病気と健康の話

【はしか】もうとまらない: 麻疹――根絶ステータスを失った世界で、私たちにできることは何か

■はじめに:なぜ今、麻疹が問題なのか

麻疹(はしか)は、はるか昔から人類に知られた感染症です。しかし近年、世界中で麻疹の再流行が深刻な問題となっています。WHOとユニセフの報告によれば、2024年にヨーロッパ地域だけで127,350件の麻疹症例が報告され、これは1997年以来最多の数字です(WHO/UNICEF Europe,2025)。ヨーロッパ地域で報告された症例の40%以上が5歳未満の子どもであり、報告された症例の半数以上が入院を要し、少なくとも38名が死亡しています。日本でもいま麻疹が急増しており、海外からウイルスが持ち込まれるリスクは常に存在します。一方、オーストラリア・ビクトリア州の保健当局も2025年から麻疹の公共曝露サイトを公表し、市民に注意を呼びかけており、先進国における麻疹の脅威は決して他人事ではありません。(VictoriaDepartment of Health, 2025)。

■世界的な数字が示す深刻さ

WHOが2025年11月に発表した報告書によれば、2000年から2024年にかけて世界の麻疹症例数は約71%減少し(3,800万件→1,100万件)、死者数は約88%減少しました(77万7,000人→9万5,000 人)。これは2回接種によるワクチン普及率の向上がもたらした成果です。しかし、この進歩は今、急速に失われつつあります(Venkatesan, Lancet Microbe 2026)。2024年には、2003年以降で最多の世界的アウトブレイクが発生しました。アメリカ大陸では2025年に12,000件以上の症例が報告され、2024年比で30倍以上の増加となっています。米国では2025年12月17日時点で1,958件、3名が死亡しました。カナダは2025年11月に麻疹根絶ステータスを失いました。ヨーロッパでは、前述の通り1997年以来最悪の状況が続いています。

なぜここまで再拡大したのでしょうか。主な要因はCOVID-19パンデミック中のワクチン接種プログラムの中断と、その後の集団免疫の低下です。麻疹の流行を止めるには集団として95%以上のワクチン接種率が必要ですが、多くの国でこの水準を下回り続けています。さらにワクチン忌避(ヘジタンシー)も大きな問題です。米国のデータでは、2025年の麻疹症例の93%がワクチン未接種、もしくは接種歴不明の人々でした(Venkatesan, 2026)。

■MMRワクチンの仕組みと有効性

現在使用されているMMR(麻疹・おたふく風邪・風疹)ワクチンは、1963年に初めてライセンスされた生弱毒化ワクチンです。野生型の麻疹ウイルス(MeV)をヒト細胞やニワトリ胚線維芽細胞で継代培養することで病原性を弱め、免疫応答は誘導しつつ疾患は引き起こさないように調整されています(Griffin, Viral Immunology 2018)。

ワクチンは、中和抗体(主にH抗原に対するもの)とT細胞免疫を誘導します。2回接種により90〜95%以上の集団免疫を達成することが可能です。1回目の接種(生後9〜15か月)で約85〜95%の人が免疫を獲得しますが、一部の人は応答しないため、2回目(就学前)による「もう一度のチャンス」が必要です(Griffin, 2018)。

重要なのは、ワクチン由来の免疫は時間とともに低下する可能性があることです。2回接種後10〜15年で二次的ワクチン不全率は約5%と推定されています。また、HIV感染者など免疫抑制状態の方では免疫応答が弱く、持続しにくいことが知られています(Griffin, 2018)。

■生ワクチンを接種できない方の問題

MMRワクチンは生ワクチンであるため、接種できない方がいます。主な禁忌は以下の通りです。

  • 免疫抑制状態にある方:悪性腫瘍、血液疾患、先天性免疫不全症、HIV感染(CD4数が低い
  • 場合)など。
  • 免疫抑制剤・生物学的製剤を使用中の方:関節リウマチ・IBD(炎症性腸疾患)・乾癬などの自
  • 己免疫疾患に対して使用される抗TNF製剤(アダリムマブ、インフリキシマブなど)、抗CD20抗体
  • (リツキシマブ)、JAK阻害剤などは、免疫機能を抑制するため生ワクチン接種が原則禁忌となりま
  • す。
  • 妊娠中の女性:理論的な胎児感染リスクがあるため接種不可。
  • ゲルゾリン、ネオマイシンなどへの重篤なアレルギーがある方。

これらの方々は、自力でウイルスから身を守ることができません。彼らを守る唯一の方法は、周囲の健康な人がワクチンを接種し、集団免疫のバリアを形成することです。これを「コクーニング(繭戦略)」と呼びます。根絶ステータスが失われ、地域での麻疹流行が常態化すると、こうした免疫を持てない人々は特に危険な状況に置かれます。

■麻疹の感染力と重症度

麻疹は既知のウイルス性疾患の中で最も感染力の強いものの一つです。飛沫感染だけでなく、感染者が退室した後も2時間以上空気中にウイルスが残留する空気感染(エアロゾル感染)をするため、同じ空間にいるだけで感染する可能性があります(Griffin, 2018)。

感染後10〜14日の潜伏期を経て発熱・発疹が現れますが、この潜伏期間中はウイルスが体内で複製・全身に播種しており、感染性を持っています(発疹出現の4日前から感染性あり)。重症合併症として、肺炎、脳炎(急性脳炎:1/1,000〜2,000件、致死率15〜20%)、そして何年も後に発症するSSPE(亜急性硬化性全脳炎)があります。

また近年注目されているのが「免疫健忘(immune amnesia)」です。麻疹ウイルスは免疫細胞(記憶B細胞・T細胞)を破壊し、過去に獲得した他の感染症への免疫も消去してしまう可能性があります。これにより麻疹回復後2〜3年は他の感染症にかかりやすくなるとする研究があります(Griffin,2018)。

■ワクチン忌避という最大の脅威

科学的なコンセンサスとして、MMRワクチンと自閉症に因果関係はありません。この点は世界中の大規模研究によって繰り返し否定されています。1998年に発表された「関連あり」とする論文は、データ捏造により2010年に完全撤回されています。

にもかかわらず、SNSを中心にワクチン忌避の情報が広がり続けています。米国ではMMRワクチン接種率が2019〜20年の95.2%から2023〜24年には92.7%に低下し、約28万人の子どもが無防備な状態になっています(Venkatesan, 2026)。オーストラリア・ビクトリア州でも2025年に複数の公共曝露事例が確認されており、このような状況を反映しています(Victoria Dept. of Health, 2025)。麻疹根絶には集団として95%以上の接種率が必要です。数パーセントの低下でも、麻疹ウイルスにとって「すり抜けられる穴」が生まれます。

■まとめ:私たちにできること

麻疹は、ワクチンで予防できる病気です。しかし現実には、免疫抑制状態にある方、抗体医薬を使用中の方、妊娠中の方など、ワクチンを接種できない人々が必ず存在します。彼らを守るのは、周囲の健康な人たちのワクチン接種による集団免疫です。

根絶ステータスを失った地域では、接触追跡は限界を迎えます。ゲノム疫学の進歩により感染連鎖の可視化は向上しましたが(Indenbaum et al., 2025)、それはあくまでアウトブレイクの理解に資するものであり、感染を未然に防ぐものではありません。

当院では、麻疹ワクチン(MMR)の接種状況の確認、抗体価の検査、接種のご相談を承っております。「自分はちゃんと打ったはず」という方も、ぜひ一度ご確認ください。2回接種の記録がない方、抗体価が低い方は、再接種を検討されることをお勧めします。麻疹は「昔の病気」ではありません。2026年の今まさに、世界中で燃え広がっています。

■FAQ:よくあるご質問

Q. 麻疹ワクチン(MMR)を大人になってから打つ必要はありますか?

必要な場合があります。2回のMMRワクチン接種記録がない方、または抗体検査で抗体価が低い方は接種が推奨されます。1990年以前に生まれた方でも、1回しか接種していないケースや、ワクチン接種後に十分な抗体がつかなかったケース(一次不全)がありえます。ワクチン接種から10〜15年で抗体価が低下する「二次不全」も起こりえます(Griffin, Viral Immunology2018)。接種歴が不明な場合は抗体検査を受け、陰性または低抗体価であれば接種をご検討ください。

Q. 関節リウマチや炎症性腸疾患で生物学的製剤を使っています。麻疹のリスクはどう考えればよ
いですか?

抗TNF製剤や抗IL-6製剤、抗CD20抗体(リツキシマブ)などの生物学的製剤を使用中の方は、免疫抑制状態にあるため生ワクチンであるMMRワクチンは原則として接種できません。もし治療開始前に未接種または抗体価が低いことがわかった場合は、治療開始の4週間以上前に接種することが推奨されています。治療中の方は、周囲の家族や同居者がワクチンを接種し、接触感染のリスクを下げることが重要です(いわゆるコクーニング)。接種の可否については必ず担当医にご相談ください。

Q.子どもが麻疹にかかりました。周囲の人への対応は?

麻疹は発疹出現の4日前から感染性を持ち、発疹出現後4日間まで感染性が続きます(Griffin, 2018)。曝露から72時間以内であればMMRワクチン接種が曝露後予防として有効な場合があります。免疫不全の方や妊婦など生ワクチンが接種できない方には、免疫グロブリン(IVIG)の投与が考慮される場合があります。曝露が判明した場合はただちに医療機関にご連絡ください。また、麻疹が疑われる場合は受診前に医療機関にお電話いただき、他の患者への二次感染を防ぐための対応をお願いします。

Q.全ゲノム解析(WGS)が麻疹対策に使われているとはどういうことですか?

従来の麻疹ウイルスの遺伝子型別は、N遺伝子のN450領域という450塩基の短い配列を比較することで行われてきました。しかしこの方法では、同じジェノタイプ(例:D8型)の中で複数の感染連鎖を区別することができません。全ゲノム解析(WGS)では約16,000塩基のゲノム全体を読むことで、はるかに高い分解能で感染経路を追跡できます。イスラエルの2018〜2019年のアウトブレイクでは、WGSによってウクライナ・米国・タイなど複数国からの独立した輸入を起点とする並行感染連鎖が明らかになりました。MF非コード領域(MF-NCR)が特に高い変異率を示し、クラスターを定義する突然変異の多くがこの領域に集中していました(Indenbaum et al., Viruses2025)。これは公衆衛生上の対応に直結する重要な情報です。

Q. 麻疹ワクチンを接種すれば、がんの治療になる可能性があるとは本当ですか?

これは現在も研究段階にある話題です。麻疹ウイルスワクチン株(エドモンストン株など)は試験管内で多くの腫瘍細胞を融解・破壊する性質(腫瘍溶解作用)を持つことが知られており、多発性骨髄腫、卵巣がん、T細胞リンパ腫、膠芽腫などに対する臨床試験が進められています(Griffin,Viral Immunology 2018)。ただしこれらは通常のワクチン接種用量よりもはるかに高用量を用いた腫瘍治療アプローチであり、通常の麻疹ワクチン接種でがんが治療されるということではありません。また、組み換え麻疹ウイルスを基盤としたデング熱、チクングニア熱、HIV、MERSなどに対するワクチンプラットフォームの開発も進んでおり、麻疹ワクチンウイルスの医療応用は今後さらに広がると期待されています。

参考文献

  • Venkatesan P. Global resurgence in measles. Lancet Microbe. 2026.
  • https://doi.org/10.1016/j.lanmic.2026.101347
  • Indenbaum V, Bucris E, Friedman K, et al. Measles Sequencing: Lessons Learned from a Large-
    Scale Outbreak. Viruses. 2025;17:913. https://doi.org/10.3390/v17070913
  • Griffin DE. Measles Vaccine. Viral Immunology. 2018;31(2):86-95.
    https://doi.org/10.1089/vim.2017.0143
  • WHO/UNICEF Europe. European Region reports highest number of measles cases in more than 25
    years. 13 March 2025. https://www.who.int/europe/news/item/13-03-2025-european-regionreports-
    highest-number-of-measles-cases-in-more-than-25-years—unicef–who-europe
  • Victoria Department of Health. Measles public exposure sites in Victoria. 2025.
    https://www.health.vic.gov.au/health-alerts/measles-public-exposure-sites-victoria
  • Daily Mail. US measles: 1000 cases recorded in two months. 2025.
    https://www.dailymail.co.uk/health/article-15589149/US-measles-1000-cases-recorded-twomonths.
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本記事の内容は公開時点の情報に基づいており、個別の医療アドバイスに代わるものではありません。

記事監修者田場 隆介

医療法人社団 青山会 まんかいメディカルクリニック 理事長

医療法人社団青山会代表。兵庫県三田市生まれ、三田小学校、三田学園中学校・同高等学校卒業。 1997(平成9)年岩手医科大学医学部卒業、町医者。聖路加国際病院、淀川キリスト教病院、日本赤十字社医療センター、神戸市立医療センター中央市民病院を経て、2009(平成21)年医療法人社団青山会を継承。 2025年問題の主な舞台である地方の小都市で、少子高齢化時代の主役である子どもと高齢者のケアに取り組んでいる。

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