【脂肪肝】内臓脂肪と肝臓が「先導」し、心臓は「あとを追う」―脂肪肝(MASLD)から心血管疾患へ−
はじめに
「体重は標準なのに、お腹だけがぽっこり出ている」「健康診断で肝臓の数値が少し高いと言われたけれど、痛くもかゆくもないので放っておいている」——そんな経験はありませんか。
多くの方は、心臓や血管の病気は「ある日突然」おそってくるものだと考えています。しかし近年の研究は、その順番がまったく逆であることを示しています。心臓が音を上げるずっと前から、体の中では内臓脂肪と肝臓が“先導役”として静かに代謝の乱れを広げ、心臓はそれに「あとから従う」臓器にすぎない、という見方が定着しつつあります。
2026 年に米国心臓病学会誌 JACC へ発表された 25 万人規模の研究(Dardari et al., JACC2026)は、体格指数(BMI)だけでは心血管リスクを大きく取りこぼすことを明らかにしました。
同じ年に米国糖尿病学会(ADA)は、肥満を「体重の問題」から「内臓脂肪を中心とする慢性疾患」へと定義し直しています(Sun, The Innovation Nutrition 2026)。本コラムでは、内臓脂肪と脂肪肝(MASLD)がいかにして心臓病の“上流”に位置するのか、そしてその先導役を早期に見つけて抑えることが、なぜ心臓を守る最短ルートなのかを、欧米の最新エビデンスとともに読み解いていきます。
1.体重計は嘘をつく ― BMI が見逃す「内臓脂肪」という真犯人
身長と体重から計算する BMI は、手軽さゆえに肥満の指標として世界中で使われてきました。しかし BMI は「脂肪がどこに、どんな形でついているか」をまったく区別できません。皮下脂肪と、内臓のまわりに蓄積して代謝的に悪さをする内臓脂肪を同じ一つの数字にまとめてしまうため、リスクの本質を覆い隠してしまうのです。
この弱点を、約 26 万人を中央値 20 年間追跡した Cross-Cohort Collaboration 研究(Dardariet al., JACC 2026)が数字で突きつけました。BMI が「標準」の人でも、腰まわりの脂肪の指標であるウエスト・ヒップ比(WHR)が高い人は 18%にのぼり、その多くで心血管リスクが1.15〜1.5 倍高いことが示されました。逆に、BMI 上は「肥満」でも WHR が低い人が 45%も存在し、こうした方はむしろリスクが低かったのです。つまり BMI は、リスクを高い方にも低い方にも“見誤る”指標だといえます。 こうしたエビデンスを受け、ADA の 2026 年肥満スタンダードは、BMI に加えてウエスト身長比(WHtR≧0.5)やウエスト周囲径といった中心性肥満の指標を診断に組み込みました(Sun,The Innovation Nutrition 2026)。さらに、体重の数字ではなく合併症や機能障害の程度で重症度を評価するエドモントン肥満病期分類(EOSS)を推奨し、肥満医療の軸足を「体重を減らす」から「内臓脂肪がもたらすリスクを減らす」へと大きく移したのです。
2.内臓脂肪は“沈黙の内分泌器官” ― 炎症とインスリン抵抗性の発
生源
内臓脂肪は、単にエネルギーをためる袋ではありません。皮下脂肪よりもはるかに代謝的に活発で、腫瘍壊死因子(TNF-α)やインターロイキン 6 などの炎症性サイトカインを絶えず血中に放出する“沈黙の内分泌器官”です(Dardari et al., JACC 2026)。これらの物質はイ
ンスリンの効きを悪くし(インスリン抵抗性)、血圧を上げるレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系や交感神経を刺激し、悪玉である超低比重リポ蛋白(VLDL)の産生を促します。
重要なのは、この関係が「たまたま一緒に起きている」だけではなく、内臓脂肪が“原因側”にあると考えられる点です。遺伝情報を用いて因果関係を推定するメンデルランダム化解析(Chen et al., Int J Obes 2022)では、内臓脂肪量が多いこと自体が冠動脈疾患と心不全のリスクを高める因果的要因であることが示されました。米国心臓協会(AHA)も、脂肪組織由来の炎症とインスリン抵抗性が動脈硬化の土壌をつくると明記しています(Duell et al.,ATVB 2022)。お腹の脂肪は、心臓病の“結果”ではなく“発火点”なのです。
3.脂肪肝(MASLD)という震源地 ― 肝臓から全身へ広がる代謝の乱れ
内臓脂肪から流れ出た遊離脂肪酸と炎症物質が最初にたどり着く先が、肝臓です。処理しきれない脂肪が肝細胞にたまると脂肪肝となり、2023 年以降は代謝異常を背景とする脂肪肝を「MASLD(代謝異常関連脂肪性肝疾患)」と呼ぶようになりました。これは単なる“肝臓の問題”ではありません。肝臓は全身の糖・脂質代謝を司る中枢であり、ここが炎症を起こす
と、血糖・血圧・脂質の乱れが全身へと波及していきます。
2024 年に欧州の 3 学会(EASL・EASD・EASO)が合同で発表した MASLD 診療ガイドライン(JHepatol 2024)は、MASLD を肥満・2 型糖尿病・脂質異常症と分かちがたく結びついた「全身の代謝疾患」と位置づけ、肝臓だけでなく心血管リスクの評価を必須としました。実際、AHA の科学声明(Duell et al., ATVB 2022)は、脂肪肝を持つ人では心血管疾患が“肝臓の病気そのもの”よりも高い頻度で死因になると指摘しています。肝臓は、内臓脂肪に続く「第二の震源地」なのです。
4.なぜ「心臓が従う」のか ― 上流から下流への連鎖のメカニズム
内臓脂肪と脂肪肝という二つの震源地から生まれた炎症・インスリン抵抗性・脂質異常は、川の流れのように“下流”の心臓と血管へと注ぎ込みます。慢性的な炎症は血管の内側を傷つけて動脈硬化を進め、インスリン抵抗性は高血圧と心臓への負担を増やし、脂肪毒性は心筋そのものにも脂肪をため込ませます。心臓は、上流で起きた異変の“最終的な受け皿”として、あとから症状を出すのです。
この一連のつながりは近年「心臓・肝臓・代謝(cardiovascular-liver-metabolic)の連関」として体系化されつつあります。2025 年に Circulation 誌へ発表された国際専門家の合意文書(Chew et al., Circulation 2025)は、MASLD を持つ患者では動脈硬化性疾患・心不全・心房細動が連鎖的に増えるとし、循環器診療の中でも肝臓と代謝を一体で評価するよう勧告しました。先に紹介したメンデルランダム化解析(Chen et al., Int J Obes 2022)が内臓脂肪から心不全への因果を示したことと合わせ、「心臓は従う臓器」という見立ては、単なる比喩ではなく因果の順序として裏づけられつつあります。
5.数字で見るリスク ― 心不全・心房細動・心筋梗塞はどれだけ増え
るのか
「先導役を放置するとどれほど危険なのか」を、具体的な数字で見てみましょう。前出のJACC 研究(Dardari et al., 2026)によると、肥満のある人で起こる心不全のじつに 46.2%、心房細動の 48.9%が、ウエスト周囲径で測った中心性肥満に起因すると推定されました(人口寄与危険度)。冠動脈疾患による死亡も 36%が内臓脂肪型肥満に帰せられます。心臓の重い病気の約半分が、お腹の脂肪という“上流”で説明できてしまうのです。
リスクは BMI が標準の人にも及びます。同研究では、標準体重でも中心性肥満がある人は、多くのアウトカムで 15〜50%リスクが上乗せされました。過去の米国 NHANES 研究でも、標準BMI かつ中心性肥満の男性は死亡リスクが約 2.2 倍、女性で約 2.4 倍に達しています(Sahakyan et al.、Dardari 論文内引用)。さらに脂肪肝についても、MASLD を持つ人は心筋梗塞のリスクが有意に高いことがメタ解析で示されており(EASL-EASD-EASO, J Hepatol2024 が総括)、内臓脂肪と肝臓の異常は、心臓の“待ったなし”のシグナルだといえます。
6.先導役を抑えれば心臓は守れる ― MASLD 治療の新時代
上流が下流を決めるのであれば、内臓脂肪と脂肪肝という先導役に手を打つことが、心臓を守る最も合理的な戦略になります。朗報は、これまで有効な薬がなかった脂肪肝・脂肪肝炎(MASH)の治療がこの数年で一気に前進したことです。2024 年、甲状腺ホルモン受容体 β に作用するレスメチロムが、MASHに対する初の FDA 承認薬となりました。第 3 相 MAESTRO-NASH試験(Harrison et al., N Engl J Med 2024)では、肝臓の脂肪化と線維化(硬くなる変化)の両方が有意に改善しています。
さらに 2025 年には、GLP-1 受容体作動薬セマグルチド(オゼンピック/ウゴービ)の MASH に対する大規模試験 ESSENCE(Sanyal et al., N Engl J Med 2025)が発表されました。72 週の治療で、脂肪肝炎の消失と線維化の改善が有意に多く達成され、体重・血糖・脂質といった“上流の乱れ”も同時に整うことが示されています。肝臓という震源地を鎮めることは、そのまま全身の代謝を立て直し、下流の心臓を守ることにつながると期待されています。
7.心臓を直接助ける代謝治療 ― GLP-1/GIP と心血管アウトカム
内臓脂肪を減らす治療は、脂肪肝の改善にとどまらず、心血管イベントそのものを減らすことが証明されつつあります。糖尿病のない肥満・過体重の人を対象にした SELECT 試験(Lincoff et al., N Engl J Med 2023)では、セマグルチドが心筋梗塞・脳卒中・心血管死
からなる主要イベントを約 20%減らしました。これは「体重を減らす薬」が「心臓を守る薬」でもあることを示した画期的な結果です。
2025 年の SUMMIT 試験(Packer et al., N Engl J Med 2025)は、さらに一歩踏み込みました。肥満を伴う心不全(左室駆出率が保たれた HFpEF)の患者に GLP-1/GIP 受容体作動薬チルゼパチドを投与したところ、心血管死や心不全の悪化が減り、運動能力や生活の質が改善したのです。画像研究では、心臓のまわりにたまった脂肪(傍心臓脂肪)が減少することも確認されました。内臓脂肪を標的とする治療が、心臓の“荷降ろし”に直結することを示す好例といえます。
8.今日からできる実践 ― 「測る・落とす・続ける」
最も大切なのは、先導役を早く「測って」見つけることです。体重計だけを見るのをやめ、ウエスト周囲径やウエスト身長比(0.5 未満が目安)を家庭でも確認しましょう。医療機関では、CT で内臓脂肪の面積を正確に測り、腹部超音波で脂肪肝の有無を評価し、血液検査から肝臓の線維化リスク(FIB-4 指数など)を推定できます。ADA の 2026 年基準が推奨する EOSSの考え方に沿えば、「体重の数字」ではなく「内臓脂肪がすでに臓器に及ぼしている影響」を軸に、一人ひとりのリスクを段階的に把握できます(Sun, The Innovation Nutrition2026)。 「落とす」段階では、内臓脂肪は皮下脂肪より落ちやすいという利点があります。体重の 5〜10%減で、脂肪肝・血糖・血圧・脂質が同時に改善することが数多くの研究で示されています。食事の見直しと有酸素・レジスタンス運動の組み合わせが基本で、必要に応じてGLP-1 関連薬などの薬物療法を検討します。そして最後の鍵が「続ける」ことです。当院では、CT・超音波による内臓脂肪と脂肪肝の可視化、健康運動指導士・管理栄養士と連携した運動療法、GLP-1 関連治療までを一つの流れで提供し、日曜・祝日も診療しています。“測って・落として・続ける”を、無理なく生活に組み込むお手伝いをいたします。
おわりに ― 心臓が音を上げる前に、上流を診る
心臓病は突然やってくるように見えて、その多くは内臓脂肪と肝臓が長い時間をかけて用意した“結末”です。JACC の 25 万人研究(Dardari et al., 2026)が示したように、心不全や心房細動の約半分は中心性肥満で説明でき、欧州の MASLD ガイドライン(J Hepatol 2024)やCirculation 誌の合意文書(Chew et al., 2025)も、肝臓と代謝を心臓と一体で診ることの重要性を強調しています。裏を返せば、上流の先導役を早く見つけ、生活習慣と最新の治療で抑えれば、下流の心臓は守れるということです。
「体重は普通だからだいじょうぶ」「肝臓の数値が少し高いだけ」と見過ごされてきたサインこそ、心臓を守る最初の分岐点です。気になる方は、体重計の数字だけでなく、一度ご自身の内臓脂肪と肝臓の状態を客観的に“見える化”してみてください。
FAQ ― よくあるご質問
Q1. 体重も BMI も標準です。それでも内臓脂肪を心配する必要はありますか?
はい、注意が必要な場合があります。約 26 万人を追跡した JACC の研究(Dardari et al.,2026)では、BMI が標準でもウエスト・ヒップ比が高い“隠れ中心性肥満”の人が 18%おり、心血管リスクが 1.15〜1.5 倍高いことが示されました。過去の NHANES 研究でも、標準 BMIかつ中心性肥満の方は死亡リスクが 2 倍以上に達しています。体重計の数字が正常でも、ウエスト身長比(0.5 未満が目安)や CT での内臓脂肪評価をおすすめします。
Q2. 脂肪肝と心臓、どちらを先に治すべきですか?
「上流」である脂肪肝と内臓脂肪から手を打つのが合理的です。2025年にCirculation誌へ掲載された国際専門家の合意文書(Chew et al., 2025)は、心臓・肝臓・代謝を切り離さず一体で管理することを勧告しています。内臓脂肪と肝臓の炎症が動脈硬化・心不全・心房細動の共通の火種であるため、上流を整えることが結果的に心臓の負担軽減にもつながります。もちろん既に心疾患がある場合は循環器治療と並行して進めます。
Q3. 脂肪肝は「沈黙の病気」と聞きます。本当に心臓に影響するのですか?
自覚症状が乏しくても、全身への影響は小さくありません。米国心臓協会の科学声明(Duell et al., ATVB 2022)は、脂肪肝(MASLD)を独立した心血管リスク因子と位置づけ、脂肪肝のある人では心血管疾患がしばしば主要な死因になると指摘しています。2024 年
の欧州ガイドライン(J Hepatol 2024)も、MASLD と診断された時点で心血管リスクの評価を行うよう求めています。痛くないからこそ、早めの検査が大切です。
Q4. ダイエットしても内臓脂肪がなかなか減らない、リバウンドします。どうすれ
ば?
内臓脂肪はもともと皮下脂肪より“落ちやすい”脂肪で、体重の 5〜10%減で脂肪肝・血糖・血圧が同時に改善することが分かっています。鍵は「続けられる方法」を選ぶことです。有酸素運動とレジスタンス運動の併用が効果的で、必要に応じて GLP-1 関連薬など
の薬物療法も選択肢になります。当院では管理栄養士・理学療法士と連携した運動療法と CT・超音波による経過の“見える化”で、無理のない継続を支えます。
Q5. GLP-1 薬(オゼンピック/ウゴービ)は脂肪肝や心臓にも使えますか?
エビデンスは急速に蓄積しています。糖尿病のない肥満の方を対象にした SELECT 試験(Lincoff et al., 2023)ではセマグルチドが心血管イベントを約 20%減らし、2025 年のESSENCE 試験(Sanyal et al., 2025)では脂肪肝炎(MASH)の消失と肝線維化の改善が示さ
れました。ただし適応や投与量は病態により異なり、自己判断での使用は勧められません。糖尿病・内分泌・肥満の診療に精通した医師のもとで、適応を見極めて用いることが大切です。
参考文献
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※本コラムは医学的情報の提供を目的としたものであり、個別の診断・治療を代替するものではありません。気
になる症状がある方は医療機関にご相談ください。
記事監修者田場 隆介
医療法人社団 青山会 まんかいメディカルクリニック 理事長
医療法人社団青山会代表。兵庫県三田市生まれ、三田小学校、三田学園中学校・同高等学校卒業。 1997(平成9)年岩手医科大学医学部卒業、町医者。聖路加国際病院、淀川キリスト教病院、日本赤十字社医療センター、神戸市立医療センター中央市民病院を経て、2009(平成21)年医療法人社団青山会を継承。 2025年問題の主な舞台である地方の小都市で、少子高齢化時代の主役である子どもと高齢者のケアに取り組んでいる。
