチンが、60歳以上向けに承認され、同年より接種が始まっています。日本でも2023年9月にGSK社ワクチンが「60歳以上」を対象に初承認されました(その後、50~59歳の基礎疾患保有者にも適応拡大)。

RSウイルスワクチンは1回筋肉注射で接種し、感染そのものを予防するというより重い下気道疾患(肺炎や気管支炎)への進行を防ぐ効果が期待されます。臨床試験では、接種によりRSウイルスによる中等度~重度の下気道疾患がおよそ80%減少し、入院予防効果も概ね8割前後と報告されました。この予防効果は接種後少なくとも半年以上持続するようです。また大規模臨床で安全性にも大きな問題はなく、既存のインフルエンザワクチンと同時接種も可能と考えられています。

RSウイルス感染症は毎年冬季に流行し、高齢者ではインフルエンザと並ぶ入院原因ウイルスです。日本の推計では高齢者のRSウイルス肺炎による入院は年間1万件以上とされ、死亡例も報告されています(特に脆弱な高齢者では致死率10%以上との海外報告もあります)。さらにRSウイルス感染がきっかけで慢性疾患が悪化したり、要介護状態が進行する可能性も指摘されています。そのため、高齢者へのRSウイルスワクチン普及はこれからの超高齢社会において非常に意義深いものです。日本では2024年度以降に定期接種化する方向で検討が進められており、実現すればインフルエンザ・肺炎球菌に次ぐ「第3の高齢者ワクチン」となるでしょう。感染そのものを完全に防げなくとも、重症化と入院を減らし在宅で健やかに暮らせる期間を延ばす効果が期待できます。今後の供給体制や費用負担の整備に注目しつつ、対象となる方はRSウイルスワクチン接種もぜひ前向きに検討してみてください。

■百日咳ワクチン

百日咳はボルデテラ・パータシス菌が引き起こす呼吸器感染症で、激しい咳発作が特徴です。小児の病気と思われがちですが、ワクチン効果の減弱や診断技術の向上に伴い、成人~高齢者の百日咳報告も近年増加傾向にあります。成人が百日咳にかかると、長引く咳による肋骨骨折や栄養不良、日常生活への支障などが生じることがありますが、最大の問題は周囲の乳児への感染源となりうることです。生後数ヶ月までの赤ちゃんは定期予防接種が完了しておらず、百日咳にかかると重篤化しやすいため、家族内などで赤ちゃんを守る「囲い込み戦略」が推奨されています。その中心となるのが、成人が百日咳含有ワクチン(ワクチン: トリビック)を接種しておくことです。D-Tapワクチンとは破傷風・ジフテリア・百日咳の3成分を含む混合ワクチンで、主に11~12歳で接種する追加用ですが、大人になって未接種の場合は生涯1回の追加接種が推奨されています。米国のACIP(予防接種諮問委員会)は19歳以上のすべての成人にTdap(海外で使われている成人用三種混合ワクチン)を1回接種するよう勧告しており、加えて妊娠のたびに妊婦に妊娠27~36週でTdapを接種することで、生まれてくる赤ちゃんに抗体を与え乳児期の感染防御を図る方針がとられています。この妊婦への百日咳ワクチン接種は非常に有効で、赤ちゃんが生後3か月になるまでの百日咳発症を90%以上防ぐと報告されています。イギリスでは2012年に妊婦プログラム開始後、乳児の百日咳発生率が約4分の1以下に激減し、死亡も大幅に減少しました。こうした成功を受け、各国で妊婦や周囲家族への接種が定着しています。

日本では定期接種として幼児期にDPT三種混合ワクチンを受けた後、中高生以降に追加接種を行う仕組みはありません。そのため成人の多くは子ども時代の免疫が年齢とともに低下し、百日咳に対する抵抗力が弱まっている可能性があります。実際、国内の抗体保有調査でも30~50代で百日咳抗体価が低下する傾向が示されています。日本でも「赤ちゃんや高齢者を百日咳から守るため、できれば両親や祖父母、介護者は事前にワクチンを」という啓発が行われていますが、残念ながらまだ広く浸透していないのが現状です。健康な成人にとって、百日咳は命に関わる病気ではないかもしれません。しかし、自分が感染源となり最愛の赤ちゃんを危険にさらすリスクを考えると、決して軽視できない疾患です。成人期・高齢期においても、機会があれば1回D-Tapワクチンを接種しておくことが推奨されます。米国では破傷風予防のため10年ごとのブースターにTdapを用いることも承認されており、成人期の百日咳予防が標準化しつつあります。日本でも妊婦への任意接種を公費支援する自治体が出始めています。自分自身の健康を守ることはもちろん、社会全体で新生児を守るためにも、成人の百日咳ワクチン接種への理解と協力が不可欠です。

■おわりに:AIとワクチンが拓く予防医療の未来

以上、AI時代の予防医療の潮流と主要なワクチンについて概説しました。Delphi-2MのようなAI疾病予測モデルは、「誰が・どの病気にかかりやすいか」を事前に教えてくれる羅針盤です。それによって私たちはハイリスクな疾患を早期に発見・対策するチャンスを得られます。しかし、実際に行動を起こさなければ、予測は絵に描いた餅に過ぎません。

例えばAIが「将来肺炎になるリスクが高い」と予測した人には、肺炎球菌ワクチンやインフルエンザワクチンを接種して肺炎の発症を防ぐことが効果的でしょう。同様に「帯状疱疹リスクが高い」と分かれば帯状疱疹ワクチン接種を、「がんリスクが高い」と分かればHPVワクチンや各種がん検診の受診を、といった具体策につなげることができます。幸い現在、ワクチンをはじめとする予防医療のツールがますます充実してきました。COVID-19ワクチン開発の成功は人類の予防医学研究の大きな成果であり、新型RSウイルスワクチンの登場は長年の悲願でした。

これらはすべて、より多くの人が生涯を通じて健やかに過ごす(=健康寿命を延ばす)ための武器となります。AIが提示する未来予測と、ワクチンなど科学がもたらす予防策とを組み合わせることで、一人ひとりが疾病を未然に防ぎながら年齢を重ねられる社会が実現するでしょう。

超高齢社会を迎えた日本において、予防医療の重要性は日に日に高まっています。「発病してから治療する」のではなく「発病しないよう対策する」発想への転換が、これからの医療の鍵です。高度なAI技術から身近なワクチンまで、利用できるものは賢く活用し、自分自身と大切な家族の健康寿命を少しでも延ばしていきましょう。予防医療の激変期だからこそ、一人ひとりが正しい知識を持ち、行動を起こすことが求められています。私たちもまずはできることから——例えばまだ打っていないワクチンがあれば検討してみることから——始めてみませんか。それがきっと、未来の自分への何よりの贈り物になるはずです。

参考文献

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