【糖尿病】血糖の“その先”へ―GLP-1・GIP という全身調節ホルモンの正体—
はじめに ― それは本当に「血糖の薬」なのでしょうか
「GLP-1」や「GIP」という言葉を、テレビや雑誌で耳にされた方は多いのではないでしょうか。多くは「血糖を下げる薬」「話題のやせ薬」として紹介されます。しかし近年の研究は、これらのホルモンが果たす役割が、血糖や体重の調整をはるかに超えて広がっていることを明らかにしてきました。心臓、腎臓、脳、血管、脂肪組織――食事をとるたびに、これらの臓器が過不足なく協調して働けるよう全身を調律する。GLP-1 と GIP は、そうした「全身調節ホルモン」としての顔をもっているのです。
2025 年に Lancet Diabetes & Endocrinology 誌に発表された総説(Avogaro & Fadini, 2025)は、GLP-1 と GIP を「消化と代謝、そして循環をつなぐ架け橋」と位置づけました。食事の消化・吸収に合わせて血流を配り、心臓の負担を和らげ、血管をしなやかに保つ。この視点に立つと、なぜ GLP-1 受容体作動薬が心臓や腎臓まで守るのかが、すっきりと理解できます。本コラムでは、欧米のトップジャーナルに報告された大規模試験を手がかりに、「血糖を下げるホルモン」という一面的な理解の“その先”にある、GLP-1・GIP の本当の姿をひもといていきます。
1. GLP-1・GIP とは何か ― 食事のたびに腸から出る「合図のホルモン」
GLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)と GIP(グルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド)は、まとめて「インクレチン」と呼ばれる消化管ホルモンです。食事をとると、GLP-1 は主に小腸下部から大腸にかけて存在する L 細胞から、GIP は十二指腸から空腸上部の K 細胞から、栄養素の到来に応じて速やかに分泌されます(Avogaro & Fadini, Lancet Diabetes Endocrinol 2025)。いわば、口から入った食べ物の量やタイミングを全身に知らせる「合図」の役割を担っています。両ホルモンの代表的な働きが、膵臓を刺激してインスリン分泌を促すことです。特徴的なのは、この作用が「血糖が高いときにだけ強く働く」グルコース依存性である点です。だからこそ、必要以上に血糖を下げすぎる低血糖を起こしにくいという安全性につながります。加えて GLP-1 はグルカゴンという血糖を上げるホルモンを抑え、胃からの食べ物の排出をゆるやかにし、満腹感を高めます。一方で GIP は脂肪組織でのエネルギーの取り込みや貯蔵に関与します(Avogaro & Fadini, 2025)。
ただし、これらのホルモンは DPP-4 という酵素によって数分のうちに分解されてしまいます。天然のインクレチンは、いわば「一瞬だけ灯る合図」なのです。近年の治療薬は、この分解に強く、長く作用するように設計された「インクレチン受容体作動薬」であり、天然の合図を増幅し持続させることで、後述するさまざまな全身への恩恵を引き出しています。
2. 「血糖を下げる」だけではない ― 消化・代謝・循環をつなぐ司令塔
食事をとると、消化管には大量の血液が集まります。これは「食後充血」と呼ばれ、栄養の消化と吸収を支えるために必要な現象です。このとき同時に、心臓の拍出量や心拍数がわずかに増え、全身の血圧が保たれるよう調整されます。Avogaro & Fadini(2025)は、GLP-1 と GIP がこの一連の循環調整に深く関わっていることを、多数の基礎・臨床研究をもとに整理しました。インクレチンは単なる血糖ホルモンではなく、食後の全身のバランスを保つ「調律者」だというのです。
具体的には、GLP-1 は血管の内皮細胞に働きかけ、一酸化窒素(NO)の産生を介して血管をゆるめ(血管拡張)、血流を改善します。同時にごく軽い強心作用をもち、心臓に無理な負担をかけずに循環を効率化します。GIP は脂肪組織や内臓の血流を調整し、栄養を適切な場所へ届ける役割を担います。さらに両ホルモンには抗炎症作用・抗酸化作用があり、血管の内皮機能の低下や動脈の硬化を防ぐ方向に働くと報告されています(Avogaro & Fadini, 2025)。
こうした作用は、いずれも「食事に合わせて全身のエネルギーと血流を最適に配分する」という一つの目的でつながっています。血糖値の安定は、その調整の一側面にすぎません。GLP-1・GIP を全身調節ホルモンとして捉え直すと、薬としての効果が血糖の枠を超えて心臓や腎臓に及ぶ理由が見えてきます。
3. 心臓を守る ― 心血管イベントを減らす大規模エビデンス
GLP-1 受容体作動薬が「全身調節ホルモン」であることを最も鮮やかに示したのが、心血管疾患を減らす一連の大規模試験です。2023 年に New England Journal of Medicine 誌(NEJM)で報告された SELECT 試験(Lincoff et al., 2023)は、糖尿病のない過体重・肥満の方およそ 1 万 7,600 人を対象に、セマグルチド(ウゴービ)が心筋梗塞・脳卒中・心血管死からなる主要イベントを約 20%減らすことを示しました。血糖の問題がない方でも心臓が守られたという事実は、この薬の作用が血糖降下だけでは説明できないことを物語ります。
2025 年の SOUL 試験(McGuire et al., NEJM 2025)は、飲み薬タイプの経口セマグルチドでも、心血管リスクの高い 2 型糖尿病の方で主要心血管イベントが約 14%減少することを示しました。注射だけでなく内服でも心保護が得られた意義は大きいといえます。さらに GLP-1 と GIP の両方に働く二重作動薬チルゼパチド(マンジャロ)についても、2025 年の SURPASS-CVOT 試験(Nicholls et al., NEJM 2025)で、既存の GLP-1 受容体作動薬デュラグルチドと比べて心血管イベントを増やさず、良好な安全性と代謝改善を示すことが確認されています。
これらの試験に共通するのは、体重や血糖の改善だけでは説明しきれない心保護効果が、繰り返し観察されている点です。血管拡張、抗炎症、血流の適正な配分といった第 2 章で述べた「全身調節」の働きが、実際の患者さんの心臓を守っていると考えられます。
4. 心不全という新たな地平 ― 「やせる」だけでない心機能の改善
近年とりわけ注目されているのが、心不全に対する効果です。心臓のポンプ機能自体は保たれているのに息切れやむくみが起こる「駆出率の保たれた心不全(HFpEF)」は、肥満と深く関わり、これまで有効な薬が乏しい領域でした。2023 年の STEP-HFpEF 試験(Kosiborod et al., NEJM 2023)は、肥満を伴う HFpEF の方でセマグルチドが症状・身体機能・生活の質を明確に改善し、歩ける距離まで延ばすことを示しました。
2025 年の SUMMIT 試験(Packer et al., NEJM 2025)は、二重作動薬チルゼパチドが肥満を伴う HFpEF の方で心不全の悪化イベントを減らし、症状を改善することを報告しました。単に体重が減ったからではなく、うっ血の軽減、血管や心臓への直接的な作用、全身の炎症の抑制など、複数の経路が寄与していると考えられています(Avogaro & Fadini, 2025)。
心不全は「循環をうまく配分できなくなった状態」ともいえます。食事に合わせて血流と心臓の負担を最適化するというインクレチン本来の役割が、そのまま治療的な意味をもつ―—心不全での有効性は、GLP-1・GIP を全身調節ホルモンとして理解する視点を、臨床の場で裏づける好例といえるでしょう。
5. 腎臓を守る ― 全身循環の恩恵が腎臓にも及ぶ
腎臓もまた、インクレチンの恩恵を受ける臓器です。2024 年の FLOW 試験(Perkovic et al., NEJM 2024)は、慢性腎臓病を合併した 2 型糖尿病の方で、セマグルチドが腎機能の悪化・腎不全・腎関連死などからなる主要な腎アウトカムを約 24%減らすことを示し、この分野に大きなインパクトを与えました。腎臓を守る薬という新たな位置づけが確立しつつあります。
そのメカニズムとして、Avogaro & Fadini(2025)は、GLP-1 が腎臓の血流(腎灌流)を適切に保ち、体内のナトリウム(塩分)の排泄を助け、腎臓に負担をかけるアンジオテンシン II の働きを抑える可能性を挙げています。加えて、血圧や体重の改善、炎症の抑制も間接的に腎臓を保護すると考えられます。ここでも「全身の血流を過不足なく配分する」という調律の働きが、臓器保護につながっているのです。
心臓と腎臓は「心腎連関」と呼ばれるほど密接に影響し合っています。片方が悪くなればもう片方も傷む一方、片方を守ればもう片方も守られやすくなります。インクレチンが心臓と腎臓を同時に守りうることは、両者をつなぐ全身の循環に働きかけている何よりの証拠といえます。
6. 消化のリズムを整える ― 胃と食欲、そして脳への働きかけ
「全身調節ホルモン」としてのインクレチンを語るうえで欠かせないのが、消化そのもののリズムを整える働きです。GLP-1 は胃からの食べ物の排出をゆるやかにし、食後血糖の急な上昇をおさえます。2025 年に Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism 誌に発表された総説(Jalleh et al., 2025)は、この胃排出の遅延が GLP-1 受容体作動薬やチルゼパチドの効果と副作用の両面を理解する鍵であることを詳しく論じています。吐き気や胃もたれといった消化器症状も、この作用の裏返しとして生じます。
さらにこれらのホルモンは、脳の視床下部など食欲を司る領域の受容体に作用し、自然な満腹感を生み出します。食事の消化・吸収のペースと、脳が感じる満腹のタイミングを合わせる――まさに消化と代謝と脳を協調させる働きです。GLP-1 と GIP の両方に効く二重作動薬チルゼパチドは、この協調をより強力に引き出します。2022 年の SURMOUNT-1 試験(Jastreboff et al., NEJM 2022)では、肥満の方で最大で体重の約 2 割にのぼる減量が得られました。
ここで大切なのは、体重が減ること自体が目的ではなく、その背後で内臓脂肪の減少、脂肪肝の改善、インスリンの効きの回復といった代謝全体の立て直しが進んでいる点です。消化のリズムを整えることが、全身の代謝と循環の健全化につながっていく。GLP-1・GIP の作用は、こうして一つの流れとしてつながっているのです。
7. 「全身調節ホルモン」という視点 ― 診療の現在とこれから
こうしたエビデンスの蓄積を受け、GLP-1 受容体作動薬の位置づけは大きく変わりました。米国糖尿病学会(ADA)の 2025 年版診療基準(ADA Standards of Care in Diabetes, 2025)は、心血管疾患や慢性腎臓病を合併する 2 型糖尿病の方に対し、血糖の状態とは独立して、心臓・腎臓を守る目的で GLP-1 受容体作動薬を推奨しています。「血糖を下げるための薬」から「臓器を守るための薬」へと、考え方の軸そのものが移りつつあります。
Avogaro & Fadini(2025)は、インクレチンが進化の過程で古くから保存されてきたホルモンであり、もともとは飢餓や環境ストレスに対応するための全身調節の仕組みだったと指摘しています。それが現代では、食べ過ぎと運動不足による代謝の乱れを整える方向へと役割を変えている――そう考えると、これらのホルモンが臓器保護という「本業」をもっていることも腑に落ちます。
もちろん、これらの薬には吐き気などの消化器症状や、専門的な導入・調整が必要という側面もあります。効果を最大限に引き出し、副作用を最小限にするには、体重・血糖だけでなく、心臓・腎臓・栄養状態までを見渡した総合的な診療が欠かせません。GLP-1・GIP を「全身調節ホルモン」として捉える視点は、これからの生活習慣病診療の土台になっていくはずです。
おわりに ― 血糖の「その先」を診る
GLP-1 と GIP は、単に血糖を下げるだけのホルモンではありません。食事に合わせて消化・代謝・循環を協調させ、心臓・腎臓・脳・血管までを守る「全身調節ホルモン」です。SELECT、SOUL、SURPASS-CVOT、STEP-HFpEF、SUMMIT、FLOW といった欧米の大規模試験は、この薬が血糖の枠を超えて臓器を守ることを、一貫して示してきました(Lincoff 2023; McGuire 2025; Nicholls 2025; Kosiborod 2023; Packer 2025; Perkovic 2024)。
当院では、糖尿病・内分泌の専門的視点に加え、CT・超音波による内臓脂肪や動脈硬化の評価、運動療法まで含めて、おひとりおひとりの心臓・腎臓・代謝を総合的に診てまいります。日曜・祝日も診療し、生活習慣病の“その先”まで見据えた医療をご提供します。血糖や体重、健診の数値が気になる方は、どうぞお気軽にご相談ください。
FAQ ― よくあるご質問
Q1. GLP-1 の薬は、糖尿病でなくても使えるのですか?
はい、一部は糖尿病以外の方にも承認されています。SELECT 試験(Lincoff et al., NEJM 2023)では、糖尿病のない過体重・肥満の方でセマグルチドが心血管イベントを約 20%減らしました。ただし、どなたに適しているか、どのように始めるかは、心臓・腎臓・体重・生活習慣を含めた総合的な判断が必要です。話題性だけで自己判断せず、医療機関でのご相談をおすすめします。
Q2. 「やせ薬」として有名ですが、本当に心臓や腎臓にも良いのですか?
複数の大規模試験で裏づけられています。心不全では STEP-HFpEF 試験(Kosiborod et al., 2023)や SUMMIT 試験(Packer et al., 2025)が症状やイベントの改善を、腎臓では FLOW 試験(Perkovic et al., 2024)が主要な腎アウトカムの約 24%減少を示しました。体重が減るからだけでなく、血管拡張・抗炎症・血流の適正な配分といった全身への作用が寄与すると考えられています(Avogaro & Fadini, 2025)。
Q3. 血糖値が正常なら、GLP-1 の恩恵は自分には関係ないのでしょうか?
必ずしもそうとは限りません。GLP-1・GIP は血糖だけでなく、血管・心臓・腎臓・食欲まで調整する「全身調節ホルモン」です(Avogaro & Fadini, 2025)。実際、血糖に問題のない方でも心血管イベントが減ることが示されています(Lincoff et al., 2023)。ただし薬の適応は個別に判断すべきもので、血糖が正常な方すべてに勧められるわけではありません。ご自身のリスクは診察でご確認ください。
Q4. 吐き気や胃の不快感が出ると聞きますが、なぜですか?どうすればよいですか?
これらの薬は胃からの食べ物の排出をゆるやかにする作用があり、それが満腹感や食後血糖の安定につながる一方で、吐き気や胃もたれの原因にもなります(Jalleh et al., J Clin Endocrinol Metab 2025)。多くは少量から始めて徐々に増やすこと、少なめにゆっくり食べることで和らぎます。症状が強いときは自己判断で中止・調整せず、主治医にご相談ください。
Q5. GIP と GLP-1 の「両方に効く薬」は、従来の薬と何が違うのですか?
チルゼパチド(マンジャロ)は GLP-1 と GIP の二つの受容体に同時に働く「二重作動薬」です。両者を協調させることで、より強い減量・代謝改善が得られ、SURMOUNT-1 試験(Jastreboff et al., 2022)では最大で体重の約 2 割の減少が報告されました。心血管の安全性も SURPASS-CVOT 試験(Nicholls et al., 2025)で確認されています。どの薬が適するかは、目的や合併症に応じて医師が判断します。
参考文献
- Avogaro A, Fadini GP. Incretins and the cardiovascular system: bridging digestion with metabolism. Lancet Diabetes Endocrinol. 2025;13(9):790-802. https://doi.org/10.1016/S2213-8587(25)00166-4
- Lincoff AM, et al. Semaglutide and Cardiovascular Outcomes in Obesity without Diabetes (SELECT). N Engl J Med. 2023;389(24):2221-2232. https://doi.org/10.1056/NEJMoa2307563
- McGuire DK, et al. Oral Semaglutide and Cardiovascular Outcomes in High-Risk Type 2 Diabetes (SOUL). N Engl J Med. 2025;392(20):2001-2012. https://doi.org/10.1056/NEJMoa2501006
- Nicholls SJ, et al. Cardiovascular Outcomes with Tirzepatide versus Dulaglutide in Type 2 Diabetes (SURPASS-CVOT). N Engl J Med. 2025;393:2409-2420. https://doi.org/10.1056/NEJMoa2505928
- Kosiborod MN, et al. Semaglutide in Patients with Heart Failure with Preserved Ejection Fraction and Obesity (STEP-HFpEF). N Engl J Med. 2023;389(12):1069-1084. https://doi.org/10.1056/NEJMoa2306963
- Packer M, et al. Tirzepatide for Heart Failure with Preserved Ejection Fraction and Obesity (SUMMIT). N Engl J Med. 2025;392(5):427-437. https://doi.org/10.1056/NEJMoa2410027
- Perkovic V, et al. Effects of Semaglutide on Chronic Kidney Disease in Patients with Type 2 Diabetes (FLOW). N Engl J Med. 2024;391(2):109-121. https://doi.org/10.1056/NEJMoa2403347
- Jalleh RJ, et al. Clinical Consequences of Delayed Gastric Emptying With GLP-1 Receptor Agonists and Tirzepatide. J Clin Endocrinol Metab. 2025;110(1):1-15. https://doi.org/10.1210/clinem/dgae719
- Jastreboff AM, et al. Tirzepatide Once Weekly for the Treatment of Obesity (SURMOUNT-1). N Engl J Med. 2022;387(3):205-216. https://doi.org/10.1056/NEJMoa2206038
- American Diabetes Association Professional Practice Committee. Cardiovascular Disease and Risk Management: Standards of Care in Diabetes—2025. Diabetes Care. 2025;48(Suppl 1):S207-S238. https://doi.org/10.2337/dc25-S010
※本コラムは医学的情報の提供を目的としたものであり、個別の診断・治療を代替するものではありません。
気になる症状がある方は医療機関にご相談ください。
記事監修者田場 隆介
医療法人社団 青山会 まんかいメディカルクリニック 理事長
医療法人社団青山会代表。兵庫県三田市生まれ、三田小学校、三田学園中学校・同高等学校卒業。 1997(平成9)年岩手医科大学医学部卒業、町医者。聖路加国際病院、淀川キリスト教病院、日本赤十字社医療センター、神戸市立医療センター中央市民病院を経て、2009(平成21)年医療法人社団青山会を継承。 2025年問題の主な舞台である地方の小都市で、少子高齢化時代の主役である子どもと高齢者のケアに取り組んでいる。
